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ラフレスタの白魔女 外伝  作者: 龍泉 武
第五部 帝皇の罪、銀龍の罪
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第十二話 再び現れた魔物

 俺達は出港を急ぐ敵の船を阻止しようとしたが、寸でのところで間に合わず離岸を許してしまった。

 

「畜生、間に合わなかったか・・・」

「まだ諦めるのは早い。おい、衛視! 警鐘を鳴らせ、緊急事態だ。領主様を殺害した外敵の脅威を街に知らせるのだ!」


 スゥォードは諦めるのはまだ早いと衛視達に指示を飛ばした。

 衛視達もせめてもの挽回にと素早く動いて、港の入口に設置された緊急事態を知らせる鐘を鳴らす。

 

カン、カン、カン、カン


 金属的な警鐘が夜明けて間もないトリアの港に響き渡る。

 何事かと聞きつけて出てきたのは港の周囲に居を構える漁師達。

 スゥォードは彼らと手早く交渉して、追跡できる船を準備してくれた。

 

「さあ、協力してくれる船の手配はできた。追いかけるぞ!」


 俺達追撃部隊の十人ほどが小型の漁船へ乗り込んで、すぐに出港する。

 逃げた敵の大型船を追いかけようとするが、出港の瞬間に黒い何かが船へと飛び乗ってきた。

 

「誰だ!」


 俺は新たな敵の出現かと思い、多少緊張したが・・・飛び乗ってきた人物は涼しい声で俺の誰何に返してきた。

 

「奴ら――バルディ王国の兵だろう? ならば、俺も加勢してやる」

「アナタは・・・」


 そう、俺はこの黒いマントを羽織る人物に見覚えがあった。

 

「私はグラニット。君とは一応面識あるな? ランス君」


 相手は剣術士のグラニットだった。

 昨日、冒険者組合でフィーザーのパーティから抜けた凄腕の剣術士だ。

 

「ああ・・・しかし、どうして協力してくれる? 君はこのトリア出身の者ではないようだし、現在は緊急事態。領主様を殺したバルディ王国の兵を追っている」

「だから、そのバルディ王国は私とも少し因果がある・・・奴らを懲らしめるならば協力したいのだ」


 グラニットの言う意味はまだ理解できなかったが、どうやら個人的にバルディ王国に恨みを持つようだ。

 

「よく解らないが、アナタがバルディ王国の敵ならば、俺達とは味方と言うことになる」

「ああ、その認識で間違いない。今は立て込んでいる。必要ならばあとでゆっくりと私の事情を聞かせてやろう」

「解った。今は少しでも人手が必要だ。バルディ王国の兵の逃走阻止に協力してくれるのならば、喜んでその申し出を受けよう・・・」


 俺はグラニットを受け入れた。

 多少格好をつけてそんなことを言ってみるが、本心はメチャクチャありがたかったりする。

 彼は剣術士としては手練れ中の手練れだ。

 この先、敵兵と戦闘になったとき、このような存在はありがたい。

 そして、俺は標的となる敵の船に目をやる。

 そうすると、敵兵の乗り込んだ三隻の船は港の領域から離脱しようとしていたが、俺達の乗った小型船は今、出発したばかり。

 少しばかり距離が開いている。

 船長が船員に指示を飛ばして帆を広げているが、それでも風は穏やかであり速度は全然足らない状況。

 対する敵の大型船は多数の櫂が水面に伸び、人力で水を漕ぐので、風は関係ない。

 そうなると、どうしても敵の大型船の速度に敵わない。

 

「拙いな。敵の方が速いぞ」


 俺が懸念していると、脇に立つアルヴィも同じこと感じていたようだ。

 

「私が速度を上げてあげてみせるわ」


 アルヴィは甲板の中心に立ち精神を集中し始める。

 周囲の魔素が騒めき、何か起ころうとする予感を感じた。

 

「風の精霊よ。私に力を貸して。あの船に追いつかせて!」


 彼女がそう願うと、精霊魔法が発動する。

 急な突風が吹き、帆を(しな)らせる。

 そして、俺達の船は急激な加速を得た。

 

グォーーー!


「おお、これは凄い! そのエルフは高位な魔術師だな!」

「素晴らしい逸材ですね」

「だけど、それでも野良よ」


 感心を示すグラニットとスゥォード。

 そして、何かとアルヴィに厳しいナァム。

 反応は様々だが、俺としては良くやったと褒めてあげたい。

 しかし、今は精神集中して精霊魔法を施術している最中。

 俺は余計な言葉をかけてアルヴィの集中力が削がれるのを危惧して遠慮した。

 そして、その成果は言うまでもなく、あっという間に三隻ある敵船の最後尾へとたどり着く。

 よし、もう良いだろう。

 

「良くやった、アルヴィ。またトナカイ肉をご馳走してやるぞ!」

「えぇ~、今度は別のものがいいなぁ~!」


 俺からの褒美の言葉に緩やかに対応してくるアルヴィ。

 いつもと変わらぬ彼女の態度に、何故かホッとする俺だったりする。

 

「ともかく、これで敵船に追いついた。乗り込もう!」


 船長がロープを投げて敵船と自分の船をつなぐ。

 俺達はそのロープを伝い、敵船の甲板へと登っていく。

 そうすると、敵はそこら中にいた。

 

「おいっ! 乗り込まれているぞ。トリア人を排除しろ!」

「そうはいかん。私はトリア人ではないから対象外だな」


 グラニットはふざけた彼なりのジョークで敵兵からの追求を躱して斬りかかる。

 剣を抜いた直後に姿が消えた。

 

ドンッ、グサッ、グサッ!


 音の聞こえた方向を見ると既に斬られた敵兵の姿が・・・

 鋭い太刀で鎧や盾ごと真っ二つ。

 人の腕とかも斬られていて全く容赦がない。

 

「ぐわーーっ、腕がぁ~、俺の腕がぁ~!!」


 喚く敵兵だが、全然やり過ぎとは思わない。

 相手も俺達を殺して構わないと認識して襲い掛かってきたのだから・・・俺は自分にそう言い聞かせて先へと進む。

 そうすると、さらに前を進む敵船の甲板が見えた。

 その甲板に仁王立ちし、乗り込んだ俺達を睨み返していたのは片目の傷付いた強面の男と禿げた司祭風の男性。

 その二人は俺達を見てニヤリッと笑みを浮かべる。

 

「お前がランスか?」


 相手は俺の名前を知っているようだ・・・俺も片目に傷がある男が誰だか解っている。

 俺の目の前で領主様を殴り殺した敵の将兵だ。


「そうだ。俺はランス。そして、貴様は領主様を殺した男だな。大人しく捕まって正義の裁きを受けよ!」

「正義とは・・・しゃらくせぇ~。お前こそ俺の目を潰してくれて・・・本当にムカつく奴だぜぇ!」


 悪辣な奴だと思うが、この男がこの軍団の重要人物だと予想ができる。

 もう少し探ってみよう。

 

「貴様は何者だ!?」


 すると、相手は太々しく笑った。

 

「フフフ、俺を何者かと問うのか? フフフ、アハハハハ」

「何がおかしい?」

「聞かせてやろう。俺様はバルディ王国の一番突撃隊長のザンビエ様だぁ! 俺の左目を傷付けた事を後悔させてやるぞ!」

「何を言っている! 貴様こそ、領主様を撲殺した大罪人。この場で捕えてトリアの裁きを受けさせる」

「フハハハハ、テメェに捕まる俺様じゃねぇーよ。それよりもテメェは自分の心配をしな! ほらヨ!」


 ザンビエは豪快に笑うと、何かをこちらに向かって投げた。

 それは何か種のようだが、俺達よりも前方の甲板に落ちて、そこで急激な変化をする。

 

ド、ド、ド、ド・・・


 まるでそんな擬音が響くように急激にソレ(・・)は成長した。

 まるでアルヴィの使う精霊魔法のように、何かの植物が発芽したかと思えば、急激に大きくなって実体化する。

 そして、姿を現したのは・・・

 

「何っ! これは!!」


 俺は驚いたが、この船に乗船する敵も同じく驚いたようだ。

 

「げっ! ザ、ザンビエ様。それはないっ!」


 彼らが絶望する気持ちはよく解る。

 何故なら、ここで姿を現したのは褐色の幹の魔物(モンスター)『エルダー・トレント』だったからである。

 

「エルダー・トレントだとっ!?」


 どうしてここに現れたかは意味不明だが、それでもこの事態、何とか対処しなければいけない事は明らかだ。

 

「ザンビエ様、どうして!? ギャーッ!」


 エルダー・トレントは魔物よろしく、人間の敵味方の区別なく、必殺の杭を飛ばして全方位で攻撃してくる。

 早速、近くにいた敵兵の一人が犠牲になった。

 

「へへへ、お前らもう用済みなんだよ! もともと三号船に乗るのは奴隷とその人質ばかりだ。この作戦が終われば、お前達はお払い箱。所詮、敗戦で補充した奴隷兵に過ぎない」

「くぅーーっ、外道め!」


 俺は怒りを露わする。

 結局、使い捨てにされてしまった敵兵達だが、ザンビエはその行為が楽しいようだ。

 

「へへへ。ランス~! 貴様はそのエルダー・トレントと遊んでいればいいんだよ。その間に俺達はずらからかせて貰おう。ワハハハハーッ!」


 高笑いする姿が余計に憎らしい。

 こうして、ザンビエは踵を返し、船内に消えて行った。

 同時にこの船の速度が止まる。

 漕ぎ手が恐れ慄き、仕事を放棄して、次々と海に飛び込んで行くのが見える。

 そりゃそうだろう・・・エルダー・トレントは格別な攻撃力を持つ魔物だ。

 一般人が敵う筈もない。

 俺もこの船を放棄して、追いかけてきた漁船へ戻り、ザンビエの乗る旗艦を追いかけたい。

 しかし、それをエルダー・トレントは簡単に許してくれなさそうだ。

 

ヒュン、ヒュン、ヒュン


「拙い。杭の攻撃から避けろ!」


 俺達はプロの冒険者、エルダー・トレントから発射された杭の軌道を読み、パッと散会した。

 

ダッ、ダッ、ダッ、ダッ!


 数秒前まで俺達のいた甲板に杭の攻撃が刺さる。

 俺達の戦ったエルダー・トレントよりも体格は大きく、杭の攻撃が強烈だった。

 おそらく、身体に刺されば、骨が折れて、内臓が傷付くのは容易に想像できる。

 俺の脳裏に緊張が走る。

 しかし・・・

 

「また、コイツね。この前は遅れをとったけど、本気の私は強いんだからね!」


 アルヴィが勢いに任せて突進する。

 俺は「よせ!」と叫んだが、間に合わない。

 彼女の踏み込んだ先に高速の杭が打ち出される。

 そのままでは串刺しになるが・・・しかし、実際にはそうならなかった。

 

「えいッ!」


 アルヴィは気合一発で精霊魔法を発動させる。

 そうすると、身体が不自然に浮き、あり得ない方向に軌道変更した。

 空中に飛び上がったところで、一発目の杭の攻撃を躱したが、しかし、敵も野生の勘を持つ魔物だ。

 二発目は空中に飛び上がったアルヴィを狙ってくる。

 しかし、これも・・・

 

「えいやっ!」


 アルヴィは空中を蹴り、更に別な方向に体勢を変えて回避に成功する。

 彼女が何をやっているか正確には解らないが、おそらく、これも精霊魔法。

 空中を蹴るこのできる風魔法系統の何かだろう。

 ともかく、抜群の機動力でエルダー・トレントの必殺の杭攻撃を躱すアルヴィの姿は頼もしかった。

 彼女曰く、「あの時は油断していた」と言うのもまんざら嘘ではないだろう。

 そうなると、ここは攻勢に出るべきだ。

 

「エルダー・トレントの弱点はあの顔の様な(うろ)だ。そこが魔力の中枢になっている!」


 俺はエルダー・トレントの弱点を叫ぶ。

 どうやって攻撃するかは別にして、敵の弱点情報を共有するのは冒険者として基本中の基本。

 連携など、それが解ってからだ。

 しかも今回はメンバーに恵まれていた。

 

「あいや、解った。(それがし)がやってみよう」


 俺の後ろに居たはずの剣術士グラニットが既に前にいた。

 この人、どれだけ敏捷性が高いんだ!?

 眼で動きが追えなかったぞ!

 そんな事を考えていると、また姿が消える。

 

ド、ド、ド、ド


 直線的に狙ってくるエルダー・トレントの高速の杭の攻撃・・・それが途中で余す事無く左右へと弾かれる。

 まだ目で完全に追えないが、グラニットが高速の剣が杭の攻撃を捌いているだとかろうじて解る。

 やはりこの剣術士は凄腕だ。

 そして、このグラニットの攻撃はエルダー・トレントの注意を引くのに役立ってくれた。

 

「私が遠隔攻撃できないと思うなよ~。これでもエルフなんだからぁっ!」


 何故か怒り口調のアルヴィを見ると、彼女はどこから出したのか、立派な白い弓を引いていた。

 

ブンッ!


 彼女が弦を弾くと、その弓から強烈な速度の矢が放たれる。

 絶対にアレには魔力が宿っている・・・そう思えるような威力の籠った矢が一直線に走り・・・そして・・・

 

グイーーーン、ドンッ!


「ギャオッ!」


 直後にエルダー・トレントが悲鳴を上げる。

 アルヴィが空中で放った矢は見事にエルダー・トレントの顔の様な(うろ)に命中して爆発炎上した。

 凄まじい威力の魔法の矢だが、今回はそれだけじゃない。

 

「チェストォーーーッ!」


 気合の声と共に同じく(うろ)に向かってグラニットの刃が炸裂する。

 そして、十字型に斬り込みが入った。

 顔の部分が完全に崩れて、大ダメージが入ったことは明らか・・・しかし、ここで追い打ちが・・・

 

「私を忘れてない!? 覚悟しなさいよ!」


 妹のナァムが遅れて長剣を振った。

 その鋭い太刀で、脆くなったエルダー・トレントの顔面は完全に粉砕されて、大木の幹が折れるが如く吹っ飛んだ。

 

「キャオーーーッ!」


 再び、意味不明な奇声を挙げたが、これがエルダー・トレントの最期の断末魔になる。

 直後に魔法的な何かが霧散し、エルダー・トレントは沈黙した。

 

「よし、やっつけたぞ!」


 俺は勝利を確信してそんな事を叫ぶが・・・この圧倒的な討伐に完全に心を砕かれたのは敵の一同だ。

 彼らの中でもエルダー・トレントとは強敵として認識されている。

 そんな敵を秒殺した英傑三人の登場に戦意喪失してしまうのは、ある意味で当前のことであったりする。

 

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