第四話 デリカスと言う男
「私がグレイニコル・ラフレスタに御座います」
今、私が恭しく挨拶している相手こそ、この辺境開拓軍の代表である司令官に就任しているデリカス・アシッド・シュラウディカと言う名前の伯爵貴族だった。
「ふん。貴様が宰相から推薦されたグレイニコル・ラフレスタとか言う田舎者か」
デリカスはそんな侮蔑の籠った言葉で私を歓迎してくれた。
初対面にて、中々に失礼な挨拶である。
私の近くで控えていたアランからも、大きな困惑と少なくない怒りが感じ取れる。
・・・なるほど、リニトがこの人物を嫌っているのもすぐに理解できた。
このデリカスという人物はとにかく自尊心の高い貴族であるらしい。
旧貴族では時折存在するタイプで、長く続く自家の歴史を偉大であると勘違している人間なのだろう。
シュラウディカ家は古都トリアに住む領地を持たない貴族だが、私のラフレスタ家とは比べようにならないぐらいの富を得ている伯爵家で有名な存在だ。
旧貴族の中心的な存在と言っても過言ではない。
そのシュラウディカ家の四男であるデリカスは五十歳後半の初老に差し掛かった身ではあるが、その目はギラついており、覇気ある人物のようにも見えた。
両手の指には高価そうな指輪が幾つも付けられており、お洒落と言うよりも自己顕示欲が強い人物なのであろう。
そして、帝皇もかくやと思うほどの尊大な椅子に踏ん反り返って座っており、その両脇には自分の腹心をずらりと整列させていた。
その中にはローブを深く被った女性魔術師の姿も何人かいて、デリカスの護衛なのだろうか、それとも愛人なのだろうか・・・
そんな、まるで自分が一国の王にでもなったような態度を示している。
私のデリカスに対する第一印象は最悪の部類だな。
これで自身の能力が高ければまだ良いのだが・・・
この辺境開拓事業を成功に導くために、彼に対する第一印象が外れてくれる事をどうか切に願うしかない私であった。
私は頭の中の話題を変え、彼と仕事の話しをすることにした。
「僭越ながら、後方支援の長の任務を帝皇より命じられております。以後、お見知りおきを」
「ふん。田舎の下級貴族が。どこまで私の役に立ってくれるものだろうか・・・帝皇エトー陛下や宰相から直接命を請けたと言っても調には乗るなよ。もし、ひとつでも失敗をすれば、早速に解任してやるからな!」
「・・・厳しいお言葉ですね。解りました。肝に銘じておきましょう」
私は大きく反発せず、素直にデリカスの言葉を受け流した。
この手の輩には、争うだけ時間が無駄である事を既に帝都ザルツの高等貴族学校時代で私は学んでいる。
ここは大人の対応をして、私は自分の仕事を専念する事にしよう。
「早速、仕事を始めたいのですが、先ず私は何からやれば良いでしょう? 作戦についても詳細をまだ知らされておりませんので」
その言葉にデリカスは明らかに不快な顔で反応した。
「田舎者の失礼な奴め。私の尊大な作戦など、貴様のような下級者に伝える筈が無かろうが。貴様はただ駒として私の都合の良いように動けばいいのだ」
その『私の都合の良い』と思う部分を是非に伝えて貰わねば、私としても動きようが無いのだが・・・
私はどう応えようかと迷っていると、デリカスの脇に控えていた老練の魔術師が話しに入ってきた。
「デリカス様。ここは私から彼に指示を伝えることにしましょう。デリカス様はこの後に貴族令嬢達との会合が控えてございます。そちらの準備をされる方がよろしいかと」
「おお! そうだったな」
デリカスは厭らしく笑う。
その様子からして、私はこの『会合』という言葉のは隠語であり、いかがわしい非公式な逢瀬であることを容易に推察することができた。
所謂、非公認の伽のことだろう。
デリカスは結構な年齢である筈なのに、性欲は旺盛なようだ。
これも私は関わらないことにする。
相手の女性もデリカスのそんな性癖を理解して、同意の上で行われる行為なのだ。
そんな互いが合意している人の事情に対して私が横から何かを言うのは、それこそお節介過ぎるだろう。
私はそう勝手に納得し、すぐに『会合』に関する興味を失った。
デリカスも私との話しなど面倒臭くなったようで、早々に切り上げるようだ。
「今回の軍事作戦の詳細については全てカナガルに任せてある。貴様はカナガルの指示に従え。いいな! 私を失望させるなよ」
デリカスはそう言い残し、急ぎ足でこの場から去った。
全く以って失礼な御仁ではあるが、これが貴族社会、特に旧貴族の中の極一部では、ある意味通常運転でもあるのだ。
立場の強い人間が低い人間を罵ることなど日常茶飯・・・とまでは言わないが、特に珍しい話しでもない。
帝皇でさえ変えられないこの現実を、私程度がどうこうする事もできない訳であり、私は今回の不愉快な出会いをできるだけ気にしないよう努め、カナガルという老魔術師に向き直る。
目が合ったカナガルは私を少し小莫迦にした口調で自己紹介をしてきた。
「私はカナガル。デリカス様専属の魔術師であり、希代の大魔導士である」
このカナガルという人物は主人に負けず劣らずの尊大な態度を放っていた。
飼い犬は主人に似ると言うが、これもそうなのだろうと私は心の中で密かに納得することにした。
そして、現在の帝国には大魔導士と呼ばれる賢者が何人か存在しているが、少なくとも『カナガル』という名前を私は知らない・・・
私は、この際、もう細かい話しを気にしないようにした。
「早速だが、グレイニコル様には仕事をして貰おう。一週間以内に傭兵五千人を集めよ。それと一ヶ月以上行軍可能な兵糧も含めてな」
このカナガルの言葉には全く以て敬意が籠っていない。
普通ならば、それは貴族に対して不敬罪が問われ兼ねない言葉であったが、彼は自分のバックにデリカスがいるのを解ってのその言動である。
そんな失礼な言動にすぐ反応したのは、私よりも私に付いていたアランの方だった。
「カナガル様、それはあまりにも過分な命令であり、礼節を欠くと思われます。グレイニコル様は本日このマースに到着されたばかりの身であり、まずはゆっくりと休息をされてから次の仕事を始めるべきでます」
「煩い若造め。私に意見をするな! それにどんな遠方から来たとしても、ここで仕事をするのは予め解っていたことだ。この程度の仕事もできないようであれば、宰相からの推薦など何かの間違いであろう。能力のない人間など戦が始まってからは足手まといになる。早々に解任となる理由に相当するであろうな」
そんなカナガルの礼を欠いた言葉に、怒りを通り越して絶句してしまうアランだったが、私は冷静だった。
なるほど・・・私が後方支援の部長になると言う事実が、彼らの陣営としては余程に気に入らないらしい。
恐らく、彼ら親戚か誰かがこの役職を請けて、兵糧の確保とか適当な名目を使って裏金を稼ぐ事が目的なのだろう。
私はそう勘繰り、その上に無理難題を吹っ掛けられている事実を再認識した。
見知らぬ土地で一週間以内に五千人の傭兵と兵糧を集めること。
普通ならばどんな莫迦であってもそんな無茶な要求などしないのだが・・・
「・・・解りました。では早速動きましょう」
「むぅ!」
私が素直に命令を賜ったのが意外だったのか、カナガルの口からは意外の驚き声が漏れた。
ここで私が反目する事がカナガルのシナリオだったのだろう。
我らの反発を引き出し、その話しを大きくする事で私の非協力的な態度を盾にとり、私を解任に陥れるつもりだったと思われる。
しかし、そのアテが外れて私が乗ってかなったので、カナガルは一瞬困ったのであろう。
そんな彼の姿が、私を余計にやる気にした。
「このグレイニコル。一週間以内に傭兵五千人と彼らが一ヶ月分行軍できる兵糧を集めてみせましょうそ。お任せください」
私はわざとらしいほどに恭しく一礼をして、そして、アランを伴ってこの場から早々に退出することにした。
「解っているな。もし、できなければ、デリカス様に貴君の解任を進言するからな!」
去り際にカナガルからはそんな言葉の追い打ちをかけられたが、私は特に振り返らなかった。




