第七話 アルヴィリーナのしたたかな目的
妹のナァムが焼く肉の旨そうな匂いが屋内に漂う。
「肉っ、肉っ、トナカ~イ、肉っ♪」
アルヴィは終始ご機嫌。
謎の自作歌を歌う状況は肉屋の帰りから続く光景。
「早く焼けないかなぁ~♪」
「静かに待っていなさい! 子供じゃないんだから!」
ステーキのできあがりを逐一催促してくるアルヴィに、現在料理長となっているナァムは相当苛立っているようだ。
「お肉っ、肉っ、トナカ~イ、肉っ♪」
それでもまったく気にしないのが、このアルヴィ。
他の白エルフも同じように陽気なのだろうか?
今まで噂に聞くエルフの印象とは気難しく、寡黙な者が多いらしいのだが、このアルヴィはその中でも変異種なのかも知れない。
その肉屋からの帰りでゴロツキに絡まれたことを思い出す。
どこからかアルヴィの噂を聞きつけて狙ってきたのだろうが、所詮相手は街のチンピラ。
本職冒険者である俺に撃退できなくもない。
ただし、人数は多かったので少々手間取ると思っていたが、それをアルヴィひとりで撃退してしまった。
彼女は精霊魔法一発で相手の自由を奪い、細剣で衣服一枚のみを切り刻んだ。
その腕には目を見張るものがある。
腕前以上にその細剣をどこに隠し持っていたんだと聞けば・・・彼女はどうやら魔法袋を所有していたようだ。
魔法袋とは普通ならば魔術師にしか扱うことのできない高度な魔道具だが、アルヴィの持つ魔法袋は特別製らしく精霊魔法使いでも扱えるのだという。
そして、その細剣も普通ではなかった、魔法の付与された細剣・・・所謂、魔剣の類。
魔剣を所有するなどアルヴィの存在が普通ではないのは一目瞭然。
再び彼女の事を聞くと、「エルフの里で一番の精霊魔法使い」と繰り返すばかり、その腕はもう疑わないが、そうなると疑問がふたつ残る。
ひとつは、そんな手練れがどうしエルダー・トレントに捕獲されてしまったかである。
少なくとも簡単にやられる腕前じゃない。
その事を問い正すと、「全く油断していた。寝込みを襲われた」らしい・・・
まだ疑問も残るが、これ以上詮索しても何も解らないのでこれはこれで置いておこう。
そして、もうひとつの疑問はその巧みな剣術をどこで覚えたのかだ。
これも精霊魔法使いとしてエルフ社会では当たり前の技術だと言う。
彼女達の生まれ育ったエルフの里は魔物が闊歩している深い森の中。
生まれながらにして高い戦闘能力を持たない者は生きていけないらしい。
それも解るのだが、彼女の所有している魔剣はとても高品質だ。
俺も魔法戦士、魔法の事ならば少しは解る。
アルヴィの持つ魔剣がどれほどの価値があるのかは十分過ぎるほどよく理解している。
少なくとも人間社会にその魔剣があれば、国宝級ないしは英雄が所有していてもおかしくない代物だ。
果たしてそんな国宝級の魔剣をエルフ村から出奔したひとりの小娘が所有できるものなのだろうか・・・
謎は深まるが、これ以上深く詮索しても答えてくれないだろう。
そして、再び不思議に思うのがアルヴィの正体。
彼女が只の莫迦な――いや失礼・・・活発な、と表現しておこう・・・普通の人物に思えない。
俺かまじまじとアルヴィの姿を眺めていると彼女と視線が合う。
「どうしたの、ランス? まだ何か気になる事でもある?」
目をパチクリとさせる彼女は愛嬌もあり、美しく魅力的な女性だと思う。
「いや・・・その、せっかく外套を貸したのに、全く効果無かったなと思って」
俺は適当に誤魔化した。
彼女が外出の際に、外套を貸してやってので、彼女の刺激的な衣服を誤魔化せるかと思っていたが、あまり効果は無かったようだ。
「そうねぇ~。でも、私って美人だから仕方ないわよ。外套ぐらいじゃ誤魔化せないわ。それでも、同伴して結果的には得だったでしょ?」
アルヴィがそう言うのは、いろいろと貰ったオマケの事である。
今も彼女の手に持つのは蒸留した葡萄酒の高級品であり、芳醇な香りを放っている。
「確かに得したが、それでも不用意に色気を振りまくのは感心できない。万が一、襲われたらどうするんだ」
「大丈夫よ。私の腕を見たでしょ? そんじょそこらの木偶の坊に私は倒せないわ」
「だけど、エルダー・トレントには捕まったんでしょ?」
ここで痛いところを突いてくるのはナァム。
ナァムにアルヴィの立ち振る舞いの話をしてやると俄然興味を持ったようだ。
「あれれ、そうね。しかし、あれは油断しただけ、もし、もう一度戦うことがあれば、コテンパンにしてやるんだから!」
「あのねぇ~ 戦いに二度目は無いのよ! 一度負ければ普通ならばそれで死んで、お仕舞よ」
「本当に今回は助かったわ。命の恩人のランス様ぁ~。私はアナタに一生仕えますぅ~」
アルヴィはふざけて俺に頬を擦り付けてくる。
勿論、彼女の冗談だが、高級酒の香りを感じドキッとさせてくれる。
「こらっ! この野良エルフ。お兄様から離れなさい!」
怒ったナァムがアルヴィの頭を調理用の棒で叩いた。
ゴンッ!
「痛ぁ~い! 妹さんが虐めるのぉ~!」
余計にすり寄ってくるアルヴィ・・・まったく、甘える姿もアルコールに酔っているからなのだろうか・・・
いろいろあったが、今晩は賑やかな夕食会となった。
「うぃーー、トナカイ肉のステーキを食べられて、わらわは幸せぞよー。ニヒッ!」
「どこの言葉を喋ってんだよ」
機嫌が最高潮のアルヴィ。
トナカイ肉によく合うという高級酒をすべて飲み干して、それなりに酔っぱらっているようだ。
「これもトナキャイ肉を提供してくれた。ランス様のお陰だぜぇ~、ニャッ!」
今度は猫の真似をして俺の手に絡み付いてくる。
な、なんだか・・・ゾクゾクした。
よく考えてみれば、異性からこれほど身体を触られた経験なんてないぞ・・・
落ち着け・・・落ち着け、俺・・・アルヴィは好感度アップ作戦をやっているだけだ、これは演技だ。
騙されてはいかん。
俺はアルヴィから攻略されまいと抵抗を続ける。
しかし、そんな男女のいちゃつきを冗談でも気に入らないのは妹のナァムだ。
「ちょっとぉー、馴れ馴れしいわよ。こにょ野良エルフ女ぁ~」
ナァムが間に入り、俺とアルヴィの絡んだ指を解される。
くっそう、余計な事を・・・いや、良くやったナァム。
上手く俺の衝立になってくれているナァムだが、彼女もアルコールに酔っているようで既に呂律が回っていない。
「野良、野良ってしつれーじゃないですかぁ~、ナァム。私はもっとしっかりとした家の出だわぁよぉ~。ニョホホホホ」
威厳の欠けらを全く感じられないのは、アルヴィも完全に酔っているからだ。
恐るべし高級酒。
確かにこれは飲み易く、脂の乗ったトナカイ肉とよく合う逸品だが、それ以上に女性を酔わすのに最高の酒なのかも知れない。
「アルヴィはどー考えても、高貴な者には見えませーん。野良犬、野良猫と一緒よぉ~。トナカイ肉なんていいものを食べさせたら、野良犬のように一生居ついちゃうんじゃなぁ~い」
「あー酷い、私は食欲だけで人生を棒に振るような愚かな女じゃありませんよぉー。それでも・・・ランスは素敵だから付いていっちゃおうなぁ~」
ここで俺は酔いの回ったアルヴィに再び顔を持たれる。
またふざけて頬を摺り寄せて来るのかと思えば・・・接近してきたのは彼女の柔らかい唇!
「それはダメ!」
流石に接吻はダメとナァムが止めに入るが・・・
「キュウ~」
ここでナァムの意識が途絶えて、倒れてしまう。
それでアルヴィの暴挙(?)も止まってくれた。
「キャア! ナァムが死んじゃったぁ~」
驚くアルヴィだが、びっくりするまでもない。
元々酒の強くないナァムがアルヴィと競うように飲んでいたので、完全に酒の影響だろう。
「大丈夫。飲み過ぎただけだ・・・ちょっと・・・おい、アルヴィまで!」
フウッと俺にもたれ掛かってきたかと思えばアルヴィも同じようにその場で意識を失ってしまう。
「まったく、お前達は家の中だと思って、羽目を外して過ぎだぞ!」
注意してみるが、当然この女二名の記憶には残らないだろう。
俺は嘆息しつつ、意識を失った女性二名をそれぞれ二回に分けて、お姫様抱っこして彼女達の寝室まで運ぶ・・・
「ふう。なんだかすごく疲れた・・・俺も早く寝よう」
よく考えてみれば、今日は森に入って、魔物と死闘をして、そして、エルフを助け、街まで戻ってきて、いろいろと報告して、そして、トナカイ肉を振る舞う非常に濃い一日だった。
高級酒のお陰で程よく酔いも回っている。
今日はよく眠ることができるだろう。
そう考えて、俺は自分の部屋のベッドに飛び込んだ・・・
誰か居る・・・俺はそう感じて目を開けた。
そうすると・・・
「アルヴィ」
彼女が俺の目の前にいた。
「アルヴィ・・・どうした・・・これは夢か・・・」
そう思ったのは、そこに現実感が無かったからだ。
俺の目前に現れたのは薄い寝間着を羽織った彼女。
それは白いスケスケのレース姿で、そんな高級で煽情的な寝間着を彼女が持っている筈は無いと思っている。
「それにしても・・・ゴクリ」
夢の中であってもアルヴィはキレイであった。
薄い寝間着は彼女の肢体を強調し、細い身体にすらりと伸びた手足、折れそうな腰つきに可愛らしいお尻。
そして、女性たる乳房の形や大きさ、先端の場所もくっきりと解る。
もし、夢でなければ、俺は感嘆の声を漏らしていただろう。
それは裸より厭らしい姿であり、俺の夢の中の世界・・・俺の想像力も逞しいな・・・と自分で自分の事を感心していた。
「アルヴィ・・・その姿は?」
一応、俺の夢の中だが、彼女にその意図を聞いてみる。
そうすると、ほぼ予想どおりの回答をしてくれた。
「・・・私、まだお礼をしてなかったわ」
そうして、夢のアルヴィは俺に身体に指を這わせる。
その白くて煽情的な細い指に身体を撫でられると、俺は再びゾクッと感じた。
「・・・どう? 私を食べてもいいのよ。私がアナタにできるお礼って、これぐらいしかできないから・・・」
耳元でそう囁くアルヴィの声は俺の心の奥底に眠っていた欲望を刺激してくる。
そして、接近してくるアルヴィの唇。
これはアルヴィの行っている好感度アップ作戦が、俺に及ぼしている影響だと思う。
俺の深層心理は、結構アルヴィへの依存を深めているらしい。
畜生、アルヴィ、お前の好感度アップ作戦は結構成功しているようだぞ。
ならば・・・
ここで俺は自分の欲望を解放することにした。
夢ならば、誰も傷つかないだろう。
そんな単純な考えだ。
「アルヴィ、解った。俺が相手してやる」
俺は彼女を受け入れて、いや、自分の溜まった欲望を吐き出す相手として定める。
貪るようにアルヴィの唇を奪い、彼女の乳房に触れる。
「フウァァァ・・・」
溜まらず声を漏らすアルヴィ。
その声は蠱惑的であり、俺の雄としての本能をビンビンに刺激してくれる。
「ああ~ん・・・好き~ぃ。初めて出会ったときからタイプだったのぉ~」
夢の中のアルヴィは、俺が最も喜ぶ言葉を選択してくれる。
お陰で俺の下半身は最大級の反応だ。
しかし、これは恥ずべきことではない。
何故ならば、これは夢の世界、俺の妄想の中だけの出来事だからだ。
興奮を高めて、さぁ、男女の局面・・・
そこで邪魔が入ってきた。
ドォーーーン!
突然の轟音でこの桃色の世界のすべてが止まった。
アルヴィの姿は虚ろになり、俺の目前から消えてしまう。
それで夢は覚めたと思った。
「何、何だ!?」
俺は訳も解らず、とりあえず寝室の窓を開けて、轟音の正体を確認してみる。
そして、そこで見えたものは・・・
「何んだ!? 魔法の炎かっ?・・・領主の館の方からだ!」
状況はよく解らないが、中級の攻撃魔法が炸裂した痕跡だけは理解できた。
何かあったのだ。
俺は飛び起きて、急いで不遇の事態に備えて、現場まで行く支度をする。
「畜生~っ、いいところだったのにっ!」
アルヴィとの濡れ場で最後まで致す事ができなかった悔しさはまだ心残りだが、それでも現在現実の世界で発生している重大性を鑑みて、俺は自分の気を静めて、冷静に対処することに決めた・・・
一方、その頃、アルヴィの寝室では、当人は顔を赤らめて毛布を頭から被っている。
「くぅ・・・もうちょっとだったのに、邪魔が入ったわねぇ~!」
苛立つ台詞を吐く彼女だが、その顔は耳の先端まで赤く染まり、だらしなく緩んでいた。
先程までの彼女は、風の精霊魔法を駆使して、ランスの寝室に本当に忍び込んでいたのだ。
ランスは自分の夢だと勘違いしていたようだが、実は現実の出来事であり、所謂アルヴィから仕掛けた夜這いだった。
「それでも、まだ感覚は残っている・・・」
自分の唇を触り、ランスの激しい求めに歓喜している自分の姿に少々驚く。
「でも、彼は本物・・・私の探し求めていた『真実の愛』がここにあるわっ!」
アルヴィは確信する。
ランスこそ自分の求める運命の異性・・・彼は人間だが、そんなことはもう些細な問題でしかない。
彼女がエルフの里を出た理由は閉鎖的な村社会が嫌になっただけではない。
彼女の伴侶として族長より指定された相手が嫌いだった。
「あの男は最低だったわ。女を道具としてしか見ていない。私を愛してくれはしないから・・・」
アルヴィのエルフの相手男性の評価などそんなもの止まりだ。
件のエルフ男性は若くて見栄えは悪くなかった。
しかし、良いところなどそれぐらいである。
人としては最悪であり、性格も受け入れられるものではなかった。
その相手を選んだのが父。
白エルフの族長である。
つまり、相手の男性とは次期族長になる男。
「あの男の興味は次期族長の座だけ。父も自分の言いなりになるだけの人を相手に選んだだけ・・・そんな白エルフなんて滅んでしまえっ!」
アルヴィは激しく悪態をつく。
彼女は真実の愛に憧れていた。
彼女の思い描く夫婦関係とは互いに熱く愛し合って信頼できる関係だ。
他人が羨むほどの恋愛をして、子供は三人欲しい。
そんな乙女の願望がアルヴィにはあった。
だが、それを実現させるに、エルフ村では限界だと悟ったので、家出を決断したのだ。
道中、魔物の闊歩する森をひとりで踏破するのは困難を極めたが、それでもそのリスクに見合ったリターンが、今、得られようとしている。
「えへへ。それでも、私って、お姫様抱っこは、もうして貰ったのもねぇ~」
そこで、だらしなく顔を弛緩させてしまうのは、本日、アルヴィの理想のひとつが叶ったからだ。
不覚にもエルダー・トレントに捕まり、あわや苗床にされようとしているのを、白馬の王子が助けてくれた。
その王子は人間だったが、逞しくて、誠実で、優しい性格・・・すべてがあの男とは逆。
そして、自分が消耗していると解れば、それを理由に乱暴しようとするのではなく、無償でお姫様抱っこして人間の里まで連れ帰ってくれる優しさ。
あの瞬間、自分の頭の中に稲妻が走った。
これこそ恋する瞬間なのだ。
だから、それからのアルヴィリーナは表面的には積極的に、そして、内面的に非常に慎重に行動した。
このチャンスを逃してはならないと・・・そして、彼女が思い描いた筋書きどおりに事が進む。
彼の懐に潜り込み、居場所を得る。
そして、それをより確実なものとするために、男女の関係となること。
それがアルヴィの作戦だ。
先程も風の精霊魔法を用いてランスの部屋へ密かに侵入したのもそのため。
彼が酒に酔い、これが夢の中だと勘違いさせつつ、既成事実を積み上げる作戦だった。
自分自身の持つ欲望も否定できないが、それでも・・・その目的の第一段階は達成できた。
「邪魔は入りましたけど、キスまでは頂きました・・・もう逃がしませんよ、ランス。アナタには最後まで責任を取って貰いますからね」
アルヴィの顔は狡猾に歪む。
しかし、彼女がそれを自覚すると、自らの顔を叩き冷静な顔に戻す。
もうすぐ、事態の異変を知らせにランスが皆を起こしにくる筈だ。
その時、自分は安らかに愛くるしく眠る乙女を演じなくてはならない。
ランスに対する真の好感度アップ作戦はまだ継続している最中である。
策士である彼女は初めての体験に心の中が悶えつつも、その欲望を抑えて決して表面には出さないよう強く心に念じる。
ランスの好みは清純な女性だから――それを演じなきゃねぇ・・・
アルヴィさんはしたたかであざとい乙女なんです。




