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ラフレスタの白魔女 外伝  作者: 龍泉 武
第二部 蒼い髪の魔女
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第六話 傭兵の採用

 翌日の昼、私はマースの街の中心部に建つ大きな建物の中の一室にいた。

 今、この部屋には審査官と呼ばれる五人の役人が詰めており、私は彼らの後方に独りで座っている。

 そして、若い審査官のひとりがこう告げた。

 

 「それでは、次の方、入室してください」

 

 それを合図にドアが開き、若い五人がこの部屋へと入ってくる。

 そう。

 今、この部屋で始まっているのは、辺境開拓のために募集した傭兵の採用面接なのである。

 午前中に街の各方面に募集をかけて、早速集まった傭兵達を面接する為の会場なのだ。

 このような会場がここを含めて五箇所で行われており、今日の午後だけでもここで百人前後の傭兵志願者と会うつもりだ。

 これを一週間ぶっ続けで行えば、目標とする傭兵五千人の徴募はなんとか可能であろう。

 これほど大規模な採用面接を素早く実施できた背景には、アランが異常にやる気を出してくれた結果によるものである。

 彼はマース領主であるリニトを説得して、大々的な協力を取り付けてくれたので、とてもありがたかった。

 かかった費用も後々に帝国中央政府から支出してくれるので、誰も損することは無いだろう。

 私はそう思い、このチャンスを少しでも成功へと導くために努力をしている最中なのである。

 ここで簡単な面接をして、為人を判断し、相手の仕事内容と報酬を決める。

 そして、双方が納得すれば、これで傭兵の雇用契約は成立となる。

 そもそもこの辺境開拓事業は国の存続の掛かかった戦争でもなく、あくまで貴族側の都合による事業行軍であるとされていたため、傭兵の徴募も任意参加が原則となる。

 強制徴兵でないため、結果、このように傭兵徴募の手続きも多少面倒になってしまったのは仕方の無い話しだろう。

 加えて、私としても危険が伴う今回の辺境開拓事業は臨時で雇う傭兵と言えどもそれなりの実力者を集めておきたいところである。

 実力の低い傭兵が集まれば、下手すれば雇う側の我々の命にも係わる問題となる。

 ここはできるだけ手を抜きたくないところだ。

 そのような理由で、私も自ら傭兵の面接に参加し、最低限の面談をしている。

 ただし、昨日、私は暴漢に殴られてしまったため、顔は腫れたままだ。

 審査官のように面接の表には立たず、彼らの後ろで深緑色ローブを着て、フードで深々と顔を隠すようにして座っていた。

 これは無様な私の顔を晒さないための努力である。

 そんな私の前には五人の男達が入って来た。

 審査官から順々に名前を呼ばれた傭兵志願者達は簡単な自己紹介とアピールポイントを述べてくる。

 

 「・・・俺は南部で水系統の魔術師をやっていたんだ。中級の魔法までならば使えるぞ」

 

 そう豪語しているのは若い年齢にもかかわらず、実力者を示す黒い色のローブを纏う魔術師風貌の傭兵だった。

 その言葉の真偽を確かめる為、私は自分の右手に忍ばせた魔法の水晶玉で彼を見る。

 この水晶玉は先日ラフレスタとの通信に使用した魔道具だが、これは通信以外に別の機能もあるのだ。

 その機能のひとつとして、相手の魔法の実力を測ることもできる。

 魔力を込めて水晶玉越しに彼を眺めてみると、青い光を放っていたが、それは暗い光であった。

 私が相手の実力を測る事ができるこの魔道具を持つことを知る審査官のひとりが私の顔を伺ってきたので、私は小さく首を横に振った。

 これは大した実力者ではないとの合図だった。

 審査官は納得し、得意気に自分の価値をアピールし続ける若い魔術師の言葉を遮り、報酬の話しへと進める。

 その給金は一般的な傭兵と同じ評価であり、安い報酬額を示すが、相手は当然納得がいかない。

 そこで契約書の付帯事項に『活躍した場合は報酬の上乗せ』を約束し、それでも嫌ならこの話しは無かった事とする。

 若い男は不承不承だが、それで納得してくれた。

 

 「貴君達の活躍を期待しているよ」

 

 面接の締めくくりに責任者である私は立場上そんな言葉を彼らに贈ったが、このメンバーでは活躍できない方に賭けても良いだろう。

 面接とはこんな事の繰り返しであり、突然の募集で集まった傭兵などに大した実力者が現れる筈もなかった。

 短い時間の面接でできる事と言えば、簡単な素性調査と本人のやる気の確認程度である。

 本当のところは高い実力者だけを雇いたいものが、とりあえずは傭兵の人数確保を優先して進めることが大切なのだと改めて思い知る瞬間でもある。

 私達も時間が有限であるため、贅沢な理想ばかりを言っていられないのだ。

 そんなこんなで、このメンバーは終了となり、次の五人を入室させることにした。

 

 「それでは、次の方、入室してください」

 

 本日何度目になるか解らない入場を促す声に、私は少し退屈を覚え始めていたが、次に入ってきた人物を見て、私は目を見開く事になった。

 その男は厳つい顔の筋肉隆々の男で、いかにも傭兵らしい姿をしていた。

 この男、見たことがある・・・

 そう、昨日、私を殴った相手である。

 

 「貴方の名前は?」

 「俺はクルドウ。東でチョットは名の知れた傭兵だぜ」

 

 審査官に対してこのように横柄な受け答えをするクルドウとか言う人物。

 礼儀とか全然なっていない人物だったが、傭兵などは元々盗賊崩れのような存在でもあり、そんな者に審査官の誰もが一々礼儀などを期待していない。

 要は、戦えるのか、命令を聞けるのか、実力とやる気の有無だけを確認するのがここで面接する側の仕事である。

 

 「クルドウ・・・戦士か。得意なものは戦斧だな。傭兵業としても経験は長いようだ」

 

 審査官のひとりが事務的に彼の経歴書を読み上げて、本人にその事実を確認する。

 クルドウは粗暴な人間かも知れないが、傭兵という尺度で評価すると経験もあり、有益な人物であることを認めるほかない。

 私は自分を殴った相手として多少に許せない気持ちもあったが、それでも公私を分けて相手を評価するように努める。

 

 「俺は稼ぎたいんだ。腕に自信もあるし、魔術師にだって勝ったことがあるんだぜ!」

 

 クルドウは自分がかつて魔術師を成敗した実績を武勇伝のように審査官達へ語っていたが、それは私にとって嫌気が増すだけだった。

 

 「解った。もういい。君はデリカス卿が指揮する最前戦の部隊へ推挙しておこう。危険な仕事だが、それなりに報酬も高い。それでいいな?」

 

 私はこれ以上クルドウの長い話しを聞きたくなくなり、そんな決定を伝える。

 

 「を! 偉い人は俺を見る目があるねぇ」

 

 クルドウは私の素早い決断に気を好くして、そんなことを述べる。

 私の声など覚えていないようだった。

 それもそうだろう、昨日の彼は相当に酔っ払っていたようだし、今の私はローブで顔を深く隠している。

 そんなクルドウとの話しなど早く終えてしまおう。

 私はそう思い、同じ会場に入っている他の四人の傭兵へと視線を動かした。

 そこでひとり女性が今回のメンバーに混ざっていたことに今更気付く。

 目立たたない茶色のローブ姿の女性魔術師。

 私と同じように深々とフードを被っており、本当に注意しないとその存在を忘れそうなぐらいに希薄な印象の彼女だった。

 私がそんな彼女に視線を留めた所で、他の審査官達も彼女に視線を移す。

 審査官のひとりが、私が彼女に興味を持ったと勘付き、彼女の経歴書を読み上げる。

 

 「名前はリーナか。マース領内の村を転々として、最近、この州都マースに来たようだな。風の魔法を少々使えるようだが・・・前職は酒場の給仕・・・」

 

 その「給仕」と言う言葉にフフンと鼻で笑うクルドウ。

 彼からしてこの女性は傭兵としての価値が低いと思ったのだろう。

 そして、私も気付いた。

 このクルドウは酔っ払って忘れているようだが、昨日、彼が絡んだ相手こそ、この女性・・・リーナである。

 そして、私が助けた女性でもあった。

 世の中は狭いものだ。

 そして、彼女はフードを開ける。

 そこから出てきたのは、やはり、昨日私が助けた女子の姿であった。

 

 「魔法も使える給仕が何故傭兵を志願するのだ?」

 

 別の審査官が彼女に質問をする。

 

 「それは・・・食べるためですよ。昨日で給仕の仕事はクビになってまったの。暴漢が店で暴れてね、その原因が私だと店主に言われたのぉ!」

 

 そんな不満を漏らす彼女はクルドウの事をキッと睨む。

 睨まれたクルドウの方は訳が解らず、なんでだ?って顔をしているが、この男は本当に昨日の自分が仕出かした暴挙を覚えていないようだった。

 

 「暴漢が暴れた事と、貴女が店から解雇された理由が今ひとつ結びつかず、訳が解らないのだが・・・」

 

 別の審査官からは興味本位でそんな質問が出る。

 

 「それは・・・話しが長くなるから手短に言うけどぉ。昨日うちの店で暴漢が暴れてね。それを止めてくれた人がいたんだけれども、それが、なんとかと言うとても偉い貴族の人だったのよぉ。暴漢はその偉い人を殴って逃げたのぉ。その貴族の人は暴漢に絡まれていた私の事を助けてくれたのだけど。その過程で暴漢に殴られたのよぉ。店主が後でその事を知って、厄介事には関わりたくないからお前さんも辞めてくれって・・・本当に災難だったのぉ」

 

 リーナは辟易してそんな愚痴を吐いた。

 不幸な内容の割におっとりと喋る姿が何とも特徴的な彼女であった。

 

 「私は生活していくためにお金が必要なのぉ。でも、危険な仕事は嫌ぁ。給料もそんなに多くなくて構わないから、できるだけ安全な仕事がしたいのぉ。ね、いいでしょう?」

 

 審査官に懇願するリーナ。

 対する審査官はどうしたものかと困っている。

 このやりとりを傍から見ていたクルドウは、「へ、腰抜けめ」と、この女性を明らかに見下していた。

 確かに傭兵としては臆病であるし、戦場で使い物になるかどうかと考えるとかなり不安だろう。

 しかし・・・と、私は大きく息を吐いた。

 昨日の事をあまり気にしていない(と言えぼ完全に嘘にはなるが・・・)

 少なくとも私を殴ったクルドウ以外に大きな恨みは無いのだ。

 昨日、私が暴漢に殴られた事実はアランに知られてしまったので、彼伝いでこの街の衛士や警備隊がやけに気を利かせて、その結果、あの酒場の店主に余計なプレッシャーをかけたなのだろうか。

 それがどう巡ったのかは解らないが、私が助けた筈の給仕女性が解雇されてしまうような結果になってしまったのは本当に忍びなかった。

 しょうがない・・・そう思い、情けから私は彼女に仕事を与えてやる事にした。

 

 「君は魔法以外に計算や書類整理もできるかな?」

 

 私からそんな言葉をかけてみる。

 

 「・・・できるわ。簡単なことならば」

 

 彼女は少々悩んでそのように答えた。

 私はその回答に満足する。

 

 「それならば採用だ。明日から私のところに来なさい。書類の整理と私の身の回りの世話をする人を探していたところだ」

 

 私は顔を覆っていたフードを外して、彼女に採用の旨を伝える。

 この時、リーナは私の顔を見て、とても驚いたようだった。

 

 「グレイ・・・さま? え? ええ?」

 

 美人が口をパクパクさせる姿は滑稽だったが、私にはそれさえも好ましく映る。

 子供の悪戯が成功した気分だな。

 もうひとり、クルドウも顔をピクピクとしていた。

 こちらはリーナとは違う理由だろう。

 絡んだリーナの事は忘れていたようだが、殴った私の顔は朧気に覚えていたのだろう。

 

 「クルドウとか言ったな。君の強さは昨日この身を以ってとても良く体感させて貰った。だから面接は合格である。何、心配しなくて良い。私は公私を別々に考える事ができるのだよ。遠慮なく最前戦で戦って一杯稼いでくれたまえ・・・ただし、生き残ればな」

 

 私はそんな言葉でクルドウの採用を是とする。

 そして、次にリーナだ。

 

 「リーナ君。君の話しには嘘が無いことも解っている。ここには昨日の顛末をよく知る当事者は君も含めて三人(・・)居るのだからね。私という存在が君にとって思わぬ迷惑をかけたようだ。このとおり申し訳ないと思う」

 

 私は素直に頭を下げて謝罪したが、貴族・・・それも、この辺境開拓軍の後方支援部長と言う立場の私が簡単に謝罪してしまう行為は相応しくない行動であったらしい。

 この時の私の行動は審査官達やリーナ本人を大いに焦らせる事に至ったのは言うまでもない。

 その後、少し騒然となってしまう面接会場でもあったが、ここで新たな喧騒が扉の外より入って来た。

 

 「今、入られては困りますよ!」

 

 そんな受付職員の言葉など気にせず、扉は荒々しく開かれた。

 その扉を開いた人物は細い髭を生やした眼光の鋭い人物である。

 上品な服を着ていたので、彼が貴族であることは一目瞭然だったが、それでも身体は筋肉が盛り上がり、歴戦の傭兵と言われても間違えるほどだった。

 そんな風来坊な男は私の顔を見つけると、ニィと口元を曲げて豪快に笑みを浮かべた。

 

 「ワハハハ。お前がグレイニコル・ラフレスタか。俺はヒューゴ・デン・クリステ。お前が傭兵を集めていると聞いてやって来てやったぞ! 私も採用しろ」

 

 そんな事を言うと、彼はヅカヅカと面接会場へ勝手に踏み入り、私の身体を否応なしにバシバシと叩いた。

 豪快な彼の行動は、私を含めたこの場に居合わせる全員が面喰らう結果となる。

 これが私の生涯の友となるヒューゴとの出会いであった。

 

 


本日はクリスマス・イヴですね。皆さまメリークリスマス。そんな日でもラフレスタの白魔女・外伝は通常運転で更新しております。今後もお楽しみに。

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