第十三話 奴隷兵達の黄昏
突然現れたエルダー・トレントをあまり時間かけずに退治できた我々であったが、それでも前を進む敵船二隻には追いつけなかった。
漁船に戻り追撃しようとも考えたが、これほど港から離れて距離が開いてしまえば、追いつくのは難しい。
結局は追跡自体を諦めることになる。
それに加えて、この敵船に残された敵兵の反応が普通じゃなかった。
俺達を見る目は敵意・・・と言うよりも『恐れ』。
まぁ、俺達は強敵とされるエルダー・トレントをあまり時間かけずに退治できた手練れだが、それだけじゃない・・・何だろう? 上手く説明できないが、それ以上に恐れを感じているわうだ。
「・・・エルフ・・・エルフだ・・・お助けを! 私には養わなければならない幼子と妻がいますので・・・」
特にアルヴィを見て明らかに狼狽する敵兵。
彼女がただ強いだけでは説明できない慌てぶりだ・・・
「どうしたんだ? お前達が敵意を示さなければ、こちらからも酷いことはしないぞ」
彼らが真のバルディ王国の民ではなく、奴隷兵であるのは先程のザンビエの言動から承知している。
戦争で負けた国家の民が家族を人質に奴隷兵にされることは良く聞く話だ。
ならば、彼らは無理やり兵士として働かされていた被害者である。
一時期の感情に任せて奴隷兵を無用に殺害したとしても、それこそバルディ王国の思う壺。
俺達は互いにバルディ王国の敵同士。
互いに消耗するだけである。
「本当に危害を加えないのか?」
「ああ。今後、君達がバルディ王国の命令に従わないことを約束してくれれば、今回の襲撃の件は放免してやろう」
本当は俺にそんな権限ないが、これも相手を安心させるための方便。
万が一の場合は罪が軽くなるよう、俺のできる範囲で助けてやろうじゃないか。
そんな勝手な事を思っていたりする。
とにかく、今ここにいる奴隷兵は数が多い。
もし、彼らが恐怖に駆られて、万が一、戦闘に発展してしまえば沢山殺さなくてはならなくなってしまう。
それでは後味が悪くなるし、それこそ互いに消耗してバルディ王国の利益となるだけ。
それだけは避けたいと思った。
そして、この状況に不満なのは無駄に恐れられているアルヴィ。
「本当に失礼よね! こんなにゴルトで一番美しくて可憐なエルフの女性を捕まえて、トロルがやってきたみたいな視線は無いわよ!」
「あわわわ・・・ひぃーーぃ」
プンスカと怒るアルヴィはいつもどおりに愛嬌があり俺には微笑ましく映るが、やはり奴隷兵はエルフという存在を格別に恐れているようだ。
これは何かあるな・・・
「エルフを恐れているようだが?」
「は、はいぃぃ・・・我々を殺さないでぇ~」
奴隷兵の男性は恐る恐るそんなことを懇願してくる。
これにアルヴィはキョトンとした反応を示すだけだ。
「私、人間の言葉が解らないのかしら? 殺さないでって聞こえたような気がするけど?」
「アルヴィ。君の理解は間違っていない。俺も同じよう聞こえたからな」
アルヴィが言葉を聞き間違えたのかと聞いてくるのは認識として正しい。
ここで過分にエルフを恐れる要素などどこにも見当たらない。
エルダー・トレントを倒したという事実だけを捉えると、同じ恐れをグラニットやナァムに向けてもいいものだが・・・
しかし、彼らの恐れはエルフのアルヴィにだけに向けられている。
その理由は・・・相手をしばらく落ち着かせて話を聞くことで、ようやく理解できた。
「・・・なるほど。バルディ王国軍に協力しているエルフがいるのだな?」
「ハ、ハイ・・・そうです。あの方は人間に敵意を持っておられます。気に入らないことがあれば、強力な精霊魔法で人間を簡単に殺してしまうんです」
敵の奴隷兵のうち、比較的まともに話せる男性から聞き出したのはそんな情報。
「そのエルフがあのエルダー・トレントを行使していると?」
「そうらしいです。詳しくは解らないのですが、精霊魔法の秘術とからしく・・・」
「そんな精霊魔術なんて聞いた事ないわよ。それにエルフが人間の軍に協力しているなんて信じられない!」
男の言い分を真っ向から否定するアルヴィ。
「しかし、現にエルダー・トレントは俺達の前に現れた。敵将のザンビエから特殊な魔法の波動は感じられなかったので、ほかの誰かがザンビエの投げた木の実に細工したと見るべきだ」
「そんな・・・だけど、確かにあのエルダー・トレントは急に成長して私達に襲い掛かってきた。精霊魔法の要素ならば、考えられなくもないわ」
「そのエルフについて詳細を教えてくれるか?」
ここで少し引っかかる何かを感じた俺は件のエルフの追加情報を求める。
少なくともアルヴィは精霊魔法に精通していると自認している。
真偽のほどは解らないが、それでも彼女が魔術師として高い実力を持つのは疑いようもない。
そんな彼女が知らない精霊魔法を行使するエルフ・・・これは調べる必要がある、と俺の勘が囁いていた。
「あのお方の名前は『ダーク様』と呼ばれている褐色肌のエルフで・・・」
「それは黒エルフね!」
間髪入れずにアルヴィからの反応があった。
「知っているのか?」
しかし、アルヴィは首を横に振る。
「いいえ。彼らの事を詳しくは知っていない・・・そもそも、黒エルフとは我々エルフの集落でも忌み嫌われた存在よ。存在自体が邪悪だと言われているの!」
俺も白黒エルフの関係はよく解らないが、アルヴィの口調が厳しくなった事からエルフ族の中でも黒エルフとは嫌われている種族なのだと解る。
「俺はエルフの事を詳しく知らないが、その黒エルフとは君達、白エルフと同じ集落で暮らしている仲間なのか?」
「確かに一緒に暮らしいている種族だけど・・・決して歓迎している訳ではないの。仕方なく、同じ場所で暮らす事を認めてあげているだけ・・・彼らは邪悪な存在」
どうやら白エルフは黒エルフの事を相当嫌っているようである。
「何れにせよ。今回のエルダー・トレントの一件にその『ダーク』と呼ばれる黒エルフが一枚噛んでいるようだ。冒険者達が派遣された森で遭遇したエルダー・トレントも偶然じゃないだろう」
「ランス殿。それは某が戦ったエルダー・トレントもその『ダーク』とか言うエルフが使役していた可能性あるとお考えか?」
「解らない・・・しかし、冒険者達を森へと派遣したドライド組合長はバルディ王国とつながっていた以上、考えられる可能性のひとつだと思っている」
「・・・うむ、一理あるな。某もランス殿の考えを全面的に支持しよう」
一緒に戦ったグラニットは妙に俺の推測を支持してくれた。
「しかし、黒エルフなんかが人間の・・・しかも、バルディ王国に協力している理由は解らないわね」
「そうだな。さすがにそこまでは解らない・・・しかし、敵に強力な精霊魔法使いが協力しているのは解った」
詳しい事情は解らないが、おそらく『ダーク』とはアルヴィよりも高位の精霊魔法使いだと予測できる。
それは我々にとって脅威の他にならない。
「その『ダーク』という存在は、バルディ王国軍の本隊に所存しているのか?」
奴隷兵に尋ねると首を縦に振る。
肯定の答えである。
更に情報を求めようとしたが、結局のところこれ以上の詳しい情報は得られなかった・・・
所詮は戦争の使い捨て駒として利用されるだけの奴隷兵だ。
彼らは重要な情報を知り得る立場ではないので、これは致し方ないところだとして納得する。
「・・・ランス様・・・お願いが御座います!」
今まで協力的にバルディ王国の情報を喋ってくれた若い奴隷兵のひとりが意を決した表情で俺に懇願してきた。
「我々を・・・我々を難民としてトリアに受け入れて欲しいです。我々の故郷のナナは完全にバルディ王国に占領されて、破壊尽くされました・・・今更、我々が帰って再興をするのも困難なぐらいに・・・この船には私の家族一同が人質として囚われています。私の本職は商人です。幸か不幸か、ここで人生をやり直せるのでしたら、トリア領で一旗揚げたいのです」
「・・・」
全員の視線が俺に集まる。
俺がこんな重要な事を決断できる立場にはないのだが・・・
「・・・解った。しかし、私はトリア領の一市民であり、一介の冒険者に過ぎない。重要な決定をする権限は無いが・・・私のできる範囲で貴君らの要望を叶えるよう協力してみよう」
俺からのそんな言葉で、周囲の緊張が緩んだような気がした。
俺の肩に手をやってこの決断を労ってくれるのはアルヴィであったりする。
「ランス。アナタはやっぱり善良な人だわ。困った人に手を差し伸べるって、なかなかできない事よ。でも、本当にそんな約束しちゃっていいの?」
多少揶揄ってそんな事を聞いてくるアルヴィだが、きっと彼女は解っている。
俺がその場の軽い気持ちで、今回の答えを導き出していない事も・・・
「誠心誠意。トリア領の偉い人に掛け合ってみるさ。もし、ダメな場合は冒険者組合に頼るしかないなぁ・・・俺が多少顔の利くのはそこしかないからなぁ・・・」
「冒険者組合ならば。現役の組合長が裏切ってしまったので、後任者を決める必要があります。もし、ランスさんが組合長に立候補するならば、僕も応援しますよ」
俺と一緒にバルディ王国軍の先遣隊を追撃してくれたスゥォードが、そんなことを言ってくれる。
「何を言っているんだ。俺はそんな器じゃない・・・」
「僕はそうは思いませんがねぇ・・・ちなみに僕はこう見えてもトリア領で有力な氏族出身です。我が家の名声はそれなりに影響力ありますよ」
「本当に何を言っているんだ。俺はそんな器じゃないのに・・・俺は別に偉くなってやろうなんて欲は無いんだ・・・ただし、この人達が困るようだから、少しは力になってやろうとしているだけだ」
俺は再び謙遜を繰り返す。
これにニタニタとした顔で反応するアルヴィ。
「そーいうのを庶民はリーダーに求めているのよ。アナタだってパーティのリーダーやっていたじゃない。それがちょっと大きくなる事だけよ」
「大きさが全然違うだろ!?」
「ハイハイ。野良エルフの戯言で私の純情な兄様を揶揄うの止めてくれる? それよりも兄様。ここの人達を助けるのでしたら。まずは奴隷を解放してあげるのが先では?」
妹のナァムが尤もらしいことを言ってくる。
俺もその意見に全く賛成。
バルディ王国軍の支配と監視の目が無くなった今、俺達は早速奴隷を解放する行動に移る。
「ここが人々の囚われている場所か?」
俺は船倉近くの部屋を案内された。
そこは分厚い金属製の扉に厳重な鍵がかけられていた。
奴隷の逃亡を防ぐための当たり前の措置だ。
「鍵は無いのか・・・まぁ当然だな、看守はここに詰めておらず・・・第二船の乗船して必要な時だけここに来ていたのだろう」
そんな理由で現在、この扉を開けるための鍵は存在しない。
そうなると手段はひとつ。
「下がってくれ・・・」
俺は魔力を高めて意識を集中させる。
「・・・火球よ、迸れ!」
ドンッ! ガッシャァーーーン!!
俺が得意としている火球魔法が炸裂し、頑丈な鉄の鍵がかけられたドアを丸ごと吹っ飛んだ。
「オオッ!」
それを俺の後ろで事の推移を見守っていた奴隷兵達から歓喜が挙げる。
舞った埃が徐々に晴れて、中の様子が露わになってくる。
そこは不衛生な環境だったが、それでも人質は無事に生きていた。
「ああ。息子よ、妻よ!」
奴隷兵のひとりが自分の家族の姿を見つけて駆け出した。
それが引き金になって、家族を求める人々の姿が雪崩の如く押し寄せられる。
そして、周囲が歓喜に包まれた。
「ランス様、アナタのお陰だ!」
初めに俺へと保護を訴えた若い奴隷兵も自分の家族と再会できたようで、笑顔で顔が綻んだ。
感動の場面だ。
今回の襲撃ではいろいろと最悪な事が続いていたが、それでもこれは少しだけ良い事ができた・・・俺はそんな小さな満足感を得られたりする。
そんな家族同士の温かい再開の場の中で、部屋の奥に異質の雰囲気を放つ老人を見つけた。
「・・・くっそう。納得いかない。どうして私が虜囚に・・・ありえない。私は神に選ばれた存在だ・・・」
ぶつぶつと戯言を述べる老人。
狂人にも見える存在。
魔術師風情のその老人は周囲に陰気な雰囲気を蔓延させて、この歓喜の再会の場で唯一の瘴気を放つ人となる。
俺はこの老人にどう接するべきかと躊躇してしまうのであった。




