第四十七話 狂人の鉄槌攻撃
「アナタを絶対に倒します」
「できるかしらぁ?」
魔女ふたりの睨み合いに始まって、次に魔力が高まり、魔素の活性化が感じられた。
一般論として、魔術師どうしの戦いは一瞬で終わるとされている。
強力な魔法をいかに早く打つか、それが魔法戦の勝負の鍵だ。
しかし、高位な魔術になればそうとはいかない。
相手の魔力をより強力な自分の魔力で上書きする事で、無効化もできるからだ。
魔力勝負の力技になってしまうので、見ていて危なっかしいが、玄人魔術師ほどは自分の魔力に自信があるため、この攻撃こそ最大の防御戦法はしばしば用いられる戦い方である。
このヘレーヌとマーガレット女史は間違いなく上位の魔術師だ。
互いの魔法が飛び交う魔法合戦になることが予想できる。
「おい、お前達下がっていろ。魔法攻撃の巻き沿いを食うぞ!」
俺は自分の部下や騎士達に注意喚起する。
その指示を素直に受け取り、仲間達は後退した。
マーガレット女史の近くに残るのは魔法飛び交う戦闘現場でも自分の居場所ぐらいは確保できるマゾール氏とロック氏ぐらいだ。
そして、互いの魔力が臨界に達したところで、魔法の打ち合いが始まる。
ヒューーーン、ドーーーン、ドーーーン
毒の魔法と氷結の魔法が入り乱れる。
そして、向かう側を見れば、ウィル君とアーガス氏がシュバイアと戦っている。
四本腕の怪物と化したシュバイアの繰り出す不規則な数多の剣攻撃をウィル君とアーガス氏が協力して往なしている。
変則的な攻撃に少々てこずっているようだ。
ここで、俺は自分に迫る何を感じた。
「小僧。お前の相手は俺がしてやるっ!」
「危なっ!」
俺は自分の迫る重量物を感じ取ってサッと避けた。
そうすると、それまで自分にいた場所にブゥーーンと棘々の付いた巨大な戦槌が過ぎていく。
「素早しっこい奴め!」
特大の戦槌を振るったルバイアは自分の奇襲が外れたのを残念がっていた。
「まったく、パワーファイタ―だな。この脳筋野郎めっ!」
軽口で返すが、ルバイアが扱う戦槌攻撃は恐ろしい以外の何物でもない。
あんな棘の付いた重量物の攻撃、一撃喰らえば、それで終わり・・・そんな迫力がある。
「ライオネル・エリオス、お前の首をここで貰うぞ!」
ここで、そう述べてルバイアの死角から襲ってきたのはゲルリアだ。
彼自慢の魔剣を漲らせて、俺の脳天を割ろうとしている。
ち、しまった。
どうやらルバイアの攻撃は陽動だったようだ。
頭を割られる訳にはいかないので、左手で庇うしかない。
普通ならば、ここで首の代わりに左腕を斬られてしまう場面だが、ここで俺には天使の守護があった。
ギンッ!
金属同士を激しくぶつかる音が響き、ゲルリアの刃が止められる。
「ここでライオネル様を斬られる訳にはいけません!」
「エレイナ、助かった。あとで可愛がってやるぞ」
常に俺の近くで守備をするエレイナの剣によって守られた。
キリキリキリ
しかし、ゲルリアも手練れである。
力技でエレイナの剣を押し返そうとしている。
エレイナの剣はスピード命の技が特徴だ。
力勝負となると少々分が悪い。
それでも直ぐに援助が来た。
ガキーーン!
強く剣を弾く音が聞こえて、ここで加勢してくれたのはロッテル氏。
「私も加勢させて貰おう。獅子の尾傭兵団、いや、イドアルカには嵌められた借りがあるのでね。少々、私もここで私情を晴らしたいのだ」
ロッテル氏の恨み節はジュリオ殿下が美女の流血で支配されてしまった過去を示しているのだろう。
それはロッテル氏にとっても大失態だったが、その結果でジュリオ殿下の未来を奪われてしまったので、ロッテル氏が懐く恨みは相当なものだと思う。
その怒りが今はプラス方向に働いてくれる。
よし、ここはロッテル氏の怒りの力も存分に使わせて貰おう。
「ロッテル殿、済まない。ここは全員でルバイア達を叩くぞ。二人対三人となるだが、騎士道など持ちだしてくれるなよ」
「ああ、ライオネル殿。私はこの期に及んでそんな美学を持ち出さない。仇敵がここにいるのだからそれを殲滅するために全力を尽くすさ」
「そう言ってくれると思っていましたよ」
「ライオネル殿も、この期に及んで、そんな丁寧語を使わなくてもいいぞ。貴方の本心はその丁寧な言葉遣いどおりではないのだろう?」
「アハハ、ロッテル殿は私を見抜いていますね。しかし、この口調は私がライオネル・エリオスの商人として身に付いたもの。これを話す姿も本当の私のひとつです」
俺は確かに表面上猫を被って話している。
しかし、それも俺の一側面だと自分で認めている。
本音と建て前、その両方があってこそ自分という個性を構成しているのだから仕方が無い。
ロッテル氏とそんな茶番をやっていたら、ルバイアが怒り出した。
「貴様ら、何をごちゃごちゃと、俺との戦いを愚弄するのかっ!」
なりふり構わずの強烈な戦槌の一撃。
俺達はこの攻撃を受けるよりも回避を選択。
三人が三人ともスピードファイタなので、ルバイアの攻撃の的から退避した。
ドーーーン
そこにルバイアの戦槌が叩き込まれた。
地面が大きく爆ぜて、大量の土が舞う。
凶悪な戦槌を自在に扱える恐ろしい怪力。
「やはり、ルバイアは美女の流血による支配だけじゃなく、パワーアップもしている。これは只の強化兵じゃないな・・・」
俺はこのルバイアがシュバイアと同じく人間を辞めるほどの改造を受けているのだと感じた。
「フフフ。我らはヴィシュミネ様とカーサ様のお気に入り、特別な力を貰っているのだ」
「その傭兵団のボスであったヴィシュミネとカーサももうこの世にいない。俺達解放同盟の仲間に敗れたのだ。お前も冥府に行ってもらうぞ」
「フン。くだらん事を言う。ヴィシュミネ様とカーサ様が成せなかった事を我らが引き継ぐのだ」
「お前は一体何を引き継ごうとしている?」
「フフフ・・・それは地獄をこの地上の世界に再現すること。絶望と暴力が支配する社会の実現だ。そして、俺がその世界の王となる!」
「狂ってる。おい、お前達! お前達のボスはこんな血迷った事を言っているぞ!! 皆、この考えについて行けるのか? 人間には本来、平和と安全な社会を謳歌する権利があると言うのに・・・こんな狂った男が支配する狂気の世界などに未来はないぞ。本当にこいつをボスとして認めていいのか?」
「・・・」
俺からの必死の訴えにルバイアの部下達からの返答はない。
彼らも美女の流血の支配を強く受けているだろう、自分では善悪の判断ができなくなっていると思う。
「オイ、お前達、気付け、目覚めろ! 今、自分達が、今、しようとしている事は自分達の同胞を傷付けて、家族を悲しませているだけだぞ」
「・・・」
「ちくしょう。ちくしょう。ちくしょう」
俺は情けなくなる。
今戦っているこの人達は元クリステの人々、俺らと同じエストリア帝国に所属し、クリステには郷土愛があった筈の人々だ。
その各々には家族が居て、それぞれの形で大切な人が居た筈。
それを・・・この悪魔の魔法薬のお陰で・・・くっそう。
ここで、俺は自分の無力感だけが増幅される。
どうして、同胞を戦わせるのだ。
敵は、悪魔、まさにそう表現するのが正しい。
ラフレスタの時は、傭兵団を支配していたのがカーサであった。
彼女は最期で人間的に破滅し、人の魂を吸収するヴィシュミネ魔剣に吸収され、その姿は悪魔となってしまった。
その衝撃的な成れの果てを見た傭兵団達の心が大きく動揺し、支配の糸が切れたと聞いている。
ここのルバイアの部下達を支配しているはカーサではないだろう。
初めはそうだったかも知れないが、現在カーサはこの世に居ない。
カーサの支配を受け継いだ人物が必ず居るはず・・・
その最も高い可能性のある人物を考える・・・
そして、ここで俺はとある結論に達した。
「誰か、『ヘレーヌ』を殺ってくれ。彼女が美女の流血の支配の要となっている可能性が高い!」
俺はここで唐突に美女の流血の支配を受け継いだ容疑者の名前を叫ぶ。
それは俺の心の中だけ進んだの推理であり、ここで俺が発した何の脈絡もない言葉は、誰しもが反応できない。
「・・・解った」
いや、違う。
ここでひとりだけ、俺の命令を受諾してくれた。
それは・・・ウィル青年。
彼はブレッタ家という英雄の系譜。
悪人に対する感度が鋭いので、ここで発した俺の求めに応じてくれたのだろうか?
その真相は解らないが、それでもウィル君だけは行動を起こしてくれてた。
彼はそれまで組み合っていたシュバイアから離脱すると、毒と氷の大魔法が飛び交うヘレーヌとマーガレット女史の魔法戦に介入した。
ヒューー、ドーン、ドーン
ふたりの実力者魔女による魔法の遠隔射撃の真っ只中の戦地に入るウィル君。
「おい、何をやっている!」
ウィル君の素性が解らない味方が、彼の自殺行為を止める。
しかし、俺は彼の素性を知るので、不安はない。
ここで、ヘレーヌからの腐食の毒魔法の嵐がウィル君の身体にかかるが、彼の身体にその魔法が接触すると・・・
シューーー、ボワァーーーン
まるでそんな擬音が聞こえるが如く、ウィル・ブレッタに接触した魔法は黒い霞となって分解・無害化された。
「えっ!?」
ヘレーヌを含めて、全ての敵がこの非現実的な光景に視線が釘付けとなる。
驚くのは無理も無い、彼ほどの、ブレッタ家ほどの、強力な魔力抵抗体質者など、滅多に見られるものではいないのだから・・・
そして、その驚き支配された時間は剣術士ウィル君にとって圧倒的な好機となる。
「破ぁーーーっ!」
「えっ!」
バシューーン
ここで、ウィル君の鋭い踏み込みと斬撃で魔女の首が派手に飛んだ。
一瞬にして悪魔の魔女を斬首した瞬間である。
「な、な・・・」
誰もがこの光景を目にして、再び時間が止まったような錯覚に陥る。
驚愕の表情で固まるヘレーヌの生首が一回転して地面に落ちた。
そして、思い出したように魔女の首から大量の鮮血が噴水のように溢れ、固まった時間が再開する。
こうして、一瞬にしてヘレーヌは殺害された。
「ヘリーヌーーーッ! うぉぉーーーっ!!!」
ここで、血相を変えたゲルリアが自分の相方が殺されたのを認識し、憤激の様相でウィルに襲い掛かる。
しかし、ウィル君は冷静だった。
キン、キン、キン
「未熟者めっ!」
復讐の怒りに支配されたゲルリアの剣を難なく往なし、ここでウィル君は冷徹な剣を振るう。
そして・・・
バシューーーーン
ゲルリアの首もウィル君の太刀によってその胴から切り離された。
ゲルリアの首も宙を舞って、先程のヘリーヌと同じところに落ちる。
呆気ない最期であったが、それでも冷静を失ったゲルリアは天才剣術士ウィル君の前では敵にならなかったようた。
「うぅぅぅ」
ここで敵の一味は、頭を抱えて苦しみ始めた。
『美女の流血』の支配の律が失われて、薬物の禁断症状が前面に出てきたのは、ラフレスタの時と似ている。
彼らに対する美女の流血からの支配が絶たれた証左であろう。
「ぐぅぅぅ」
ここで苦しむのはルバイアとシュバイアも同じ。
果たしてこいつらは薬物支配が解けた後でも無事に更生できるのだろうか?
そんな疑問が少し沸いたが、それでも『美女の流血』の支配を脱したからには、この場で殺すよりも、正統な裁判で帝皇陛下の沙汰によって処分されるだろう。
そんな彼らの未来を考えていたから、少し気が緩んでしまった。
「ぐぬぬぬ。俺様から力が抜けるぞーーー。認めぬっ!! これから俺は万物の王と成る存在だ。俺から力を奪う奴などは赦さーーーんっ!」
ルバイアはここで涎を垂らした狂人の姿で俺に襲い掛かってきた。
力への渇望の薬物支配の狭間で頭が狂ったのかも知れない。
「ライオネル様っ!」
突然、繰り出されたルバイアの攻撃に驚いて慄いたエレイナからそんな声が聞こえた。
「大丈夫だっ!」
俺がそんな軽口で返せるのは、ここでルバイアの必殺の戦槌攻撃を躱せたからである。
プスプスプス
そんな煙が上がるのは、ルバイアの腕からだ。
「ルバイア! これでも俺の属性は魔術師だ。咄嗟に炎球魔法ぐらいは撃てるんだぞ!」
俺は咄嗟の短縮魔法で放った火球の魔法をルバイアの腕に命中させ、戦槌攻撃の軌道を逸らすのに成功した。
自分でも最近はあまり魔法を使わずに短刀ばかりを振り回していたから、皆から戦士のように思われがちだが、それでも俺は由緒正しい魔術師だ。
咄嗟の時に魔法攻撃も出せるのさ。
「くっそう、卑怯者め! 男同士の勝負に魔法を使うとは。殺してやるっ!」
ルバイアは俺を仕留められなかったことと魔法攻撃を使ったことに酷く怒ったようで、二撃目の戦槌攻撃を繰り出してくる。
しかし、俺が放った火球攻撃のダメージにより、その勢いは初めほどでは無い。
そしてここで死神の刃が届いた。
ザシューーッ!
「ぐばーーー!」
ウィル君が駆けつけてくれて、彼の必殺の剣がルバイアの首を飛ばした。
ウィル君は首を斬るのが上手過ぎる。
ちょっとだけ、ゾッとするね。
「あ、兄者―っ!」
斬首されたルバイアの姿を見た弟のシュバイアがその仇を取ろうして、こちらに駆け寄ってくる。
しかし、それはシュバイアにとって隙にしかならない。
「ぐわっ!」
ここで背中を見せたシュバイアに遠慮なくアーガス氏が剣で斬りつける。
そして、弱ったところで、ウィル君が止めとばかりにシュバイアの首を飛ばした。
シュパーーン
鋭利な刃物で斬られたシュバイアの首は宙を舞い、そして、遅れて切られた首から大量の紫色の鮮血が迸る。
それは間違いなく、溶解毒の魔法が作用していた。
どうやら、シュバイアも自爆一歩手前だったようだ。
「あぶねぇー。こいつも自爆覚悟だったのか!」
アーガス氏は肝を冷やす。
確かに自爆覚悟でこの四本腕に捕まってれば、逃れられなかった可能性も大きい。
しかし、シュバイアは首を飛ばされ、ルバイアも同じで末路となり、これで完全に敵の総大将を討ち取った。
実に最期は呆気ない結末であった。
だが、これは本当に僅差に結果であり、ウィル君が居てくれたから得られた勝利である。
「これでクリステを支配していた悪を全て葬る事ができました。首謀者は死なせてしまったため、戦後の責任の所在を明らかにできなくなってしまいましたが、それでも我々が勝ったのは事実です。ひとまずは勝利宣言をしておきましょう」
俺はそうやって短く勝利宣言すると、苦しみ暴れ続ける敵の残党を厳重に拘束するよう命令を出す。
ふぅー、なんとか勝てたぞ!
こうして、俺は一箇月以上続いたこのクリステの戦闘の終結を全員に告げることにする。
久しぶりに登場人物の更新しました。
結構増えましたね・・・




