第四話 相互理解の方策
「って訳で、俺のところに来たのか?」
次に私が訪れたのはエルフのテント村の野営地で中心部から少々離れてテントを張るひとりの男性兵士の元。
彼の性格から予測して、この使節団に絶対所属していると思い、ファルナーゴに聞いてみればやはりそのとおりであった。
「今回の問題解決にはアナタの力が必要なのです。どうか、私達に力をお貸しください」
ここで私が遜ってお願しているのは肌の黒い男性エルフ。
使節団の中では下級兵士という扱いになっているが、私はこの男の実力を良く知っている。
この使節団の中で、いや、現在のエルフ種族の中でも最も実力が高く、かつ、エルフ史上始まって以来の好奇心旺盛の男性であると・・・
彼の名前はソロ。
私が愛するスレイプの父・・・つまり私の叔父に当たる人物である。
「そんなに畏まらなくても、君は俺の可愛い娘だ。協力することは吝じゃない」
気さくにそう返してくれるところが彼らしい。
この男性はエルフ種族の中で珍しいほど冒険好きの性格をしており、辺境の民の中でも有名な存在だ。
少々ヘラヘラしたところはスレイプに似ていないが、それ以外は夫と同じく善良な性格をしているとは私の評価である。
このヘラヘラした外観が、他人から誤解を受けるところなのだろう。
いや、それでも彼が黒エルフと言うだけで、エルフ種族の中では蔑みの対象である。
しかし、白エルフ族の頂点である族長の娘の私が、黒エルフの男性と恋して、子供を生むなんて奇跡も起きているのだ。
自分でもどうしてそうなったかは解らないが、それでもスレイプはとても好きであり、そこに白も黒も関係ない。
それが私の価値観であり、そういう意味で私は白エルフでも異端と言われても仕方のないことだろうと思っている。
しかし、今日のこの日ほど、私のそんな境遇が役に立つと思ったことがない。
私が画策していることは・・・
「叔父様にお願いしたいこと。それは・・・」
数日後、私は主要なエルフ達を連れて首都エクリセンへ向かった。
エクセリア国は誕生間もない小国とは言っても、首都エクリセンにはそれなりの数の人間が暮らしている。
我々エルフが珍しいのか、道中の人間から我々は注目の的である。
そんな中、私が目指すのはエクセリア国の王城。
そこにエルフ達を来賓として招き、歓迎式典をして貰うことにした。
急遽申し入れたため、王城側の調整が大変だったらしく、人間側の窓口としてお願いしたレヴィッタさんから少々愚痴を聞かされたが、それでも実施してくれるだけありがたい。
現状の我々エルフ側の人間との認識の問題を考えてみると、その根幹にはどうやら相互理解不足に起因すると思われた。
その相互理解不足とは、人間とエルフ・・・いやそれだけじゃない、エルフの中にも白、黒の問題もある。
私とシルヴィーナでさえも姉、妹という関係に軋轢が生じているのだ。
これらを一気に解決するのは難しい。
難しいが、だからと言って諦めてしまうのは駄目だと思う。
それでは互いの溝が永遠に縮まらない。
人間側もエルフとの交流は千年以上の時間が空いている。
賢明なエクセリア国王夫妻がエルフとの交流を恐れているとは思ないが、彼らも今はエルフとの距離感を測るのに慎重になっているのだろう。
だからこそ、私は今回の歓迎式典をお願いした。
野暮かも知れないが、美味しい料理を食べて、酒に酔い、互いに歓談することが相互理解への第一歩。
それは私が今まで人間社会で経験したこと――と言っても友好的なハルさん、レヴィッタさんとの付き合いしかないが・・・――からすれば、味覚や美意識に人間とエルフで大きな差はない。
そして、自意識過剰かも知れないが、エルフは人間に比べて容姿が整っているとも言える。
そこによからぬ興味を抱く人間達がいるかも知れないが、それこそ悪い人はエルフ社会の中にもいる。
深い付き合いを恐れること・・・現段階でそこまで慎重にならなくてもいいだろう。
人攫いや強姦などの犯罪行為・・・もし、そんなことを企む人間がいたとしてもエクセリア国王がこの国の国権に掛けてそんな犯罪行為を許す筈がない。
だから私は思い切って互いの距離を縮める提案をしたのだ。
エルフ達も、と言うか派手好きの性格であるシルヴィーナはパーティや煌びやか舞台は嫌いではないと思う。
初めはブツブツと文句を言う妹であったが、今日の式典のために派手なドレスを着て目立っている。
妹も満更ではないと思っている筈だ。
こうして、エルフ使節団の歓迎式典がエクセリンの王城の中庭で始まる。
「本日はお日柄もよく、態々、辺境の森よりお越しいただきありがとうございました。遅くなりましたがエクセリア国を代表して、私、ライオネル・エリオスは貴方様達のご来訪を歓迎いたしますぞ」
「本当にお会いできて光栄です。エルフの姫君。私は王妃のエレイナ・エリオス。本日の歓迎会では美味しい料理と国自慢のお酒をふんだんに用意しております。心いくまでご堪能下さい」
丁寧に、そして、友好的に、偉ぶらず挨拶をしてくるエクセリア国の国王と王妃。
私はハルさん、レヴィッタさんと共にこの人間の国の国王と王妃とは頻繁に面会していたので、彼らの性格を既に把握している。
元々、商人出身の彼らは交渉相手を気持ち良くさせる話術に長けている。
そんなふたりの技量もあるだろうが、元々人としての性格も良いのだ。
ここまで遜った態度を示せば、プライドの高い白エルフ達も満足するだろう。
「人間よ、その低い姿勢が気に入りました。我らも友好的な態度で人間達と接しましょう」
シルヴィーナはそのように返し、まだまだ友好的な態度には見えない。
「シルヴィーナ、アナタこそ偉そうな態度では駄目よ。我らの品位が疑われるわ」
私はそう注意した。
「エリオス国王・王妃様、誠に申し訳ございません。妹は緊張していて、我らがこのような都会に出てくるのは初めてなもので」
「ちょっ、ちょっと姉様! 私は・・・ヒャッ!」
何かを否定しようとする妹のお尻を後ろから抓り、黙らせた。
「ワハハハ。私は気にしませんよ。本日は駆け引き無しで、ただこの歓迎式典を楽しんでください。ローラさんも久しぶりの身内との再会ですし、互いに気を抜いてゆっくりとリラックスして過ごしてくださいね」
余裕の笑みを浮かべるライオネル国王。
やはり、彼は交渉が上手い。
妹がエルフの今後の権威を守ろうと必死に振る舞うことなど既に見抜いているのだろう。
尤も、それは好都合。
私としても過分な権益を得ようとは思わない。
エルフ全体が不遇になることは願わないが、今後の人間との関係が平和的に結べることの方が重要だ。
今日は相互理解が目的なのだから、今後の権益の事を今議論しても仕方がない。
「ライオネル国王様、ありがとうございます。本日は楽しませていただきます」
私は無難な挨拶で返し、これでトップ同士の挨拶は終わった。
事の成り行きをやや緊張気味で見守っていたファルナーゴがホッとしたのが伝わってきて、それがちょっと面白かったりする。




