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ラフレスタの白魔女 外伝  作者: 龍泉 武
第一部 ランガス村の英雄
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第十六話 秘密の命令

 ランガス村で一番高級な宿、そこには三人の警備隊員が宿泊していた。

 この宿、高級とは言っても所詮は片田舎のランガス村である。

 他の宿と比べて多少清潔なだけであり、本来ならばそんな宿に泊まるほどに身分の低いこの三人ではないが、ランガス村ではこれが精いっぱいの宿だった。

 しかし、宿泊している三人はそんな事に不満を口にすることも無く、今日は休みだと言うのに彼らはひとつの部屋に集まり仕事上の情報交換をしていた。

 

 「ふむ・・・なかなか尻尾を出しませんね」

 

 この三人の中で、そんな無粋な言葉を発したのは、ラフレスタ中央の警備隊管理局に所属するシュトライカ・セイリアンだ。

 彼はランガス村警備隊のエリック副隊長のことを独自の勘で怪しいと思いマークをしていたが、相手も強かであり、ここ最近は変な素振を見せなかったのである。

 

 「そうだな。今日も一日観察していたが、彼の能力は別にして、職務態度自体には大きな問題は無かったなあ」

 

 彼の同僚であるバンナムもシュトライカに賛同し、この対象を見張っていたが、同じ結果だった。

 そんな彼らの上司であるアドラント・スクレイパー局長はラフレスタから取り寄せた資料に目を通す。

 しばらくはその資料を読み、警備隊の詰所から借りてきた副隊長の経歴書を読み合わせて、互いの内容に齟齬が無いかを確認する。

 

 「書類上は完璧だな・・・いや、完璧すぎる」

 

 アドラントはそう結論を出した。

 完璧すぎる書類・・・それは彼の中で危険信号だ。

 情報管理が発達していないこの社会では、経歴などの書面で間違いや思い違いが存在することは日常茶飯事なのだ。

 誰しにもある思い違いや誤記など、それがある程度割合で存在する事はある意味のその資料の実効性が高い証拠でもある。

 しかし、この書類は完璧だった・・・完璧すぎるのだ。

 このような結果は、両方の書類が同一の人物によって作為的に作られた可能性が高い。

 この資料の存在によってアドラントの勘はほぼ確信へと近付いた瞬間だった。

 彼らはいろいろな場所の地方警備隊の詰所を回っている。

 こう言った不正を良く知っている側なのだ。

 そんな彼の様子を見て、部下のシュトライカはニヤッとする。

 

 「なるほど・・・それでは、エリックは黒ですかな?」

 「いや、シュトライカ、そう決めつけるのはまだ早計だ。確実な証拠がある訳ではない」

 

 アドラントは慎重にそう言った。

 

 「私の中でも九割の確率で副隊長のエリックは経歴詐称をしていると考えられるが、それも確たる証拠がある訳ではない。それに奴・・・いや、奴らの目的がまだ不明確だ。急逝した前任の副隊長。その後任に経歴の怪しいエリックが就く。そして、タイミング良く急激に増えた犯罪者と次々と無罪になる彼ら。そして、我々が調査を開始した直後に犯罪数が一気に減り、検挙したとしても前ほどは無罪にならなくなった・・・この先にまだ我々の知らない何らかの事実が何かあるはずだ」

 「そうですね・・・次はウェイルズ副村長のところにでも張り付きますか?」

 

 シュトライカは副村長も怪しいと思っている。

 しかし、それにアドラントは首を横に振った。

 

 「いや、止めておこう・・・少なくとも今は誰も尻尾を出すまい。どうやら今回の狐は頭が良いようだ」

 

 アドラントの勘から、今回の相手はかなりの手練れで、しかも彼らの背後には大きな組織があると感じていた。

 そうでなければ、数日のうちにこれほど完璧な書類を手配し、こうして局長の手元に届くまでに用意する事はできないだろうし、ラフガス村の警備隊や役人組織を見事に統制しているのだ。

 そんな相手が簡単に尻尾を出すとは思えない。

 アドラントはしばらく考え込み、そして、あるアイデアを思いついた。

 

 「相手は我ら管理局の人間を警戒している。今、我々が捜査をしても逆効果だ。相手は守りを固め、捜査が何も進まなくなる可能性も高い。相手と我慢比べをしてもいいが・・・我々もそれほど有限な時間がある訳ではないし、もしここで相手に逃げられれば、それにかけた時間がすべて無駄なってしまう。そうなると・・・囮だな」

 

 アドラントの作戦にシュトライカはまたもやニヤっとした。

 この若い上司も、自分と考えることが同じだったからである。

 

 「それならば、あの新人を使う事を進言しますな。あの男はエリック副隊長とは仲も悪いし、正義感がありそうです。それでいて、新人だ。エリックは彼の事を侮っている・・・それならば、きっと我々の役に立ってくれるのかと・・・」

 「ロイか」

 

 シュトライカの進言は的確だとアドラントも思った。

 昨日も詰所にてロイ隊員とエリック副隊長が揉めていたのを見ていたからだ。

 逮捕した犯人の処遇でエリックの甘い判断に納得いかない様子だったし、ロイとエリックの確執は自分達が二週間観察しているだけでも良く解る程だった。

 普通の警備隊組織では新人隊員が副隊長に逆らうことなどあり得ない行為なのだが、ロイはそう言う意味では素行の悪い存在なのかもしれない。

 しかし、彼の言い分は尤もであり、筋が通っていたのだ。

 『正義感がある』というシュトライカの評価もアドラントは賛同できた。

 

 (だが・・・正義感があるだけでは、上手くは生きられないがな・・・)

 

 そんな考えが彼によぎったが、それでも損得勘定なく、莫迦正直に正しく生きるロイの姿が、少しだけ羨ましく映るアドラントだったりもする。

 

 「解った。そうしよう。早速、彼を呼んでくれ」

 

 その言葉にシュトライカとバンナムは頷いた。

 

 

 

 

 

 

 今日の俺は非番で休みだったが、家で休んでいたら管理局のバンナム様がやって来た。

 何やらアドラント様も今日が休みなので、ランガス村の観光案内をして欲しいとのことだった。

 なんで休みの俺が・・・とも思ったが、これもしょうがねぇ、縦社会ってやつだ。

 俺はそう諦めて、アドラント様の宿泊している宿へと連行された。

 部屋の中に入ると、そこにはアドラント様とシュトライカ様がいて、「どこか人が少なくて、自然の眺望が良い場所を案内してくれないか」と聞かれた。

 俺はランガス村の外れにあるクラップ湖を薦めると、それがいいと言われる。

 

 「少し遠いのですが・・・」

 「それも構わない。むしろ、その方が好都合だな」

 

 アドラント様はそんな意味深な事を言うと、すぐに出発することとなった。

 俺は道案内をするために御者の席の隣に飛び乗ろうとしたが、アドラント様からは同じ馬車室内の席に着くよう言われる。

 道案内はいいのかとも思ったが、どうやらこの御者は大凡の道順は解るようだった。

 解っているならば、なぜ俺に案内を・・・とは思うものの、俺はほぼ強引に馬車の室内へと乗せられ、続いてアドラント様とふたりの部下が乗り込んで馬車は出発した。

 馬車が動き出すと、アドラント様からすぐに話しかけられる。

 

 「ロイ、君はエリック副隊長の事をどう思う?」

 

 アドラント様からそう聞かれたとき、俺はてっきり叱られるのだろうと思った。

 それはそうで、俺が事ある毎にエリックと対立していたのは誰の目からに見ても明らかだったからだ。

 「不敬だ」と周りから叱られるのも多々あり、俺も少々言い過ぎるところは自覚している。

 それでも俺はどうしてもエリックが時折見せる理不尽なことに我慢がならないのだ。

 これは・・・俺もいよいよクビを言い渡されるのか?・・・そんな想いが俺の脳裏をによぎった。

 そんな俺の心情は見抜かれて、アドラント様からは「遠慮しなくていいんだぞ」と言われた。

 俺は恐る恐るエリックに常日頃思っている事を正直に言ってしまった。

 

 「俺は・・・エリック副隊長の事が嫌いなのです」

 「嫌いかね。それは何故だ?」

 「それは・・・副隊長が・・・アイツが理不尽な事ばかり言いやがるし・・・」

 

 俺はこのとき、何とも歯切れの悪い応え方しかできなかった。

 俺は普段から口下手を自覚していたし、ここで気の利いた一言を言えれば良かったのだが、上手い言葉が出てこねぇぞ。

 でも、俺は直感的にエリック奴が嫌いなのだ。

 それはアイツには正義がないと直感めいた勘があったりする。

 

 「君は感情論でエリック隊長の事を卑下するのかね?」

 「・・・そうかも知れません。でも、アイツには『正義』がない。いつもそんな気がしてしまうのです」

 「ふむ・・・そうか」

 

 俺はてっきりこれで叱られると思った。

 感情的な理由で上司を判断するのは、組織人としては失格なのだ。

 俺はそのような説教を先輩達から幾度もなく受けており、今回も同じ事を言われるのだろうと思った。

 しかし、アドラント様からは意外な言葉がかけられた。

 

 「ロイ・・・君が今、感じている違和感・・・それが時として正しい場合もある。我ら警備隊は魔導仕掛けのゴーレムではないのだ。時として心に感じた違和感に従い、疑いの目を他人に向ける事は悪い事ではないのだよ」

 「え?」

 

 俺はアドラント様の言葉にどう応えていいのか解らなくなる。

 ここで俺の事をいきなり叱られなかったのが意外だった。

 そんな呆気に捉われていた俺を見て、隣に座っていたシュトライカ様が堪らず大笑いをした。

 

 「ふははは。ロイの勤怠評価の記録を見ると、入隊六ヶ月で上司に対する暴言と職務不履行で厳重注意を既に三回受けている。給料は最低ランクで、素行も悪しと評価書には書いてあるぞ。つまり、普通の警備隊組織ならばクビ一歩手前の状態ですな」

 

 シュトライカ様はそう言い、懐から職員の評価記録の写しを取り出し、それをアドラント様に渡した。

 一般職員には秘密扱いの書類だったが、管理局の人間ならば自身の権限で自由に閲覧できるのだろう。

 確かのそのとおりで、俺は散々注意を常々受けている駄目警備隊員なのだ。

 アドラント様はその資料に目を通し、ロイに向き直った。

 

 「確かに、記録上はそうだな・・・しかし、これはあくまで記録上の評価結果だ」

 

 そう言うと資料から俺の事が書かれたページを破り、それをくちゃくちゃと丸めて、外に放り捨てた。

 その行為に俺は「え?」と素っ頓狂な顔をしてしまう。

 

 「こんな評価結果など、評価する側の人間の尺度によって変わるものだ。白いモノの中に黒いモノが少し混ざれば、黒いモノが悪となる。逆に黒いモノの中に白いモノが少しならば・・・正義は時として『悪』と評されて糾弾されてしまうのだ」

 「・・・」

 「今の私には、このランガス村が黒く染まる過程のように見えて仕方ない・・・君のような『正義』の隊員が潰されてしまうのではないか・・・そんな危惧を抱いている」

 「アドラント様・・・一体、何の話しを・・・」

 

 俺はアドラント様の雰囲気が変わった事に気付く。

 そして、この瞬間に、彼らの馬車に乗せられた意味が解らなくなった。

 

 「ここからは他言無用で頼む」

 

 アドラント様は俺にそう命令して、話しを続けた。

 

 「我々はエリック副隊長の事を疑っている。果たして彼が帝国の防人として公明正大な警備隊に相応しい人物であるかとな」

 「!」

 「私が彼に感じている嫌疑・・・いや、この場では敢えて『犯罪』と言おう・・・それにはいろいろとあるが、一番に疑われるのは『経歴詐称』だろう。彼は自分のキャリアを偽っている可能性がある」

 「経歴詐称・・・」

 「左様だ。だが、確たる証拠はない。いや、上手く書類がでっちあげられたと見ている。これほどに完璧な経歴の記録書類が揃っていると、彼の経歴が偽物であると証明するのは簡単に行かないのだ。しかし、そんな完成度の高い書類を作るのも簡単ではない筈・・・きっと、彼の後ろには大きな組織があって、その支援を受けているのだろう」

 「組織ですか? それはどんな??」

 

 俺の言葉にアドラントは両手を挙げて解らないと伝える。

 

 「それが解れば苦労はしない。しかし、そんな組織がバックアップするほどの人物がエリックなのだ。きっと彼には際立った何らかの役割がある筈だ」

 「エリックの役割って・・・」

 「そう、それを探すこと。つまり、敵側の目的をつきとめる事が私達『管理局』の仕事なのだよ」

 「エリックが敵!?」

 「そうだ。ロイはエリックと同級生だと聞いている。そんな君には・・・ひとつの秘密の命令を請けてしい。その命令とは、エリック副隊長の担っている目的について、ロイが秘密裏に調査をして欲しいのだ」

 「お、俺が調査ですか?」

 

 アドラントは頷いた。

 

 「エリック副隊長はロイの事を侮っている。いつも反発する君の事を、いつでもつぶせる相手だと思っているのだろう・・・だから、この役割は我々より君の方が適任なのだ」

 「俺・・・」

 「そう。私達は調査を終了してラフレスタに帰ることにする・・・勿論、これは見せかけだがね」

 「・・・」

 「実際にはラフレスタに帰らず、近くの村で待機しておこう。そして、連絡役としてバンナムを密かに残しておく。その間、君はエリック副隊長の目的を調査するのだ」

 

 そう言ってバンナムに目配せをする。

 ここで、ずっと黙していたバンナムと呼ばれる巨漢の管理局員がロイにニッと笑みを見せた。

 

 「ロイ! 俺もエリック副隊長の事が好きになれん。散々、奴をイライラさせてやろうぜ!」

 

 悪戯を思いついた悪餓鬼のように見せた笑みだったが、俺は彼の表情から邪悪なもの一切感じられなかった。

 そんな馬車の車内だったが、移動が止まり、御者によって扉が開けられた。

 

 「タイミングよく目的地に着いたようだな。降りよう」

 

 アドラント様はそう言い、上機嫌で馬車を降りた。

 そして、目的地のクラップ湖からの眺望を見て感嘆の言葉を発する。

 

 「おお、これは素晴らしい。ロイも降りて来て見てみろ」

 

 アドラント様がそう言うように、このとき、ランガス村の外れに位置していたクラップ湖の湖畔にある小高い丘からの眺望は素晴らしかった。

 水面には夕日が映ってオレンジ色に輝き、対岸の湖畔のさらに向こう側には、収穫時期を終えて伐採されたトウモロコシ畑が続き、その先には村の中心部が見えた。

 そして、さらにその向こう側の平原には幾つかの別の村が見えて、もっと遠くには薄っすらと城壁都市ラフレスタの片鱗も見えた。

 冬が迫って空気が澄んでいたためか、そんな遠くまで見えたのだろう。

 本当に美しかった。

 

 「この素晴らしい風景を心に刻んでおこう。これほどに美しいランガス村が悪党の手に染まらないように皆で誓おうではないか」

 

 アドラント様はそう言い、この美しい風景を心に焼き付けているようにしていた。

 俺と三歳しか違わない人間なのに、このときのアドラント様は俺から見てとても大きな人間に見えた瞬間だった。

 

 


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