第四十三話 エルフ、対、帝国
「ランス様、このまま行けば、念願のナァム様とアルヴィリーナ様を取り戻せますね」
へらへらとした媚びへつらう顔で、俺にそう言ってくるのはマースの領主。
俺に対して完全におべっかであるが、不思議と悪い気はしない。
最近の俺は・・・一言で言うと孤独だ。
ナァムとアルヴィを奪われてから、俺は他人を遠ざける事もあったが、それ以上にエストリア帝国の皇帝として振る舞う事を強く求められていた。
俺達――主に頑張ってくれたのはエミリア達だが――の施した政治・経済・統制・法律・軍事力の仕組みは大変優れており、バルディ王国という脅威が無くても、帝国という仕組みを求めて俺達に恭順を示してしてくる領地は増える一方だ。
こうして、エストリア帝国は巨大になるが、それも俺という求心力があっての事らしい。
普段からエミリアや当初からの夫人達から俺は襟を正しつつ他者と格越とした態度を示せ・・・と求められる。
そうして、俺は特別に懇意する相手を作らず、皆には平等に接する帝王像を演じ続けた。
その結果、神秘性は高まったかもしれないが・・・孤独、それを感じる日々。
完全におべっかだが、マース卿のように俺に対して気軽に話しかけてくれる存在など稀である。
だからと言ってマース卿に特別便宜を図るような真似をしてはいけない。
それは帝国の帝王学の倫理としてエミリアから常日頃注意を受けているので間違う事は無いが・・・
「・・・この慣習に慣れてはいけないと言う事かな」
人の上に立つ者の罠として自覚する事をつい口から出してしまう。
「へ?」
当然、そんな事など解らないマース卿から疑問符が飛び出してくる。
「いや、俺の独り言だ。気にしなくてよい。初心を忘れるべからず程度の意味だ。それよりも今は白エルフの里の攻略に集中しよう」
「・・・はは」
多少疑問は残るようだが、それでも俺が示した軍事的目的に納得を示してくれた。
ある意味で俺のそんな原理主義的な言動に納得を示すのはマース卿の後ろに馬で続いているクリステ卿からだった。
「いやはや、流石はトリア領の雄。いいや、現在はゴルト大陸の大英雄と言うべきか、ランス・ファデリン・エストリア帝皇様の素晴らしいお言葉ですな。これで憎っくき亜人共を一掃できます」
「・・・クリステ卿、私の望みはナァムとアルヴィの奪還だ。それさえ実現できれば、大規模な戦闘まで行うつもりは無い」
「ランス様、それでは困る。今回の戦さに参加させた諸氏を納得させられませぬ。アイツらにはエルフに対する日頃の恨みを晴らせるって声掛けしたんだ!」
「今回の出征で領地を通過させて貰ったのは礼を言おう。しかし、貴君らに今回の戦まで参加は求めていない。そもそも、私は大規模な戦争と略奪までするつもりはない」
「困りましたなぁ~ 我が領地は血気盛んな者が多い、多少自制が利かなくなっても大目に見て欲しいものです」
「クリステ卿、無礼です!」
マース卿は怒りを示すが、武人気質のクリステ卿に対してはいかせん迫力不足。
短い付き合いだが、クリステ卿は政治力学なんて通じない。
クリステ領は常に東の蛮族と争っているので、武骨な為人であっても強いので領民からは人気の高い領主だ。
俺は多少諦めているが、それでもクリステ卿を宥めてみる。
「そこはクリステ卿が収めてくれ、俺が希望するのは妹と盟友の奪還であり、占領・強奪まで要求していない。エルフ達とは考え方や価値観は違うかも知れないが、それでもまずは話し合いをするべきだ。互い解り合えれば、それに越した事は無い」
「・・・ハイハイ解りました。それでもエルフ相手は無駄だと思いますが・・・」
「それでもだ」
強引に力で解らせようとするのはクリステ卿の考え方なのだろう。
彼がそんな考え方に至るのは俺も理解している。
白エルフとは、排他的であり、自らが至高の存在だと他種族を見下すのは割と有名な話だからである。
でも、俺は解っている。
今回の軍勢も人間が力を持つ存在だと示すひとつの手段。
決して戦いですべてを解決しようとしているのではない・・・そう心へ静かに反芻しながら俺は馬を進める。
そして、その知らせは突然入ってきた。
「エルフだ。エルフが襲ってきたぞ!」
先を進む部隊からの知らせ。
先頭の部隊がエルフの領域に入った事を示していた。
「待て、むやみに反撃するな。俺が行くまで持ちこたえさせろ!」
俺は激しくそう叫び、馬を走らせる。
そんな俺についてくるクリステ卿。
「ははん。そう来なくっちゃ。戦いに決して背を向けないランス様の活躍を見せて貰おう!」
大層な事を言う彼だが、その口元は笑っている。
クリステ卿・・・噂に違わぬ戦闘狂め。
しかし、こんな戦いの場には頼もしい限りでもある。
少なくとも、俺におべっかばかりしているマース卿よりは役に立つだろう。
クリステ卿をそう評価しつつも、俺はエルフと接触があったと思われる最前線へと馬を急がせる。
森の中をしばらく走ると、エルフとの戦闘現場に到着した。
周囲を確認してみれば、幾名かの兵士が矢を受けて絶命している。
森の戦いではエルフが有利だ。
彼らは弓の名手であり、そして、視力も良い。
そして、人間側も一方的にやられている訳じゃない。
よく観察してみればと、エルフ側にも被害が・・・魔法で焼かれた死体や剣で刺された骸が見えた。
よく見慣れた戦闘現場だが、何度見てもいい気がしない。
それでも、これでエルフ側は人間の軍を脅威に感じてくれたようで、ひとまず戦闘は膠着状態か・・・
まだ周囲にはエルフが潜んでいることを意識して俺は声を荒げる。
「俺はエストリア帝国を司る帝皇ランスだ! エルフ族長にお目通り願いたい!」
相手側の出方は・・・
木々の奥がざわついているのが解る。
よし、どうなるか解らんが、交渉できればそれで良しだ。
俺としても無差別にエルフを恨んでいる訳ではない。
アルヴィとナァムさえ取り戻せれば、多少の事は目を瞑ってもいいと思っている。
どうなるかとしばらく待つが・・・相手側から声が聞こえてきた。
「本来ないならば、人間如きが我ら白エルフの族長と謁見するなど、あり得ないが。貴様は今回の人間軍の将・・・つまり災いの元凶。族長様は会話してやるとの事だ。ひとりで来るならばついて来い!」
高圧的な物言いに俺と共にここに来た兵――特にクリステ卿――が苛立つのを感じるが、俺はそれらを素早く制す。
「解った。交渉によって解決できるならば、俺はそうしたい」
ひとりで同行する旨を相手に伝えて、俺は馬を走らせた・・・
「何? 帝皇が現れた!?」
精霊魔法によって前線各隊の戦闘状況が伝えられるが、その前線のひとつに敵の将――帝皇が姿を現したという情報が聞かされる。
そして・・・
「儂と交渉したいだと?」
帝皇からの意外な提案。
儂はその意図を一考してみる。
「莫迦言うな。人間との交渉などあり得ない。すぐに殺してしまえば、決着がつく!」
ここで節操に口を挟んできたのがギリニアーノ。
アルヴィリーナの一件があるのか、彼は余程に人間を憎んでいるようだ。
しかし、ここに攻め込んできた人間の軍勢は十万を超える大群。
エルフ族の全人口が四千ぐらいなので、我々一族をすべて抹殺できる兵力なのは否めない。
「まあ、待て・・・面白い、話を聞いてやろう」
「族長。何と酔狂な! 人間は我らの敵!!」
「奴らの要求を聞いてやるのもひとつの解決策。もし、外交で解決できるならば、それもひとつの政治的手段となる」
「族長! 相手は残忍で卑怯な人間ですよ。信用などできない!!」
「ギリニアーノよ。其方はまだ若い。人間に対して感情的になるのも解らなくはないが、それよりも政治的な判断を誤ってはいかん」
「ぐっ・・・畜生めっ!」
ギリニアーノは怒りに耐えかねて指令室から飛び出していく。
「ギリニアーノ様っ!」
次期族長の座が決まっているギリニアーノを信奉する若手達も彼について出ていったが・・・
「よい。放っておけ!」
「族長様・・・」
困惑する若手達にはギリニアーノを止めなくていいと苦言を呈す。
ギリニアーノの気持ちは解らんでもない。
ギリニアーノは恐らく直感で感じているのだろう。
今回、人間側の交渉役として現れた帝皇が、アルヴィリーナが想う人間の男性であるという事実を・・・
結局、ギリニアーノはアルヴィリーナの心をつなぎ留められなかった。
結果は人間の男性に負けた。
だから単純にその相手に嫉妬している。
(ふん。私情に捉われよって・・・)
まだ若いと言っても、これでギリニアーノという人物の底が見えたような気がした。
それでも、彼の代わりとなる人物も見当たらない。
(現在のエルフ社会は深刻な人材不足だ・・・)
そんな事実に憂う反面、交渉で現れた帝皇という人物に少し興味が沸く。
(アルヴィリーナの愛した人間の男性・・・どれほどの者か、この儂が見極めてやろうじゃないか・・・)
私はエルフ社会を代表して人間の代表を値ぶむ事にした。
(大した人物ならば、交渉に乗ってやる事もやぶさかではない・・・しかし、エルフ社会全体に無理難題を要求してくるような人物ならば、戦争は避けられんな・・・)
本当は緊迫するような局面ではあるものの、妙な何かに期待している。
こうして、儂は人間との雌雄を決する重要な会談へ臨む事にする。




