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ラフレスタの白魔女 外伝  作者: 龍泉 武
第五部 帝皇の罪、銀龍の罪
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第四十六話 龍の怒り

 北部より感じる無残の念・・・

 我ら龍族は生命の思念を感じる魔力が備わっている。

 先日、失念と自種族への恨みと共に自害した白エルフ族の娘を弔ってやったが、今回の凶事もその事と多少なりとも関連があるのだろうと、他種族の感覚に鈍い我でも予感する。

 

「このエルフ野郎っ!」

「野蛮な人間風情がっ!」

 

 いつものように気配を消す魔法を使い、上空から戦いを観察しても、互いに罵り合う暴力の応酬・・・つまり、種族間の戦争が繰り広げられている。

 

(争いの意図を探ってみるか・・・)

 

 我は魔法を駆使して戦闘を進行中の両種族の兵の思念を探ってみる。

 

(なるほど・・・エルフ側は人間の侵略への対処・・・種族として人間を相当に蔑んでいるな・・・そして、人間側は交渉に赴いた王に対し背後から暗殺しようとしたエルフをこちらも蔑んでいると・・・)


 下らない理由だと思うが、争いの理由など大概はそんなもの。

 自尊心(フライド)、食料、領地。

 下等生命の考えなどその程度なのだ。

 我は辟易する。

 そんな下等種族の管理を天地創造の女神より命じられている我の立場・・・

 

(どうするべきか、我がどちらかに加担すれば、『ゴルト大陸に存在する生命と種族の均衡を守る』と定義された我の存在理由から外れてしまう。それでも無頓着に放置すれば、この戦にて兵士が多い人間種族が勝利してしまうのは明白。そのような結果になればこの大陸からエルフ種族が絶滅してしまう・・・それも拙い・・・)


 過去にも、とある大陸で魔族が絶滅近くまで追いやられた戦争があった。

 その末路は種族反映を願う女神の意向に反したとなり、滅亡の危機にあった魔族は月世界へと移住さ、魔族と争ったその地域の人類は絶滅させられ、その管理主の龍は責任を取る形で別世界に追放された。

 

(まったく・・・面倒な事を起こしてくれる。我は女神のお気に入りだと言うのに、このままではその地位を失いかねない・・)


 面倒だがこの争いを鎮める事を我は決意した。

 

 

 

 

 

 

 

「一番隊は壊滅、二番隊と三番隊は人間軍の魔術師部隊から集中砲火を浴びて苦戦しています」


 精霊魔法の遠視画像より分析された戦況を聞かされるが、そんな話を聞かなくても我々が不利なのは解っている。

 

「ぐ・・・やはり数で我々が不利なのは事実だ・・・これは最悪の事態も考えなければならぬか・・・」


 儂は同胞エルフの若い命が映像魔法の中で散っていくのを、悔しさの入り混じる忸怩(じくじ)たる思いで見る。

 一族の命を守るために、人間に降伏するしかないのか・・・

 それともプライドをかけて、最後の一兵まで戦えと命ずるか・・・

 最悪の事態を悩んでいる儂。

 しかし、その直後、それは起こった・・・

 

ドカーーーン、ギョワーーーーーン!


 戦地で突然の爆発、それは人間の魔法では考えられない規模の魔力の奔流・・・そして、聞き慣れない咆哮。

 映像越しでも解る異常な事態。

 それまで人間と激しく戦っていた陣地が、あっという間で更地になる。

 そこには人やエルフ、いや、周囲の木々までもが一瞬にして消失・・・そんなことができるのはアレ(・・)しかいない。

 長く生きる儂の経験が警鐘を鳴らす。

 

「映像魔法を空へ、背後の空に切り替えろ!」


 それは絶叫に近い命令。

 冷静沈着を自負する普段の儂の姿からは逸脱しているが、今は対面を整える余裕なんてない・・・

 儂の命令は素早く実行された。

 そして、その空に浮かんでいたのは・・・想像どおりのお姿・・・

 銀色の鱗が陽光を眩しく反射するのは至高の存在の姿・・・

 

「銀龍様・・・だ」


 大いなる畏怖を感じて・・・儂は映像越しで見るその姿に平伏してしまう・・・

 

 

 

 

 

 そんな突然の銀龍の登場には、人間側の陣地でも大騒ぎとなる。

 

「何だ! 突然、部隊が消失しただとっ!」


 それは敵側のエルフの秘策の魔法攻撃かと思ったが、すぐに否定される。

 何故ならば銀の鱗を持つ巨大な魔物が空中に現れたからだ。

 

「あれは!? 銀龍なのかっ!」


 唖然としているのは誰もが同じ・・・銀龍とはゴルト大陸で最強の魔物であり、その伝説級の存在は誰もが解っている。

 しかし、ここ数百年その姿を見た者も無く、本当に実在するのかあやふやだったが、それでもこうして現れてみれば解る。

 彼の生物は絶対に『銀龍』であると・・・

 

「ランス様!? あれは?」


 全軍の指揮を任せているウェンが血相を変えて俺に指示を求めてくる。

 ウェンは軍隊運営に多大な経験があるものの、それはあくまで異世界の対人間戦においてだ。

 今まで戦闘状況に関して俺に誰何を問うてくる事態は無かったが、今回ばかりは彼にしても予測不能な事態が起きているのだろう。

 

「あれは銀龍スターシュート・・・ゴルト大陸で最強の魔物。いかん、すぐに撤退をっ!!」


 銀龍の口元が白銀に光った事を危惧したが、時既に遅く・・・必殺の光線(ブレス)は放たれてしまう。

 

ブォーーーーーッ!!!


 必殺の吐息(ブレス)が再び炸裂し、その射線上にあったすべてのものが無に帰される。

 そこに人やエルフ、木々の区別は無い。

 射線上にあったものが文字どおりすべて蒸発(・・)した。

 

「何だこりゃ! こんなの無理だっ!!」


 あまりにも理不尽な魔物の攻撃にウェンの口から諦めに似た愚痴が零れる。

 そして、その直後・・・すべての人の頭の中へ言葉が届く・・・

 

「卑小な人間よ。お前達はこの領域に近付くな! エルフを絶滅させることはこの銀龍スターシュートが許さない! そして、この森に近付く事も禁忌とする」


 強烈な魔法による一方的な思考介入。

 そこには強い口調が籠るだけでなく、人の心に対し従わせようとする何かが込められていた。

 

「ぐ・・・これは強制の魔法!?」


 魔法専門の参謀がそんな事を零す。

 しかし、魔法だと解ってもこの勅言を無視する事は難しい。

 心の奥底で大いなる恐怖が膨れ上がってくる。

 

「わ・・逃げろっ! 勝てっこない!!」


 最前線の兵が逃亡した。

 彼らは銀龍の魔法の言葉を真正面で受けていたので魔法の影響は大きいことに加えて、銀龍の必殺の魔法を直で見せられている。

 その恐怖たるや、人間の心の許容を超えるのは明らかだ。

 数千の兵が敗走してしまうが、その後を追ってくるものが・・・

 

「陛下、魔物です。それも(おびただ)しい数が・・・」


 映像魔法越しに解る異形の魔物集団による襲撃・・・コブリン、オーク、スライム、オグル・・・数多の魔物が一斉に人間の軍に襲い掛かる。

 普段から知能が低いため、魔物同士で連携する事は無いと言われていたが、ここの魔物はすべてが人間に襲い掛かってくる。

 そこに銀龍の魔法が作用していると感じられたが、分析している場合じゃない・・・

 

「陛下・・・ここも危ない、撤退のご準備をっ!」


 若い兵が俺にそんな事を進言してくる。

 エルフに対する勝利は目前だが・・・俺も莫迦じゃない。

 

「全員、撤退!」


 俺だけならば、このまま留まるが、俺も帝皇・・・全軍の命を預かる身。

 一瞬、アルヴィとナァムの事が脳裏を過ったが、それを銀龍に感じられたのだろう――彼の伝説の魔物は人の心など容易に見破ると聞く――再び銀龍からの言葉が脳裏に届く。

 

「エルフの姫君は既にこの世にいない。彼女の願いは怒りと共に我に届けられた」


 衝撃的な内容だが、この時の俺は不思議と悲嘆の暮れるよりも、妙に納得できた。

 自害――それは強気で一途なアルヴィが怒りのあまり取りうる選択のひとつだと。

 後になり、この場でそんな納得をしてしまったこの時の俺を責める事になるのだが・・

 

「彼女の最後の願いは、人間社会とエルフ社会の分断。自分に施された仕打ちの仕返しだが・・・今はそれが得策かも知れぬ。互いの憎しみは分断する時間が解決してくれるだろう!」


 銀龍がそう述べると、再び吐息(ブレス)を吐く。

 それは今まで放っていた直線的な射線の必殺の白銀吐息(ブレス)ではない。

 白く靄のように広がる不思議な吐息(ブレス)だ。

 その靄が森の中を進んで周囲が覆われる。

 白い靄の中に沈んだ木々は濃い靄に覆われて見えなくなり、やがて消失する。

 しばらくするとその靄が晴れて白い花畑が現れた。

 

「この花はシロルカ・・・知能ある者の心へと侵入して悪夢を観させる。そして、その者の生気を糧とする魔性の植物。何人たりもこのシロルカの結界を超える事は叶わぬ・・・これにより人間とエルフの世界を別つ。互いの交流は禁じられたのだ!」


 訣別の言葉は淡々としていた。

 しかし、この訣別について深く考える余裕はない。

 

「陛下速く馬車に避難をっ! 魔物が近くまで迫っています」


 部下が必死の形相で俺に退転を請うている。

 

「ぐ・・・仕方ない。撤退するぞ!」


 俺は苦渋の決断で撤退を決意する他ならなかった。

 こうして、帝国のエルフに対する戦は終結する事になる。

 そればかりか、この件以降、ゴルト大陸の中央部の森は『魔物の森』と呼ばれる事になり、その森に恐ろしい密度で生息する魔物により、人間が侵入不可な領域となってしまう・・・

 俺達は数多の魔物から森より追い払われるように領域外へと命からがら逃れることができた。

 そして、後にこの件は『龍の怒り』と呼ばれる事になる。

 

 


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