第十五話 召喚された七賢人
バルディ王国の襲撃より数日が経過したある日。
恐れていたバルディ王国本隊の強襲はまだない。
おそらく先遣隊による襲撃が失敗したことで、計画変更したのだろうと予想される。
捕虜にしたバルディ王国の兵士も多くは奴隷兵だった。
先遣隊にとって彼らは切り捨て易い兵士。
奴隷兵からは大した情報が得られていない。
そして、いろいろと慌ただしい日々が過ぎていた。
まずはバルディ王国の糾弾に倒れた領主ソルティア・オンス・トリア様の葬儀に始まり、急遽編成されることになったトリア防衛部隊。
俺は防衛部隊編成にあたり、いろいろと意見が求められる立場になっていた。
それは今回の功績によるものらしいが、これもトリア防衛のためだ、快く請け負っている。
そして、俺にはトリア冒険者組合の次代の組合長の座も回ってきた。
こちらは一緒に追撃に参加したスゥォードさんからの強い要請によるものらしい。
身に余る光栄だが、空席状態になってしまった冒険者組合長の座は誰かが就かなくてはならない。
しかも前任者であるドライド組合長はトリアを裏切った人物、空席のままにしておくこと自体が政治的に良くないらしい。
俺は「正式な後任者が決まるまで」という条件で渋々請けることにした。
俺のような若造が冒険者の組合長なんて務まる筈がないと今でも思っている。
そんな突然のトップの交代劇に、森の探索から次々と戻ってきた先輩冒険者達は大きく困惑していたのが印象的だった。
有り難かったのは、そんな先輩冒険者達に今回の事情を説明すれば、大略は理解を示してくれた人達が多かったことだ。
俺の親父は前々組合長であり、その頃の父の評判が良かったのを老練の冒険者達が覚えてくれたのも大きい。
俺はそんな人達の助けを借りて、俺はなんとかトリア冒険者組合の組合長として働かせて貰っている。
こうして、俺は千人近いトリア領の冒険者の人生に責任を持つ立場になったが、これに加えて新に責任を持たなくてはならない人物ができた。
それが七人の異世界人達。
これは件の老魔術師によって強制的に召喚された七人の賢者のこと。
当初、その七人は自分達が召喚されたことにとても混乱していたが、現在は諦めに似た状況で落ち着きを示している。
「ランス閣下、今後の展望を我々にお示しください」
七人のうち特に俺に格段の敬意を以て接してくれるのは、七人の代表――結果的にそうなっている――品の良い雰囲気を持つ女性である。
「閣下はやめてください。俺はただの冒険者ランスです」
俺は謙遜して首を横に振るが、女性はそれを簡単に否定した。
「いいえ。ランス閣下は、我々の仕えるべき人物です。閣下の成功こそがこの世界で我々の地位と安全を保障してくれるからです」
多少引っかかるモノの言い方だか、彼女達の立場から考えてみれば、それはあながち間違いでもない。
この世界で身元保障のない異世界人など、現時点では俺を頼るしかないのだ。
そして、彼らを召喚した謎の老魔術師はいつの間にかいなくなっていた。
俺も魔法を扱う身だが、異世界人を召喚する魔法など――そして、帰還させる魔法も――知る由が無い。
彼らの帰還は絶望的となり、不要なトラブルを避けるため、俺は彼らを保護し、ただ広いだけが自慢の自宅に泊めてやっている。
衣食住と身元の安全を確約してやると、彼女達の方から俺を頼るようになった。
特に七人の代表として立ち振る舞うこの女性――エミリア・コンス・ロマニアは巨大国家の王族出身だったらしく、高度な教育を受ようで、物事の理解がものすごく早い。
ここで、エミリアを含めた七賢人の視線が俺に集まる。
明らかに俺からの指示を待つ目であり、俺はどう応えようかと迷う・・・
俺はここで七賢人それぞれの為人を振り返ることにした。
まずはリーダであるエミリア・コンス・ロマニア。
先述したように高貴な王族女性であり、その立ち振る舞いから彼女が嘘をついているようには見えない。
元の世界で『東ローマ帝国』と呼ばれる巨大国家の姫だったようだ。
ただし、長女ではなく末席の姫だったらしく、意にそぐわない政略結婚の道中で召喚されたようで、率先して元の世界に帰りたくないとも言っていた。
エミリアはその身分に相応しく、高度な教育を受けてきたようであり、知識や礼節がしっかりとした女性で、見た目も麗しくて美人だった。
この容姿ならば、きっと婚姻相手の男性が一目惚れしたのだろう、と勝手に想像する。
その相手男性が権力者であり、強引に結婚を進めようとしていたのだろうな。
そんなエミリアの付き人的存在が、次の女性クレア・シュメールだ。
彼女は白銀の高級な鎧を纏った女騎士。
エミリアの身の回りの世話と警護を担う女性だと容易に想像がつく。
剣の腕も良く、俺よりも剣の扱いが上手いのは明らかだ。
彼女も見た目は麗しい。
もし、このトリアに住んでいれば結婚相手に困らないだろう。
そのクレアと同系統の鎧を纏う人物、それがロイアース・エンゲージ。
彼曰く、「自分達はエミリア個人を警護する親衛隊の隊長」らしい。
ロイアース自身も体躯が良く、剛剣を軽々と扱っていた。
剣術士グラニットさんが、良い太刀筋だと認めていたので、実際に強いのだろう。
エミリアの警護に相応しい人物だと言えよう。
そして、法衣と思わしき清潔な衣装を纏った人物がロバート・ポリス。
彼はキリスト教と呼ばれる宗教の枢機卿――これは幹部という意味だろう。
エミリア達とは違う地域より召喚されたらしい。
今回の召喚は距離についての制約は無いと思う。
尤も、異世界から召喚されているのだから、俺の想像を超える遠隔地から転移できる魔法だと思うので・・・多少の距離の違いなど誤差のようなものだろう。
そして、俺は宗教のことは詳しく解らないが、ロバートから説明を受けたキリスト教の教義には特に危険な思想を感じられなかった。
この世界でも宗教とは両極端であり、善の教義を元にしたものあれば、悪の教義を基づく宗教も存在している。
今のところ、このロバートという人物は危険人物ではないと判断している。
そして、驚いたことに異世界は魔法が存在しないようだ。
こちらの世界の神聖魔法使いがバルディ王国の襲撃で怪我した人達を治癒していた現場を目にしたロバート氏が大きなショックを受けていたのが印象的だった。
次に目を移したのが、ごつごつとした武骨な鎧を纏う人物――シュトタルト・ハインツ氏。
彼は『ゲルマン人』と呼ばれていて、エミリア達とは敵対関係の国家の戦士のようだ。
初めは険悪な雰囲気の両人だったが、現在は互いに異世界に飛ばされたことで休戦状態のようだ。
表面上は諍いなく過ごしてくれている。
そして、シュトタルトなる人物は他の人物と比較して野蛮な印象を受ける。
それでもロイアースから『ゲルマン人は驚異の戦闘力を持つ』と評価しているのを聞いて、このシュトタルトも強固な戦士であるのは容易に想像できる。
俺の冒険者としての勘は間違っていないだろう。
次にそんな戦士や高位僧侶とは印象が異なる人物、それがサザビー・クレイトンという男性。
彼は平民だと思われるが、その太い腕と火傷の多さから只の平民ではないと第一印象で感じられた。
実際はそのとおりであり、本人曰く、「ブリタニアで一番の鍛冶職人」らしく、鉄の扱いに長けた人物のようだ。
そして、異彩を放つのが、ウェン・ロン・チャンと言う名前の人物。
彼は今回召喚された人達の中で唯一、黒髪の特徴を持つ痩躯の男性だ。
彼の顔は彫が浅く、あまり健康そうに見えないが、それでも彼は唐と呼ばれる東に位置していた巨大国家の軍師を務めていたらしい。
ミランダ達とは文化圏が違うようで、互いに魔法によって言葉が通じることに驚いているようであった。
俺もウェンの名前に少し興味を抱き、名前を自国の文字で書いてもらったが・・・文龍河・・・やはり見た事も無い文字だ。
彼らが異世界から来たという信ぴょう性がより増す結果だな。
そんな七人に、俺とナァム、アルヴィが加わり、奇妙な十人の共同生活が始まった。
大きな家を残してくれた両親に感謝しかないな・・・
そして意識を現状に戻す。
「俺はただのランスだ、平凡な冒険者。王や指導者なんて慣れる筈がないさ」
「私の勘はそうは言っていませんが・・・解りました。我々の力が必要な時に遠慮なく申し付けてください」
ミランダはそう述べて、一旦は引き下がってくれた。
本当に肩が凝る・・・
七人のそんな態度を見たアルヴィが「面倒な人達ねぇ」と言っていたことがやけに印象的だったりする。
そして、一週間ほど経過した時、スゥォードがトリア領の暫定領主に就任したお偉さんを連れてきて、俺に新たな仕事の依頼が舞い込んでくる。
「はぁ!?・・・俺達がバルディ王国に潜入して、相手の状況を探れと??」
長く丁寧な言い回しで依頼してきたお偉いさんの話を要約するとそんな内容だ。
お偉いさんは俺に申し訳ない態度で依頼話を続けてきた。
「トリア領のために果敢に戦ってくれたランス君には申し訳の無い話・・・いや、英雄であるランス君だからこそ、この任務が適任であるという結論に至ったのだ・・・」
お偉いさんの話はその後も長く続き、それを要約すると、どうやら現在、リドル湖西岸のザクト、東岸のマース、北岸のグロスは既にバルディ王国の支配下らしく、いつ南岸のトリアにバルディ王国が攻め入ってくるのか解らない状況らしい。
これは奴隷兵から得られた数少ない情報だが、それだけでトリア領の上層部を慌てさせるに十分な内容であったらしい。
そのため、急遽、冒険者組合の強靭な構成員達を祖国防衛のために動員することとなったらしい。
こんな状況なので、防衛に冒険者を充てるのは同意できるが、そもそもバルディ王国に対する情報が少な過ぎて、今後トリア領がどう動くべきかを上層部で判断できない状況らしい。
そこで白羽の矢が当たったのが俺達らしい・・・
「前回、活躍したランス君とエルフ女性、妹のナァム君、剣術士のグラニット君、そして、老魔術師によって召喚された七人で旅の一団を構成してバルディ王国に潜入して欲しい。身分を偽る証明書はこちらが発行しよう」
「そんな勝手に決められても・・・」
「ランス君、君が不満なのは解る・・・しかし、現在の我々が割ける人員など君達しかいないのだ!」
「・・・」
「この使命を成功できた暁には、それなりの報酬を用意しようじゃないか」
俺が回答を渋っていると、お偉いさんの口からそんな一言が出てきた。
俺は別に格別な報酬なんて欲しくない。
俺が判断を倦んでいたのは、俺以外の人物を巻き込んでしまう事だ。
それを察したアルヴィは俺の肩をポンポンと叩いてきた。
「またランスの悪い癖ね。私は大丈夫よ。この話、受けましょう」
「な、勝手に・・・」
「いいわよ、別に。私だってバルディ王国に黒エルフが協力しているのを確かめようと思っていたところなの。それに召喚された七人も折角だから有効に活用しましょう。彼らもランスに恭順を示しているし、ランスが大成してくれるのを願っているわよ」
「それも・・・勝手だな」
「いいのよ。人間なんて寿命は短いし、少なくともエルフの半分だわ。だから生き急ぐぐらいがちょうど良いんじゃない。私だってランスが人間社会で偉くなるのを早く見てみたいし」
「俺が偉くなることで、別にアルヴィに利益は無いだろう」
「そうでもないわよ。ウフフフ」
アルヴィは優雅に笑って誤魔化された。
どうせ食いしん坊の彼女のことだ、俺が偉くなって、ご馳走を振る舞ってくれるのを期待しているのだろう。
やれやれ、しょうがない・・・どうせこの依頼は初めから俺に選択肢は無い・・・俺はそう考えるようにした。
「仕方がない・・・解りました。俺とそのメンバーでパーティを組みます」
こうして放浪の民の旅団が結成される事になった。
ちょっとバタバタしているので、いつかは確約できませんが、近々登場人物を更新します。そのときはトリア周辺の地図も掲載する予定です。お楽しみに。




