第二十八話 グロス郊外にて
バルディ王国本隊の軍隊が攻めてくる。
そんな知らせを受けてから三日後、俺達はグロスの郊外にいた。
「第三部隊、前進!」
俺の横で拡声魔法の支援を受けて指揮の声を張り上げているのは、今回妙にやる気を出しているウェン。
「オラオラ、これが最後の訓練だ。実戦ではお前たちの動き次第で生死が分かれるんだぞ。必ず三人一体となり敵を殺すんだ」
異世界の戦闘スタイルを叩き込むウェン。
ひとりの敵を三人で殺すなんて、なんて卑怯な戦法だとかと初めは言われていたが、ウェンに言わせれば一対一で敵と正面から対峙する方が阿保らしいようだ。
戦闘とは突き詰めれば互いの殺し合いであり、その結果で全員の運命が決せられるならば、そこに個人の流儀は必要が無い。
それならば、決して負けない戦法にすべきであり、どれほど卓越した戦士でも三人同時に攻撃を受ければ、防ぐのは容易ではないと皆に説いていた。
俺達冒険者は魔物退治において複数名で連携して倒すことなど当たり前であり、そんなウェンの効率的な戦い方を多少は理解できるが、古流の戦法を重視している衛視達にはこれが卑怯な戦法のように映るらしい。
始めはいろいろと反発はあったが、エミリアが根気強く説き伏せてくれたので、何とか受け入れて貰っている。
結果はどうなるか解らないが、悪い結果には至らないと予感している。
そして、俺達はリドル湖畔同盟――勝手にそう名乗っても良いかは疑問だが――として今回はこの軍団の指揮を任されている。
バルディ王国軍との戦闘が近づき緊張はしてきたが、周囲を見渡してアルヴィの姿に目が留まった。
今日の彼女は肌の露出が少ないパンツ姿。
自慢の長いブロンド髪を結び、動きやすいようにしている。
細い首とエルフの特徴である細長く尖った耳。
それが凛としていて美しい・・・そんな事を想っているとアルヴィと目があった。
「ニヒヒヒ。私って魅力的かしら?」
アルヴィはそんな事を言い身体を反らして自分の魅力をアピールする。
控え目の乳房の輪郭が服へと押し付けられて、夜の扇情的な彼女の姿が思い起こされた。
「うっ!!」
俺は思わず反応してしまう自分の下半身に、何故だか負けた気がしてしまう。
そんなことをしていると・・・
ゴツン!
「痛た~いっ!」
ふざけたアルヴィの頭をゴツンと叩くナァム。
最近パターン化している行動だ。
「まったく緊張感の無い野良エルフね! これから戦いの始まる重大な局面よ。ふざけた行動は控え欲しいです」
涙目になるアルヴィだが、ここはナァムが正論。
俺はこの軍隊の指揮官を任された身分、皆の目もありアルヴィとふざけている場合じゃない。
アルヴィもその事は解っているのか、いつものようにナァムに反論する事も無かった。
ただし、アルヴィの顔を見れば少し不満なのは解る。
陽気な彼女からして、これぐらいは軽い遊びのつもりなのだろう。
何せ、先日俺への婚姻騒ぎが出た後は・・・それはそれは面倒な事になった。
婚姻を強引に迫るメリージェンに、それを推し進めようとするエミリア、煽る周囲。
そして、俺との関係をかたくなに主張するアルヴィで、その場は騒然となったものだ。
現在はバルディ王国の本隊の一部が攻めてきたことで、その戦いに備えるため、婚姻の議論は一時棚上げになっているが、俺としてはこの騒ぎが再燃する方が頭痛い・・・
「勝っても困難・・・勝てなくても困難か・・・」
そんな贅沢な悩みの俺・・・
「ランス殿、敵の軍団が見えてきたようだ」
俺の心は戦いに集中できていないが、そんな心内を知らぬように声がかけられる。
声をかけてきた相手は今回の軍団の将として就任しているメリージェンだ。
彼女は領主代行であり、立場的にもこの重要な局面で一切負ける事が許されない。
将としても堂々としており、俺なんかより立派に見える。
これが支配者として持って生まれてきた才覚なのだろう。
その直後にメリージェンの部下の魔術師のひとりが光魔法を行使する。
敵軍の拡大映像を全員へと提供してきた。
それは・・・
「んん?」
「何っ!?」
「これは!? 悪魔の軍勢ではないか?」
その映像を見せられた各位に動揺が走った。
映像に映されたバルディ軍の構成は普通の人間の兵に加えて、歩く木樹――エルダー・トレント、植物の塊が集まり人のようになった初めて見る魔物、キノコを身体から生やしたゴブリンなど魔物の姿が混ざっている。
それは人間の軍隊としては異様な光景であった。
俺達幹部は予めその可能性があると事前情報として聞かされていたから、大きく取り乱した者はいないが、一般兵はこれで浮足立ったのが解る。
「うろたえるな。これは敵将の術のひとつ。精霊魔法を邪悪に行使したものだ。魔の蔓延る森で魔物と対峙するのと何ら変わりないぞ!」
俺は敢えて大きな声でそんな事実を告げてやる。
斥候よりこの軍隊の将がバルディ王国の幹部・黒エルフのダークだと解ってから考えられた可能性のひとつ。
かねてよりバルディ王国軍にはエルダー・トレントを操る謎のエルフの精霊魔術師がいるとの情報があった。
今回はそいつが敵将なだけ、バルディ王国と争えばいつかは当たる敵。
そして、決して悲観する事は無い。
俺達にもアルヴィと言う卓越した精霊魔術師が味方にいる。
彼女が齎せてくれた情報からはエルダー・トレントを生み出すような術は公の精霊魔術には存在しないが、黒エルフのような闇に属した種族の中にはもぐりで邪悪な術を行使できる輩がいるらしい。
今回のダークという輩もそんな邪悪なひとりなのだろう。
そして、エルダー・トレントのように魔物を使役できると言う事は他の魔物も技術的には使役できることが可能だと推測できる。
今回はそれが的中した訳だが・・・
「ぐ・・・数が多いな」
そう、この使役された魔物は初めから人頭の計算に入っていない。
きっと、これは敵の奥の手、グロスに接近するまで隠していたのだろう。
その数はざっと見たところ、人間の敵兵が千人に加えて、魔物が五百ぐらい。
こちらの陣営は千五百なので数的にはほぼ互角か・・・
「大丈夫です、ランス様。これぐらいは想定の範囲です。それにエルダー・トレントって奴のバケモノの弱点は予め聞いていますから」
ウェンは敢えて自信満々で周囲に聞こえるようにそんな受け応えをする。
これは周りを不安にさせないための彼なりの気遣いだ。
実質的にその備えとして、今回は大量の盾も用意している。
エルダー・トレントの必殺の武器は高速、かつ、大量に飛ばしてくる木の杭だ。
それを防ぐ盾は最も有効な防御手段。
そして、エルダー・トレントの弱点とは人の顔の様な洞の奥に潜んでいる核だ。
そこを攻撃すると弱体化できる。
大丈夫だ。
俺達は勝てる。
「全軍に告ぐ、俺達は勝つぞ。訓練どおりに動けば勝利は確実だ。グロスを再び容易に占領できると目論んでいる奴らに、以前とは違う事を見せつけてやれ!」
「「おおーっ!」」
俺の号令に応じて味方から鬨の声が起こる。
そうだ。
ここでバルディ王国に手痛い敗北を見せてやるのだ。
俺達、トリアやグロスを蹂躙した罰を今度は与えてやるのだ。
俺の心は逸り、血が滾るのを感じていた・・・
年頭から大きな災害が続き、衝撃を受けております。石川県は訪れたことのある地でもあり、災害を受けた映像がテレビに映る毎に心が痛む思いです。被災や災害にあわれました皆様がいち早く平穏な日常に戻れる事を願っております。
2024年1月9日




