第二十一話 嘆きの英雄
「なんでだよ!」
俺がそんな荒々しい声を挙げたのは事件から二日後の朝だ。
そして、俺が声を荒げて噛みついている相手はエリックではない。
彼らはあの事件以降全員が逮捕されて、今は警備隊には居ない。
今、俺が噛みついている相手はアドラント・スクレイパー局長だった。
この人はエリックなんかと違い、もっと偉い人だ。
ランガス村の警備隊の隊長よりも偉く、階級的に更にその上の上の上の・・・と、ラフレスタ地方の総隊長の次に偉いので、新人隊員の俺からすると雲の上の、更に上にいる七賢人のような存在だった。
そんな偉い人に俺が盾突く理由は、シエクタの父母であるイオール氏とイオール夫人の処遇についてだった。
彼らを有罪として収監刑を決めたのがこのアドラント様だったから、俺は反論した。
「いや、収監は酷過ぎる。彼らはデニアンとかいう悪党に騙されていたんだ」
「それは解っている」
「じゃあ何でだよ。無罪放免でいいじゃねえか!」
俺はそんな事を意見したが、アドラント様は首を縦には振らなかった。
「ロイ。彼らの取引した違法薬物は全部で三回だ。この取引した量をひとり当たりの使用回数に換算すると約六百回分だ。常習性が現れるまでの使用回数を三回とすると、これだけで約二百人分の常習者を出す事になる。それだけの量をラフレスタの闇の市場に供給したのだ。この社会的責任は誰かが取らねばならん」
「・・・でも」
「でも、ではない。それに『彼らだけを無罪放免にする』・・・それはエリック達がやっていた無罪放免と変わらん。自分の都合いい者だけを無罪とする。それは危険な事であり、正義に反する行為なのだよ」
そう言われると、俺は何も言えなくなってしまった。
勿論、アドラント様の言っていることは理解できるし、それが正義であるのも解る。
しかし、残されたシエクタはどうなるのだ。
そう思うと、俺はやるせない気持ちになった。
「ロイ・・・お前の気持ちは解るが、『正義』というものは公平であることが必要なのだ。それも解って欲しい」
俺の顔に『不服』と書いてあったのをアドラント様は読み解いたようで、そう諭されてしまった。
俺は何も言わず、アドラント様の前から去った。
これは、局長というか貴族であるアドラント様に対して不敬極まりない態度だったが、何故か俺は処分されなかった。
結局、今回の逮捕者はすべてが収監される事になった。
ことが事だけに、このランガス村内で収監するのは適当でなく、ラフレスタ地方にある別の収監施設に送られる事となった。
逮捕者はイオール夫妻に加えて、警備隊を私物化したプリオニラ元隊長とエリック元副隊長、そして、買収された部下の警備隊員達。
事件の主導者のひとりであるウェイルズ元副村長と、彼によって買収された役人達。
これらすべてを合計すると実に百名近くの収監者となり、人口三千人のランガス村にとっては、かなりの人的被害になった。
勿論、これだけ大きな事件だ。
村ではあっと言う間に噂が広まり、誰もが知っているセンセーショナルな事件となった。
彼らが口々にする噂話の中には俺もよく登場するようで、俺は『英雄』として皆から称えられた。
会う人、会う人が俺に賛美を贈り、尊敬してくれる。
小さい子供からも『英雄』と呼ばれて尊敬して貰えたし、俺の親父や兄弟達は鼻高々であると聞いている。
警備隊内でも褒められ、俺に付けられていた不当な低い評価は全て無かったことにされて、給料も上がった。
村に住む若い娘や未婚の女性は、俺を見ると色目を使ってくるし、もうすでに結婚の申し込みも両手の数じゃ足らないぐらい来ていた。
全て断ったが・・・
傍から見て俺は成功者であり、村の英雄だった。
・・・しかし、俺は全然嬉しくない。
何故なら、俺はシエクタの家族を守れなかったからだ。
彼女から悩みを打ち明けられた時、「俺は絶対に助ける」と彼女に約束した。
でもどうだ・・・結局、俺がアドラント様に言わなきゃ、彼女の両親の罪が公になる事は無かったんじゃないか・・・
しばらくは誤魔化せた筈だ。
そして、その間に別の解決方法があったんじゃないか?
そんな事が脳裏によぎる。
でも、しかし、もしかしたら・・・そんな『もし』を考えてしまう。
俺はどんな顔でシエクタに会えばいいのだろうか・・・
あの事件の日以来、彼女とは会っていない。
ライゴンの情報によると、あの事件以来、彼女は高等学校にも行ってないようだ。
彼女の卒業の話しも保留になっているらしい。
俺はいろんなことに悩み、こうして眠れない日々が続く事になる。
そして、事件から一週間が経過し、年が明けた。
あの時からずっと悩んでいた俺は、意を決してシエクタと会い、謝る事にした。
俺が良かれと思って行動した事が、彼女を人生のどん底に落としてしまったのだ。
どうやって責任を取ればいいのか、思いもつかなかったが、とりあえず彼女と会って謝ろう。
それが男だと思い、俺はイオール商会に続く川沿いの道を歩く。
そうすると川の畔でぼんやりと座る彼女の姿を見つけた・・・
それはシエクタだったが、俺が近づいて来るのに気付いて、こちら側に首を回したとき、彼女の頬に涙が・・・
俺は自分の心に軋む音が聞こえた。
俺が狼狽したのはシエクタにも解ったのだろう。
彼女はハンカチを取り出して、自分の涙をさっと拭くと、何事も無かったように気丈に笑った。
それは、俺の心に再び楔を撃ち込まれたようだった。
そんな彼女は俺を自分の隣に座るように勧めてくれた。
俺達は互いに目を合わさないよう横に座り、「元気か?」とか、「最近はどうしてる?」とか、意味がある様な無い様な話しを互いにする事になった。
そんな会話が二十分ぐらい続き、俺は意を決して彼女へ謝る事にした。
「シエクタ・・・その、すまない。俺がイオール商会に乗り込んじまったばかりに・・・君の両親が・・・」
しかし、ここでシエクタは俺の事を糾弾しなかった。
「ロイ・・・いいのよ。もう。私はロイの事を恨んではいないから・・・」
その一言を聞いて、俺は初めて彼女を見た。
彼女のその瞳を見たんだ。
そこに映っていたのは、俺に対する恨みの色は本当に無かった・・・
そう思う事にした。
そして、俺は・・・
「すまない」
もう一度、謝る・・・
俺は決して英雄ではないと思う瞬間だった。




