第二十四話 朝になってみて・・・
チュン、チュン・・・
鳥のさえずりが聞こえる清々しい朝。
高級宿の客室は豪華で上品、そして、清潔。
本来は快適な筈の朝の眼覚めだが、本日の俺の朝は少しの冷や汗が・・・
俺のベッドで一緒に寝ているのが裸の金髪美人女性・・・アルヴィだったからだ。
彼女は白エルフ、俺とは種族が違うが、それは外見を見ても耳が長いという特徴だけの違い。
痩躯の美人女性であると言っても、あながち間違いではない。
傷ひとつない白い肌に引き締まった身体。
余分な肉は無く、細い腰と形の良い臀部、乳房は小ぶりだが、その柔らかさは昨晩堪能したはず・・・ここまで考えて、俺の昨日の記憶が蘇る。
「昨晩はグラニットさんの凄惨な話を聞き、その後に人恋しくなって・・・なんとなく雰囲気でアルヴィと盛り上がってしまった」
何回愛し合ったか解らない・・・それでも、昨晩は互いに気持ちが昂っていたのは認める。
こんな成り行きは冒険者パーティ間の男女関係でよくある事だと聞いている。
命を守り守られる関係は時として恋愛感情へと発展してしまうことが珍しい話ではないと聞くが・・・
「しかし、俺とアルヴィが・・・」
彼女が麗しい女性であるのは認めるが、そんな彼女と男女関係になってしまったのはちょっと今でも信じられない。
俺がアルヴィの事が嫌いかというと、そうではない。
逆に普段のアルヴィの雰囲気から彼女に恋愛感情を抱くというものが連想できない。
ふざけてスキンシップしてくることはあっても、そこに厭らしさはまったく感じられなかった。
俺にとってアルヴィとは妹のような・・・いや、友達のような存在だ。
「しかし、昨晩は・・・」
乱れに乱れたアルヴィの姿を思い出す。
発情した白エルフの彼女は人間の成人女性に負けない妖艶さで俺に求めてくる。
俺も興奮して・・・何回も抱いてしまった。
所々に残るシーツの染みが昨晩の彼女との歴戦を示している。
そして、そこに淡い血痕が残っていることを今更に気付いた。
「彼女の初めてだったのか・・・」
奇しくも俺だって女性を抱いたのは今回が初めてだ。
この年齢――三十近く――で女性を抱く初体験は遅いらしいが・・・なんだかアルヴィに申し訳ない気持ちになってしまった。
俺のような男・・・しかも人間が彼女の初体験相手となろうとは・・・
しかし、今、俺の横で寝息を立てているアルヴィは幸せそのもの寝顔を晒している。
もし、彼女が人間ならば、これは男女の幸せを絵に描いたような一幕だ。
彼女は見た目にも麗しく、俺が不満を持つ理由などそこにひとつもない。
アルヴィを妻に娶るのも男の欲望からすると正しい行い。
しかし、それでも彼女はエルフ・・・エルフと人間の間の生殖は可能だと言われているが、生まれてくる子供は合いの子となる。
その子はエルフもしくは人間の親の強い因子の特徴を引き継ぐか、もしくは、その中間ぐらいの特徴の子供が生まれてくるらしい。
合いの子は寿命と外見の違いから両種族で忌み嫌われる存在になってしまうと聞く。
そんな子供と妻を俺が守れるのだろうか・・・
(ああ、これが俺の持つ優柔不断・・・周りから「覚悟が足らない」と言われている事か・・・)
自分の欠点に気付き、少し落ち込んだ。
しかし、そんな俺の気持ちなど知らない無邪気な寝顔のアルヴィは寝返りを打ち、毛布が開けた。
白い彼女の胸部が露わになり、俺を視覚的にも刺激してくる。
ムラムラして思わずその柔らかさに触れたい欲望に駆られた。
数瞬前に自身の覚悟不足を感じていたのに、彼女の魅力を見せられてこれだ・・・俺ってヤツは・・・なんて自分に都合の良いのだろうと呆れながらも、アルヴィの小さくても柔らかい乳房に触れようとしたところで彼女が目を覚ました。
「あ・・・おはよう。ランス・・・どうしたの?」
「あっ、いや・・・その・・・」
俺は自分で目が泳いだことを自覚する。
それよりも泳いでいたのは彼女の乳房を愛でようとした掌だったのだが・・・
そんな俺の不埒な欲望はあっという間にアルヴィに見抜かれてしまう。
彼女は悪戯っぽく笑った。
「えへへ、昨日の続きをしたいのね。いいわ、今日は休みよ、互いに楽しみましょう!」
彼女はそう言って俺に抱き着いてきた。
「お、おい。ちょっと待て」
焦って身を離そうとしたが、アルヴィの力強い抱擁は簡単に引き剥がれない。
そうこうしていると・・・
ドン、ドン、ドンッ!
「お兄様。朝ごはんの準備が整っているそうですよ!」
荒々しく叩かれたドアと妹ナァムの声・・・これは決して機嫌が良い時の声じゃない。
そして、今はとても拙い状況だ。
「わっ、待て・・・今は拙い」
俺は入室を拒もうとしたが、間に合わなかった。
ガチャッ!
「えっ!? これって・・・お兄様っ!」
ナァムの声のトーンが一度下がり、その後に俺達へ向けられるナァムの蔑みの視線。
「わ、ナァム・・・違うんだ。これは・・・」
俺は訳の解らない言い訳を始める。
しかし、俺に裸で抱き着いたアルヴィの方が冷静だった。
「ナァム。私達、愛し合っているのよ。だからこれは愛の儀式、少し待って貰えれば、二人で食堂に赴くわよ」
「何を、平然とそんな事を・・・お兄様、見損ないました。なんて汚らわしい」
「汚らわしいだなんて、私はそんなに汚くないわよ」
「アルヴィが汚いのではなくて、兄さま。そんな野良エルフを抱くなど、どんな神経をしているのですか?」
「『そんな野良』って失礼ね。私はアルヴィリーナ。白エルフの族長の娘よ」
「白々しい嘘を・・・お兄様も、お兄様です。いつもアルヴィに甘過ぎます!」
怒るナァムの理由は俺の不甲斐なさを嘆いているのだろう。
この後、ナァムが騒いだ事でこの濡れ場はお開きとなってしまうのだが・・・
飄々とした態度を続けるアルヴィといろいろな意味で小さくなってしまった俺の態度が対照的であったりする。
因みにこの騒ぎは宿中へと響き渡り、隣の部屋で同じ境遇だった筈のグラニットさんとキャサリンが目立たないように部屋からこっそりと脱出したのを俺は見逃さなかった・・・
そんな状況で今日が始まった・・・
「私はランスと付き合うことにしたわ。これは互いに愛し合っているからね。将来、子供は三人欲しいと思う」
「まぁ、ランス様とアルヴィリーナさんでしたらお似合いですわ」
「ニヒヒヒ」
気を良くしたアルヴィが俺との仲を風潮する。
確かに一夜を共にしたが、結婚するまでは話が発展し過ぎじゃないだろうか?
俺も別にアルヴィの事が嫌いではないが、それでも結婚するとなるとまるで現実感が無い。
「ねぇ、ランスもなんか言ってよ!」
「ああ・・・」
とは言ってもこれを強く否定する事もできない。
それは昨日に雰囲気で盛り上がったとは言え、アルヴィを抱いた事は真実だからだ。
あの瞬間にアルヴィの事が眩しかったのは事実であり、深く愛したのは間違いない。
今更その事実を否定しようものなら、それこそ人でなしだ。
アルヴィが深く傷付くのは目に見えている。
だから、否定もできないし・・・強い肯定もできない。
「お兄様・・・不純ですよ」
妹ナァムからの冷たい視線が続く。
アルヴィと俺が深く付き合うのを元から反対していたナァムは、ここで俺がアルヴィを選んでしまうと、妹との関係はどうなってしまうのか。
俺はそれが怖かった。
だから強い肯定ができない理由はそこにある。
この場でアルヴィと付き合うのを推奨しているのは・・・エミリア。
「愛し合う殿方と結ばれるのは女性の理想です。羨ましいですよ、アルヴィさん」
「いゃぁ~それほどでも、オホホホ」
アルヴィが口元を崩して笑みを零している姿は滑稽だが、そんなアルヴィを現在進行形で煽りに煽っているのがエミリアだ。
彼女曰く、「正常な男性が性欲を貯める状態の方が不健康であり、間違いを起こし易い。それならば手近に居る女性がその役割を担った方が良い」らしい。
俺を性欲魔人か何かと勘違いしているのではないだろうか?
尤も、エミリアも元は異世界の巨大国家のお姫様だ。
俺とは貞操概念が異なるのかも知れない・・・
エミリア以外の人間は俺達の関係に呆れているようにも思える。
似たような状況な筈のグラニットさんとキャサリンが中立・・・と言うか、彼女達も下手な反応をして自分達に茶化しの矛先が回ってくるのを恐れているのかも知れない。
そんな何とも言えない雰囲気で休暇が過ぎていく・・・
夕食時期になれば退屈になったのか、外出の許可を求めてくる者が現れた。
「ランス様、俺とシュトタルトはちょっと娑婆に遊びに行ってきます」
「そうだな。ウェン達もこちらの世界に来てから、ずっと俺達と一緒だからなぁ・・・別にいいだろう。偶には遊びに行ってきてもいいぞ。面倒を起こさなければ」
「ありがてぇ~。 クレアちゃんも行こうぜ。異世界人どうしでこちらの酒を飲むのも悪くないだろう」
「いいえ、遠慮しておきます。私はエミリア様の警護任務があります。それに東洋人と友好を育む気はありませんから」
「そうかい・・・まぁ、そう言うだろうと思っていた。じゃあ、俺はシュトタルトと外で飲んでくるよ。シュトタルトもローマ人とじゃ、楽しくないだろう」
「いいや。俺も東洋人と懇意になるつもりは無いが・・・この世界の酒に興味はある」
「いいねぇ~。興味と好奇心は人類発展の原動力さ、行こうぜ!」
こうして、多少面倒くさそうなシュタルトを誘ったウェンがグロスの繁華街に出かけて行った。
キャサリンに聞けば、現在のグロスの街はバルディ王国からの不当な支配より解放されてお祭り騒ぎなのだと言う。
俺達の事も噂になっており、救国の英雄として話題の中心らしい。
酒場へ行けば、きっと店の主人や客からいろいろとサービスを受けられるだろう。
そんな雰囲気らしいので、俺はウェンに外へ遊びに行く許可を与えた。
それならば、安全であり、シュトタルトがついていれば武力で後れを取らないだろうと判断しての事だ。
その後、キャサリンは領主側の衛視から伝令を受けたようで、俺に明日の予定を伝えてくる。
「ランス様。明日、領主の館に赴きましょう。今回のご活用の褒賞の話が決まったようです」
「褒賞だなんて・・・俺には過分だが、頂けるものは頂いておくか・・・」
今回の戦闘で派手に活躍した自覚は無い。
パロスへのとどめは最終的にメリージェンが行ったし、俺がやったことと言えば、バルディ王国の兵に絡まれて多少暴れたぐらいだ。
それでもそれがパロスをおびき出す事に役立ったと聞いている。
その程度の働きで褒賞だなんてこそばゆい。
しかし、それでも冒険者感覚で褒美が頂けるのならば・・・この時の俺はそんな軽い気持ちでしかなかった。
因みに今晩はナァムが俺の部屋の前の厳戒態勢で警護し、アルヴィの侵入を阻むことになったのは蛇足だ。
そのお陰で一人のゆっくりとした時間を過ごすことはできたが、ナァムの警護を掻い潜りアルヴィが侵入してこないかと期待してしまう俺であったりする・・・
アルヴィは浮かれております。ランスの部屋への侵入を巡り、ナァムとアルヴィの攻防を描こうと思っていましたが、文字数が多くなってしまうので割愛・・・う~ん、残念。




