第四十九話 夢を語る朝食会
「はい、ベンさん。あ~ん」
「でへへ。すまねーな、ベネちゃ~ん」
だらしなく顔を弛緩させているベン・・・折角の彼の強面が大無しだ。
ベデディクトと仲慎ましく、朝食を食べさせて貰っているその姿は、山賊が美女に完全に骨抜きにされている図であり、シュールな光景。
そんなゆるゆるな状態はベンだけじゃない。
現在、静かな夕暮れ亭の食堂で朝食を摂っているのは解放同盟と騎士団の幹部で独占している。
それは昨日のパーティのあと、ほとんどの者がここに宿泊することになったからである。
それが示す意味としては冒頭のベンに戻る。
つまり、そこらじゅうでイチャつく男女の姿は、まだ昨日の逢瀬からまだ脱せていない状況なのだろう。
まるで集団で娼館にでも攻め入ったような気分だが、その実、昨晩この宿で行われていた事はほぼそれに近い状態。
周りを見渡すとここでアタラと目が合った。
彼は俺に向かってサムズアップをしている。
どうやら童貞を卒業した事を俺に誇示しているようだが、彼は気付いていない。
これから、その傍らに抱く栗色髪の可愛らしい彼女から愛と責任の鎖で繋がれて、クリステのために一生を捧げることになるだろうと・・・
そんな強かな女性陣のボスはどうやらベンと一緒になった『ベネディクト』という女性のようだ。
周囲の女達は彼女に対して一定の敬意を払っている。
今回の女達の作戦を司っているのが彼女なのだろう。
俺が感じていた他人とは違う何かをこのベネディクトは持っているようだ。
将来このクリステでキーパーソンとなる人物になるような気もする。
ベンに対しては少々勿体ないような女性だが、本人達が合意して一緒になるのならば、俺が口を出すほどの事じゃない。
「それにしても・・・」
俺が呆れ口調でそう漏らすのも無理がない。
昨日、良い思いをした幹部達がどれほど多いのだと思ってしまう。
解放同盟ではベン、ジェン、アタラに加えてヨディアなんかも女にありつけている。
それにしてもよくもまぁ・・・と思ってしまうが、これもベネディクト女史とスパッシュ氏が初めから各人に目星をつけて全員に行き渡るよう手配した結果なのかも知れない。
それに比べて騎士団の幹部達へはそれほど女性が行き渡らなかったようだ。
それは彼らが既に帝国の要職に就いているため、ここの戦闘が終われば、自ずと帝都へ帰郷するしかないのが、その理由だと思う。
もし彼らに取り入っても、それは本当に一晩だけの関係で終わってしまう可能性が強い。
後々の旨味が無いと判断しているのだろう。
それでも人気があったのは第二騎士団長官ロッテル氏とウィル・ブレッタ君だ。
このふたりは男性の俺から見ても格好いいと思う。
特にウィル君は敵の主だった人物を倒し、物語で言う主人公級の活躍をした英傑だ。
女性からの興味が集まらない方がオカシイ。
しかし、今朝方このふたりが同室から姿を現したのは驚かされた。
エレイナから怪しい視線を感じたロッテル氏は・・・早々に言い訳を述べてきた。
「いや、昨晩はウィル君と夜通し剣術について語り合っていてな。勿論、我々に男色の趣味はない。同室だったが互いに別々のベッドで寝たよ。何せ、一人部屋だと女性が入ってこようとするからな」
そう言ってエレイナから掛けられた容疑は無いと主張するロッテル氏。
「ロッテル殿とウィル君は楽しまなかったのですね」
「ライオネル殿、私は訳あって女性を断っている身なのだ。理由は聞いてくれるな」
「僕も修行中の身ですし、無節操に女性を抱く趣味はありません」
そんなこと言うなよ。
まるで俺が無節操に女を抱いているように聞こえるじゃないか・・・
そんなふたりだが、この態度に不満なのは彼らを狙っていた給仕女性達だ。
「ロッテル様の厚い胸に抱かれたかったわ」
「ウィル様、次こそは」
「だめよ。ウィル様はアリス様が狙っているから、もし、彼に手を出していたらこのクリステには居られなくなるわよ」
彼女達のそんなヒソヒソ話が聞こえてくる・・・やはり、できる男性とは誰かが女性はちゃんと解っているのだ。
昨日は野獣と化した彼女達の猛攻からふたりして逃げた、というところだろう。
そして、騎士団幹部のアーガス氏が同僚女性であるマーガレット女史と同室から出てきたのも驚かされた。
普段からそんなそぶりを見せない彼らだが、昨日は同室で遠慮なく派手に祝砲をあげたのだろう、ふたりとも満足した様子だったのが印象深い。
「あのふたりが付き合っていたなんて・・・全く解りませんでした」
とはエレイナの弁。
確かにあのビジネスライクな性格をするマーガレット女史とは仕事とプライベートきっちりと分ける女性のように思えた。
仕事仲間とラブな関係になるなど、普段の彼女からあまり想像ができない。
俺達が驚いた顔をしていると・・・
「ああ、あのふたりはずっと前から付き合っている。しかし、彼らは幹部であるため、公衆の面前でイチャついていると騎士団の士気に影響する。ほどほどにしておけ、と私から命じていたのだ」
「それはロッテル様の経験から来るアドバイスです。ロッテル様も昔、宮廷魔術師からの出向者と付き合われていたので、我々の気持ちを理解してくれたのですよ・・・」
「よせ、アーガス。私の昔の話はしてくれるな!」
ここで厳しくロッテル氏から注意された事で、アーガス氏は口をキッと引きをしめる。
とても興味の沸く話題だが、ロッテル氏が話さないと決めた以上、絶対に聞かせてくれないだろう。
こうして、俺は話題をスパッシュに切り替える。
「獅子の尾傭兵団やルバイア達のことはその後の調査で何か解ったか?」
俺からの問いに、スパッシュはフォークとナイフの動きが止め、朝食を一時中断する。
「ええ。どうやら、ルバイア公はあの戦いの後、クリステ領をボルトロール王国に併合して貰おうと動いていたようです。残された調印の下書き文書などで明らかになりました」
「なるぼとなぁ。ラゼット砦を放棄するなどの案も出されていたことから、ボルトロール王国に我が領土を売る、それは順当な行動であろう」
「しかし、本当のところ、その行動は失敗するとゲルリアとヘレーヌは見ていたようです」
「ほう?」
「残された作戦指示書を見れば、解放同盟の本部を襲撃した後に、ゲルリアとヘレーヌだけボルトロール王国へと逃れるような措置が用意されていました」
「そうなると、ルバイアとシャバイアは捨て石だな。私達か戦い互いで共倒れになる・・・それがボルトロール王国の思い描いていた絵図なのだろう」
「ライオネル様、そのとおりです。今回の戦いが終わった後に、ボルトロール王国の西部戦線軍団より大規模な侵攻が計画されたようです」
「まったく、あの戦闘国家め! 遂に我らエストリア帝国までその食指を伸ばして来たか。彼の国の人間は私も商人として多少の付き合いを持っているが・・・ボルトロール王国では実力主義が横行していて、優秀な人間は確かに多いのだが・・・自分勝手で、道徳のない人間ばかりだ!」
俺は怒り、少し癇癪を起して、声を荒らげてしまった。
そのため周囲からの注目が集めてしまう。
尤も、ここに居合わせた女性達は俺の発する情報が欲しいのだ。
注目を受けているなど元から承知。
これに対してスパッシュ氏は落ち着いている。
「そうですね。しかし、状況は変わりました。戦いでライオネル様が勝ち、ルバイア側の完敗。そして、敵間者の要であるゲルリアとヘレーヌも戦死するという、ボルトロール王国側は予想すらしていなかった結末になったようです。彼らは作戦の見直しに迫られているでしょう。すぐにこのクリステへ攻めてくる脅威はないと思います」
「・・・そうか」
順当な意見である。
元々、俺達とルバイアが共倒れする前提で計画していた敵の軍事作戦だ。
俺達が健在な今、彼らも作戦を再考する必要があるのだろう。
「そうなるとこの国を強くする必要があるな。ここの復興を急ごう。そのためには我々がここに駐留し続け、復興の手伝いをするしかない。協力してくれるかな? ロッテル殿?」
それは俺達解放同盟だけではなく、騎士団もここに駐留することを示している。
「解った。今ここがボルトロール王国に占領されれば、エストリア帝国にとっても大きな損失だ。一応、帝皇陛下の判断を仰ぐ必要はあるが、恐らく許可される公算が大きい。協力しよう、ライオネル殿」
そんなロッテル氏からの決断に胸を撫で下ろしているのは俺だけじゃなく、クリステの領民である給仕女性達も同じだろう。
力の強い騎士団が駐留しているだけで安心感が違うだろう。
「ありがとう。そして、この国の仕組みも変える必要がある。もっと開かれた、実力のある者が評価されて、それが登用される国家を目指すべきだ」
「それはライオネル様の目指す国の姿でしょうか?」
「そうだ。新生国家エクセリア国の骨格。しかし、今はまだデュラン帝皇陛下より轄領の許可を貰う前の段階だ。正式な国家樹立宣言は帝皇陛下の許可を得てからにするので、今、ここで喋る事は非公式なことになるのだが・・・」
そう前置きしておく。
それはここに集まる者も承知している。
むしろそんな早い情報が欲しいがために、貴族の淑女が身内としてここに送り込まれているのだろう。
そんな彼女達の耳に、俺の夢を聞かせてやろうじゃないか。
「私が造る新しい国は貴族制を廃止しようと考えている。単なる歴史ある家督を継いだという理由だけで国家運営の重要職に就くのはオカシイだろう。私はここに開かれた実力主義の国家運営を目指そうと思う」
ここで、『貴族制廃止』に対して大きな反対と驚きの声が現れなかったのは、もうその事はスパッシュ氏が噂として予めリークさせていたからだと思う。
「しかし、今回の敵の黒幕であるボルトロール王国のように、行き過ぎた実力主義がまかり通るような国にしないつもりだ」
「難しい事ですね」
「そう、これは簡単な事ではない。国家としてその根幹に正義の心を維持するために、支配者層を含めた国民全員には高い道徳心が求められる」
「正義の国家ですか・・・」
スパッシュ氏は俺の宣言に対して懐疑的だ。
彼は大きな官僚組織を運営してきた経験より、綺麗事だけで国家の運営は務まらないのをよく理解しているからだろう。
俺もどうすればいいかは解らなかった・・・少し前までは。
「その方策としては、民主主義を根幹とした法律の整備を行う」
「民主主義? それは聞いたことがありません」
「それはそうだろう。これは新しい思想。俺がこの地で目指そうとする社会だ」
「?」
「この統治システムは、すべてのことを民衆によって決められる仕組みとなっている。国家権力を行政権、立法権、司法権に分け、互いが互いを監視することで正義の心を持つ国家を維持できる。もし、権力者が間違えれば、それを訴追することも法律的には可能となる。そして、その主役は民衆になるのだ」
「・・・難しい事ですね。私にはまだ理解が及びませんが、それでも、今回のようにルバイア公が間違った判断をしたときは民衆がそれを止められる、ということでしょうか?」
ここでスパッシュが全員に解り易くするように事例を挙げてきた。
彼は頭が良い。
既に俺が言わんとしている事をある程度理解しているようだ。
皆にも解りやすいように言葉を選んで発言しているのだ。
そして、彼が例に挙げたのはルバイア公の乱心。
それはこのクリステの領民にとって痛いほど良く解る事例だ。
ここでの悲劇は封建社会においてトップが狂ってしまえば、誰にも止められなかったことの結果である。
「そうだ。国のトップさえも訴追と失脚の対象となる。もし、民衆の多くがそれを望めば、変えられるのだ。私も初めは国王に就くが、未来永劫その座に留まるつもりはない。しかるべき時期が来れば、私はトップの座から退き、新たな国王は民衆の選挙によって選ばれるべきなのだ。そうして、より優れた、より正義心の高い者がこの国のトップに就くことでエクセリア国は更に強くなる。発展していくだろう」
少し熱が籠ってしまったが、俺の宣言を聞く者はポカーーンとしている。
無理もないだろう。
俺がここで話している思想は、異世界から来たハルさんから聞いたことの受け売りであり、俺だってすべてを理解している訳じゃない。
この世界がもう数百年・・・いや、千年経たないと理解されない思想なのかも知れない。
しかし、俺はここで実現させたかった。
ここが、今が、民主主義創成のチャンスなのだと俺の直感が訴えている。
パチ、パチ、パチ・・・・
しばらく待っていると、ゆっくりと拍手が起きた。
拍手をしている相手はスパッシュであり・・そして、ベネディクトがそれに続いた。
やがてその拍手の輪はここの朝食会場の人々全員に次々と広がって行く。
俺の思想が受け入れられた瞬間であった。
「して、その民主主義と呼ばれる思想を実現するためには、まず何をやれば良いのでしょうか?」
スパッシュは俺に次なる指示を求めてくる。
「そうだなぁ・・・」
そう言われると俺も困ってしまう。
何せ、この俺自体が未だ民主主義をよく理解していないのだから・・
俺はしばらく考えて名案を思い付いた。
「実は私も勉強不足でなぁ・・・だから、その民主主義をよく知る賢者に遣いを出して、教えて乞うことにしよう」
「賢者にですか?」
「そうだ。現在、その賢者は帝都ザルツに居る。スパッシュ殿、悪いがそこに赴いて民主主義の仕組みと法律を勉強してくれ」
「ええっ!? 私がですかぁ?」
スパッシュ氏は驚いている。
突然自分に丸投げされたから、慌てているのだろう。
「そうだ。突然で不安なのは解る。だからエレイナも付けよう。エレイナとその賢者は友人であるので、エレイナに間を取り持って貰えればいいだろう。しかもエレイナは将来この国の国母となる存在。この人選に役不足はない筈だ」
「し、しかし・・・」
「私はライオネル様と離ればなれになるは嫌です」
俺の決定にまだ動揺しているスパッシュ氏と、それを理解して、俺と離れることに抗議するエレイナ。
「エレイナ、すまない。この役はお前しか務まらない。俺も帝皇陛下に今回の結末を報告するため、そのうち帝都へと赴く。だから、お前が先に行っていてくれ」
「・・・解りました」
不承不承だが、エレイナは俺の命令に同意してくれた。
勿論、ここで具体的な名前を出さなくても、誰が賢者であるかエレイナは解っている。
やはり彼女は仕事ができる頭の良い女性だと思う。
俺が愛するに足る女性だ。
「しばらくは、我慢・・・だな」
ここで俺はエレイナに軽いキスをしてやる。
公衆の面前だが、もう気にならない。
俺が彼女を愛する気持ちは本物だと思っているからだ。
そして、エレイナの顔は赤い。
彼女の中で何かが高まるのが解った。
そして、次にエレイナから返されたのは熱い接吻による返事である。
愛情の籠ったそれは全ての時間を止めて、俺の意識からエレイナ以外を消し去ってくれる。
愛情表現する彼女のことが名残惜しくなり、クリステを出発する前の夜にもう一度深く愛してやろうとここで決める。
そんな自分達の愛の世界に浸っていると、ここで俺は後ろから肩を叩かれた。
エレイナとの接吻を解除し、振り返って確認してみれば、そこにはウィル君がニコニコ顔で立っていた。
「私がエレイナさんとスパッシュさんの道中の護衛をします。どうせ一度トリア領に戻ろうと考えていましたから」
「そうか。もし、ウィル君が付いてくれれば、道中、何も心配する事はない。よろしいのですね、ロッテル殿?」
「ああ、私も彼と昨日話し合った。問題はない」
こうして、俺の全権大使としてスパッシュを初めとした高級官僚数名と将来の王妃が帝都目指して旅立つことになる。




