第三十一話 英雄の凱旋
最近の私は朝から会議尽くめだ。
今日もそんな一日が続いている。
「ウエルティカ様、次はこちらの書類に決裁のサインを」
「お願い、もう少し内容を読ませて・・・私の理解が遅くて申し訳ないけど、これは重要な予算を決めるものだから」
「いえ・・・解りました。ウエルティカ様には御足労をおかけして申し訳ございません・・・」
私にそんな気を使ってくれる執事だが、この予算申請内容は少し怪しい。
いろいろと水増しされているところがあったり、合計金額が意図的に間違っていたりと・・・
(私が代理領主だから・・・この機会を利用して不正を働こうとしているのかしら?)
そんなことを勘繰ってしまう。
父様が亡くなってからは私が代理領主としてその職務を引き継いだ。
父を失った寂しさを忘れてしまうほどに領主の仕事というものは多忙だった・・・
「ここと、ここの間違いは直してください。あと、ここの合計金額が合わないのはおかしいです。理由を明確に、それが解らないならば認められないわ。それ以外には問題がないのでこの予算内容は認めます。合わない部分と分離して別の承諾の書類を作ってください」
「・・・解りました。ありがとうございます」
少々イラっとした態度で執事が退出していく。
(やはり、どさくさに紛れて不正な予算を通すつもりだったようね・・・)
私はそんな事を確信する。
この老執事は幼い頃から知っており、父様の片腕として領地運営を支えてきた人物だ。
信頼できる人間だと思っていたのに・・・人間不信に陥りそうになるわね。
「ああ・・・ランス、私を助けて欲しい」
思わず弱音を吐いてしまう。
それはこの部屋に誰もいないから漏らせる不満であり、私も他の誰かに弱い自分を見せたくない。
ランスは私の幼馴染で、最も信頼できる人物であり、心許せる相手だ・・・
「あぁ・・・ランスに会いたい。アナタに甘えたい」
彼の逞しい胸に身を預ける私を想像して俄に興奮を覚える。
私は自分の伴侶にランスが相応しいと思っている。
しかし、周囲からは反対意見が多い。
「そんなに家柄が重要なのかしら」
このトリアに住む皆はランスの事を良く知っている。
彼が冒険者であることも身分が低いと揶揄される一因だが、それでも最近はバルディ王国の強襲を退けた立役者として冒険者組合長に就任しているのだから、そんな問題はクリアしているんじゃないかと思う。
「あぁ、ランス。私をどこかに連れ去って欲しいわ・・・」
そんな私の乙女の妄想が空しく部屋に響く。
トリア領の平定・・・これはトリア家領主に生まれた私の責任なのだろうが、本当の私がしたいのはそんなことではない、と最近は考えている。
最愛の相手と結婚し、我が子を育てる・・・そんな月並みの女性の幸せを熱望している。
そんな物想いに浸っていると、神が私の望みを叶えてくれた。
「ランスだ。ランスが帰って来たぞ!」
屋敷の誰かが血相を変えてそんな事を大声で告げている声が聞こえた。
私は嬉しさのあまり、飛び上がってバルコニーの扉を開けると・・・
「何、これ?」
そこで港を見れば、驚きの光景が広がっていた。
屋敷の人間が大騒ぎしていた理由が今よく解る。
それは大船団がリドル湖に現れたからだ。
「これに・・・ランスが乗っているの?」
謎の大船団の出現に驚きつつも、そんな情報は私にとって朗報だ。
私は使用人にお願いして港へ馬車を走らせることにした。
屋敷から十分程でリドル湖の港に着く。
我がトリアは美しいリドル湖が自慢の風景だが・・・今日だけは数多の船の登場で異様な雰囲気になっていた。
「すごい数の船団だ!! 百隻以上あるらしいぞ」
「ランスがグロス領から連れてきた、と水先案内が言っているらしい」
「へぇ~、ランスって言やぁ、この前の外敵を退けた英雄じゃないか。今度はグロスで何かやってきたのか?」
「若き冒険者組合長さんだけど、彼は全然偉そうにしない良い奴だよなぁ~」
既に噂話が広まっている。
どうやらこの船団を仕切っているのは彼らしい。
事の推移を見守っていると、やがて大きな一艘の船が接岸してきた。
そして、その甲板から姿を見せたのは・・・
「ランス!」
彼の姿を見た私は気が付けば、馬車から飛び降りて走っていた。
手を振り自分の存在を彼にアピールする。
ランスも私を視認して、手を振り返してくれた。
喜びが絶頂に達した瞬間、彼の横に見知らぬ女性集団が姿を見せる。
ナァムとエルフ女性、そして、ミランダとか言う女性は知っている・・・しかし、それ以外にも知らない顔の女性が三名。
「何よ。あの女達!」
その一人の女はこともあろうかランスの腕を組み、自慢の豊かな乳房をランスの腕へと食い込ませている。
私がそんな不満な顔をしていると・・・
「ウエルティカ・・・これにはいろいろと訳があるんだ」
と大きな声で言い訳をしてくるランス。
もう、許さないんだから!
私は自分がモヤモヤした気分と、全員の注目が集まる中でランスが公式に謝罪をしてくたことの恥ずかしさで、心の中に複雑な感情が入り乱れた。
そんな雰囲気の中、少し時間をかけてランス達が船から降りてくるのだった。
急遽設けられた港湾の会議室で、ランスから近況を聞く場が設けられることになる。
この会談をまとめるのは冒険者組合長代理の座に就いたフォルスだ。
「なるほど。ランスはグロス領でバルディ王国の軍団と戦い、勝利した。その後、バルディ王国の本隊軍とここで決戦をするために連合軍を形成したと言う訳だな」
この会議に参加しているのはトリア側を代表して、領主代理の私と、港湾長の男性、トリア家の警護団の代表代理スゥォード、そして、冒険者組合長代理フォルス。
相手側はランスと美人の女性達。
その女性達は各領地の娘達のようでランスの婚約者だと自称している。
「その連合軍結成の対価としてランスと婚約した訳だ」
「・・・とても認められないわ」
私は不満を口にする。
それもそうだろう。
ランスがここから旅立つときは何も無かった・・・
ランスに懐くエルフ女もいたが、彼女は種族も違うし、何とかなるだろうと思う。
しかし、今は違っている。
エルフ女は自分が正妻の如くランスに付き纏っているし、他の女性達も当たり前のようにランスに甘えを見せている。
「ウエルティカ・・・違うんだ。これは・・・」
「何が違うと言うの! 不純だわ。ランス、アナタには幻滅しました」
私は悔しさで強がるしかない。
そんな私を嘲笑うのはグロス領主の娘であった。
「ウエルティカさん、貴女も領主の娘ならば解るでしょ? これは政治的な配慮の結果よ。強大な力と血縁関係を持つ事は地域安定のために重要な事だわ。しかもランスは男性としても素敵だし、力もあって持続力も・・・ムフッ!」
最後の一言が余計にムカつく。
この女、自分の身体にやたらと自信があるようだ。
確かにその巨大な乳房は私には持てない魅力・・・ならば、私と同じぐらいの身体つきのエルフ女は何なのだろう。
私の視線がエルフ女と交差した時、彼女が勝ち誇ったように口を開いてきた。
「私とランスは真実の愛で結ばれたの。そして、私は白エルフ族長の娘よ。ランスとも立場上、釣り合いが取れるわ」
「何て図々しい女な! 私だってランスとは幼馴染よ。アナタ達はランスの幼少期を知らないくせに!」
私か誇れるのはこれぐらい、ランスと共有した時間の長さ、そして、彼を想う心は誰にも負けない。
「ウエルティカ、貴女が幼馴染と主張するならばそれでいいじゃない。だけど私達は婚約者よ・・・そして、私は第一夫人」
「本当に腹が立つエルフの女ね。その物言い、何とかしないとトリア領から追放するわよ!」
私がヒステリーを起こすと周囲はニヤニヤ。
「ウエルティカ、落ち着いてくれ! 事態は悪い方向に進んでいる。バルディ王国の本隊がここを攻めて来る可能性が高い。奴の目的は・・・君なんだよ。高貴な女性を自分の物にすることがドゥーボ・バルディ国王の欲望だから」
その後にランスよりバルディ王国の情報が語られた。
ランスの元々の目的はバルディ王国の内情調査・・・彼はその職務を果たしているに過ぎない。
しかし、私の心のわだかまりは消えなかった。
いずれは結ばれると思っていた幼馴染をポッと出の女達に取れて、怒りやら自分が情けないやら、いろいろの気持ちが心の中で交差して、ランスの話がほとんど頭に入ってこない。
「・・・だから、俺はここにバルディ王国に対する共同戦線をトリア領主に進言する。それは正式なトリア湖同盟の発足と、来るべきバルディ王国との決戦に備えることだ」
これでランスの報告は締めくくられた。
自分が判断に迫られている事を理解している。
今の私の仕事は領主としての決断を周囲に伝える以外にない。
「・・・解ったわ。ランスの提案を許可します。そして、私達もトリア湖同盟に参加してバルディ王国に抗うべき」
私の回答にホッと胸を撫で下ろしているこの場の人々。
そして、これも伝える必要がある。
「そして、参加するからには私にもその席をくれるんでしょうね、ランス?」
当然の要求だ。
彼を独占できないのは辛いが、それ以上に彼の婦人リストに入れるチャンスはここしかない。
それを逃してはならない。
「勿論、その回答をお待ちしておりました。ランス様と同じトリア人のウエルティカ様には第一夫人の座を準備しております」
「えっ! そんな話聞いてないわよ! エミリアどういう事!」
意外なポストの提示に驚く私だが、ここで私以上に驚いたのがエルフ女だ。
彼女がランスの一番として第一夫人を主張していたからである。
「どうにもこうにも、人間社会は複雑にございます。ランス様が率いるトリア湖同盟は戦争後もこのトリアを拠点にして活動していくことになるでしょう。そのお膝元であり、幼馴染であるウエルティカ様が第一夫人となることは政治的に最も安定する選択でございます。安心してくださいアルヴィリーナ様には『特等夫人』として特別枠を設けさせております」
「何なのよ! その『特等夫人』って・・・まるで愛人みたいで嫌だわ!」
「愛人枠もございますが、愛人を卑下にしてはいけません。夫人は政治的なつながりで夫婦関係を結び、序列を決めますが、愛人とは互い気持ちの大きさで序列が決まるものです。夫人よりも真実の愛に近い関係ですよ」
「ふ~ん・・・まぁ、私にしてみれば、ランスが私の事を愛してくれるのならば何でもいいわよ。他の夫人に偶にランスを貸す程度のことでしょ?」
このエルフ女も強かで図太い性格をしているようだ。
それも全く気に入らないが、当のランスは軽く笑いを浮かべている。
これ以上にこのエルフ女を攻撃しても私の立場が悪くなるような予感しかしない。
私は怒りをそっと飲み込んで、口を栓することに決めた。
「とりあえず、トリア湖同盟に合意してくれたと理解する。早速だが、準備を進めたい。その前にまずは軍団の司令塔となる軍師を改めて紹介しよう・・・」
こうして、ランス主導による軍隊が展開される事に成った。
物語ではスピード感を出すためにあまり語られませんでしたが、現時点でランスの夫人と順位は次のようになっています。
0.アルヴィ
1.ウエルティカ
2.メリージェン
3.ザクト領主の娘
4.ナナ領主の娘
ザクトとナナ領主の娘はダークが放ったトレントに犯されそうになっていたところをからくも救われています。彼女達はランスの好みではありませんが、立場上保護されて、エミリアにより夫人集団へと加えられました。そんなことを主導するエミリアは一体何が狙いなのでしょうか? 彼女の心境は次話にて語る事にします。お楽しみに。




