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ラフレスタの白魔女 外伝  作者: 龍泉 武
第二部 蒼い髪の魔女
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第一話 とある帝皇の決定

 豪華絢爛な宮殿の一室で壮年の男性が報告書を読みながら唸っていた。

 

 「うーーむ、どうにもならんか・・・」

 

 彼が目を通しているのは帝国の財政を示す報告書。

 年々悪化する財務状況を目にして、彼が唸り声を挙げてしまうのは仕方の無い事だろう。

 何故なら、彼はこの国の盟主、第三十代エストリア帝国の帝皇エトー・ファデリン・エストリアである。

 自分の国の台所事情が悪いのに、それを無視できるほど彼は無責任では無かった。

 時は帝国歴六九八年。

 ゴルド暦元年にエストリア帝国が創生されたので、七百年あまり続いている国家。

 そのエストリア帝国がトリアからザルツに首都の遷都を果たしてから更に約百年の年月が流れていた。

 エトーの父である一代前の帝皇は古都トリアに蔓延るしがらみを断ち切るため、『遷都』と言う偉大な決断を行った帝皇である。

 ゴルト大陸の西岸に位置するこのザルツに新しく都を開き、官僚組織の刷新と新しく優秀な貴族を政治・経済に参画させ、エストリア帝国の景気は一時的に良くなった。

 しかし、それも今は昔の話しであり、遷都の際の負債や増えすぎた貴族が原因となり、帝国の財政を年々圧迫しており、いよいよ何とかしなくてはならない時期に来てしまったのだ。

 エトーは自分の父の事を嫌いではなかったが、それでもこんな難題を残しくれたのを静かに恨んでいたりする。

 

 「原因は増えすぎた貴族だな・・・彼らに施す費用が重荷になっておる」

 

 エトーの指摘に宰相は頷いた。

 

 「誠にそのとおりでございます。このまま行くと財政が回らなくなるのも、あと十年かと・・・」

 

 官僚組織を代表する宰相は現在の財政状況を正しく分析した結果をエトーに告げる。

 それは正しい。

 正しいだけに、エトーには苛立ちが沸々と湧き上がるのを感じたが、それでも彼は帝皇と言う立場だ。

 正しい情報を元に正しい決断をしなくてはならない。

 

 「いよいよ、増えすぎた貴族をどうにかしなくてはならない時が来たか・・・」

 

 そんな言葉が帝皇の口から漏れるのは宰相も予想していた。

 優秀な彼は、予め用意していた腹案を上申することにした。

 

 「それしかありません。もはや貴族の数減らし(リストラ)は避けられないかと・・・(わたくし)めに幾つかの案が御座います」

 「申してみよ」

 「ひとつは、貴族となって歴史の浅い家、つまり新貴族から辞めて頂く。政治力をあまり持たない彼らは一番迎し易いでしょう」

 「それはダメだ。新貴族はこの帝都ザルツに多い。彼らは有能であり、その者達の首を切るというのは帝国にとって大きな損失だ」

 

 この帝都ザルツで新しく貴族として登用された人物は基本的に有能であり、現在、このエストリア帝国の政治を回している人達だった。

 彼らのような有能な人物を登用するために帝都ザルツへ遷都したようなものであり、それを否定する事はエトーにはできなかった。

 彼らは『新貴族』とも呼ばれ、現在の帝皇のお気に入りでもある。

 この優秀な宰相もそんな新貴族からの出身者であり、エトーがこの案を否決する事は宰相も大いに予想できていたから、そう述べたまでである。

 『新貴族』がいるのならば、その逆である旧貴族という括りも存在する。

 次は『旧貴族』に白羽の矢が立つ。

 

 「それでは、ふたつ目の案として、旧貴族から幾らか辞めて貰いましょうか? 実は、この事を少しばかり旧貴族側に打診をしております」

 

 宰相が裏でそのように動いているのもエトーは知っていた。

 

 「その事については予も聞いておる。偉そうにしている旧貴族共の中でも、極少数の家が自ら貴族を辞めるのに賛同していることもな」

 「それでは・・・」

 「いや、ならん」

 

 宰相に待ったをかけるエトー。

 

 「辞めてもいいと言っている旧貴族の中には、あのブレッタ家も含まれておる。帝国の英雄を下野させたとあれば、予は死後も『愚か者』として歴史から罵られようぞ」

 

 エトーがそう指摘するのも正しかった。

 構造改革(リストラ)ではよくある事なのだが、辞めさせようとすると、必要な人間から先に居なくなってしまうのも、よくある話しなのだ。

 そうしないために、いろいろと政治的に動く事もできるが・・・時間をかける割に効率が悪い。

 あと十年もすると財政が破綻し、帝国は窮地に立たされてしまうのだから。

 

 「それでは、どうするのかと・・・」

 

 宰相もこれ以上の解決策が無かった。

 うーむ、と唸る帝皇の声だけが豪華絢爛な執務室に木霊している。

 これは今回決着しない議題か・・・そう宰相が判断して、一端棚上げを提案しようとしたとき、エトーが口を開いた。

 

 「では、これはどうだろうか・・・旧貴族に『辺境の開拓』でも命じよう。開拓できれば、それでよし。その土地を新たな領地として与えよう。そこから富を生み出せば、財政問題も解決できるだろう。逆に開拓に失敗すれば、それはそれでよい。下野させる適当な理由になるだろう」

 

 そんな半分投げやりなエトーの案だったが、それがこの宰相は妙案のように受けとめられた。

 

 「素晴らしいアイデアです、帝皇様。早速、検討に入りましょう」

 

 優秀な宰相は帝皇の妙案を実現させるため、この時より急ピッチで準備に入る。

 そして、これより三ヶ月後、エストリア帝国全土に「旧貴族による辺境開拓」が告知されることになった。

 

 



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