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ラフレスタの白魔女 外伝  作者: 龍泉 武
第五部 帝皇の罪、銀龍の罪
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第二十六話 戦の準備

 バルディ王国の軍本隊との戦いの機運が迫り、その戦いに協力することに合意した俺達。

 こうして、グロスの軍議に呼ばれることになる。

 ヤバイ・・・俺は軍議なんて出た事が無いぞ。

 俺がソワソワしていると、それを察したミランダが静かに告げてくれる。

 

「ランス様、不安ですか?」

「・・・ああ、今まで俺が出席した会議なんて精々冒険者パーティ間の連携ぐらいだからなぁ~」

「何も心配いりません。すべて我々に任せてくれれば、あとは上手くやります。ランス様は中央にドーンと大きく構えて座っていただければ大丈夫です」


 慣れた口調で俺にそう告げてくる。

 ミランダは大国の姫君だった女性。

 この程度の軍議など出席するのは日常茶飯事だったのかも知れない。

 頼もしい限りだが、そんな異世界人の偉人が俺を仕えてくれるのがまったく現実感がなかったりする。

 精々俺ができるのは戦闘現場で暴れるぐらいなのを思い知らされるだけである。

 そんな気持ちを抱えながらも、俺達は軍議の行われる領主の館の一室に案内された。

 

「おお、ランス殿。来てくれたか、その席に座られよ」


 既に先に来ていたメリージェンが俺に着席を促してくれる。

 ちなみにメリージェンは着替えたようで今は魔術師のローブ姿だ。

 その方が良いだろう。

 謁見の間で着ていたような扇情感溢れるドレス姿はこのような軍議に似合わない。

 メリージェンこそが今のグロスの大将だ。

 彼女の判断がグロスの命運を左右するリーダーに相応しい。

 そのリーダーであるメリージェンの座る席と俺の勧められた席は同じテーブル。

 つまり同格して俺を迎い入れた訳である。

 そんな彼女の意図はこの軍議に出席している他の人を視線が俺に集めることにつながる。

 誰しもが身成り良く、明らかにこのグロスの支配者層の重鎮ばかりが同じテーブルに着いているメンバーである。

 彼らの奇特な視線は俺の座る位置が明らかに場違いである事を如実に示している。

 その人物の中で立派な口髭を蓄えた恰幅の良さそうな男性が早速口を開いてきた。

 

「冒険者風情がトップの席に座る。しかも余所者ではないか。メリージェン様もどうかしておる。こんな何処の馬の骨とも解らない人物をグロス領の未来を左右する重要なこの軍議に呼ぶなど・・・」


 その男は俺への不満を包み隠さない。

 俺はどう応えるべきかと迷ったが、それよりも早くメリージェンが反応を示した。

 

「私はそう思わないぞ。ランス殿はパロス・パルティの成敗に大きく貢献した英雄だ。それに引き換えて、諸君らは何をやっていた? バルディ王国軍占領下の時は奴らの暴力を恐れて尻尾を振っていただけではないかな?」


 辛辣な嫌味により場の雰囲気は一瞬にして温度が下がった。

 しかし・・・

 

「ハハハ・・・これは手厳しいですな。メリージェン様」


 緊張したのは一瞬だけ、俺に苦言を述べてきた男性は頭を掻き、多少お道化た様子で矛を収める。

 致命的に悪い雰囲気になるのを避けたのだろう。

 ダメだ、胃が痛い・・・俺はこんな場で駆け引きなんてしたか事がない。

 そんなことを思い意気消沈していると、俺の後ろに立つミランダが黙っていなかった。

 

「ランス様はどこの馬の骨ではありませんよ」

「そうだな。そこの女性の言うとおり、ランス殿はトリア冒険者組合の組合長だ。バルディ王国の動静を隠密で探りにきた特使だぞ」

「何ですとっ!」


 メリージェンがばらしたトリア冒険者組合の組合長と言う肩書に周囲はざわつく。

 

「・・・組合長、しかもあのトリアだぞ!」

「そうらしい、冒険者組合ならば戦いの知識も豊富だろう。これは期待できるのかも知れん」


 俺に対する期待の声が聞こえてきた。

 肩書ひとつでこうも顔色を変える人達に呆れてしまうが、それが人間社会というものだ。

 

「確かに俺はトリア冒険者組合の組合長という立場だ。しかし、その役に就いたのはごく最近。それ以前は冒険者個人という立場の方が経験は長い。こういう場に多少の非礼があるかも知れないが、細かいところはご容赦願いたい」


 俺はそんな言い訳をして頭を下げる。

 俺の本質は争いを好まないし、権力にも興味は無い。

 必要以上の英雄気取りも御免だ。

 

「ランス殿は謙虚な奴よ。だが其方はこのグロスで英雄。もう少し大きく構えても良いとは思うが・・・まあ、これもランス殿の魅力。いいだろう、時間も限られている故に軍議を始めようぞ」


 俺の遠慮がちな態度に若干の不満もありそうだが、メリージェンは軍議の進行を優先することにしたようだ。

 その方が良い。

 俺もくだらない上流階級の駆け引きなど御免だと思う。

 これからの戦いに備える話し合いをする方が生産的だ。

 

「こちらに向かっているバルディ王国軍はどれぐらいだ?」


 そんなメリージェンの問いに答えるのは立派な鎧を着込んだ人物、普段からグロス領地の治安を統括する人物なのだろう。

 

「斥候によると、これらに進軍したのは全本隊ではなく、そこから分かれた分隊のようです。兵数にして約千名。残りの本隊はタニアの占領をほぼ完了したらしく、次なる標的のマースに向けて移動を優先しているようです」

「なるほど、このグロスを一度占領したから油断しているのだな。千名ぐらい我らが駆逐してやりましょうぞ!」


 裕福な若者のひとりが立ち上がって興奮気味でそんなことを進言してくる。

 その考えにメリージェンも一考した。

 

「なるほど、敵兵が千名程度というならばありがたい話だ。こちらの兵をかき集めればどれぐらいになる? 衛視長」

「通常時の兵は千名ですが・・・動員すれば千五百名は集められるかと」

「ならば、それを早急に進めよ」

「ハイ」


 衛視長と思わしき男性が了解を示して、早々にこの部屋から出ていった。

 非常勤の兵を集めに行ったようだが、彼の慌てようからして本当に千五百名集められるか怪しいと思う。

 恐らくメリージェンの前だから虚勢を張っていたのかも知れない。

 話半分とすると千二百五十か・・・微妙な兵数だな。

 俺はそんな心配をしてしまうが、ここの人達は・・・

 

「これはもう勝ったも同然ですな。戦勝式典を考えねば・・・ハハハ」

「そうです。敵軍の指揮官を広場ではりつけの刑にしましょう。領民達に石を投げさせるのも一興かと思われます」

「おお、それは良い。グロスの恐ろしさを奴らに見せつけるには格好の式典だ」

「ワハハハハ」


 既に勝った気分でいるようだ。

 ご気楽過ぎだろう!

 グロス領がバルディ王国に一度簡単に負けたのをもう忘れているのか?

 

「それは油断し過ぎでしょう! 戦いとは単純に兵数の大小で決まるものではない。もっと慎重に作戦を立てるべきです!」


 俺は溜まりに兼ねてそんな意見を言うが、結果的は睨まれるだけであった。

 

「また面倒くさいことを言う奴め!」

「我らグロス人は争いを好まぬ。トリアの野蛮な冒険者風情が出しゃばらないで欲しいものだ」

「そうだ。そうだ。こちらは敵の一.五倍の兵力。これはもう勝ったも同然である」


 皆、争いはしたくないのは解るが、それでもこれで勝利を確信など油断し過ぎだろう。

 何回も戦えるならば、それで構わないが、戦とは単なる試合ではない。

 ひとつの負けで致命的に運命が変わってしまう。

 

「油断してはダメだ!」

「うるさい余所者。お前は必要以上に争いを大きくして、目立とうとしているのだろう。これ以上メリージェン様に取り入って何を企んでいる?!」

「所詮はトリア人。自分達こそがこのリドル湖の盟主だと思っているんじゃないのか?」

「そうだ。貴様はもうトリアに帰れ、バルディ王国は俺達の問題だ。トリア人にこれ以上関わられてたまるか!」

「メリージェン様、ランス殿にはさっさと褒美を与えて帰郷させたほうが良いのではないですか?」


 軍議は俺を排除する話の流れに傾いてきた。

 メリージェンも彼らの言い分を直ぐに否定したいようだが、グロス領の重鎮達の意見を退けるにはどう話せばよいか悩んでいるようだ。

 そんな状況で・・・

 

バンッ!


 机を強く叩く音。

 俺の後ろ側にいたはずのミランダが、気が付けば俺の前に出て、机を強く叩いて周囲を黙らせる。

 

「皆様、失礼にも程があります。確かにランス様は皆様のようにグロス人ではありませんが、バルディ王国の蛮行を憂いでおられるお方。バルディ王国はトリア領にもその食指を向けております。バルディ王国がこの世界で・・・少なくともリドル湖周囲の人々の共通の敵だとして認識されるべきでじょう。決して他人事ではありませんし、ランス様は自ら(・・)今回の戦果を理由にグロス領へ利権をご所望する方ではありません」

「そうだぜ! それに何だ、このママゴトのような軍議は? お前達、本当に人の生死をかけた戦争をやったことあんのかよ!」


 ミランダの冷静な指摘に続いたのはいつもより少し強い口調のウェンだ。

 当然、そんな喧嘩口調だと周りの印象も悪い。

 

「彼の名前はウェン。『トウ』と呼ばれる東洋の国家にて軍師をやっておられた方です。つまり、集団戦のプロフェッショナル。ウェン、一応確認しますが、アナタは一千五百以上の兵力を率いた経験はありますか?」

「当たり前だ、西の帝国の姫君! 俺の動かしていた最大兵力は二十万、(トウ)国の正規軍師を舐めんなよ! 今回はその百分の一にも満たない兵力の戦だが・・・お前達は何だ!? この軍議はママゴトか!」


 おお、ウェンが怒っている。

 まぁ、それもそうだろう・・・今まで彼は『トウ』と呼ばれる巨大国家に所属し、多くの兵の運営をしてきた人間だ。

 俺から見てもここの軍議は楽観的な人間ばかりで、人数差だけで勝敗が決すると思っている輩が多い。

 (いくさ)に対して素人もいいところだ。


(いくさ)に必要なのは何だ?」


 ウェンが強い口調で街の実力者のひとりに問う。

 

「・・・それは強い兵と装備だろう」


 問われた男性も自信があるのか、そんな答えを言うが・・・ウェンはフッと笑った。

 

「それも重要だが、それ以上に重要なのは情報。相手がどんな敵が、どれぐらいの規模で何処から攻めてくるかだ!」

「だから敵の数は千名ぐらいだと斥候が言っているだろう」

「それは解っている。それで、誰がその敵陣を率いているんだ?」

「それは・・・」

「俺の読みでは今回こちらに再侵攻を率いているのはドゥーボ国王ではなく、幹部の誰かだと思う。軍とはその軍将が誰なのかという情報は重要だ。その為人で作戦や運営方針が偏ってくる。斥候からそれに関する情報は無いのか?」

「い、いや・・・さすがにそこまでは解らない」

「ならば、再び斥候を放ちその情報を入手するべきだ。そして、こちらはその情報が入ってくるよりも先にあらゆる事態を想定して準備する必要がある。いいか、今から俺の言う事を準備しろ」


 今日のウェンはやたらとやる気を出している。

 やはり彼の本職は軍師、戦の専門家だから集団戦には血が(たぎ)るのだろう。

 普段はどこかだらしない雰囲気の彼だったが、今日は真剣さと迫力で相手を飲み込んでいる。

 ここからウェンのまくしたてが凄かった。

 ひとりで軍議を仕切り、現在の情報だけでやるべき事を的確にまとめていく。

 その情報は軍議に出席している人達からだけではなく、ウェン自身がその身で集めた情報も含まれていた。

 どうやら昨日ふらっと街に飲みに行ったのは情報収集が目的だったらしい。

 彼はこうなることを予想していたのだろう。

 俺はウェンの意外な有能さに舌を巻いた。

 そして、ウェンのまとめた情報を整理すると次のようになる。

 

 ひとつ、バルディ王国の兵は戦士中心で構成されており、二十人程度をひとつの部隊としてまとめた軍勢の集まりである。

 ひとつ、一般兵の練度はそれほど高くなく、戦槌(メイス)を主の武器としている。

 ひとつ、バルディ王国の支配者層は『幹部』と呼ばれる高い実力を持つ者が占めている、幹部は一般兵よりも桁違いに練度が高い。

 ひとつ、彼らの戦法は標的となった国の中枢を攻撃して、そこを叩く事で支配権を乗っ取るやり方である。

 ひとつ、その乗っ取り方法はトップどおしの決闘によるものが多い、このことからバルディ王国のドゥーボ国王は百戦錬磨の負け無しである。

 ひとつ、ドゥーボ国王は何やら特別の力を持つようだが、その詳細については不明である。しかし、その特別な力を決闘に利用している事は容易に推測できる。よって、ドゥーボ国王との直接対決は現時点で避けるべきである。

 ひとつ、決闘や奇襲による国家略奪が彼らの主たる戦法なので、集団の乱戦はそれほど経験していないと思われる。ここからバルディ王国の一般兵は幹部ほど大きな脅威ではないと推測される。

 しかし、幹部については相当の実力者で構成されており、注意が必要。

 現在解っている幹部は、魔術師グロニン、精霊魔術師でエルフ種族のダーク、女剣術士ニィール、神聖魔法使いドリアン、突撃隊長ザンビエの七名だ。

 ザンビエとドリアンの両名はトリア強襲の主犯格だった人物だ。

 ニィールについては先日グラニットさんの話に出てきた女剣術士。

 精霊魔術師はバルディ王国に協力するエルフがいると噂に聞いていた人物だろう。

 俺が全く知らないのは魔術師グロニンぐらいだ。

 そう考えるとバルディ王国の層はそれほど厚くないように思える。

 ウェンもバルディ王国は国家ではなく、肥大化した野盗のような組織だと評していた。

 しかし、ここ最近リドル湖周辺の領地を破竹の勢いで占領する現状は侮れない。

 

「ウェン、ありがとう。貴君のお陰で随分と敵の規模が整理できたよ」

「ランス様、別にいい事です。これが俺達の仕事、勝利した暁にクレアちゃんと付き合う事を認めてくれれば・・・」

「どうして私がアナタの物にならなければならないのですかっ!」


 俺よりも先にクレアが反応する。

 俺としては別に許可する立場でもないと思っているので、彼女の自由意志だと考えるが、どうしてもクレアはウェンの事が嫌いなようである。

 それでも諦めないのがウェンだと思うが・・・

 

「まぁ、そこは二人で話し合ってくれ。俺としては別に止めたりしないから」

「本当ですか! クレアちゃん、許可を貰ったぞ!」

「だから私はアナタの事なんか!」


 プイと距離を取るクレアの態度が、微笑ましく思う。

 これから過酷な戦闘が始まるかもしれないのに、何故か笑みが浮かんだ。

 そんな俺に笑顔で応えるのがエミリアだ。

 

「ランス様、大丈夫です。すべて私達を信頼して任せてくだされば上手くいきます。いかせます」


 彼女はいつもどおりの自信で俺に大見栄を切ってくるが、今日はそんなエミリア達が逞しく映った。

 


皆さん、昨日はクリスマスでしたが、いかがお過ごしでしょうか?

私は皆さんにこの物語をお送りすべく必死にストックを添削しておりました。

無事に二十六話をお送りできてホッとしております。

週一回更新にして随分と経ちますが、まだまだストックの拡充が間に合わず、しばらくはこの体制を続けさせて頂きたいと思います。

話がなかなか進まなくて申し訳ございません。

これからご支援とご理解をもよろしくお願いいたします。


2023年12月25日


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