第十九話 ロイ対悪党
最近の私は少しだけ機嫌が良かった。
その理由はふたつある。
ひとつはエリックと会っていないからだ。
あの殴られて以来、警備隊の仕事が忙しくなったのもあったけど、それに加えてロイが気を利かせてくれて、エリックには仕事を多くさせているらしい。
それでエリックの帰りが遅くなり、私の家に来る余裕がないのだ。
彼と会わない事が、これほど心が軽くなるなんて・・・
そして、私の機嫌が良いふたつ目の理由としては、エリックの換わりに、ほぼ毎日ロイと会っていることだった。
恋人間で暴力を受けた女性へのケアだと言っていたけど、私は純粋に嬉しかった。
彼と会って話す内容は昔の思い出話しだったり、日常の事、美味しいトウモロコシの作り方と、何気ない内容ばかりだ。
それでも私は楽しい。
エリックの時とは違う、私の中に何かが残っていくような嬉しさ。
私はロイと会い、そんな会話をして、別れた後には次に会えることが楽しみになっていた。
しかし、これは将来を誓わされたエリックに対しては不義理な行為である。
世間的には悪い事なのだろう・・・
昔、自分が背伸びして読んだ小説の中に、不倫をテーマにした物語があったのを思い出す。
あのときは許せない行為だと思ったけれども、今ではなんとなくそのときの女主人公の気持ちが解ったような気もする。
そんな私だったが、無情にも時間だけは何も変わらずに進んで行く。
私が高等学校を飛び級になってしまったため、明日、その日が来てしまうのだ。
つまり、明日、私は高等学校を卒業し、そして、エリックの妻にされてしまう・・・
憂鬱な私だったが、そんな私にエリックから呼び出しがかかった。
「前祝をするから宿に来て欲しい」と連絡を受けたのだ。
私は乗り気ではなかった。
いや、正直に言うと、行きたくはなかった。
しかし、母に諭されて私は家から追い出され、そして、今、エリックが定宿にしている部屋の中にいる。
いつも身嗜みを綺麗にしているエリックだったが、今日は一段と髪を綺麗に整えて、そして、部屋は私への餞なのだろう、冬だと言うのに多くの花で飾られていた。
普通の女子ならば、自分の為にここまでしてくれた彼に喜ぶシチュエーションであり、彼からの愛を絵に描いたような情景だろう。
でも・・・このときのエリックの様子・・・それが尋常じゃなかった。
彼の眼は血走り、眼は笑っていなかった。
私は女性の本能的に自分の貞操の危機を感じられずにはいられなかった。
「エ、エリック・・・あの、私・・・そろそろ帰らなくっちゃ」
彼と部屋で二時間ほど面白くも無い会話をしていたが、もうそろそろいいだろうと私はそう切り出した。
彼とこのまま部屋にいると絶対に危ないと思っていたから・・・
しかし、エリックは許してくれなかった。
「どうして帰るんだ? 僕はこれほど君の事を祝福し、愛しているのだと言うのに・・・」
彼からの愛の言葉・・・私は自分の背中に悪寒が走るのを覚えた。
私は本能的に後退ったが、逆にエリックは私の方へ詰めてくる。
私はゆっくりと後ろに逃げたけど、遂に壁際に追い込まれて、そして、彼の手に捕まってしまった。
「どうして? こんなに君の事を愛しているのに・・・」
そんな彼の言葉に、私はどういう顔をしていたのだろうか。
それが自分でも解らないままに、私の唇は再び彼に奪われてしまった。
「い、嫌っ!」
私は再び抵抗したが、それは以前の川沿いの出来事のリフレイン。
私はまた彼から殴られてしまうかもと思うと恐怖が浮かび上がる。
それでもエリックはお構いなしと、私を乱暴に扱い、唇を貪ろうとした。
こうなると、か弱き女である私に勝ち目は無い。
残された私の手段は助けを呼ぶしかなかった。
そして、私は助けを呼ぶ・・・それは自分のことを一番守ってくれる頼れる男の名だった。
「嫌ーっ。止めてエリック!・・・助けて、助けてーーーっ、ロイ!」
彼の動きが止まった・・・
私が恐る恐る目を開ければ、そこには顔面蒼白になったエリックの姿。
そして、その後の激高だった。
「うるせぇーっ! お前はいつもロイ、ロイと! そいつの名前を俺の前で出すんじゃねぇーーーっ!!」
エリックの顔は表現できない程に大きく歪み、そして、私の服に手をかけた。
ビリビリビリ!
「キャーーーーー!!!」
私の着ていた服は力任せに破かれて、上半身が露わになった。
私は急いで胸を隠そうとしたが、それは間に合わない。
エリックによって両手は塞がれ、そして、ベッドへ乱暴に連れて行かれた。
私は仰向けに寝かせられ、そして、エリックはその上に馬乗りになり、私の自由を奪う。
私の事を厭らしい視線で見た彼は、露わになった私の肌へ手を伸ばした。
「止めてエリック! 私はまだ高等学校を卒業していないのよ。約束が違うじゃない!」
「そうやってお前はいつも、いつも、俺にお預けをさせるんだ。俺がこんなにもお前を求めているのに。なんでだ! 愛し合うのが恋人の姿じゃないか?」
「嫌よ、駄目!」
「駄目じゃねぇ!」
パーン。
エリックが私の顔を叩いた。
その痛みで私は何も言えなくなってしまう。
無力になった私をいいことに、彼は自分の服を脱ぎ、裸になった。
そして、私の身体を眺めて、その興奮を高めているのが解った。
悍ましい・・・
私はもうこの暴漢に乱暴されてしまうのだ。
最後の抵抗で私は再び彼の名前を呼ぶ。
「嫌よ。駄目! ロイ―――、私を助けてーーっ!」
「ここまで来て、往生際の悪い女だ。ロイなんて来ねぇんだよ!」
エリックは勝ち誇った顔で私を見下し、そして、いよいよと私は・・・
しかし、ここで突然に事態が変わる。
部屋の扉が轟音と共に吹き飛んだのだ!
「えっ?」
私は驚き、そちら側へと目を向けると、そこには力強い右手パンチを繰り出した最も頼れる男が立っていた。
ボロボロの警備隊の軽装鎧を着たその男は、全身から湯気を立っていて、怒りが最高潮に達していると解る。
そして、彼は、私が乱暴されている姿を確認すると、最高潮だった怒りが、限界のまだその上に突き抜けるように雄叫びを挙げた。
ウォーーーーーーーーーーーーーー!!!!
熊のような雄叫びを挙げると、彼はエリックに向かって突進し、そして、大木のような足でエリック股間を思いっ切り蹴り上げる。
「ギョワッ!」
グシャと言う何かが潰れたような音と共にエリックは獣のような悲鳴を挙げて、直後に吹っ飛ばされた。
彼はほぼ真横に飛ばされて壁に激突したが、それだけでは威力が収まらず、壁を突き破って向こうの部屋まで飛ばされる。
こうしてエリックは自分よりも数倍恐ろしい男によってあっと言う間に倒されてしまったが、私にはもう恐怖が無かった。
「ロイーーーーーーーーーーッ!!」
私は自分の上半身が露わになっているのも気にせず、彼に強く抱き着き、そして、彼の唇を貪るように求める。
こうして、私はわんわん泣いて彼の胸板に縋った。
彼は私を強く、そして、優しく抱いてくれた。
そのような私達の抱擁は、騒ぎを聞きつけた誰が現れて、そして、引き剥がされるまで続くのだった。




