第十四話 不気味な老魔術師
「納得いかない・・・儂がこのような仕打ちを受けるとは・・・」
老魔術師の戯言は尽きることなく続いている。
異様な雰囲気だが、一緒に軟禁されていた他の奴隷達はこの老魔術師を見て見ぬふりをしている。
船倉に監禁されて船旅の途中もずっとこうだったらしく、相手するのをもう諦めているのだろう。
俺はどうするか少し迷ったが、俺は勇気を出してこの老人に話しかけてみる。
「ご老体。虜囚になった屈辱は理解できます。ですが、アナタを拘束していたバルディ王国の兵はもういません。もう、アナタは自由です」
ギロリと彫の深い顔で俺は睨まれた。
老人のくすんだ眼の光は狂人を連想させる。
「・・・お前がバルディ王国の兵をこの世のすべてから駆逐してくれるのか?」
「今までこの場を支配していたバルディ王国の兵は退去させました。この世からすべてとなると・・・」
物理的にそんな事なんてできる筈もない。
それに、俺は地の果てまで追いかけてバルディ王国の兵や民を根絶やしにするまでの理由が無い。
精々、ウエルティカの父親で領主でもあったソルティア・オンス・トリアを撲殺したザンビエ突撃部隊長を殺すぐらいだ。
「抹殺してくれぬのか!? 儂はバルディ王国が憎い。何故なら奴らは害虫だからだ。ゴルト世界の人類の文化と秩序を破壊しようとしている。彼の国家は混沌の極み、悪の根源・・・我が女神様の野望を阻止しようする悪の集団。女神様の正式な代理人である儂を拘束するなど、百回殺しても恨みは晴れない・・・」
益々何を言っているのか解らない。
「アンタ、その爺さんを相手するのは止めときな。ナナでも有名人だったんだからさ。それは魔術師としてではなく、訳の分からない事を言う人としてだけどねぇ~」
別の奴隷女性からそんな指摘が出る。
「自分が女神の使いだとか訳の分からない事を言う爺さんさ。しかも自身は神聖魔法使いでもなく、普通の魔術師だってのに」
見れば老人の手には魔術師の枷がかけられている。
魔術師を拘束する常套手段だ。
「待っていろ。その枷を外してやる」
俺は持っていた剣を振り下ろす。
ガシャン!
木製でてきた魔術師の枷は簡単に粉砕できた。
魔術師を拘束するに有効な手段の魔術師の枷だが、ここで使われていた物は安物であり鉄製の剣など重量物による物理的な攻撃を加えれば簡単に解除できる物だった。
ここに監禁されている奴隷達が本気になれば、この枷を解除できたと思うが、誰もがこの老人を相手にしたくないのだろう。
「おお! 自由になれたぞ。これも我が女神『デイア』様のお陰じゃ!」
その老魔術師は俺よりも自分が仕えている女神に感謝を示したようだ。
そして、俺に向かって凝視してくる。
「ランス、このオジサン。なんだか気持ち悪いわ!」
アルヴィが種族の壁を超えた何らかの第六感を感じたようで、俺にこの老人に関わらないよう進言してくる。
しかし、老魔術師はそんな事お構いなしだ。
これは狂人の類か・・・
俺はこの老人を解放したことを後悔し始めていた。
その老魔術は俺を凝視して、何らかの魔法を唱え始める。
「・・・アプラス、ナイブラス、エスサルタス、グルーロサス・・・」
古代語で何やら唱えているが、聞いた事のない詠唱。
意味も変わらない。
もしかして、俺達に危害を加えようとしているのだろうか・・・
そんな緊張もしたが・・・結局は何も起こらない。
「おお、見えるぞ。この若者のオーラが・・・」
どうやら唱えた魔法は俺の何かを観るためのようだ。
「このオーラは王の波動・・・しかも覇王の類ではなく、永く反映できる国家の王の資質・・・見つけた!」
何を言っているのか?
時折、街の露天商で見かける占い師の類だろうか。
ちなみに占い師の殆どはペテンの類。
もし、本当に正確な未来が解れば、誰も苦労しない。
この手のペテン師は、占い相手に利益ある希望を見させて小銭を稼ぐ商売人だ。
まともに相手してはならない。
「これは良い逸材だ。貴様こそ、この憎っくきバルディ王国に引導を渡せる存在。そして、このゴルト大陸に安定した秩序をもたらせる人物」
「ご老体、何を言われている? 俺はそんな器じゃない。単なるいち冒険者ですよ」
しかし、この老魔術師は俺の話を聞いていない。
その目の焦点は俺よりも遠くを見ていて、俺の言葉が届いていないのは明白。
これでは埒が明かない・・・
俺はこの老魔術師の話を無視して、ここから立ち去ろうとした時、老魔術師に掌を掴まれた。
冷たい!
そんな感覚で俺の身体はビクッとなる。
まるで死体に掌を掴まれているような気持ち悪さ。
これが錯覚だと感じたのは、この現象が魔法によるものだと直感的に理解したからだ。
「何するの! 私のランスに怪我させたらただじゃおかないわよ!」
隣のアルヴィが警戒を露わにする。
しかし、この老魔術師には無意味。
どんな脅しを与えたところで、彼の行動を制する事はできないだろう。
そんな予感が俺の心の深いところで感じられた。
やがて、今まで感じたことのない魔力が俺の掌に感じられる。
老魔術師が何らかの魔法を行使しているようだが・・・果たして無詠唱で行っているのか?
もし、そうならば、この老魔術は単なる狂人ではない、魔術師として相当の手練れだ。
「アナタは何者?」
俺からのそんな問いに、老魔術師は少しだけニャッとする。
「いいだろう、我が名を教えてやろう・・・我こそは偉大なる創造主であり全秩序の支配者である女神『デイア』様に仕える稀代の魔術師『ガンチア・アルカ』。ランスよ、其方を次代のゴルト世界の支配者として認めてやろう。其方は混沌のバルディ王国を滅亡させ、人々を導いて、ゴルト世界を秩序で支配するのだ!」
なんだ?
勝手に指導者として任命されたぞ!?
そして、俺の名前はこの老人にまだ言っていない。
どうして俺の名前を知っているのか問おうとした時、新たな変化があった。
老魔術師の脇に光の塊が七つ現れる。
「ランスを王道に導くため、異世界から賢人を召喚して従わせてやろう。これは女神様から与えられた特別な力。儂だけが行使できる究極の魔法」
その光が老人と俺の回りをグルグルと浮遊する。
やがて、光が収束し、人の形になっていく・・・
転移・・・いや違う、この魔法からはもっと異質な魔力を感じる。
やがて光が晴れて、七名の人間が姿を現した。
「ハミルミ、ハミルミ、ツォンド、ゴーン」
「ウェイ、シャアー、フォン、ツゥン?」
召喚された人々は理解できない言葉を喋っていた。
この状況に困惑しているのが雰囲気を見て解る。
そりゃそうだろう、この老魔術師によって強制的にここへ転移させられたのだから・・・
俺がそう思っていると、この状況を打破する次の魔法が老魔術師より放たれる。
シャパ! シュパッ!
まるで火炎魔法が撃ち込まれるように、七人の身体へ紫色の禍々しい光の塊が撃ち込まれた。
「翻訳魔法と隷属化。そして、永続の魔法をかけてやった。どうじゃ? 儂の言葉が解るか? 異世界の賢人達よ」
魔法の効果を説明するように老魔術からゆっくりとそんな台詞が喋られる。
自分の施術した魔法の効果を試す質問のようだ。
その質問に答えるように、召喚された七人を代表して女性が答えてきた。
「アナタの喋っている言葉は理解できます・・・ですが、この状況を説明しなさい!」
上等な衣服を着た女性からは不愉快を隠さない言葉が述べられる。
その言葉には相手に有無を言わせない胆力が込められていた。
それは当然だろう、他人の都合で一方的に転移させられた側からすると当然の怒りだ。
しかし、老魔術師はそんな怒りも一蹴する。
「状況・・・それは簡単。貴様達は召喚されたのだ。この世界で次代の王となるランスに仕えるためにな!」
俺達はこの老人の言葉に、益々、眩暈を感じる事しかなかった・・・




