第八話 突然の侵攻
この部話は一部に残虐な表現があります。苦手な方はご注意ください。
ここはトリアを治める領主の屋敷。
時刻は夜中だったが、それでもトリア地域を支配する重要な拠点だ。
それなりに警備もしっかりしている。
それでもこのトリア領はここ数十年来で大きな事変は起こっておらず、警備する者もそんな状況が続くと緊張感が薄まるのも無理はない。
トントン
夜半に戸口を叩く音が聞こえた。
「んん? こんな夜半に何用だ?」
夜半に領民から緊急の面会の要請は時折発生するイベントだったりする。
他者から領主と会う事実を知られたくない特殊な事情を持つ領民がこのような時間に訪れることも極稀にある。
勿論、事前の予約の無い訪問者は丁重にお帰り頂くことになっている。
「もう、面会の時間は過ぎているぞ。明日にして貰えないっ・・・ぐわっ!」
警備の若者が通用口から顔を出して、面会者に退席を願おうとしていたが、その言葉を最後まで伝えられなかった。
それは棘々の棍棒の攻撃を食らったからだ。
顔面が凹んで、それが致命傷となり、倒れてしまう。
正に容赦の無い一撃・・・さすがにそんな襲撃を受ければ、弛んでいると言われている領主直属の私兵も警戒する。
「うぉっ! どうした? 敵襲か? ならず者の襲撃?」
夜番に就く他の警備兵が慌ただしくなり、警報を鳴らそうかと迷っていたところで、次の攻撃がきた。
ドーーーーン
極大の火炎魔法が炸裂して領主の館の外壁の門が木っ端微塵となる。
そして、その埃の向こう側から姿を現したのは完全武装の兵士達だった。
「てっ、敵襲ーっ! 敵襲だぁぁぁっ!」
「ぐ・・・こんな奴らをここまで・・・街の入口の衛視達は何をしていたんだぁっ!」
敵の鎧の意匠を観れば、彼らがこのトリア、そして、周辺の都市で使用されている者でないことは一目瞭然。
外敵が攻めてきたとすぐに彼らは理解できたが、それでも街の入口の警備を簡単に突破されていたのは驚きだった。
その兵士の集団の中からひときわ大きく禍々しい鎧の男が口を開いた。
先程に若い兵を撲殺した男でもある。
「ギャハハハッ! トリアの兵ってのも弱ぇー奴だなぁ。俺達はバルディ王国の兵だ。俺達に支配権を渡して恭順を示せ。そうすれば命だけは助けてやるぞ!」
下品に自分の要求を突きつける。
勿論、そんな要求に従う者はいない。
「ふざけやがって! どうやってここまで攻め入ったか解らないが、生きて帰すな。全員血祭にあげろ!」
「それはこっちの台詞よ。もう既に戦いの勢いは俺達に傾いているんだよ! 俺達が領主の館まで攻め入った事でほぼ終わりーーーっ!」
「うぉーーーっ!」
雄叫びが挙がって両者がぶつかる。
ガンガン、キンギン
金属と金属のぶつかる音。
互いに金属製の武器と盾が交差する。
トリアの領主の私兵は勇敢だったが、それでも攻め入ったバルディ王国の方が人数は多い。
ドンッ!
バルディ王国の兵は車輪に大木を縛り付けた攻城用の兵器を使い突撃してきた。
派手な音がして、既に火炎魔法でほぼ壊れている門が完全に破壊される。
そればかりか、そこを守る私兵も吹っ飛ばした。
「ぐぁわッ!」
そして、開いた空間を外から虫が這い入るかの如く多数のバルディ王国の兵が屋敷の敷地内へと雪崩れ込んでくる。
彼らは戦慣れしていた。
「何だ。コイツらは!? ギョッ!」
それがここを守る私兵部隊長の最期の言葉となる。
彼は雪崩れ込んできた兵の戦槌で殴られた。
トゲトゲの生えた金属の槌は必殺の一撃であり、唯一の慈悲が働いたのは彼が痛みを感じるよりも早く死んでしまったことだ。
「へへへ。トリア領もたいしたことねぇ~なぁ。ダークの奴からは、よほど慎重に行動するよう意見も出されていたが・・・このぶんだとここの占領は今晩中に終っちまいそーだぜ。どうやら次期司令官の座はこの俺、ザンビエ様のものになりそうだぁ~」
男は得られる恩賞に期待して顔を歪ませる。
「おし、お前らぁ~。ここの制圧はだいたい終わりだぁ。館へと押し入るぞー。手筈は解ってんだろなぁ~!」
「ヒャッハァー、待っていました、ザンビエ様~。多少の略奪は目を瞑ってくれるんでしょうねぇ?」
「馬鹿野郎! それもトリアの制圧が終わってからだ。ただし、本隊がトリアに来るのは三日後。つまり、早く制圧すればするほど、長く楽しめるって訳だ。この意味は解るな?」
「・・・ヒヒヒ、たまんないっすね~。俺はそれまでここの女を犯しまくってやる!」
絶倫を想像して股間を膨らませる。
彼らは正に下種な集団であり、とても一国の軍隊のようには見えない。
それがバルディ王国の特徴でもある。
一般兵の風紀は落ちるところまで落ち、まるで夜盗のような集団。
そこがバルディ王国の軍隊が恐れられている一因でもある。
それでいて彼らは統制の取れた軍事行動をする。
何故なら、己の欲望を満たすのは軍事行動の成功のその先に待っていることを理解しているからだ。
「オラオラ、どけどけ。雑魚はすこっんでろっ!」
屋敷に侵入したバルディ王国の兵達は内部を迷いなく走る。
彼らはとある協力者のお陰で、この屋敷の内部構造を予め正確に把握していた。
だから、彼らはすぐ目的地に到達できた。
「この部屋とあの部屋には女がいる。そして、こっちが領主の部屋だ。押し入るぞ。いいか、俺が良いと言うまでは女を傷物にするなよ!」
「「ヘイ!」」
口元が下品に歪んだのが見えたが、それでも部下達は約束を待ってくれるだろうとザンビエは適当に信用する。
「よし。そいじゃぁ突撃ーっ! 楽しいショーの始まりだぜぇ! ヘヘヘ」
ザンビエも部下達に負けないぐらい口元を下品に歪ませて、自分が制圧する役割である領主の寝室へと押し入った。
バゴーン!
強烈な戦槌の一撃は、ただ上等なだけの木製ドアなど木っ端微塵に破壊する。
ザンビエが領主の寝室に押し入ると、そこには領主と思わしき人物が目を覚ましていた。
「な、何者ーっ!」
華奢な男性がベッドより飛び起きる。
「へへへ、あんだけ物音がしていたのに、今までゆっくりとご睡眠とは、まったく良い身分だよなぁ~ トリアの領主さんよぉ~」
嘲りの表情で眺めつつも、平和主義で覇気の無い領主だと事前に聞く情報に間違いはなさそうだと思うザンビエ。
「俺はザンビエ。バルディ王国の突撃部隊長だ・・・なぁに、今日はひとつアンタと契約を結びに来たんだ。書類にひとつサインさえしてくれれば、大事にはしねぇ~」
ザンビエは手短にそう述べて、ひとつの書面をトリアの領主に投げ渡す。
それを受け取り、書かれている内容にサッと目を通すトリアの領主。
「これは・・・トリア領の無条件降伏と領土の支配権の明け渡しだと?!」
単純明確に書かれた書類だが、それ故にとても承服できる内容ではない。
こんなものにサインできるかと態度で示す領主だが、そうなる展開などザンビエは初めから解っている。
「そうだぜ。でも悪い取引じゃない・・・サインひとつで家族の命と引き換えならば、安いもんだろ?」
歪んだ声は表情の見えない兜の奥でザンビエが残忍に笑うことを容易に想像させる何かに溢れていた。
そして、それに呼応するかの如く、破られたドアの向こうから女子達の悲鳴が聞こえた。
「嫌、止めて。何をするの、無礼者ーっ!」
「うるせぇ~ さっさと来い!!」
「キャッ!」
髪を引っ張り、この場に連れてこられたのは二人の女子。
領主の妻と娘――ウエルティカだった。
両腕を屈強な兵士に掴まれ、行動の自由を制限されたふたりの女性の姿を見て、トリア領主の顔が引きつる。
「や、止めろ。妻と娘には何もするな!」
「まだ解ってねーな、領主さんよう~。それもアンタの態度次第なんだぜぇ~」
ザンビエは楽しそうにそう述べて、部下よりひとつの壺を受け取る。
それは魔法の壺であり、その壺の口に一本の鉄の櫛が刺さっている。
その鉄の櫛を抜くと、鉄の先端は熱せられた金属が・・・
それは家畜などに自分の所有物だと示す焼き印だ。
熱せられた金属は煌々と輝いて夜中の寝室で余計に目立って見える。
それを・・・ウエルティカの顔面に近付けた。
「い、嫌・・・止めて!」
ザンビエは何も言ってないが、周囲の者はその焼印をウエルティカの顔面に捺すぞと態度で示していた。
ウエルティカは逃れようと身体を捩るが、それでも左右から拘束されているので逃げることも叶わない。
「よせ!」
「そうよ。私が代わりに・・・だから娘は勘弁してっ!」
領主と妻からそんな要望が出されるが、ザンビエは容赦しなかった。
焼印がウエルティカの顔面に接近し、その熱が彼女の髪にかかって数本の髪の毛を焼く。
プスプスプス
髪の焦げる嫌な匂いが寝室に充満して、嫌な沈黙に支配される・・・
「・・・解った」
結局、領主は簡単に負けた。
ここまで敵の侵入を許すという事態は、既にどう足掻いても状況を好転させる事はできない・・・
彼はいろいろと諦めて、初めに渡された書類にサインすることにした。
「さぁ、これでいいだろう。気は済んだか。家族を解放して・・・」
「んな訳、ねぇーだろ!」
ザンビエは焼印を一度引っ込めだが、その逆の手でウエルティカの寝間着を強く引っ張り破く。
彼女の衣服は背中部分が裂けて、その美しい背中と腰の部分までが露わになった。
突然の凶行に驚くウエルティカ・・・そして、間髪入れず、そこへと容赦なく振り下ろされる焼印。
ジュウーーーッ!
「ギャアアアアーッ!」
乙女が発したとは思えない獣のような悲鳴が寝室内に木霊した。
遅れて、肉の焼ける匂いが漂う。
そんな凶行は、驚きを通り越して、唖然とするしかない領主達。
そして、一瞬間を於き、領主はザンビエが自分の娘に何をやったのか理解できた。
「ウェルティカーーーッ! 貴様、サインしたというのにっ!」
「ギャハハハハ。いい気味だぜ。でも感謝しろよ。その綺麗な顔には捺してねぇ~。背中だからなぁ~。黙っていれば、誰も解らねーよ。オメエの背中に奴隷の焼印があるのを知るのは鬨を共にする男だけだからよぉ。俺は優しいなぁ~ ヘヘヘ」
下品に高笑いするザンビエは愉快で仕方がない。
彼は元々、奴隷であった。
底辺の世界にいた自分が成り上がり、ようやくバルディ王国の突撃部隊の隊長の座まで昇り詰めたのだ。
そんな自分が表の世界で頂点に立っている一国の領主の娘に奴隷の烙印を捺すのは、人生への復讐以上の快楽であった。
「ヒャハハハハ。そろそろ外も騒がしくなってきたなぁ。さぁ~て、敗北宣言でもして貰おうじゃねぇーか!」
完全に自らの勝利を確信して、最後の仕上げをするために、心の折れた領主一家を館のバルコニーへと連行するザンビエ達であった・・・




