第十四話 貴族の来訪
本日二話目の投稿です。
十一月になり、比較的気候の良いとされているこのラフレスタ地方にも冬の足跡が近付いてきた。
ランガス村でもトウモロコシの収穫を終え、今の畑は閑散とした状態だ。
それほど多く雪は降らないだろうが、あと一ヶ月もすると気温はグッと下がり、人々はあまり外に出なくなるだろう。
いつもならば人通りも少なく、寂しい状態の村になるのだが、最近は南からの旅人が多い。
そんな旅人も大半が犯罪者だ。
最近の俺はそう思う事にした。
それ程に犯罪が多いのだ。
これについては、様々な噂が村に蔓延しているが、どうやら南の何処かで飢饉が発生したらしいというのが有力な説だ。
副村長のウェイルズがそう言っていたので、あながち嘘じゃないのだと思う。
そんな飢饉の発生によって、食うのに困った連中が犯罪を行っているのだと・・・
可哀想な話しだと思ったが、そんな奴らでもこのランガス村で犯罪を犯すのであれば、俺達は黙っちゃいない。
最近の俺も一日でふたりから三人のペースで犯罪者を捕まえている。
それ程に事件が多いのだ。
本当に世も末だと思うぜ。
そんな事を思いながらも仲間達といつもの警ら活動をしていると、一台の馬車が街道を進んできた。
その馬車は俺達のところまで来るとゆっくりと停止し、そして、御者が俺に道を尋ねてきた。
「君達はランガス村の警備隊かい?」
「・・・ああそうだが、何か用か」
俺は気が立っていたのだろう、少しだけ高圧的に応えてしまった。
馬車の中はこちらから見えないようになっていたが、「不遜な」とか、「威勢のいい奴だ」とかの声が聞こえる。
どうやら声色の違いから、この馬車の中には三人の男がいるようだ。
最近の犯罪者の逮捕続きで養われた勘によって、俺はそんな事を察していた。
「我々はラフレスタから来たスクレイパー家の者だ。警備隊の詰所に案内して欲しい」
「スクレイパー家? 知らないな・・・ちょっと待ってくれ」
どこかで聞いたような名前の気もするが、俺はよく解らなかった。
しかし、家名を持つというならば、相手は貴族なのだろう。
案内をしない訳にはいかなかった。
先輩にその事を話すと、俺が案内しろと言われた。
先輩達も犯罪者が多くて気が抜けないのだ。
しょうがねえ・・・
俺は馬車の御者に自分が案内する旨を伝える。
そうすると、御者は納得し、自分の席の横に座るよう言われた。
俺は御者の席の横に飛び乗り、彼らを案内する事になった。
「アドラント・スクレイパー様、ようこそ」
今、警備隊の詰所では、俺はおろか、隊長のプリオリラも含めて全員が跪いていた。
俺が案内してきた貴族はそんな対応をしても有り余る大物の貴族だったのだ。
彼の名前はアドラント・スクレイパー。
ラフレスタ地方を束ねる警備隊組織のトップである総隊長をスクレイパー家が担っていることは、今、解った。
そして、今、ここにいる若いアドラントと呼ばれる男は、その総隊長の嫡男である。
俺より三歳年上の彼は、最新式の格好いい軽装の鎧で身を固め、上等なマントを羽織っている。
誰が見ても上品な貴族様だと解る格好だった。
俺だって、もし、その姿を馬車の中が見えたならば、只者じゃ無いって一発で解っただろうよ。
彼が誰か解らない状態でこの詰所に連れて来て、プリオニラ隊長にその事を伝えた時、隊長のギョッとした顔は、今でも忘れられそうにねぇ。
この総隊長の息子、今は警備隊管理局の局長をやっているらしく、こうして地方の警備隊を巡視するのが仕事らしい。
この管理局っていうのは、俺達のような地方の警備隊がちゃんと仕事をやっているか監督する部署・・・つまり、警備隊に対する警備隊のようなものだった。
「早速だが、このランガス村警備隊の運営状況を確認したい」
アドラント様は挨拶もそこそこに自分の仕事を始めるようで、プリオニラ隊長の顔が更に引き攣るのが解った。
いつも偉そうにしている隊長が俺とそう歳の違わない若造にペコペコする姿は滑稽だったが、これは警備隊組織の縮図であり、縦社会である警備隊の組織の宿命ってやつだろう。
俺はそんな事を思いながらも、自分達の組織を守るため必死に仕事をしているプリオニラ隊長の姿を初めて見た。
あの隊長は、俺がここにやって来てから殆ど実務をやっているのを見たことがねぇ。
ライゴンも同じ事を言っていたので、少なくとも三年は変わらない様子だったのだろう。
昔はどうだか解らないが、いまのプリオニラ隊長は、現場を知らな過ぎる爺であるというのは有名な話しだった。
そんなプリオニラ隊長にアドラント様から二、三質問を受けて、やり取りをしていたのだが、埒が明かないと判断したのか、アドラント様はプリオニラ隊長との会話を打ち切った。
「プリオニラ隊長、貴方の回答はもうよい。あとは書類で確認しよう。シュトライカは隊員名簿を確認せよ。バンナムは日報だ」
アトランド様は同じ馬車に乗っていた自分の部下に指示を飛ばす。
ふたりの部下は手慣れた様子で命令を遂行し、目的の書類をいとも簡単に探し出して確認を始めた。
警備隊の詰所など、どこも作りは一緒で、彼らも慣れているのだろう。
シュトライカと呼ばれた老練の警備隊は名簿を見てその隊員の名前を呼び、名前と顔を確認していた。
そしてある事実に気付き、アドラント様に報告する。
「この副隊長のエリックという人物がおりませんな」
「詰めていないのか・・・それとも今日は何か理由で休んでいるか?」
アドランド様はエリックがいない状況についてプリオニラ隊長に誰何した。
「エ、エリック副隊長は・・・その、午後から体調不良で休んでおりまして・・・」
プリオニラ隊長がそんなウソをついた。
そりゃそうだ、本当の事なんて言えないだろう。
奴は今、シエクタとデート中であり、その辺をプラプラとしているのだ。
プリオニラ隊長も当然その事を知っているが、暗黙の了解で不問としてきたのだ。
そんな事を公然と認めたとあっちゃ、ランガス村の警備隊組織の風紀を疑われる。
「そうか・・・しかし、若いな。このエリックという者がどうして副隊長に?」
「実は、三ヶ月前に前職の副隊長が急死しまして、その代役が必要になり、副村長の推薦でラフレスタ中央の警備隊から彼を引き抜いた訳でして・・・」
なんとも歯切れの悪い説明をするプリオニラ隊長だったが、これにアドラント様は首を傾げた。
「エリック? それは誰だ。シュトライカ、バンナム、彼の名前を聞いた事あるか?」
アドランド様の言葉にふたりは横に振った。
知らないという意思表示だ。
「・・・ふむ、まぁいいだろう。私も全ての隊員の名前と顔をすべて知っている訳ではないからな」
アドラント様は多少疑問の残る顔をしていたが、こう結論付けて、これでエリックの事はおしまいになった。
このやりとりで、俺は少しおかしいと感じていた。
エリックの奴はラフレスタ中央の警備隊ですごく活躍したと聞いていたし、あの若さで商隊の警備部隊長になった男だ。
異例な人事だった彼が、こうも中央の人間に知られていないなんて・・・
そんな疑問が俺によぎったが、次にバンナムと言う名のでかい男が日報のことを指摘する。
「アドラント様、これを」
日報を見て、ふたりで何やら小声で話し合っている。
そのやりとりはしばらく続き、それを見ていたプリオニラ隊長の顔が引き攣っているのが解った。
やがて、アドランド様はプリオニラ隊長を呼んで、その内容について問い合わせる。
「最近の日報を確認すると犯罪が急増しているな。特にここ三ヶ月ほどだ。そして、殆どが嫌疑不十分で釈放されているぞ。これは一体どういうことか?」
「よ、よく解りませんが・・・南部の方で飢饉が発生し、そのため犯罪者が流れ着いたと噂に聞いております」
「聞いているのはそこではない。何故、『釈放』されたのかだ。この案件、そして、この案件も、罪を問うには十分証拠が揃っているように見えるが何故だ?」
「そ、それは・・・・・・私が採決した案件ではないので」
再び何とも歯切れの悪いプリオニラ隊長の言い訳だが、このアドラント様は若いのに鋭い。
書類の審査だけで、今ここに起きている問題を看破してくれた。
「確かに、これは副隊長が審問をしているな。しかし、プリオニラ隊長の承認のサインもここにあるではないか? 貴殿のサインはただ追認するだのモノか?」
「・・・」
最近の犯罪人の罪の採決は殆どがエリック副隊長によってなされている。
しかし、アドラント様の指摘のとおり、副隊長が全てを決めることはできない。
罪の有無は警備隊の隊長が調書内容を承認し、最終的にはランガス村の村長の採決によって罪が確定するのだ。
そう言う意味では、この釈放の判断に隊長の責任があるのは明白だった。
プリオニラ隊長は嫌な汗をかいちまっている。
アドラント様は無言だったが、プリオニラ隊長はその迫力に完全に押されている様子だった。
これが、できる貴族様の迫力ってやつか・・・
「・・・まあいい、詳しい話しはこのエリック副隊長と村長に聞こう」
そう言うとアドラント様は一旦矛を収めることにしたようだ。
明らかにホッとするプリオニラ隊長。
緊張のためか、五歳ほど年老いてしまったように見えるぜ。
「それでは、村長宅に移動しよう。おい、そこの君。ああ、我々を案内してくれた君だ。次は村長のところに案内してくれ」
アドラント様が指定したのは俺だった。
「えっ俺ですか?」と俺は素っ頓狂な声を挙げてしまったりする。
こうして俺はこの村にやって来たアドラント様の家来にでもなったかのように、この後、村長宅、副村長宅、そして、エリックの居そうな場所(イオール商会)へと案内させられることになった。




