第十一話 悪の仲間たち
「おい、早く治癒師を呼べ。ザンビエ部隊長が負傷した!」
顔面、いや、眼球から感じる激痛は鋭く、痛さを通り越して熱いと感じた。
あまりに刺激の強い苦痛の情報により気がおかしくなりそうな中、慌ただしく部下の怒鳴る声だけが聞こえる。
成す術なく状況に身を任せていると、神聖魔法使いの数名が部屋に入ってきたようだ。
視界が遮られているので相手の姿は解らないが、それでも誰がやって来たのか凡そ解る。
「ほほう。派手にやられましたなぁ~、ザンビエ殿。ワハハハハ」
「愉快そうに笑ってないで、さっさと治せ! このヤブ治癒士野郎!」
「そんなに怒鳴ると、命を縮めてしまいますぞ。ザンビエ殿~。只でさえ派手にやられているのに・・・フォフォフォ」
俺の怒鳴りにのらりくらり返してくる相手はおそらくドリアン司教だろう。
神聖魔法使いの高位な僧侶なのだが、俺はこいつがどれだけ悪党かを知っている。
過去に己の所属していた教団の修道女をレイプしまくっていた破戒僧だ。
それが上層部に発覚して破門となり、教団に復讐しようとバルディ王国に協力している悪党の司教。
「いいから、早く治せ! お前の活躍などこんな場面しか役立たないだろうがぁ~!」
「解りました。解りました。私も治療行為とは言え、厳つい貴方の身体に触れるのは本意ではありませんから、さっさと仕事を終わらせることにしましょう」
ドリアン司教のやけに冷たい手が俺の患部に触れる。
「グアッ、痛てぇ~!」
「暴れないでください。子供じゃないのだから少しは耐えてくださいよぉ~」
俺の反応を面白がるように治療をするドリアン司教。
こいつの腕は確かだが、それでもワザと痛がるように治療しやがる。
絶対に世話にならなぇと思っていたが、怪我してしまうとしょうがねぇ~のか・・・
俺は我慢して治療を受けることにした。
しばらく待つと痛みが引いてくる。
「ホウ。終わりましたぞ。傷口は塞がりましたが・・・それでも我らができるのは治療のみです。再生までできませぬ」
「・・・何が言いたい・・・」
俺は嫌な予感がして、顔を手で触ってみる。
「右目が・・・」
くっそう。
敵に剣の投擲を食らって右目がつぶれてしまったようだ。
左目をつぶってみるが、そうすると視界は暗黒・・・何も見えない。
神聖魔法の治癒の技で痛みこそ感じないが、これは痛覚を絶っているからだろう。
それと傷口周囲の止血は完璧だった。
性格は悪いがドリアン司教は神聖魔法使いとしては無駄に優秀な奴だ。
「でも、これでやれるな。俺の目を潰した奴をぶっ殺してやる」
俺は再び出撃しようとすると、部下から止められた。
「ザンビエ様、ダメです。御身負傷のため、一度、グロスに戻られて体調を整えるべきです」
「馬鹿野郎。今が攻めどころなんだよ!」
戦のタイミングの解らない部下に怒鳴る・・・が、その直後にトリア領から鐘の音が聞こえた。
カーン、カーン、カーン!
町中に響く鐘の音。
それは異常事態の発生を知らせる非常警報だ。
どこの街でも似たようなシステムなので、おそらくここも同じ意味合いだろう。
それは街の危機が迫ることを知らせる警報であり、これが鳴らされると街の守りは強固となってしまう。
「・・・ぐ・・・これが潮時か」
つまり、敵が警報を鳴らす前に占領できれば、俺達の勝ち。
逆に警報を鳴らされてしまえば、俺達の先遣部隊だけで占領は難しくなる。
つまり、警報が鳴らされたことで俺達の作戦は失敗したと同義だ。
流石にこの期に及んで、無謀な突撃をするほど俺も阿保じゃない。
「くっそう! 悔しいが・・・しかたない守りを固められちゃー、流石に俺達先遣の突撃部隊だけじゃ、攻められねぇ。領主の命を奪っただけでも戦果とするか・・・相手の士気を挫けたとして満足するしかないな・・・オイッ、撤退するぞ!」
俺はいろいろと諦めて部下に撤退を指示する。
「やっていますよ。今、碇をあげています!」
部下は面倒くさそうにそう応対してくる。
生意気な姿だが、俺は特に怒りはしない。
この軍隊に必要なのは規律じゃねぇー。
必要なのは各個人の高い戦闘力と実力、そして、欲望に正直なところ。
こいつは口は悪いが、腕は確かだ。
この船の奴隷達をうまくまとめ上げて、作戦行動が支障無いようにしてくれる。
俺は部下の見るべきところは見ているつもりだ。
その部下が撤退以外の指示を俺に聞いてくる。
「あー、昨晩。協力者がやってきたので、乗せていますが・・・どうしましょう?」
「ああん? 協力者?? 確か、トリア冒険者組合の組合長だとか・・・う~ん、もう用済みだが・・・領主をぶっ殺せた成果もあるし、あまり殺し過ぎると、あとで国王から嫌味を貰うからなぁ~・・・適当に乗せておけ、どうせ裏切者は俺達が完全掌握するまでこのトリアに戻れねぇからなぁ~」
そこまで言いかけて、俺はふと思いついた。
「いや、気が変わった・・・ここに連れてこい」
俺の部下は察しが良く、俺の命令を直ぐに実行すべく部屋から退出していった。
部屋に残るのは俺とドリアン司祭だけとなる。
「ふふふ、もし、相手を拷問するのならば、遠慮なく申し付けてくれ」
残忍に笑う禿げた司祭は狂人じみていた。
俺は吐き捨てる。
「てめぇーは、本当に破戒僧だなぁ。まだそいつには利用価値あるんだよ。てめぇーも敵を殺し過ぎると国王から怒られるぜぇ!」
「私はバルディ王国発展のため、身を粉にしてお仕えしています。すべての残虐行為――いや、奉仕活動――は言うなれば、修行のための一環。ゆくゆく私はバルディ王国に設立される中央教会の教皇となりますから」
「へ・・・てめぇ~が教皇とは、信徒はクソ野郎ばかりになるだろうなぁ~」
「否定はしません。なんせ、バルディ王国は秩序を重んじることはありませんからねぇ~。それでも神聖魔法は必要な力です。私はその組織の長となり、信徒寄せられる多額の献金を神に代わり管理いたします」
「管理ねぇ~」
俺は呆れるしかない。
俺は信心深くないが、このドリアン司祭の支配する教団は欲と賄賂しか存在しないと思っている。
何を教義するのかは不明だが、どれにしてもそれは表面上の信仰・・・最終的にはドリアン司教へ利益が転がり込む仕組みを作ろうとしているに過ぎない。
ある意味でバルディ王国に相応しい教団だと思うが、自分だけは絶対に入信は御免だと思ってしまう。
そんなことを考えていると、部下が件の人物を呼んできた。
「おい、早くしろ。ザンビエ突撃隊長がお呼びだ!」
引っ張られてきたのは中年の男性。
痩せた男であり、冒険者達を束ねる組合長に絶対見えない男だった。
「お初にお見えにかかります。私がトリア冒険者組合の会長ドライドにございます」
男は恭しく礼をしてくる。
俺も適当に相手してやる。
「ああ、書面で何度かはやり取りしていたな。今回は其方の情報は役に立った。領主は首尾よく殺害できたからなぁ~」
「ははぁ、ザンビエ様の勇敢な行動に、このドライドは感服しております。つきまして、占領後の統治に私めにお任せ頂ければ・・・」
「それを判断するのは俺じゃねぇ~、国王だ」
「・・・」
「ただし、俺は国王にも顔が利く・・・多少は有利に話を進めることもできるぜぇ」
「・・・それはそれは、ザンビエ様の後ろ盾があれば、私も大いに助かります。勿論、その御恩は目に見える形でお返しをさせて頂きます」
早速、賄賂の話だ。
このドライドという人間は欲にまみれた悪党だ。
ある意味で俺達バルディ王国の価値観に近い人物であり、親近感さえ感じちまう。
「まあ、その話はおいおいだ。それよりもトリアの情報に精通している貴様に聞きたい。トリアにエルフの女を従えた魔法戦士の存在を知っているか?」
「・・・それは・・・ランスの事ではありませんか? 体格のガッチリした魔法戦士で金髪の男、そして、最近、森で助けたエルフを従えて、あと妹のナァム・・・彼女は特徴的な長剣を扱う女戦士の冒険者です」
俺の聞きたかった男の特徴と合致する。
「そうか、ランスかぁ・・・」
「ランスが何かしたのでしょうか?」
「いや、たいしたことじゃねぇー。ちょっと借りができただけだ」
俺は残忍に笑う。
「もういい。ちなみに今回の作戦で占領まではでなかった。この船は一度本国に戻る。降ろしてやってもいいが」
「・・・いいえ。同行します」
男は少し悩んだようだが、それでも同行を申し出てきた。
当然だろう、裏切り行為が発覚していると思うので、このトリアでは生きちゃいられないだろう。
この男もこうなる事を見越して、家族でこの船に乗り込んできた訳だ。
いいだろう、こいつも今日からバルディ王国の国民だ。
もう元には戻れねぇ~。
俺達が世界の覇権を握るのを、その傍らで見せつけてやろうじゃねぇーか。
「ハハハハーッ」
俺は何故か笑った。
ここで笑いが出た理由はよく解らない。
この男の人生を転落させてやったことへの嘲りか・・・いや、違う、俺達はこの下らねえ秩序の世界から、覇権を奪ってやるんだ。
そんな邪な簒奪者の気持ちに支配されたのかも知れない。
隣でドリアン司教が俺と同じ邪悪な笑みを浮かべていたのが少々気に入らなかったりする・・・
申し訳ありません。ちょいと表の仕事が忙しくなり、当面の間、火曜日のみの投稿とさせてください。
おそらく10月後半ぐらいには事態が好転すると思いますので、そうしまたらまた火曜・金曜の更新に戻します。
しばらくは展開が遅くなりますがご容赦ください。




