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ラフレスタの白魔女 外伝  作者: 龍泉 武
第一部 ランガス村の英雄
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第十五話 エリックの焦り


 「一体どういうことだ!」

 

 俺は事実上、現在の住居となっている宿の一室で怒鳴った。

 その理由は明白で、今日、ラフレスタ中央の警備隊管理局のアドラントとか言う貴族にいろいろ問詰められたからだ。

 俺の名前の確認に始まり、ラフレスタでどこの部隊に所属していたのか、上司の名前、住んでいた場所、どういう経緯で商隊の部隊長に選ばれたのか、ランガス村での副隊長に就任した経緯や、多くの逮捕者を無罪査定で釈放した理由・・・

 勿論、予め想定していた解答をしてやったが、最後には「ラレフスタでフラガモの美味しい店を知っているだろう? 警備隊の連中ならば良く知る店だ」なんて質問も・・・

 そんなの俺は知る訳がねぇ!

 適当に答えやったが、あれは絶対に俺を疑っている目だった。

 しかも場所が良くなかった。

 あのとき、俺はイオール商会でシエクタとイチャツいている最中。

 そんな場に押しかけてきていきなりの尋問だ。

 シエクタやイオール夫妻への印象も悪くなる。

 畜生、ロイの奴、そんなところへ態々(わざわざ)と案内しやがって!

 そんなイライラを募らせていた俺だったが、ソファーに座って酒を啜っているデニアンからは落ち着けと声がかけられる。

 

 「まあまあ、エリック、落ち着けよ」

 「これが落ち着いていられるかよ。あの貴族様は俺の事を絶対に疑ってやがるぜ。バレたらどうするんだよ!」

 「そうなれば、エリックは罪人。君はしょっ引かれて地位も、名誉も、金も、そして、あの女との結婚も破談になっちまうんだろうな」

 「そんな事。認められる訳ねぇだろーーーっ!!」

 

 俺は近くにあった椅子を怒りのあまり蹴飛ばした。

 椅子は大きく飛んで壁に当たり、壊れてしまう。

 

 「おいおい、エリック。静かにしろよ。宿の主人が来たらどうするんだよ」

 

 再びデニアンからなだめられる声が聞こえたが、俺の怒りは収まらない。

 シエクタを・・・アイツだけは失う訳にいかないのだ。

 そんなイラつく俺を尻目に、ソファーに座っていたデニアンはゆっくりと立ち上がった。

 

 「まぁ、私としてもここでエリックが飛じまえば、今までの苦労もパーだ。まだあまり儲けちゃいねぇ。今、足を洗うには分が悪すぎるってモンだぜ。まぁ、俺に任せろや」

 

 そう言ってデニアンの奴はニタッと笑いやがった。

 俺も(ワル)だが、こいつは俺の上を行くヤツだ。

 こんな追い込まれた状況でも、よくもまぁ、悪知恵が次々にポンポンと出てくるヤツだと感心させられる。

 

 「役人ってものは、書類の確認を優先するもんだぜ。エリックがさっき答えた事を正しいかどうか、確認するに決まっているんだ。それならば、先回りして問題のない書類を準備しちまえばいいのさ・・・先生、いるんだろう?」

 

 エリックがそう言うと、部屋の片隅の影が揺らぎ、黒いローブを着た薄気味悪いヤツが姿を現した。

 

 「わわ」

 

 俺は毎度毎度こいつの登場に驚いちまうが、この薄気味悪さは本物・・・つまりこいつはプロで、暗殺や謀殺を生業にしているのは、もう疑いようにない。

 名前をキリュスとか言う奴らしく、『闇夜の福音』ってヤベェ組織の人間だ。

 誰に雇われているのか・・・少なくともこのデニアンではないだろう。

 デニアンは良くも悪くも小悪党、俺と同じだ。

 策謀や悪い事を考えるのは得意だが、こんな危ねぇ奴を手の内に置く程のカリスマ性や金は持っていないだろう。

 デニアンがどこかの組織から貸して貰ったらしいが、教えちゃくれねぇ。

 しかし、俺はそれでも構わねぇんだ。

 それこそ、藪を突いて蛇を出すで、デニアンのバックいる事の奴なんかは俺が知らなくても良いことだ。

 

 「先生、どうだ? お願いできねーか?」

 

 黒いローブを着た男性は黙って頷く。

 彼はデニアンの指示を無言で了解し、そして、そっと姿を消した。

 これから夜通し移動でラフレスタに戻り、俺がアドラントの奴に出まかせで言った事が真実になるように、記録の書かれた書類を準備して貰うんだろう。

 確かにラフレスタの闇社会には、それができるだけの力のある奴はいる。

 俺がこうして偽物の警備隊員に成れたようにな。

 金は相当かかるだろうが、それはデニアンやその後ろにいる組織が出してくれるのだ。

 とりあえず、彼らに任せるほかないだろう。

 

 「あとは、しばらく大人しくするか・・・クスリの取引を一時的に停止させよう。エリックもその間だけは真面目に働けよ」

 「真面目だと!?」

 「ああそうだ。普通に毎日詰所に行って、デーンと自分の席に座ってりゃいいんだよ。捕まえた犯罪者(ワル)達も別に便宜を図らなくていいぜ。やめとけって言っている間に盗みをやる莫迦なんか、助ける必要はねえ」

 「・・・解った」

 

 俺は真面目に働くなんて面倒臭いと思ったが、デニアンから指示を渋々了解した。

 

 「あとな。シエクタと会うのも、しばらく我慢しときな」

 「はあ? なんでだよ!」

 

 俺はそれだけは我慢できねぇとカッとなった。

 

 「お前が真面目に働かなくなるからだよ。アイツにうつつを抜かしてお前がダラダラしていたら、俺が折角用意してやった経歴書類が嘘になっちまうだろうが。忘れんなよ、お前はアドラントの奴に目ぇ付けられてんだからなあ」

 「ぐ・・・」

 

 そう言われると俺は何も反論できなかった。

 確かに俺が遊んでばかりいたら、いくら書類が完璧でもおかしいと思うし、下手したら貴族の権限で俺は降格されて、別のところに転属される可能性だってある。

 そうなると俺は終わりだ。

 俺が自分の好きなように威張れるのも、このランガス村の環境あってのモノだからだ。

 悔しさに俺のイライラは募るばかりだ。

 そんな俺を見兼ねたのか、デニアンからはフォローがあった。

 

 「まぁ、そんな顔をすんなって。これもそんなに長く続かねぇーさ。二週間ぐらいだから我慢しろや」

 「二週間もか!?」

 「オイオイ、これでも短いぐらいだぜ。まぁ、アドラントの奴が諦めて帰りゃ、それで終わりだ」

 「・・・解った」

 「解ってくれて何よりだぜ。それにお前だけじゃねぇ、俺もあまり悠長な事を言ってられねえ状況だ・・・ウェイルズの奴が煩くなってきたからなぁ」

 「副村長が・・・アイツ、自分が村長になりたくてウズウズしてやがるからな」

 

 俺は副村長ウェイルズがどれだけ強欲かを知っている。

 アイツはこの計画の初期の頃からの協力者だった。

 ウェイルズには俺をランガス村の副隊長に引き抜くところや、クスリの取引の容認、捕まった奴の釈放などで口利きをしてもらっている。

 そして、事あるごとに結構な額の金を要求されているのだ。

 それもこれも、すべては奴が村長の座を得るためらしく、所謂、賄賂の資金に使っているらしい。

 

 「じゃあ、いよいよ殺るのか?」

 「ああそうだ。前任の副隊長のように事故に見せかけて先生に殺してもらう訳さ。そしてその後、空欄になった村長の座を金で買うんだろうなあ」

 「・・・下種だな」

 「フフン、俺達と一緒じゃねーか」

 

 その事実にデニアンは下品に笑うだけだった。

 

 

 

 

 

 

 次の日、俺は久しぶりに一日真面目に仕事をした。

 ずっと警備隊の詰所内にいて、朝から晩まで書類仕事だ。

 隊員達の日報を確認して、捕まえたヤツの容疑を裁決する。

 今までのようにチョットの不備で見逃すようなことはせず、できるだけ有罪にする。

 同じ悪党仲間に鉄拳を下すのは忍びなかったが、それでもしょうがねぇ。

 これは俺の身を守るためだ。

 何故なら、アドラントの奴もずっと詰所にいて、俺がちゃんと仕事するかを見張ってやがる。

 くっそう。

 イライラするが、この様子をロイに見られなかったのが、最低限の救いだ。

 今日の奴は遅番で顔を合わすことはない。

 そんな俺だったが、いよいよ定時間になり、仕事を終えた。

 まだ明るいので少しだけシエクタに会って帰ろう。

 俺達は婚約をしているのだ。

 少し会うぐらいならば怪しまれない筈だ。

 俺はそう思ってイオール商会に顔を出した。

 家に帰っていたシエクタを誘い出して、いつもの川沿いの道で短い逢瀬を楽しんだ。

 ああ、癒させるぜ。

 いつものしがない会話をするだけだったが、俺の心はこれで落ち着いた。

 しかし、ここで言わなければならない。

 

 「シエクタ。すまないが、しばらくはあまり会えないかも知れない・・・」

 「えっ? どうして?」

 

 突然そう切り出した俺に、残念そうな顔をするシエクタ。

 可愛いヤツだ。

 

 「しばらく仕事が忙しくなりそうなのだ。少し落ち着くまで二週間ぐらいだろうか・・・」

 

 俺は辛い顔をするが、シエクタは気丈にも微笑みを魅せて「解ったわ」と言ってくれた。

 

 「仕事は忙しいのならば、しょうがないよね。でも私は大丈夫だから、仕事を優先して」

 

 俺を思いやるその笑顔は可愛く、見惚れてしまった。

 急に彼女のことが切なくなり、俺は堪らず自分の元へ引き寄せる。

 細い首や唇が愛おしく、俺は我慢できなくなって彼女の唇を強引に奪おうとした。

 

 「な、何をするの、いきなり! エリック、止めて」

 

 彼女は寸前に俺の突然の行動を驚き、そして、両手で俺の唇が接近するのを阻もうとする。

 しかし、俺は構わず、強引に彼女の唇を奪った。

 そして・・・

 

 パチーーーン

 

 彼女の張り手が俺の頬を打つ!


 痛くはない・・・痛くは無いのだが、それは明確過ぎる俺への拒絶の意思表示だった。

 彼女が俺の事を阻む・・・そんな事実。

 それに俺はカッとなり、彼女の顔を拳で殴った。

 

 ガーーーン

 

 「あっ・・・」

 

 そんな声は俺の口から漏れたのか、それともシエクタの声だったのか・・・

 だが、シエクタは俺に殴られて、草むらに倒れ込み、口の中を切って血を出していた。

 そして、俺を睨む瞳・・・蔑む瞳・・・

 そんな彼女の眼差しが、俺の焦りを呼び起こした。

 

 「シエクタ・・・てめえ、忘れているんじゃねぇよな! お前んところの弱みを俺が握っている事を!」

 

 そんな高圧的な事を言ってしまい、俺は後悔する。

 シエクタからの瞳に悲しみが混ざる・・・そんな姿に俺は耐えられなかった。

 

 「ケッ! 今日は帰る」

 

 俺はそう捨て台詞を吐き、シエクタの元から逃げてしまった。

 

 

 

 

 

 

 残されたシエクタは泣いていた。

 エリックから殴られた部分は痛んだが、それ以上に、彼をこれ以上真剣に愛せない自分に限界を感じていたからだ。

 母からは『強かに生きろ』と言われたけれど、自分はどうしてこんなに中途半端なのだろうか・・・

 どうして最後まで自分自身を騙せないのだろうか・・・

 どうして・・・と、ただ涙が止まらない。

 そんな彼女に見知った男から声がかけられる。

 

 「おい、どうした? こんなところに倒れて、身体の具合でも悪いのか? って、シエクタか?」

 

 川端の道の草むらに倒れて泣いているシエクタに声を掛けたのは、警ら活動中のロイだった。

 遅番で今日の警らを始めたロイ。

 そして、その活動中に遠目で人が倒れているのを発見したロイは、隊を引き連れて慌ててその様子を見に来たが、そこで発見したのがこのシエクタだったから驚いた。

 

 「おい、大丈夫か!」

 

 ロイは倒れていたシエクタを抱き起して、そして、口から血が出ているのを見て再び驚く。

 

 「血が出ているぞ。おい誰にやられた!?」

 

 ロイはそう誰何するが、シエクタはふと視線を逸らした。

 そんなシエクタだったが、ロイは構わずに彼女の看護と近親者に連絡をとるようにしようと考えた。

 

 「とりあえず怪我の手当てだ。それに婚約者のエリックに伝えないと・・・」

 「呼ばないで!」

 

 ロイの最後の一言にシエクタは酷く反応した。

 シエクタはロイを強く睨み、その美しい顔が大きく歪んだ。

 突然に彼女が見せる憤激の表情に困惑してしまうロイ・・・

 

 「私が・・・私が好きでエリックと付き合っているなんて、思わないで!」

 

 シエクタはそう言い放つと、ロイを突き飛ばしてこの場から走り去ってしまう。

 残されたロイは、これは只事じゃないと彼女を追い駆け、そして、彼女に追いつき、その肩に手をやった。

 

 「やめて! 私に触らないで」

 

 抵抗するシエクタだったが、ロイは彼女を離さなかった。

 ここで離してしまうと、シエクタが刹那的に自決してしまう・・・・・・・それ程までに思い詰めている直感があったからだ。

 

 「落ち着け、シエクタ。落ち着くんだ!」

 

 ロイはシエクタを強く抱き、暴れないようにする。

 傍から見れば、婦女を暴行する行為にも近かったが、ここでロイは躊躇しなかった。

 その姿を観た同僚のライゴンは、他の隊員達にも安心するように言った。

 

 「お前達、ここはロイに任せよう。何、大丈夫だ。ロイはシエクタと幼馴染だ。変な事にはならないさ。それに人が多いと彼女をまた刺激してしまう。それは良くないだろう」

 

 ライゴンはそう進言し、この現場から遠退くことを提案した。

 他の隊員たちは本当に大丈夫なのかと互いに顔を見合わせたが、最終的にはライゴンの言葉に従うことにした。

 それぐらいにライゴンは仲間から信頼されていたりするのだ。

 こうして、川の畔にはロイとシエクタだけが残される。

 シエクタは何も言わず、ただロイの胸を借りて泣き続けていた。

 そして、どれほどの時間が経ったのだろうか、周囲はすっかり暗くなり、青の月が淡く光る夜になる。

 ようやく泣き止むシエクタ。

 涙にぬれたシエクタの顔をロイは清潔な布で拭いてあげた。

 

 「シエクタ・・・大丈夫になったか?」

 「・・・ありがとう、ロイ。もう大丈夫」

 

 シエクタはそう応えたが、俯いたままだった。

 

 「シエクタ。さっきの話しって・・・」

 「・・・」

 「いや。答えたくないならば、答えなくて構わない」

 「・・・・・・」

 「でも、シエクタに助けが必要だったら、いつでも俺に言え。俺はお前の味方だからな」

 

 そんなロイの言葉にシエクタの顔が上を向いた。

 そして、彼女の目元に再び涙が溢れて嗚咽が混じる。


 「うぅぅ、ロイーーっ」


 シエクタは再び泣き出して、ロイにしがみついた。

 ロイは彼女の気の済むまで胸を貸し、しばらくはまたこの状況が続く事になる。

 そして、ロイは幾分落ち着きを取り戻したシエクタから、いろいろな話しを聞くことに成功する。

 エリックの事が本当は好きではない事。

 しかし、エリックにとある弱みを握られていて、家族全員が逆らえない状況にある事。

 来月の自分の誕生日を以って飛び級により高等学校を卒業してしまう事。

 そして、その次の日に結婚させられてしまう事、だった。

 シエクタが脅されている内容については、頑として口を割らなかったが、ロイは言いたくなければ答えなくていいとした。

 そして、彼女のことをなんとか助けてあげたいと思うロイ。

 しかし、すぐに解決のアイデアが浮かぶ訳でも無かった。

 それでもロイはシエクタとの別れ際に彼女にこう告げた。

 

 「俺が何とか助けてやる。これでも俺は『英雄』を目指しているんだからな!」

 

 ロイからそんな言葉を聞いたシエクタは、少しだけ気丈に笑うことができた。

 

 


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