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ラフレスタの白魔女 外伝  作者: 龍泉 武
第五部 帝皇の罪、銀龍の罪
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第四十四話 会談

 エルフの若者に案内されて、森の奥に進むと、開けた場所に到達――小さな泉へと出た。

 周囲を確認してみると、人の気配はほとんどない。

 

(騙されたか・・・)


 元よりあまり期待はしていなかった。

 普通、敵側の人間の親玉より突然「トップ同士で会談したい」といきなり要望してもなかなか通るものではない。

 俺は諦め気分で元来た道を引き返そうとしたその時・・・

 

「人間の王よ。儂との会談を望んだか?」


 しゃがれた声が背後より聞こえた。

 俺はハッとなり振り返ってみると、泉の上にその人物の像が見えた。

 

「精霊魔法を光魔法のように使う術か・・・」


 俺は相手の施術内容に言及してしまう。

 そして、その直後に今はそんな無粋な指摘をしても重要ではないと考えを改める事になる。

 

「いや、今はどんな術が使われているかなんてどうでもいい・・・貴方が白エルフの族長か?」

「いかにも、儂が白エルフ族長ログナーだ。そして、其方が人間の軍の王か?」


 相手の老人の顔が険しくなる。

 そんな顔を見れば、交渉相手が決して友好的でないことぐらい誰でも解る。

 理由も明白、俺の事を侵略者だと思っているからだろ。


「俺は人間。エストリア帝国の代表――周囲からは帝皇とも呼ばれているが――ただのランスと呼べばいい」

「ランスか・・・」


 相手の族長は俺の名前を反芻すると顔の顰めがより深くなる。

 まぁ、俺の事は自分が支配している領域に兵を送り込み、小規模ではあるが既に一戦交えた相手である。

 俺が侵略者として認識されている自覚はあるが・・・

 しかし、それよりも俺はエルフに喧嘩を売りに来たのではない。

 

「俺が望むのはエルフ族との戦争ではない。俺としては貴方にとある要求を望んでいる。それが得られるならば、兵を収めて大人しく撤収してもよい」

「儂に交渉を望むか・・・下賤な人間が生意気な事だ」

「生意気で結構。しかし、俺が無益な争いを望まないのは事実だ」

「・・・」


 ここは交渉の第一段階・・・まずは相手が乗ってこなければ話が先に進まない。

 俺は不退転の決意を示す意味で、老練な交渉相手から視線を外さない。

 どうだ!?

 

「・・・解った。何を望むか申してみよ!」


 相手からそんな言葉を引き出せたことに一瞬飛び上がり喜びそうになるが、ここは堪えなくてはならない。

 俺はシビアな交渉が前に進んだけで喜ぶ事をおくびにも出さず、相手に要求内容を手短に伝える必要があると思った。

 

「私が望んでいるのはふたつ・・・ひとつは我が妹ナァムを返して欲しい。貴方が連れ去りを直接命じた訳では無さそうだが、それでも姫君であるアルヴィの奪還を命じたのは明白。その際、奪還者は私の妹も連れ去った訳だが、貴方は奪還者にナァムの解放も命じられる立場にある筈だ。だからナァムを俺の元に返して欲しい」

「・・・」

「そして、もうひとつはアルヴィの件。彼女も返して欲しい。私は彼女を愛している。本気で必要としている。そして、アルヴィも私のことを愛している。彼女の意思で私の元に帰る事を望んでいるだろう。愛する者同士が共に暮らす事を了承して欲しい!」

「・・・」


 ナァムの返還を要求した時よりも重苦しい沈黙が続く。

 言葉で表すならば、怒りの感情にも似た重圧だ。

 

「貴方からすれば、人間から身の程知らずの要求をしているようにも聞こえるだろう。しかし、俺は本気だ。アルヴィの事を誰よりも愛している。彼女が得られるならば、帝国の王の座を他の誰かに譲ってもいい・・・と思っているぐらいだ」


 そんな俺の発言に木々の奥から衝撃に似たざわつきが感じられた。

 密かに俺を追いかけてきた人間の部下か、それとも白エルフの兵か?

 詳細までは解らないが、俺がここで言っている事は本気の本気。

 アルヴィを得られるのであれば、何もいらない。

 

「・・・」

「・・・」


 互いに長い沈黙・・・

 まるで泉さえも俺達の緊張を感じ取っているように、水面がひと時も乱れる事は無かった。

 

「・・・貴様の言い分はそれで終わりか?」


 長い沈黙の後に白エルフの族長からそんな一言。

 

「ああ」


 俺も短い承服の言葉を返す。

 いろいろと喋る気は無い。

 この要求以上の事は無く、これ以下の要求も無い。

 相手の回答次第で、俺達の次の行動内容は決まる。

 さて、この老人はどう出てくるか?

 

「・・・貴様の要望は解った。そして、娘が本気でお前の事を好いているのも聞かされている。しかし、娘の事は諦められよ。娘は既に別の相手と結婚させている。貴様と出会うよりも前にな・・・娘の我儘で白エルフの里を飛び出し、そして、お前と出会った・・・出会ってしまった。たとえ互いの愛が本気でも、我ら一族は白エルフ族長の家系。個人の情欲だけで婚姻相手を決められぬ。それは白エルフの純血を守るための義務でもあるのだ」

「・・・」

「人間ランスよ。其方が到底納得できないのも理解はしてやろう。しかし・・・我らもこれだけは譲れぬ事だ」

「・・・ならば、せめて! アルヴィに合わせてくれ・・・私はこれでも分別を理解できる頭は持っているつもり。もし、彼女の口から拒絶の言葉を聞かされれば、この感情を・・・心の昂りを抑える事ができるかも知れない・・・」


 できると断言できないのが、俺の狡いところだ。

 俺は半ば確信している。

 アルヴィの口から俺への別れの言葉は絶対に出ないと・・・

 

「諦めの悪い男だ・・・理解せよ。エルフと人間が解り合える事などありえぬ。もし、ふたりが結婚できたとしても、その子供はどうする? 両種族に幸せな未来など存在しないのだ」

「ならば・・・本当の利益を示して見せよう。もし、俺の願いを聞き入れて貰えるならば、帝国の帝皇の座を貴方に譲ってやろう」

「何っ!?」

「エルフがゴルト大陸の見渡す限りの平原を、莫大な土地を支配できるのだ。これは魅力的な提案だろう?」

「ぐ・・・」


 白エルフの族長の声が詰る。

 やはりこれは白エルフの族長にとって魅力的な提案だったようだ。

 元々、俺は白エルフを滅亡させるためにこの喧嘩をふっかけたのではない。

 俺の最終目的はアルヴィとナァムの奪還。

 そのために常日頃から彼女達をどうやって取り戻すかを考えていた。

 俺から彼女達を奪った相手とは白エルフの一大勢力。

 更に人間と違う種族でもあり、そう簡単に返してくれるとは考えられない・・・

 だが、相手が為政者である場合、手はあると思った。

 とどのつまり支配している種族全体に利益ある魅力的な提案ならば、良いのだろう。

 現金な話だが、優秀なリーダーほど民のメリットを常に考えている。

 帝皇の座と帝国の支配している土地・・・これほどに大きな利権は拒否が難しいと考えられる。

 俺が得た帝皇の座は気付けばゴルト大陸のリドル湖周辺を支配する一大勢力の長だ。

 普通の人間であっても欲しい奴から見れば、喉の奥から手が出る程に莫大な利益を生む存在。

 しかし、正直俺自身はそれにあまり興味はない。

 元より周囲の人間には「アルヴィとナァムさえ取り戻すことができれば、俺は引退してもいい」と言っている。

 周囲からは盛大に反対されているが・・・知ったことか。

 今の白エルフ族長の頭の中は自分の娘を人間に差し出す事と帝国の支配権を天秤にかけている筈。

 これはもう一息だな・・・

  

「俺はアルヴィとナァムを取り戻すことができればそれでいい。何ならば、貴方が帝皇の座に就く事を推奨しても良いし、俺が貴方の家臣として人間との仲介役を担ってもいいだろう」

「それは・・・」


 どうだい、魅力的な提案だろ?

 

「貴方が了承してくれれば、我々はすぐにでもこの森から出て行く。そして、貴方を初めとした白エルフは俺の持つ帝国を引き継ぎ、ゴルト大陸の覇者となり、後の歴史に名を残すだろう」

「ぐぐ・・・」


 俺が行っているのは悪魔の提案に等しい筈だ。

 最高の権威と名誉をやるから、自分の娘を差し出せと言っているに等しい。

 それが本当に自分の利益だけならば、悪い提案となるが、今回の場合は白エルフ全体に関わる利益の話にもなる。

 だから、族長も苦悩しているだろう。

 

「どうだ? 簡単な事だろう。それに俺は別に貴方から娘を奪おうとしているのではない。妻として私の傍にいて欲しいだけだ。金輪際、両親と会わせない事も無いし、もし、子供が生まれたならば、それを祝福もして欲しい」

 

 今までの事は水に流して、普通の家族として付き合いも許可しよう。

 俺は心が広いからな。

 ふふふ、族長の顔を見れば、迷っているのは解る。

 あとひと押しだ。

 そう思い、最後のアピールポイントを説明してやろうと思えば・・・

 突如、背中に熱い痛みを感じた。

 

ヒュンッ、ドンッ!


「ぐわっ!!」


 俺の背中に命中したのは(やじり)・・・後ろを振り返ってみれば、憤怒の表情で俺を睨み、そして、弓を張る白エルフの若者の姿が見えた。

 

「この人間のクソ野郎っ! お前さえいなければ、私とアルヴィリーナの関係は上手くいったのに・・・死ねっ!」


 その激高した若者は俺の脳天目掛けて次の矢を発射しようとしている。

 

「よせっ! ギリニアーノっ!」


 白エルフ族長が映像越しに彼の蛮行を止めようとするが、何分映像では無力。

 そして、矢は発射され、吸い込まれるように俺の脳天目指して突き進み・・・

 ああ、これはもう駄目か・・・

 

ドンッ!


「ぐわっ!」

 

 覚悟を決めた俺の前に飛び出してきたふたりの人間、そのひとりはクリステ領主で、彼は身体を張って俺を守ってくれた。

 こうして俺は九死に一生を得たが、それでも矢はクリステ領主の胸に命中し、彼は瀕死の様相だ。

 

「この卑怯者っ!」


 林の影より飛び出してきたもうひとりの人間はグラニットさん。

 彼は器用に剣を投擲して、俺を攻撃してきた白エルフの若者に命中させる。

 

クルクルクル、クザッ!


「グギョッ!」


 投擲した剣は狙い違わず白エルフの若者の胸に刺さり、相手も致命傷・・・か、どうかは解らないが、相当なダメージを負っている様子。

 

「ギリニアーノ様!」


 白エルフ若者の従者なのか、別の若いエルフ達数名が現れて、俺に矢を放った不届き者の若いエルフを林の奥に引っ張って行く。

 俺もグラニットさんに抱えられてその場から撤収。

 しばらくの後、林の奥で待機していた同胞からは援護攻撃・・・

 白エルフもそれに応戦する形で反撃・・・

 こうして、俺への暗殺未遂事件を皮切りに、大規模な戦闘に発展していく。

 俺は薄れていく意識の中で、交渉が失敗したことを悟る事しかできなかった・・・

 


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