第十八話 襲撃
俺は今、緊張している。
それは警備隊の詰所の中に居たからだ。
ここの俺の職場であり、言わばホームグランド。
緊張する言われはない・・・昨日までは。
昨日のデニアンとか言う悪党とウェイルズ副村長の悪巧みを聞いてから、全てが変わっちまった。
あの後、俺はクラップ湖の湖畔の空き家に住むバンナム様を叩き起こして、聞いた事を全て話した。
バンナム様も俺から聞いた村長の殺害計画に顔を顰め、何とかしなければいけないと言ってくれた。
その後、バンナム様は魔道具を使ってアドラント様とすぐに連絡をとる。
これだけの内容になってしまうと、もう管理局という枠を超える事件になりそうなのだから、彼ひとりの采配では動けないのだろう。
夜通しで相談が行われ、そして、周辺の村の警備隊から緊急の応援を要請する事になった。
しかし、昨日の明日で動員は間に合わないかもしれないと言われた。
そして、俺に対する命令は『待機』・・・それだけだった。
当然、俺は納得がいかない。
犯行現場はイオール商会・・・つまりシエクタの家で行われるのだ。
彼女を巻き込みたくない、いや、戦闘の余波で傷付き、死傷する恐れだって出てくるのだ。
俺が行動しないと言うのはあり得なかった。
だが、それはアドラント様には認められなかった。
アドラント様曰く、ウェイルズ達がこの時点でそれ程に大胆な犯行をできると言うのは、もう、このランガス村の支配が整っている可能性が高い。
つまり、警備隊の中にも敵の軍門に下っている内通者が多いと予想していた。
金や脅しなど、いろんな方法で懐柔されている事が予想されるため、誰が味方かが解らない状況なのだとか。
そんな状態で行動しても、後ろから刺される可能性も高いのだ。
だからランガス村とは縁も所縁もない他の村の警備隊員が赴くまでは行動するな、と厳命を請けた。
ちくちょう、何も出来ねぇのかよ・・・
これが俺の緊張の理由だ。
今こうして働いている目の前のアイツも、アイツも・・・もしかしたらウェイルズの駒かも知れねぇ。
そうなると俺は迂闊に相談もできなくなってしまった。
俺が今晩の襲撃の情報を知っている事が敵にバレれば、それをしょっ引こうとしているアドラント様の作戦も台無しになってしまう可能性だってある。
ち、ちくしょう・・・・・・
そんなやるせない気持ちの俺だったが、夕刻の時刻を迎えてエリックの奴が帰ろうとする。
俺はいつもどおり調書書類を出したが、それはプリオニラ隊長によって止められた。
「今日は彼や私は大切な用事があるのじゃ。私の権限で書類の採決は明日に伸ばすので、そこに置いておけばいい」
そう言ってスルーする。
プリオニラ隊長は自分達の職務怠慢を指摘できるものならばやってみろ的な雰囲気を出していた。
やっぱりこいつら、今日の夜に襲撃する計画は確かなようだ。
俺はやるせない気持ちで書類を引っ込めて、警備隊の詰所を後にした。
『・・・
もし、俺が失敗して死んだなら、誰かがこの日記を見て真実を知って欲しい。
そして、シエクタの事も助けてやってくれ。
以上だ。』
俺は家でそんな事を日記に書き残し、それを閉じた。
まるで自分の遺書を残しているようだ・・・
でも、俺はこれからイオール商会に行く。
今、行われようとしている犯行を止めずに、何が警備隊だ。
俺は正義を守るために警備隊へ入ったんだぜ。
今、やらずして、何が「英雄になる」だ!
心の中でそんな発奮を行い、俺は警備隊用の防具と剣を持ち、誰にも何も言わずに家から飛び出した。
場面は変わり、ここはイオール商会。
使用人が誰も居なくなった夜の商会にて、イオール夫妻、デニアン、そして、薬物をラフレスタに運搬するためにデニアンの息がかかった商人が一同に会して取引が行われていた。
「今回のブツは・・・全部で十袋分ですね。確かに受け取りました。これは代金です」
商人の男はイオール夫妻に大金貨の詰まった革袋を手渡す。
その中身を確認したイオール夫人の顔からは思わず笑みが漏れた。
「アナタ、大金貨が二百枚も!」
大金貨二百枚・・・二千万クロルであり、経費を差し引いても相当な利益になることは間違いなかった。
同じような取引があと十回ある事を思うと、この取引で得られる途方もない利益に、今までの商売が莫迦らしく思える程である。
夫人の心の中では更なる欲の言葉が囁かれたが、これに対して夫であるイオールの方は顔色があまり良くない。
「やはり、これはいけない事」という自責の念が彼を追い詰めているのだろう。
そんな闇の取引が終わろうとしていた時、突然それが起った。
バーン!
激しく扉が開かれたかと思うと、完全武装した警備隊達が部屋に雪崩れ込んで来る。
幾人もの警備隊が部屋に侵入し、呆気に捉われるイオール夫妻とその取引相手。
やがて包囲が完成し、警備隊達は各々に槍や剣を向けて威嚇をした。
「お前達、手を挙げるのじゃ!」
包囲した警備隊を代表してプリオニラ隊長が降伏を勧告する。
「ひっ!」
その光景の恐れ慄くイオール夫人と取引相手。
これに対して、夫のイオールの方は遂にこの時が来たかと覚悟を決めた。
そんな中で、警備隊の中から村長がひとり前に進み出る。
「これが違法薬物の取引現場だな」
そう言い、精悍な顔を崩さないランガス村の村長。
その脇にはウェイルズ副村長もいた。
「村長・・・」
「イオール、すまんな。こうして摘発する事が君の仕事を止める一番いい方法なのだ」
「そう・・・ですか」
イオールは何か諦めたように観念した。
「アナタ! まさか情報を流したのは・・・」
ここでイオール夫人は自分の夫が裏切った事を知り、ワナワナと崩れ落ちた。
そして、この人数の多さに取引相手である商人も完全に観念していた。
しかし、ここで納得いかないものがひとり・・・それはデニアンだった。
「こいつは酷ぇ。裏切るなんて最低の行為だぜ。契約違反じゃねーかよ」
不敵なデニアンの態度に村長の怒りが増した。
「黙れ、この悪党商人め。お前がこのランガス村を食い物にしようとしている事は解っているのだ。只で済むとは思うなよ」
「ほぉー、これは面白れぇー。俺様をどうするつもりだぁ?」
「この場に及んで状況が解っていないらしいな、下賤な悪党め。お前はここで捕まり、すべての情報を吐いて貰う。そして、今までこのクスリで人生を滅茶苦茶にされた者に対して罪を償うのだ。簡単な縛り首で終わると思うな!」
そんな宣告をする村長に対してデニアンは「へへへ」とニタニタしており、やれるものならやってみろと不遜の態度を崩していなかった。
その態度に気に入らない村長は、ここで正義の鉄槌を下す事にする。
「頭の悪い阿呆には、現実を味あわせねば解らんようだ。こいつを逮捕しろ・・・っ、う!」
警備隊員に逮捕を指示する村長だったが、自分の腹部に熱いものを感じて、その直後に力が抜けた。
腹部を見ると、剣の刃が自分の腹部を貫いており、その相手は・・・自分の後ろにいた警備隊員のひとりだった。
「なっ!? なぜ・・・」
そんな言葉を漏らした直後に村長は床へと倒れ込んでしまう。
それを見たデニアンの口元が歪んだ。
「ヒャハハハハ。阿保なのは貴様の方だぜ。ここにいるのは全員が俺の味方よぉ。ここに来た時点でテメェの負けは決まっていたんだよ!」
罵られている方の村長は何も応えられない、背中から剣が突き刺さったままであり、血が床に広がっていた。
まだ死んではいないが、それも時間の問題だろう。
これの様子を見て反応するのは四種類。
ただ無反応に現状を傍観するだけの警備隊達とプリオニラ隊長。
この顛末に大きなショックを受けているイオールとイオール夫人。
愉快な喜劇が見られたとして顔を歓喜に歪ませているデニアンとその配下の商人、そして、ウェイルズ副村長。
そして、虚ろな表情のまま村長を刺した警備隊の隊員の一名。
彼は小声で「敵だ・・・敵を刺さないと・・・」とブツブツと言っていた。
明らかに異常な精神状態で、彼に違法薬物が使われた事は疑いようも無かった。
「あぁぁ、私のせいだ。私が村長に相談さえしなければ、こんな事には・・・・」
イオールは自分の懺悔を口にするが、デニアンは容赦しなかった。
「ああそうだよ。テメェがチクらなきゃ、村長はもう少し長生きできたんだせぇ~。さぁ、どんなお仕置きをしてやろうかぁ」
そんな嗜虐の言葉が漏れる中で、新たな侵入者がこの場に姿を現す。
英雄が現れたのだ。
ウォーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!
その者は熊のような雄叫びを挙げて、扉から侵入を果たし、凄まじい速度でデニアンに向かって突進する。
まったく油断していたデニアンは、この突進をまともに喰らってしまい、激しい殴打音とともに吹っ飛ばされた。
「ぐわーっ!」
飛ばれたデニアンは近くの木製の机に衝突し、衝撃でこの机がバラバラになった。
そして、この弾丸のように現れた大男がここで初めて口を開く。
「助けに来たぞーーー! 悪党どもめ、俺がまとめて勝負してやる!」
「ロイ!」
その大男の名前を口にしたのはプリオニラ隊長。
隊長はこの瞬間に自分の老後の人生がかかっている。
彼は自分の息のかかった部下に指示を出した。
「観られたからには殺るしかない。お前達、ロイを殺すんじゃ」
そこにはいつも警備隊の詰所で高尚な事を述べている初老の姿はなかった。
彼は自分の老後に備えて、特別な退職金が欲しかったのだ。
そして更にそのおこぼれを期待している警備隊の隊員達。
彼らは遠慮なくロイに襲い掛かった。
ある者は槍で突き、ある者はこん棒で叩く。
そして、ある者は組み付いてロイの自由を奪おうとする。
ロイには体力があり、その一撃一撃は凄まじい力があるのは同じ警備隊員である彼らも承知していた。
だから彼らは連携し、一対一では決して勝負せず、何人かで確実にロイを追い込んでいった。
初めはロイの勢いが優勢だったが、時間の経過と共に疲労が蓄積し、そして、苦戦していく。
持っていた剣とこん棒は弾かれてどこかに飛ばされてしまい。
軽装の鎧にも多数の傷が走る。
そして、ひとりに組み付かれて床に倒されると、後は次々と殴られたり、蹴られたり・・・
口の中を切って、顔は殴られて腫れ上がり、身体中に殴打の痛みが走った。
多勢に無勢。
正にそんな状態である。
(いよいよ俺も終わりか・・・)
彼がそんな覚悟をしたとき・・・神の救いが現れた。
ウォーーー!
扉を吹っ飛ばし、ロイに似た雄叫びを挙げて入って来たのはバンナムだった。
彼はロイ顔負けの頑丈さで複数の警備隊を突進によって吹き飛ばすと、ひとりを捕まえて大きく振り回す。
それに巻き込まれて次々と警備隊員達が吹き飛ばされていった。
突然現れたその侵入者にプリオニラ隊長は驚く。
「な、なんじゃ。なんじゃ!?」
しかし、そんな驚きに暇を与えず、バンナムと共に入って来た別の人物から魔法が飛んで来た。
素早い詠唱で魔法の呪文を唱えたのは同じく管理局のシュトライカだった。
「・・・神聖なる雷よ。敵を打ち抜け」
魔法の詠唱を完結させると、シュトライカによって行使された雷魔法が発現した。
複数の雷を閉じ込めた光の玉がシュトライカの周辺に現れて、そしてそれが、プリオニラ隊長やウェイルズ副村長、デニアン、彼の配下の商人に命中した。
「ブババババ」
「ヒギャーー」
「ブヒー」
彼らは各々に悲鳴を挙げて、次々と倒れて行く。
命までは奪わずとも、確保するための魔法攻撃だった。
そして、一番出力の大きい雷魔法はクスリで異常状態となっていた警備隊隊員に落とされる。
彼は言葉を発する余裕も無く意識を奪われた。
「す、すげぇ!」
そんな華麗な攻撃を見たロイの口からは、感嘆の言葉が漏れた。
戦いに使える魔術師(正確にはシュトライカは魔法戦士だったが・・・)と言う存在は貴重であり、警備隊でもそうそう存在しないからだ。
こうして事件の首謀者が成敗されたタイミングを見計らって、アドラント局長が部屋に入って来た。
彼と共に大勢の警備隊隊員が現れて、新たな包囲が完成する。
アドラントが連れてきた周囲の村からの応援要員であり、ランガス村の警備隊員ではなかった。
「なんとか間に合ったな。ロイも無茶をする奴だ」
そんなアドラントの言葉に、ロイはなんとか笑いで応える。
自分も含め、助かったと思った瞬間だった。
「お前達、職務不履行、違法薬物取引のほう助、加えて殺人計画および殺人履行の罪で全員を逮捕する。降伏しろ!」
アドラントの言葉に続き、大勢の警備隊員が一気に剣を抜いた。
さすがにこの人数では太刀打ちできないと、その場に残された警備隊員達は降伏を選んだ。
勝負が決した瞬間だった。
こうして、ランガス村で企てられていた違法薬物の犯罪は潰えることになる。
大量失血していた村長も助けられて、その後は何とか生き永らえる事もできた。
しかし、これですべてが終わったかと言うと、そうではない。
シエクタが居なかったのだ。
ロイがこの事について血相を変えて聞き出すと、デニアンは負け惜しみのようにニヤけてこう言い放った。
「シエクタは今頃、エリックに手籠めにされているだろうな。残念だったなぁ、ヒャハハハハ」
ロイはデニアンをおもいっきり一発殴り、そして、慌てて深夜のランガス村へと飛び出していった。




