第四十九話 千年帝国、それぞれのエピローグ
その後、エストリア帝国の軌跡について述べよう。
バルディ王国の脅威に対抗する形で誕生したリドル湖同盟は軍事力を背景に勢力を急拡大させる事になる。
名称をエストリア帝国と変え、ランス帝皇をトップとした組織はエミリア達異世界人の助けもあり、優れた治世システムを作り上げる。
税金は安く、兵が強く、教育を無償で提供し、併合した領地に自治を認める柔軟な施政は各々の領地にとってマイナスとなる事がほぼ無かった。
だから、一部のプライドが高い領主を除いて、ゴルト大陸北西部のほとんどの領地がエストリア帝国に合流を示すことになる。
後世に伝わるエストリア帝国創設に関わる華やかな伝記はこの頃を中心に描かれているものが多く、初期段階の冒険者ランスとアルヴィリーナ達の活躍を描かれたものはない。
いや、意図的にその部分は伏せられていた。
何故ならば、エストリア帝国とエルフとの戦いはエストリア帝国史に於いて汚点とされていたからだ。
エストリア帝国――それは善なる国家の象徴。
他国と侵略戦争をした事はないとされていた。
だから護国論者であるエストリア帝国お抱えの歴史学者は帝国がエルフ族と大規模な戦争をした事実を歴史に残す事は由としなかった。
よって、帝国史よりランスの妹であるナァムの存在と最愛の女性アルヴィリーナの存在は消されているのである。
戦争を起こした原因である両者の存在が無ければ、戦争など初めから存在しないのである。
これによりエストリア帝国は戦いで負け知らずの国家として称えられることになる。
実際は際どいものもあったが、そこは勝者の歴史観によってそういうことになっている。
その結果、ランス帝皇の評判は上がり、彼の元に嫁ぐ領主の娘の数は飛躍的に上昇することになる。
ランス帝皇の評価についてはいろいろとあるが、そのひとつが自分のところに嫁いだ女性をすべて平等に愛し、子供――家族に不利益となる扱いはしなかったことにある。
ゴルト大陸史においても、初代エストリア帝国帝皇ランスは人間の中で最も正妻の数が多い国王だとされており、最終的にその数は百三十二人に上る。
その深い愛と驚異的な精力については別の伝記に示されているが、結果的にエストリア帝国すべての領地にランスの血が混ざることにつながる。
彼は穏やかな性格ですべての子供に愛情を注いだが、特に可愛がったとされるのはランス帝皇の愛人であるエミリアとの間に設けた娘である。
その名はアルヴィッタで金髪碧眼の美人。
少々お転婆で活発な性格をしていたアルヴィッタだが、彼女は生涯独身を通し、自分の父である初代帝皇に仕えたとされる。
あまりの懐きぶりに周囲が困惑したことも記録に残っている。
その母であるエミリアも生涯をランスに捧げたひとりである。
ランス公認の愛人であるエミリアは自重に長け、いつも一歩下がった態度でランスに仕えていた。
だから正妻達より睨まれる事も無く、そればかりか正妻達とランスの仲立ちも積極に行う優秀な女官でもあった。
政治的なバランス感覚に優れ、彼女は影の宰相とよく言われたりする。
そのエミリアは異世界人であったが、その事実は帝皇家の秘密とされ、帝国史には七賢人のひとりとしての伝承のみが残っている。
七賢人とは初代帝皇ランスの元に仕えた七人の賢者を示しており、全員がエミリアを初めとした異世界人である。
その中で軍略と智謀に長けたウェンはエストリア帝国の宰相にまで昇り詰めていたが、それでも堅苦しい事を嫌うウェンの性格。
終始、宰相という立場を嫌がりながらも、その職を全うしたと記録に残っている。
晩年の彼は堅苦しい宰相職に耐えかねたのか、その職を信頼できる後任に任せた後、妻のクレアと家族を引き連れてエストリア帝国を出奔している。
エストリア帝国去り際の彼の台詞は・・・「俺は元々、東岸に海が見えて、米を食べないと、心が安心できないのです」とランスに愚痴を零した事が記録に残っている。
その後のウェンの正確な足跡は記録に残っていないが、噂によるとゴルト大陸の南方国家にウェンのルーツが残っており、米穀物を主食とする習慣を持つ民族がそれであるとも囁かれている。
七賢人の内、最も規律に厳しいのがロイアースである。
彼は元々エミリア専属の護衛として騎士の見本のような存在であった。
そんな彼が帝国で初の騎士団長を務め、貴族の戒律を厳しく説く真面目な人物であり、帝国貴族に関する規律の祖とも言われている。
ランス(と言うかウエルティカとエミリア)の勧めでトリアの有力者の娘と婚姻し、終始帝国の発展と帝皇ランスへの恭順を貫いた人物でもある。
キリスト教の枢機卿であったロバート・ポリスはこちらの世界の神学に興味を持ち、教会体系を整備して、教義を統一化させた人物でもある。
彼は教育者としても才覚があり、帝国の礎となっている学校教育制度の普及に大きく貢献した人物でもある。
ブリタニアの鍛冶職人だったサザビー・クレイトンは元の世界の鍛冶師の技術をゴルトの世界へ持ち込み、鉄の精錬の技術を飛躍的に向上させた。
エストリア帝国の軍隊が強かったのもサザビーの武器精錬技術があったからだと言われている。
最期に七賢人のシュトタルト・ハインツはゲルマン人であり、敵国だった東ローマ人のエミリアやロイアース、クレアとは常に距離を取っていた。
それでもランスに対しては高い忠誠を誓い、エストリア帝国の騎士戦闘技術師範として学校で教鞭を振るうことになる。
彼の教義は独特であり、不屈の精神で戦う姿は戦闘と言うよりも哲学的であり、異質な授業内容になったが、彼の元で学んだ多く子弟が後世で高い武勲を挙げられている事から、シュタルトの死後にその功績が認められることになる。
そのような七賢人達はこうして高い実績を残し、帝国の礎となっていく。
七賢人員外にも活躍した人物は多い、そのひとりがランスの片腕として数々の武勲を挙げた剣術士グラニットだ。
彼の英雄的な活躍は有名であり、多くの帝国創生史に登場している。
数々の功績を上げつつも無欲な性格のグラニットは多くを望まなかった。
ランス説得の元、彼がようやく受諾した恩賞とは、その功績を称えるために貴族として登用されたことぐらいである。
トリアの地に貴族ブレッタ家として居を構え、その後の帝国史でも英雄として活躍する彼の子孫の存在はあまりにも有名な話であったりする。
前妻であるニィールを弔った後は、後妻にメリージェンの妹であるキャサリンを迎え、剣術一筋を貫き、貴族の特権とはほぼ無関係に、剣術士の祖として己の研鑽に勤しんだのは彼らしい生活と言えるだろう。
その後に彼が開眼させた『ブレッタ流剣術』はひとつの会派としてゴルト大陸全土にその名を広めることになる。
今回の戦いで人間と袂を分かつ形となったエルフ達にも動きがあった。
エルフ種族の危機を救ったとして、アルヴィリーナは銀龍に命を賭して願いを届けたとして聖女に祭り上げられていた。
それがエルフ族長の権威を守るために必要であったからだ。
そのエルフ族長は次代候補であったギリニアーノは今回の戦いで負傷し、後遺症により政務が全うできない身体になってしまった。
そのような理由で、次代族長の座は彼の息子であるモーニアへと受け継がれることになる。
このモーニア、年齢に似合わず優秀な子供であり、勇気と英知もあって、シロルカの結界により魔物の温床になってしまった森を開拓し、亜人が住める安全地帯を確保して、エルフ種族を初めとした亜人達の連合を作ることに成功したエルフの英雄として有名である。
容姿は父ギリニアーノにあまり似ず、母方アルヴィリーナの因子を強く受け継いでいる。
そして、年を追う毎にエルフの特徴である耳は短くなり、その寿命も一般的なエルフよりも短かった事からアルヴィリーナの事情を知る一部のエルフからは人間との交わりで生まれた子供ではないかと噂されたが、真偽のほどは解っていない。
そして、そのアルヴィリーナの最期を知る吸血種のナァムは生還しているが、アルヴィリーナの最期の事実を他者に一切語らなかった。
彼女は吸血種シャムザの妻として悠久の時を生きる事になる。
そんな背景でゴルト大陸の歴史は流れて行く事になる。
ラフレスタの白魔女・外伝 『帝皇の罪、銀龍の罪』 終話
以上で本編・外伝すべての「ラフレスタの白魔女」の物語はこれで終了となります。長きに渡りご愛読ありがとうございました。近日中に登場人物(最終話版)を掲載して完話とさせていただきます。
2024年6月4日 龍泉 武




