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ラフレスタの白魔女 外伝  作者: 龍泉 武
第二部 蒼い髪の魔女
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第五話 リーナとの出会い

 私達はデリカス陣営が根城にしていた最高級で豪華な宿を後にしたが、その宿を出るや否やアランは私に向かって溜まっていたものをすぐに吐いてきた。

 

 「まったく! あの御仁はいつ会っても不愉快な気持ちにさせられます」

 

 遠慮なくそのような愚痴を言ってくれるのは、既に私の事を信頼してくれているからなのだろうか。

 本来ならば、貴族の、しかもかなり上位の悪口を公の場で口走る事は不敬罪に値する懲罰対象の行為である。

 

 「アラン、まあそう言うな。そんな御仁でも、今回の辺境開拓軍の司令官として帝皇より任命された人物であり、我々の上役に当たる人物だ」

 「まったくグレイ様は・・・随分と心が広い方なのですね」

 

 アランは不機嫌が治まらず、私にも遠慮無く皮肉を言ってきたが、ここで私がアランの愚痴を深く注意することはしない。

 彼がデリカス陣営より受けた仕打ちによって不愉快になることは、人として至極まともな行動だからだ。

 人というものは(ののし)られれば怒るし、(さげす)まれれば反目する、叩かれれば叩き返したくなるものである。

 それは歴史を紐解いても集団生活する人間社会の中でずっと続いてきたことであり、この負の連鎖が多く蓄積すると、それはいつか爆発する。

 その爆発が次なる大きな争いに発展し、これが人間の争い歴史でもあるのだ。

 だから私は、簡単な事で反発しないし、反抗もしない。

 『枯れている』などと他人からは揶揄われることもあるが、これが私の価値観(アイデンティティ)なので仕方ないと思っている。

 

 「私は心が広いか・・・本当はそんな事も無いのだけどね・・・しかし、今回、私は帝皇よりこの仕事を請けている立場だ。他人からどう言われようと、私はこの仕事を成功させるつもりだ。そのために、今、重要な事は、依頼のあった『傭兵の徴用と兵糧の確保』を速やかに実行すことだ。これをどう進めるか? どうすれば確実に実現できるか? それを考えて行動することが先決なのだ、アランよ」

 「えっ? 先ほどデリカス陣営より言われた事を本当に実行するおつもりなのですか?」

 

 アランは驚き、私にそう聞き直してきた。

 先程の会合でデリカス側からあった「一週間以内に五千の傭兵と兵糧を集めよ」と無茶な命令。

 それを私が本当に実行するとアランは思っていなかったようだ。

 

 「グレイ様。デリカス陣営のあの命令は無理難題過ぎます。きっと何か裏があるに決まっています!」

 「なるほど、君の予想どおりその可能性は高いだろうな。おそらく、私が命令を履行できなかった事を理由に、辺境開拓軍の後方支援部長を解任して、その後に、彼らの都合の良い人物に後方支援部長の役割を移したいのだろうな」

 「そこまで解っていて・・・グレイ様は何故、そんな仕事をお請けになるのですか? 相手からバカにされているのですよ!」

 

 不機嫌な顔を崩さないアランに、私は薄く笑って返してやる。

 

 「私は請けた仕事を断らない主義でもあるし。それに・・・相手からは絶対にできないと思っていた仕事ができたとき、それはとても楽しいじゃないか」

 「え?」

 「初めから失敗すると思っていた彼らの鼻を明かしてやる・・・そう思ってしまえば、これは楽しい仕事になるだろう?」

 「・・・」

 

 アランは虚を突かれたような顔で少し考え・・・やがて、「なるほど」と、私の論法に何かを得たようで、少しだけ感心した様子だった。

 

 「解りました。結果的にアイツらの鼻を明かせるようでしたら、それはそれで楽しい仕事になりそうです。このアラン・・・いや、マース領の全てを挙げて最大限グレイ様の企みに協力しましょう」

 

 アランは急にやる気になった。

 やはりそうだな。

 人間は下を向いて愚痴を言うよりも前を向いて仕事をする方が人生豊かになるものだ。

 

 「私も納得してもらって何よりだ」

 

 そう言う私の言葉にアランは少しだけ意地悪い顏になって笑みを返してきた。

 先程の腐りかけていた態度とは随分と違うな。

 ハハハ。

 

 「それでは、早速、私は城に戻り、リニト様に申し出て傭兵徴募の準備を進めます。傭兵の事は我々にお任せ下さい。グレイ様は今日到着したばかりでお疲れの事と思われます。今日のところは宿所で英気を養ってください」

 「うむ、傭兵の事は助かる。そうさせて貰おう。兵糧については私にアテがあるので、こちらは私に任せて欲しい」

 

 結果的に傭兵の徴募に関してはアラン達に丸投げしてしまう形になってしまったが、この地で進めなければならない事はアランやリニトの協力なしには進められないだろう。

 それだったら彼らに任せた方が得策だ。

 少々忍びない気持ちもあったが、アランが急にやる気を出してくれたので、彼に任せて大丈夫な気がする。

 こうして私はマース領でしばらく寝泊まりをする宿舎に案内されて、そこでアランとは別れて独りになった。 

 リニトが私の為に用意してくれた宿は、それなりに高級な宿で、清潔で快適な生活を約束してくれた。

 私のような貧乏貴族に勿体ない部屋でもあったが、これも辺境開拓軍の後方支援部長という肩書のお陰である。

 費用は全て帝国持ちであり、私も自分の路銀の消費を気にする事はない。

 そんな高級宿で私は英気を養う・・・などの無駄の事はせず、荷物の中からひとつの水晶玉を取り出した。

 この水晶玉は出征の際にラフレスタの領主―――つまり、自分の兄―――が持たせてくれた魔道具であり、遠距離であっても互いに連絡をとる事ができる優れた通信装置である。

 それなりに高価で貴重な魔道具であり、私達のような貧乏領主には過分な家宝であったりする。

 そんなラフレスタ領で家宝級の逸品を私に持たせる事に、ラフレスタの他の貴族からはいくつかの苦言も出たらしいが、兄はそんな事など気にせず、何かがあってはいけないと私に持つ事を許してくれた。

 それが今回、早々に役に立つので、良い判断だったと思う。

 私はそんな貴重な水晶玉に魔力を流し、通信機能を起動した。

 ラフレスタ家は代々魔術師の家系であるが、こんな時にこそ、私に魔術師の素養があって良かったと思う。

 尤も、戦闘でバンバンと魔法を使えるほどの天才的な素質はない。

 せいぜい、このように趣味程度に魔法が使えるぐらいの魔力しか持たないのだが、それでも、ないとあるでは大違いだ。

 私はそんな事を思っていると、呼び出した兄からの応答があった。

 私は兄へマース領に無事入った報告もそこそこにして、デリカス陣営からの要求について簡潔に説明した。

 

 「・・・うむ、解った。その兵糧に関してはこちらでなんとか用意しよう。マース到着まで一週間だと通常ならば間に合わないが、輸送手段に金の糸目をつけなければ、なんとかなるギリギリだ」

 「ありがとうございます。助かります」

 

 私は兄に感謝の言葉を述べ、そして、通信を切った。

 普段からあまり長い会話をする私達で無かったことに加えて、長距離の通信は魔力消費も激しいからだ。

 卓越した魔術師ならばいざ知らず、私のような半端者では魔力の限界などすぐに来てしまう。

 私は魔力の過負荷で額に浮かぶ汗を拭き、少し落ち着くことにする。

 椅子にゆっくりと腰掛けて、その間に自分の生まれ育ったであるラフレスタ領に対し感謝の気持ちを馳せた。

 ラフレスタ領は平原が続く比較的気候の良い土地であり、エストリア帝国では有数の農業地帯である。

 今回のような急な食糧の調達にも何とか対応できるほど食料は豊富にあるのだ。

 豊富に収穫できるが故にその単価が安く、あまり儲からない商売でもあるのだが、今回のような特需があれば、少しは自領の農産業への利益にもなるだろう。

 費用はどうせ帝国が払ってくれるのだから。

 傭兵達の兵糧が我が故郷特産のトウモロコシばかりになってしまうが、それは我慢してもらうしかない。

 そう思いながらも、ラフレスタ領の食料だけではこの先の兵糧が足らなくなることも予感していた。

 先方より「一ヶ月分」と言われたが、私の勘ではもっと多く必要になる気もする・・・

 何かあってからの行動では遅いだろうと思い、私は知合いの貴族達にも協力してもらうため、その旨の内容の手紙を書く事にした。

 しばらくして、書状を書き終えた手紙の束を握りしめ、私は宿の店主に手紙を出すよう依頼をする。

 その作業を終えたのが、もう、日の傾き始めた時刻であった。

 集中していたので時間があっという間に過ぎてしまったのだ。

 その後に、私は宿の外へと出ることにした。

 夕食を摂るためだ。

 宿に併設された食堂で済ましても良かったが、ここの食事は私には高級過ぎた。

 つまり高いのだ。

 流石に日々の食費までを帝国の経費から出してもらうのは忍びないと思う。

 結果、自前となると持ち合わせた路銀を少しでも浮かせたいと思ってしまう私の倹約心・・・それは貧乏貴族である私が生まれた時から身体に刷り込まれたようなものであった。

 そして、それ以上に、私はこのマースという街の雰囲気を肌で味わっておきたかったのも、外での食事を選択した理由だった。

 明日からは傭兵を採用するために、私も面接官のひとりとして立とうと思っている。

 アラン達に全てを丸投げをしても良かったが・・・いや、普通の貴族ならば、丸投げするのが常だろう。

 しかし、私はまだこの辺境開拓軍という組織を知らな過ぎる。

 いや、信用していない、と言った方がいいのかも知れない。

 デリカス陣営のような、ただでさえ私に―――敵対とまでは言わないものの―――友好的ではない貴族の一派もいるのだ。

 そんな状況で、自分の採用した傭兵達にも裏切られるようなことになれば、戦場で辺境開拓軍は瓦解するだろう。

 私一人ごときが足掻いても大した事はできないのだろうが、それでも、できるだけ自分の目と耳で相手を知った上で、傭兵達を採用したかったのだ。

 傭兵達を知るためには、彼らが生活しているこのマースという街の雰囲気と風紀を直接知りたいと思う。

 私はそんなこと考えながら、高級宿から少し離れた一般庶民の生活圏に入ったところの適当な食堂兼酒場を見つけて、そこへ入ることにする。

 この酒場は既にそれなりの客がいて、入ってきた私に構うこともなく、それぞれの歓談と食事に夢中な雰囲気であった。

 私もこの時は平民とそれほど大きく変わらない衣服を身に着けていたので、貴族が入ってきたと気付かれなかったようだ。

 結構な事である。

 私は気楽にそう思い、すぐに酒場の風景に溶け込み、壁際の席へと着いた。

 適当なものを注文しようと給仕を目で探し、ここで私はとある女性に注意が向く。

 少しだけ癖のある長い髪を後ろでひとつに結った姿はエストリア帝国でよくいる女性のタイプである。

 髪色は白色に近いブロンドであり、絶世の・・・とまでは言わなくても、顔立ちはそれなりに整っていて、細くて美人な給仕女性だと思った。

 私は彼女の事がとても気になり、近くにいた別の給仕女性を無視して、少しだけ離れて立つその彼女を呼ぼうとした。

 そうすると、偶然にもその彼女と目が合う。

 私の想いが通じたのかどうかは解らないが、その美人の彼女は私の無言の呼びかけに応じてくれて、自分の仕事を果たすためにテーブルと椅子の合間を縫って私の席の前までやって来た。

 

 「ご注文は何です?」

 「・・・・・・・適当な飲物と食べ物を」

 

 それは注文を取るための彼女との簡単な言葉であったが、私はここですぐに気の利いた言葉が出てこず、なんの面白みもない注文の言葉ひとつしか紡ぎ出せなかった。

 この時、意味不明の謎の敗北感を感じてしまった私だったが、それでも彼女は私が心の中でそんな敗北感を味わっていることなどまったく意に介せず、普通に返してきた。

 

 「それじゃあ、焼きジャガイモとエール一杯で三百クロルだけど。それでどう?」


 この少しおっとりとした口調で喋る彼女の言葉が私にとっては心地良かった。


 「ああ、ではそれで頼もう」

 

 私がそう答えると、彼女は綺麗な白い手を差出してきた。

 その綺麗な手をまじまじと眺めてしまう私だったが、ここで私は自分がお金を払う状況であることを思い出し、少々急いで自分の財布から三百クロル分の銀貨を取り出し、彼女の掌に渡した。

 お金を渡す際に少しだけ彼女の掌に触れてしまったが、その掌の感触がとても柔らかかったことを私の心が存外に喜んでしまった。

 私の顔が少しだけニャついてしまったのだろうか、給仕女性は少しだけ眉をひそませて、私の元から足早に去ってしまった。

 その直後、私は彼女に対して悪い事をしてしまったと激しく後悔する。

 紳士としての配慮が全く欠けていたと大いに反省し、少しだけ生じていた不埒な気持ちを自分の頭の隅へと追いやった。

 そんな私は気恥ずかしさを紛らわすために、周囲の客同士の会話に耳を傾けることにした。

 既に酒場には多くの客がいたので、ここではいろいろな会話が耳に入ってくる。

 特に、隣の席にいた屈強な男達の会話の声は大きかった。

 

 「辺境開拓軍に雇って貰えねぇかな? 俺は北方から来た戦士なんだけどよう」

 「おい、お前もその口か? 噂じゃ、ここで傭兵を雇うと聞いたから、俺達も遠路遥々(えんろはるばる)このマースまでやって来たんだ。しかし、いっこうに募集が始まらねぇんだよなぁ」

 

 隣の席の男達が話題にしているのは、やはり辺境開拓軍の事のようだ。

 しかも傭兵志願である。

 結構な事であると私は思う。

 明日からは早速、傭兵の徴募を始めなければならない。

 辺境開拓軍の集結場所となっているこのマースには噂を聞きつけて傭兵の志願者も相当数集まっているのだろうと思っていたが、そんな輩の存在を初日から見られたのは幸先が良いと思った。

 質はともかく、傭兵五千人という数だけは何とかなるような予感がする。

 私は頭の中では明日から行われる採用面接の内容について考えを巡らせながらも、ここで集まる傭兵志願者達と思われる集団の会話へ更に聞き耳を立てることにする。

 

 「俺は腕っ節ひとつで今まで生き抜いて来たんだぜぇ。この前までは東のラゼット砦で戦っていたんだ」

 「すげぇな。ラゼット砦と言やぁ、あのクリステよりも更に東側にある本当に国境直前の砦じゃねぇか。あそこには東の蛮国の奴らがしょっちゅうちょっかいを仕掛けてくるって有名なところだよな」

 「実際にそうだったぜ。俺はそこで三年ほど働いていたんだ。東の蛮国の奴らはエストリア帝国の平地がどうしても欲しいらしいぜ。しょっちゅう攻めてきやがる。国境の向こう側はしばらく山の続く土地だし、それに敵にゃあ魔術師の奴らが多くてな」

 「そりゃ大変だったな。魔術師が一人いると戦士十人分の働きをするって言われているしなぁ」

 「応よ。でもな、アイツらは接近戦には弱ぇーんだよ。隙を見て接近戦に持ち込み、そして、俺の戦斧がアイツらの頭をかち割ってやるんだ。へへへ」

 

 男は自慢げに自分の足元に置いていた戦斧を仲間に見せびらかす。

 

 「時々、俺のコイツでも相手の股座をかち割ってやったがなぁ~ ギャハハハ」

 

 そう言って戦士の男は自分の下半身を指差して、下品に笑った。

 他の傭兵風貌の男達もそれに釣られて大笑いする。

 彼が戦場で何をやったかは改めて口にして説明する必要も無かった。

 それは敵の女性魔術師に対して起こした強姦行為である。

 戦場における正当な目的以外の暴力―――エストリア帝国ではこれを公に認めてはいない。

 他の国も含めてそれは戦線協定として当たり前の倫理ではあるが、しかし、それが建前上のことであるのは暗黙の了解である。

 特に強姦行為は昂ぶった男の性とも言える行為―――稀に男女逆の場合や、同性が対象の場合もあるらしいが―――であり、勝者が敗者を凌辱する行為は残念ながら完全に止めることはできていないのが現実だ

 私も、そんな暴力を止める事に対しては、自分の力が及ばない事を多少に自覚している。

 そんな意味では、今回の辺境開拓軍の戦闘対象が人間でなく魔物である事に少しだけ安堵している部分もあった。

 魔物相手にはさすがに性欲は・・・いや、世の中に絶対ということは存在しないからな・・・

 私はそんなつまらない事を想像してしまい、ここで、私は人間の良心とは一体何だろうと、少しだけ哲学的なことを考えてしまった。

 そんな私の心の内などを知らぬこの男どもは、捕らえた敵の女魔術師をどうこうしたと話題が盛大に逸れて行っているのだが、それを誰も指摘せず、ただ下品な会話を楽しんでいる。

 散々笑った挙句、ひとりの男がこの東から来た戦士風の傭兵に対して忠告をした。

 

 「・・・しかし、そんな女魔術師好きのおめぇさんにはひとつだけ忠告しておくぜ」

 「ああん? なんだよ」

 「魔女好きなお前さんにも、『蒼い髪の魔女』・・・そいつだけには手を出しちゃなんねぇーよ」

 「何んだよ。誰だ、その蒼い髪の魔女ってのは?」

 「正確な正体は不明なんだが、最近、マース領で噂になってんだよ。この魔女に関わった男達全員が不幸になっている。手を出して殺された奴もいたし、殺されないまでも気がふれるほどの恐怖を味わった奴とか、無理やり従わせようとした村長が自分の村を全部焼かれてしまったとか、本当におっかねぇ噂が絶えねえらしいぞ」

 

 そんな忠告をした男に対し、東から来た戦士風の男はニタニタと笑いで返す。

 

 「面白れぇな。そんな大魔女ならば一度相手して貰いてぇもんだ。勿論、この俺様のコレ(・・)がよぉ」

 

 男が指刺すのは自慢の息子である。

 それを見た他の男達は「ギャハハハ」と二度目の下品な笑いを発する。

 そんな姿が私を少しだけ不愉快にした。

 その後も男達の話題は謎の魔女について語られる。

 美人だとか、いつも神出鬼没で、どこに行ってしまったのか解らないとか、すげぇ魔法を使うとか、マースの領主が自分のお抱えにしようと血眼で探しているとか・・・

 私はそんな彼らの会話をもう真剣に聞いてはいなかった。

 そんな伝説級の魔女の話しなど、どこにでもある噂話しの類だ。

 話しが人伝(ひとづて)で広がる過程で、真偽を織り交ぜた架空の話しとなる、そんなよくある話しだ。

 それに『蒼い髪をした女性』など、この帝国の人間では存在しない人種の髪色である。

 ここは中央エストリアなのだ。

 そんなエストリア帝国の真っ只中に、もし、外国からそんな髪色の女性が流れて来たとすれば、目立つ事はこの上ない。

 そんな存在など一気に広まるだろう。

 私はそう論理的に結論付けて、自分の頭の中でこの情報はもう不必要なものとして処理した。

 そんな事を考えていると、カウンターの奥から先程の給仕女性が私の注文した飲物と食事をお盆に乗せて出てくるのが見えた。

 細身の彼女が、可憐でキビキビと動くその姿は、私の心を癒してくれた。

 こんなつまらない男達の話しを聞くより何倍もマシなことか・・・私はそう想い、彼女の姿を目で追い駆ける。

 そんな彼女が、入り組んだ店内を掻き分けて私のところへ注文したものを持って来る。

 そして、その事件が起きた。

 彼女が隣の席の下品な話しをしている男達の後ろを通ろうとしたとき、話しに夢中で何かを説明しようとした東の戦士風の男が急に立ち上がり、そこで勢いよく引かれた椅子と彼女がぶつかってしまった。

 

 「キャッ!」

 

 彼女は可愛らしい悲鳴をひと声挙げ、バランスを崩してお盆を傾けてしまう。

 そうすると、お盆の上に乗せていた私の飲物と熱々なジャガイモ料理がスルスルと横滑りし、お盆から落下して、急に立ち上った戦士風の男の身体へとぶちまけてしまったのだ。

 

 「うがっ! 熱ちぃーーっ! 何しゃがんだ、この女!」

 

 彼は厳つい顔で給仕女性を睨み、その悪漢具合は、国境付近で敵の女魔術師を犯したときの様子を私にも容易に連想させた。

 この男の罵声も大きかったので、ここで酒場中の注目を集める事になる。

 そんな注目を集めてしまった給仕女性は、自分の無実を告げる。

 

 「えっ! だってアンタが急に立ち上がるから」

 

 しかし、相手の男は納得していない。

 

 「うるせぇ。そんなことよりも、俺の服をどうしてくれんだよ。これは何十万クロルもする高級品なんだぜ! なんなら、その身体で払うか!?」

 

 絶対にそんな価値はない服だと思ったが、この男の手は既に給仕女性の形の良い臀部を鷲掴みする暴挙に出ていた。

 

 「嫌っ、やめて!」

 

 嫌がる女性に男は興奮したのか、顔がニヤつく。

 その上、多少に酔いが進んでいたのだろうか、男の身体は少しふらついているようだ。

 そんな暴漢の前に・・・気が付けば、私が立っていた。

 

 「止めなさい。急に立上がった貴方の方が悪いのですよ」

 

 そんな私の言葉に男の顔は再びムッとする。

 

 「うるせぇ! なんだテメェは。俺はこの女と話しをしているんだ。関係ねぇ奴はすっこんでろ」

 「関係なくはありませんよ。彼女の運んできたエールと熱々のジャガイモは、本来、私の胃袋に入る予定でした。それを貴方に邪魔されて、私も少々不愉快なのだ」

 「なんだとぅ!」

 

 相手の男は私の安い挑発に乗って来た。

 これで男の注意は私に向いた。

 私は給仕女性に目配せをする。

 利口そうな彼女は私の意図を正しく理解し、男の注意が私に向いた瞬間に男の拘束から逃れた。

 それを見て私は少しだけ安心し、この男を更に挑発して自分に注意を完全に向けるように仕向ける。

 口ならば私は誰にも負けない。

 

 「公衆の面前で女性に対して淫らな行為をするのは頂けませんね。私は貴方の・・・ブっ!!!」

 

 残念ながら、その先の私の言葉が続かなかった・・・

 何故ならば、私はいきなり相手に殴られたからだ。

 意識が朦朧とする中、男の高笑いが響く。

 

 「けっ、全く弱ェ―奴だなぁ」

 

 その後も何発か衝撃は続いたが、私は正確に覚えていない。

 それは殴られた痛みと衝撃で意識を飛ばしてしまったからだ・・・

 

 

 

 

 

 

 「う!」

 

 そんな呻き声と共に、私は唐突に目を覚ました。

 私は仰向けに寝かされていて、そして、その上には給仕女性の顔が見える。

 状況はまだ解らなかったが、そこで身体の節々からの痛みが私を再び襲う。

 私が男から殴られた痛みに顔を歪めていたら、女性の両手が私の顔を覆った。

 それはまるで慈愛の籠っているように、私の心と身体を癒してくれた。

 幾分か痛みが引いた気もする。

 私がそんなことを考えていると、彼女の口から安堵の声が漏れた。

 

 「よかった。気がついて」

 

 私はさっと起き上がるが、ここで私は彼女に膝枕されていた状況を理解する。

 彼女は先程の可憐な給仕女性だった。

 そんな彼女は、私に対して申し訳なさそうにして礼を伝えてきた。

 

 「あ、ありがとう。私を守ってくれて」

 「い、いや・・・それに、あの男は?」

 

 私は状況を再確認しようと、殴った相手の男の存在を探す。

 しかし、ここは酒場の裏の一室のようで、相手の男の存在はもういない。

 

 「お客さんを殴った暴漢はもういないよ。別の男の人に止められて、それで居心地が悪くなったのか店を出ていきましたよ」

 「・・・そうか」

 「そんなことよりも、お客さんは私を助けてくれました。もう一度お礼を言わせて」

 「いや、お礼なんて・・・それに、私はあまり役に立たなかったようだし」

 

 一発で相手に伸されてしまった自分を思い出して、自らの不甲斐なさで恥ずかしくなる私。

 

 「いいえ、そんな事は無いわよ。ありがとう。私は・・・リーナです」

 

 彼女は私の手を握ってきた。

 私はその手を反射的に握り返して、自分の名前も伝える。

 

 「私は・・・グレイだ」

 

 ここで私は自分の愛称を使った。

 初対面の女性に対しては初めてのことだ。

 

 「・・・・」

 「・・・・」

 

 理由は解らなかったが、この瞬間に少しだけ私の心の奥底の部分に初々しいものができたような恥ずかしさが芽生えた。

 初めて恋をしたような気持ち・・・なのだろうか?

 自分に生じたこの気持ちの理由が自分でも理解ができてない。

 それでも、彼女―――リーナと手を握り合うこの瞬間は嫌ではないと思った。

 私はいつまでもこの柔らかい手を握り続けていたいと思ってしまったが、彼女の方からその手が解かれる。

 彼女も気恥ずかしかったのか、顔を真赤にして、「店主を呼んで来る」と私の前から駆け出して行った。

 そんな可憐で初心な彼女の姿を目にして、私は身体の奥から更に熱いものが込み上げてきたが、それ以上に先程の羞恥の心が再び大きくなる。

 それは女性の前で格好つけて暴漢に立ち向かったものの、結果的に一発で伸されてしまうという現実が妙に格好悪い・・・そう思い直したのだ。

 その後、やって来た店主は、いろいろな意味でうな垂れていた私を見て心配されながらも、私は男としての恥ずかしさから一刻も早くここから立ち去るべきだと決断した。

 足はまだふらついていたが、それでも頑張って歩き、酒場の店主に付き添われて私は自分の宿所へと戻ってきた。

 その宿所の玄関で、何か用事を果たすために私を待っていたアランと運悪く出会ってしまい、殴られて腫れ上がった私の顔を見てひと悶着あったのだが・・・詳細は面倒くさい話しになってしまったので省略させて貰おう。

 

 



投稿日を間違えて一日早く公開してしまいました。それに気付いたのが今(2019/12/20 AM1:10)だったので、もうこのまま公開します(笑)

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