第七話 怯える愚者達
「姉様。アレは一体何なのです!」
私は食いかかるように姉に追及をした。
突然の仮面魔術師の登場に驚くしかない。
ただの仮面をはめているだけの人間ならば、ここまでの焦燥感は無かった。
私が問題視しているのはその力。
なまじ精霊魔法が使える私なので、相手が持つ強大な魔力に脅威しか感じられない。
「シルヴィーナ、安心しなさい。あの魔術師の正体は隣国の皇女様よ。大きな魔力を持ち、多少お転婆なところはあるけど、根は良い人です。私とも面識はありますので安心してください」
「多少どころじゃないでしょ!」
「まぁ、それぐらいにしてください。それと、黄金仮面の正体について公には『謎』としていますので、そこのところは取扱をよろしくお願いします」
「それよりも、冒険だ。冒険! 俺は務めを果たしたぞっ!」
「ソロ、煩い!」
焦って詰め寄る私に、なんとか対面を保とうとするライオネル国王、自由な冒険行動を要求するソロが入り乱れて混乱する現場。
お姉様は急速に疲労感が増したように見えた。
しばらくの時間を要して、ようやくこの騒ぎが一段落した現場。
そして、歓迎式典は閉幕と告知された。
変な仮面女が現れて、最後には変な雰囲気になってしまったが、とりあえずこれで式典は終了。
私達は姉に連れられて、今晩の宿へと案内される。
エクセリア国の王城からしばらく馬車に揺られて、今晩の宿に移動する。
そこは頑丈な塀に囲まれた広大な敷地。
しばらく使われていなかった土地のようだが、雑草は綺麗に刈られて、一応最低限の整備はされているようだ。
その中に余裕をもって建てられた幾何かの建屋。
そのうちのひとつへと案内される。
今日は人間と姉に招かれて歓待を受けたが、その内容は我らエルフにとってはあまり喜ばしいものではないと言わざる負えない。
私達は見せつけられたのだ。
人間とは、数が多く、豊かで、旨い酒を造り、強い種族なのだと。
それも人口が多いからだと思う。
ゴルト大陸の方々を支配できており、魔物は平地から駆除されてほとんど見かけないと言われている。
屋外でも子供が呑気に昼寝もできるような世界だと言われ、私達エルフの住む辺境の森では考えられない環境だ。
長い期間、そのゴルト大陸の富を独占してきたので、豊かな生活を得られているのは当然だろう。
我々エルフを初めとした亜人達を辺境へ迫害して得られた彼らの利益なのだ。
今回の歓待ではそんな事実をはっきりと見せつけられた。
そんな人間に媚びを売る姉様。
本当に、彼女の白エルフとしての矜持は何処に行ってしまったのだろうか?
幼い頃の私にとって姉様とは憧れの存在であった。
精霊魔法が上手く、教養も高く、銀龍様への信心は深く、美人でなんでもできる万能の姉様だ。
そんな姉様への憧れに曇りが出始めたのは、彼女が黒エルフと通じていたという事実を知った時。
汚らわしい黒い肌の黒いエルフと通じて、その子を身籠った事実は白エルフ村では衝撃的な事件だった。
辺境の民の中でも『森の巫女』という神聖視されている神職に就いていた姉様。
それは身の純潔さも求められる立場だ。
乙女であることが必須条件であるのに、妊娠するなどもってのほか。
しかも、その相手が白エルフ族から忌み嫌われている黒エルフだったのは大きな屈辱。
それだけで姉様を軽蔑するには十分な理由。
姉様はそのために『森の巫女』の座を追われた。
当然の結果だと思う。
そして、その後釜に座ったのは私。
私は姉様のような失敗はしないと心に誓って常々行動している。
姉様以上に偉大な『森の巫女』になろうと・・・そう決心した筈なのに。
しかし、私はその『森の巫女』の責務から逃げ出してしまったのだ。
当時は銀龍様が辺境の方々で暴れておられて、それを鎮めようと辺境の民の長老衆の会合に呼び出された時だった。
「銀龍様がお怒りだ。貴女は『森の巫女』に相応しく生贄として役われよ」
そんなことを辺境の民の長老衆より進言され、私は慄いてしまう。
まだ若いのに、どうして生贄なんかにならなくてはいけないのだろうか。
(もう十分生きたアナタ達が生贄になりなさいよ!)
当時の私はそんな反発心から生贄の役割を放棄して、逃亡してしまった。
だって、自分の命は惜しいし、私が生贄になったところで問題解決する保証もない。
百歩譲って私が生贄になったとしても、無駄死してしまう可能性だってあった。
その判断が正しかったのは後に解る。
当時の銀龍様は悪辣な人間より支配魔法を受けていたらしく、本当に狂いかけていたようだ。
その魔法を解いたのが、仮面を被った人間の男女らしい。
ファルナーゴよりその顛末を聞けば、銀龍様は自分に掛けられた支配魔法を解いた人間の男女の事をいたく気に入り、我らエルフに人間との交流を勧められたようだ。
そのとき、人間の男女に上手く取り入って行動を共にしたのが、姉様と黒エルフの夫。
その功績が認められて、今ではエルフ社会の中でも英雄的な扱いを受けている。
我が姉様ながら、上手くやったと思える。
今晩の宿所として提供されたのはこの広大な土地も、銀龍を救った人間の夫妻の所有物らしい。
姉様曰く、
「人間にとってエルフとはまだまだ珍しい存在です。街中の一般宿にエルフが宿泊すれば、良からぬ事態に巻き込まれるかも知れません。でも、ここならば安全に暮らせます」
と勧められた。
今晩はこの石造りの二棟の邸宅に別れて我々エルフ達が寝泊まりできるように手配してくれた。
屋内には人間の召使が数名配置されていているが、それは王城より派遣された信用できる人物らしい。
何か困ったことがあれば彼らに命令すれば対応してくれると言われたが、やはり人間なので信用ならない。
私達は大きい建物へと集まり、人間達を排除すると、本日の歓迎式典の評価と今後の方針について話し合うことにした。
「人間のこの対応、どう思いますか? 皆の意見を聞かせて欲しいわ」
私が神妙な面持ちでそう問うと、それにまず応えたのが、元々この使節団の団長であったファルナーゴだ。
「シルヴィーナ様。人間とは素晴らしい文化をお持ちのようです。高い知性と豊富な働き口、支配領土の広さから食料は潤沢。美味しく栄養価のある食糧事情は種族繁栄の源です。そして、旨い酒も仕込める。人間とは交易を通じて友好を深めるべきです。反目しても我らに何も利益はありません」
若干、食べ物に偏向しているが、ファルナーゴの意見は尤もである。
今回の歓迎式典、名称こそ我々を歓迎しているようだったが、内容的にはその逆。
人間の豊かさと優位性を我らにアピールしていたようなもの。
エルフと人間の生活レベルの差を見せつけられたようなもの。
人間、侮り難しであると評価する方が普通なのだ。
しかし、この意見にまっとうに反してくる者が現れる。
「いいや、人間なんて、世俗的で、自己中心的な野蛮種族です。今の彼らは良人のように振る舞っていますが、信用してはいけない。そのうちに正体を現すでしょう。このエストリア国も少し前まで他国と戦争をしていたと聞きました。所詮人間など精霊の囁きを理解できぬ下等種族。我々を油断させておいて、そのうち寝首を掛くに決まっている。今日だって、あの仮面を被った変な人間が現れただろう。恐ろしい魔力を持っている。きっと油断した我らをいつでも皆殺しにできるぞ、と脅しを示していたのでしょう」
ここで明らかに人間拒絶を示すのはコニカ。
そのコニカと言う青年は私よりも少し年齢が上の白エルフの男性兵士だ。
姉様時代の森の巫女親衛隊として所属していた白エルフ族のエリート中のエリート。
生粋の白エルフの家系と言ってもよい。
この使節団でも警備の役を担っているが、どちらかと言うと現場で身体を動かすよりも指揮を優先する者。
白エルフのしきたりを重んじた性格の上級兵士として有名な存在である。
今回の歓迎式典には人数を絞っての参加であったが、兵士の彼が参加した理由のひとつが、血筋が高貴であったからとうのも含まれている。
時々、私に色目を使ってくるところは気になっているが、それでもコニカの父君は白エルフの支配者階級であり、私達とは価値観が似ているから、私のことが気になるのかも知れない。
「コニカの意見も尤もです。私も本日は人間の脅威を知りました。あの仮面の力は危険ですわ」
私もその意見には追従する。
だが、その意見に対しても反対意見を出す者が現れた。
「そんなことなんて心配しなくてもいいぜ。だってあの女の仮面の力はあくまでもハルさん仮面のコピーだとローラが言っていた。ならば恐れるに足らん。もし暴れたときはハルさんやアクト君が何とかしてくれるだろう」
ここでそんな意見を出してきたのは黒エルフのソロだ。
本来ならば、こんな場に黒エルフの出席など認められないが、現在の我らの中で最も戦闘能力の高いソロは警護としても要の存在。
今日は警護だけでなく、人間の余興にも参加してくれた。
そして、無様に負ける――とエルフの恥晒しもしてくれたものだ。
ここでソロが推す人間とは、狂いかけた銀龍様を救ったとされる人間の英雄のふたりの事を言っているのだろう。
それでも私は黒エルフの言う事なんて信用できない。
そんなことも知らず、ソロの話は続く。
「それよりも、冒険だ。俺はローラと約束したんだ。人間相手の模擬戦を受ければ、こちらの世界を自由に旅していいと」
「煩い、ソロ! それも姉様と勝手にした約束でしょ! 私は何も知らされていないわよ。それよりも姉様の名前を気安く呼ばないで、黒エルフの分際で! 姉様は裏切者だけど、それでも白エルフ族長の娘だったのよ!」
「それなら大丈夫だ。ローラは俺の義娘でもあるから」
「尚更、駄目よ!」
私はこのヘラヘラした態度の男を姉様の義理の父だとは思いたくない。
黒エルフと会話しているだけで耳から穢れていくような気もする。
いかに戦闘能力が優れていたとしても、自陣の身内に黒エルフがいるなんて認められる筈がないわ。
「ちっ、顔はローラと似ているが、性格は全く違うな・・・いや、そうでもねーか。ローラと初めて顔を合わせたときはスレイプと一緒に俺のことを罵ってくれたからな。おっと、その勝気な顔のところがローラと似ているぜ。ハハハ」
まったく以て腹立たしい黒エルフ。
「ともかく、俺はもう行かせて貰う」
「勝手にしなさい。もう帰ってこなくてもいいわ」
私も清々した。
「あばよ・・・それと、ローラとは仲良くしてあげな。あれでいて、無理しているお前さんの事を随分と心配していたぜ。それと、人間とは仲良くするに俺も一票だ。俺の経験上、会話が成立する相手と敵対してひとつもいいことなんて無かった。少なくとも仲良していれば、互いの困った時に助けて貰えるってもんだ。それが仲間ってものさ。おっと、俺にしては喋り過ぎたぜ。それじゃあな!」
私の顔が強張っているのを感じたようで、ソロは早々に退散を選択した。
こうしてソロはエルフの詰める建屋から出て行った。
後でファルナーゴから聞いたが、ソロはローラより「エクセリア国の中だけならば、冒険をしてもいい」と許可を貰っているようだ。
エルフの容姿が目立つから別の国に行くのは、今は止めておけとの忠告を素直に聞いているらしい。
黒エルフからも信頼を受けている姉様の存在が、どこか腹立たしいと思ってしまう。
そんな事を考えていると一気に疲れてきた。
「皆の意見は解りました。本日はこれでお開きにしましょう。この棟は私一人で使いますから、他の皆は隣の棟で休んで頂戴」
私は族長の娘らしく、プライベート空間を要求する。
それは当り前であり、森の巫女として貞操を守るために必要な行動だ。
付き人の侍女も少しは連れてきたが、それさえも追い払った私はひとりでこの棟を占拠する。
とても疲れたのだ。
独りになりたい・・・その欲求を果たすため。
そして、寝室へと入ると、大きくて清潔なベッドがあって、私はそこへ倒れ込むと、すぐに睡魔がやって来る。
暖かくて柔らかい寝所は、精神的に疲労の溜まった私を闇の世界へと誘う・・・
ん!?
・・・人の気配がした。
私は気配を感じて、唐突に目を覚ます。
そして、私の目の前にいたのは・・・
「え? コニカ??」
私の前には上気した半裸の白エルフ男性の姿があった。
どうして?と思えば、その理由はすぐに解る。
「え? 私、服を着てない??」
自分の衣服が脱がされていることに気付く。
「ああ、なんて美しい身体なんだ、シルヴィーナ様。僕たちはここでひとつになる。初めからこうしていれば良かったんだ!」
訳の解らないことを言っているコニカは私に覆い被さってきた。
「い、嫌っ・・・やめて、何をしているか解っているの!」
私は当然だが抵抗した。
それは当然である。
私にとってコニカとは警護以外に興味を抱く相手ではない。
確かに彼は白エルフで高貴な血筋の出身者かも知れないが、それで私が恋を抱くとはまったく別の話。
寧ろ、時折、私に厭らしい目つきで観てくる彼には嫌悪感すらある。
「嫌、止めて。コニカ! こんな事をするなんて!」
「シルヴィーナ様。私は貴女が欲しいのです。早くこうしてればよかった。ソロがローラ様を白エルフから奪ったように、既成事実を作れば良かったんだ」
「嫌よ。私は族長の娘です。それにまだ『森の巫女』も辞めたつもりはありません。純潔を守る必要があります」
「何を言っているのですか! 私がこんなに貴女を愛しているというのに・・・」
コニカそう述べて、股間の硬くなったものを私に押し付けて、胸を触られる。
おぞましく、鳥肌が立った。
それで私は彼をかなり本気で叩く。
拒絶を示す意思表示だ。
パシンッ!
「あ・・・」
頬を打たれて、コニカの顔色と雰囲気が変わった。
彼には力強く、両腕を捉えられた。
そして、コニカの顔が私に近付く。
「この売女め! 私は昼間に見ていたんだぞ。お前が女の顔に変わったのを!」
「ヒッ!」
怒気と共に怒りの形相に豹変したコニカに、私は怯んでしまった。
「人間の剣術士になんかに欲望を丸出ししやがって! 女の色気を人間には見せる癖に、同じ白エルフの私じゃ、嫌なのか!」
私が人間相手に誘う顔をしていたですって!
訳の解らない言掛りをつけてくるコニカに怒り心頭になる。
たしかにチョットは格好いいかもって思えた。
ソロの掌に乗った彼の技法は優雅に見えた事は認める。
しかし、それ以上に想ったことは無い。
「止めて、止めて!」
「抵抗しても無駄だ。アナタはもうすぐ、私のものとなる。ひとつになり、喜びの声を挙げるのだ。私のモノに縋る」
コニカはここで自分の自慢のものを私に見せつける。
それは本当に悍ましいと思うと同時に、自分がどれだけ無力なのかを今、悟った。
(ああ、誰か、助けて・・・)
助けを乞うも、もう、恐ろしくて声が出せない。
怖い、怖い・・・これが男という生物。
自分の意図しない相手に奪われるという行為――所謂、強姦。
女性としての無力さと恐怖を思い知らされる。
(ああ、私は奪われてしまうのね・・・)
半ば諦めかけたその時、救世主は現れた。
バンッ!
急に窓が外からこじ開けられて、何者かが屋内へ侵入してくる。
「やめろーっ!」
男性の大きな声でコニカの注意が窓側へと向く。
それがチャンスだと思い、私はコニカをおもいっきり蹴ってやる。
「うごっ!」
私の反撃は男性の急所に命中した。
何かがつぶれたような不気味な感触が足に伝わった。
コニカは堪らず悶絶の表情となり倒れ込む。
そこに、窓から飛び込んできた男性が飛び掛かってコニカを取り押さえる。
そして、もう一人女性が男性に続いて入り、私に毛布を被ぶしてくれた。
助かった・・・そう感じると初めて涙が出てきた。
「わーーっっ!」
私は助けてくれた男性にしがみついて泣いた。
その男性が誰であるかは解らなかったが、それでも私の背中を優しく撫でてくれて、安心させてくれようとしているのが解った。
新たな女性が入口から屋敷に入ってきて、私の安否を確認してくれる。
「わっ、やっぱり、強姦現場やったんやわ。危なかったなぁーっ」
部屋は暗かったがその声を聞いて、誰だか解った。
彼女は私の交渉相手であるレヴィッタ・ブレッタ。
「ね? 私の言ったとおりでしょ! お姫様の貞操の危機だって」
その声も覚えている。
昼間に私達を脅した仮面の魔女だ。
「ウィル? 今だけは特別よ。その娘を優しく抱いてあげなさい」
仮面の魔女は高飛車な口調で男性に命令を飛ばす。
しかし、彼の優しい抱擁のお陰で、私の冷え切った心に温かさが戻ってくるような気がした。
2022年9月20日
外伝はまだ終わっていませんが、本編の第三部の更新を再開しました・・・もし、よければ、そちらも覗いて頂ければ幸いです。




