第九話 領主の館での対決
俺は中級魔法の火炎攻撃の音を耳にして、その現場へと駆け付ける。
家ではナァムやアルヴィを起こしたが、一応彼女達もついて来てくれた。
俺としては、俺が確認しに行く事実だけを認識してくれるだけでも良かったのだが、異常な事変だと察し、彼女達も同行してくれるのはありがたい。
彼女達は女性だが、それぞれが攻撃力を持つ実力ある冒険者として役に立つ存在なのだから。
そして、数分で現場となっている領主の館までたどり着いた。
「兄さま、彼らは何者なのでしょうか?」
「見た事も無い鎧だ?」
領主の屋敷の周辺では、禍々しい意匠の鎧を着た兵士達がトリア領主の私兵達と小競り合いをしていた。
ブン、ブン、ブン、ドカッ!
重厚な金属製の戦槌が振われて、私兵がなぎ倒される。
どちらか言えば、数の多いトリア私兵の方が劣勢だった。
明らかに力量の差があるようだ。
「見た事も無い鎧だな・・・しかし、敵であることに間違はいないだろう。俺達も加勢するぞ!」
俺は迷うくことなく、禍々しい鎧集団を敵として認識し、排除にかかる。
「うぉぉーーっ。俺は冒険者組合のランスだ。トリア領主の兵達よ。加勢するぞ!」
俺は雄叫びと名乗りをあげて、戦いに加勢する。
「ぐ! 新手か!」
敵の視線は一瞬俺に集まる。
ねっとりとした嫌な視線・・・そこには悪意と欲望を感じた。
「へへ、女がいるじゃねぇか~・・・それにエルフだ、こりゃ上玉だ」
敵兵のひとりが俺の後ろにいるナァムとアルヴィの存在に気付く。
暗がりの中でも特に女性としての魅力を放つアルヴィの存在は眩し過ぎるのだろう。
「厭らしく笑って気持ち悪いわねぇ。精霊の戒めよ!」
その欲望の視線を感じたアルヴィがキレた。
彼女は手早く精霊魔法を発動させる。
魔力が淀みなく流れ、周囲の草木が騒めく。
「わっ! 何だ!?」
蔦が伸びたかと思えば、敵の身体があっという間にソレに絡められる。
自由を奪った敵兵は隙だらけ、そこに俺やナァムが遠慮なく剣で切り刻んで行く。
俺は片手使いの幅広剣で、ナァムは自分の身長を超える特徴的な長剣だ。
「「グワァーーッ」」
あっという間に、俺達の剣が二人の敵兵の生命を奪う。
妹のナァムはあり得ないぐらいの長剣なので、ちょっと踏み込めば相手の意表を突く間合いで斬ることもできる。
そんなトッキリーな剣技を目にしたアルヴィが感心したようだ。
「ナァム、すごいわね。その長剣。そんな武器を扱う人、初めて見たわ」
「そうね。この剣の銘は『吸血鬼殺し』。ご先祖様が扱っていた伝説の武器を私が引き継いだのよ」
「ふーん」
激しい戦闘をしつつも普通の会話が成立しているのは、この二人の身体能力が優れているからだ。
しかし、俺は注意を促す。
「無駄話はそれぐらいにしておけ、気をつけろ。敵の中に魔術師がいる!」
俺は敵の後方に黒いローブを纏った人物がゴニョゴニョと目立たない声で呪文を唱える気配を感じた。
敵も戦槌だけで応戦が難しいと悟ったのだろう、魔法で遠隔攻撃するようだ。
「させるか! 火炎よ!」
俺は短縮詠唱で小型の火球を生成してやると、長々と呪文を詠唱している魔術師を狙った。
ボウッ!
「ぐわっ!」
火球は一直線に飛び、詠唱中の魔術師に直撃した。
フードが吹っ飛んで、痩せこけた中年の顔が露わになったが、何かを発しようと口を開くが、その先の言葉が苦痛で続かない。
俺の放った初級魔法が綺麗に決まった瞬間だった。
魔術とは威力あって遠距離攻撃もできるが、そのための対価として長い詠唱時間が必要となる。
直接的な戦闘に於いて、それはあまりにも実用的じゃない。
俺はその事を魔物狩りの戦闘現場でよく解っているつもりだが、この魔術師は実戦経験が乏しかったようだ。
もしかすれば、中級か上級クラスの魔法を放とうとしていたのかも知れない。
魔術師とは技巧に走る傾向もあり、得てして早打ちの魔法施術は邪道と考えている者も多いと聞く。
俺からするとその方が愚の骨頂だと思う。
時間に余裕ある場合、それは有効な攻撃手段かも知れないが、直接戦闘とは一瞬一瞬が勝負なのだ。
俺が単純な短縮詠唱を常套手段として使うのもそこが理由だったりする。
ともあれ、これで戦況が一気に優勢に傾いたように見えた。
元よりここの戦闘現場は俺達の方が数は多い。
士気と勢いさえつけば、勝利できるだろう。
そう思っていた矢先に状況は変わる。
「へへへ。お前らぁ、これを見やがれ!」
領主の館のバルコニーからやたらと挑発的な声が聞こえて、俺達は手を止めてしまう。
そこで目に入ってきたのは・・・領主の首元に禍々しい戦槌を当てた敵兵達と、束縛されたウエルティカ達の姿だった。
「戦闘を放棄断しろ。でないと、お前達の領主をぶっ殺すぞ!」
「ぐ・・・」
俺達は仕方なく戦いを止めざる負えなかった。
「へへへ。お前達は負けだ。これを見ろ!」
バルコニーの敵兵は高々と証書を取り出す。
それに何が書かれているか読み取る事はできない。
しかし、降伏に関する条約事項が書かれた証書なのだろうと容易に想像できた。
「この都市は今から、俺達、バルディ王国の物だ。お前達は負け犬。これから奴隷として暮らしていくんだよ! そして、俺の名前を憶えておけ、俺様はバルディ王国の突撃部隊の一番隊長ザンビエ様だ!」
唾を飛ばす憎らしい姿だが、こいつの言っている事はあながち間違いじゃない。
俺達の領主の命をその手元に持つのは確かだ。
「ち、畜生め・・・」
俺達は武器を下すしかない。
敵兵も館の中に既に多くが侵入していたようだ。
バルコニーをはじめとして、次々と屋敷の中から姿を現れた敵兵の数が尋常じゃない。
そして、現在の俺達は不利だ。
本来ならば、ここトリアはこんな少ない兵力じゃない。
だが、街の実力者は冒険者がほとんどを占めている。
その冒険者の大半が、現在、狩猟のため森に籠って活動中なのだから・・・
(もしかして、このタイミングを狙っての襲撃なのか?)
俺は一瞬謀略の類を想像してしまったが、それは話の都合が良すぎると直後に思い、即座に否定した。
「へへへ・・・この野郎め! 散々、俺達を困らせやがって!」
バスンッ!
俺は蹴られた。
それは金属製の戦槌ではなかったのだが、これは運が良いのではない・・・
・・・俺達をなぶり殺すつもりだろう。
「それにしてもエルフ女に女戦士かぁ、そそるじゃねぇーか!」
俺を蹴った男が下品に顔を歪ませる。
そして、アルヴィに手を出そうとして、彼女から細剣を向けられる。
「ケッ! 俺達に刃向かうと、領主の命はねぇーぜ!」
「ぐ・・・」
困るアルヴィだが、ここで隣のナァムが溜息を吐いた。
「はぁ~。あなた達は解ってないわ。そこの野良エルフはこのトリアと縁も所縁も無い野良中の野良よ。領主様の人質ってその野良に全く意味が無いわ。もし、彼女の身体に触れようものなら、一瞬後に細剣の餌食。彼女の腕前は一流よ!」
「けっ、言ってくれるじゅねぇーか。本当に人質が有効じゃねぇーか本当に試してみてもいいんだぇ~」
男も脅しで対応してくる。
アルヴィは俺の顔を目で確認してくるが、俺は首を横に振る。
(すまない。抵抗しないでくれ・・・)
俺は申し訳ない気持ちで、そう懇願するのが精一杯。
「おい! 俺が代わりになろう。そのエルフは余所者だ。偶々このトリアに立ち寄ったに過ぎない。見逃してくれ」
「へへへ。お前は莫迦か? 俺は男を襲う趣味はねぇ~よ。それに、今更、そんな道理が通ると思ってんのかよ!」
男は下品に笑い、アルヴィに近付いて、手に持つ戦槌を使って彼女のスカートの裾を捲ろうした。
アルヴィは抵抗しない・・・いや、できない・・・俺の顔を立てているのだろう。
「ぐ・・・」
俺はやるせない気持ちで一杯だ。
アルヴィに対して、俺達を見捨てて逃げろと言いかけたところで、バルコニーから強い言葉が響く。
「やめろ! 私の事はどうなっても構わん。トリアのために抗え! 侵略者を追い返せっ!」
領主の必死の叫びによって、男の不埒な行動が一瞬止まる。
その隙をアルヴィも俺も逃さない。
アルヴィが後方に飛ぶのと、俺が男目掛けて飛び蹴りするのは同じタイミングだった。
ドカッ!
「グガッ!」
呻き声を挙げて飛んでいく男。
俺の靴の底には鉄板が仕込まれている。
冒険者たるもの、全身が武器になっているのだ。
普通の蹴りでは考えられないダメージが入っているだろう。
男の口から鮮血が零れている。
こうして、アルヴィへの脅威は去ったが、当然、そんな行動をすれば敵の逆鱗に触れる訳で・・・
「こんのぉ、野郎。それならば望みどおり領主をぶち殺してやらぁ~! うらぁっ!」
バスンッ!
「ぐぁっ!」
棘々の戦槌が領主様の頭部を強打する。
頭蓋骨の割れる音がして領主様の頭部が変形した。
「きゃーーーっ! お父様ーーーっ!」
ウエルティカの叫ぶ声が聞こえた。
俺は自分の心が張り裂けそうな苦しみと怒りを感じてしまう。
「くっそう! バルディ王国めっ!」
直後に後ろに居る筈のアルヴィから魔法発動の気配を感じた。
「精霊の戒めよ。彼の者の自由を奪い給えっ!」
ニョキニョキ
バルコニーに設置された観賞用植物の蔦が伸びて、領主様を殴った男に絡み付く。
「わっ!? 何だ?? 魔法か?」
男は初めて見るであろう精霊魔法の攻撃に慄いて慌てるが、それでも身体の自由が奪われる結果になる。
俺はそんな束縛のチャンスを逃さなかった。
「どおぅりぁゃゃゃゃーっ!」
手持ちの剣を思いっきり投擲する。
グゥゥゥーン、ダンッ!
俺が投げた剣は見事に男の顔面に刺った。
「グォーーーーッ!」
直後に獣の咆哮。
男が苦痛のあまり大暴れした。
しかし、蔦による絡みは有効で、その束縛から逃れられていないが、それでも暴れて兜が飛び、男の顔が露わになる。
「くっそう、死ななかったか・・・」
見れば俺の投げた剣が左目に刺さっているのが解ったが、それでも致命傷は避けたようだ。
それでも、あまりの苦痛により大暴れしているのが解る。
いい気味だ、即死を免れただけで、大ダメージなのは間違いない。
そのまま苦痛の中で死んでいけばいい。
しかし、ここで男の部下が素早く働いて、蔦の束縛を解いてしまう。
「ダメだ。ザンビエ様がヤラレタ! 一旦退却するぞ!」
敵の部下はそう述べて逃走を選ぶ。
ブオーーッ
角笛の音が聞こえた直後、周囲が光に包まれる。
「ぐ、眩しい・・・光魔法か!」
鮮やかなその手腕は撤退を既に考えていた作戦行動。
くっそう、手慣れてやがる。
眼が慣れてきた頃には敵の部隊が撤収して行く姿が見えた。
「おい、待てッ! 逃がすなっ!」
俺達は敵の撤収した港の方角目指して追撃するのであった。




