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ラフレスタの白魔女 外伝  作者: 龍泉 武
第三部 ヴェルディの野望
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第四十六話 反撃の獣たち


「敵襲だと?!」


 見張りの知らせを受けて、そんな莫迦なと思ってしまう。

 敵がここを奇襲するメリットなんて考えられなかったからだ。

 

「敵数は百足らずだ。押し返せ!」

「拙い、魔法攻撃だとーっ!?」


 その直後にドーンという低き轟音が周囲に響き、陣地が騒然となる。

 

「あなた。どうしたのです!?」


 この音に驚いて飛び起きたエレイナがベッドから飛び出し、まず手にしたのは彼女愛用の細剣(レイピア)だった。

 華奢な全裸に細剣(レイピア)を構えて、俺を守る行動を優先したのは頼もしいが、エレイナはもう少し自分が女であることを大切に想って欲しいと思う。

 俺はエレイナの両肩に手をやって彼女を鎮める。

 

「エレイナ、まずは服を着ろ。どうやら敵の夜襲のようだ。まだ外周部が襲われたばかりだから、ここまで攻撃は届かない。服を着るぐらいの余裕はあるぞ」

「あっ!」


 ここで彼女は自分が全裸だったことに気付いたようで、慌てて下着を着ようとする。

 

「慌てなくていいぞ。お前は私にとっても大切な女だ。守られるだけじゃない。俺がお前を守るのも当然だ」

「ら、ライオネル様・・・」


 こんな状況であってもエレイナは俺からの言葉に(いた)く感動しているようである。

 まったく、ちょろい女になってしまったな・・・そんな言葉にいちいち感激していれば、悪い男に騙されてしまうぞ。

 そんなこんなで、エレイナが衣服を整えた後、血相を変えたジェンとアタラが入ってきた。

 

「統領。襲撃です」

「解っている。状況を的確かつ簡潔に報告せよ」

「それは・・・」

「敵の親玉が直属の部下を引き連れて、いきなりの突撃してきたようだ」


 ジェンが答えようとしていたところでロッテル氏が代わりに答える。

 ロッテル氏もこの騒ぎを聞きつけて、ここに入ってきた。

 そして、彼は情報収集を既に済ませたようだ。

 

「親玉? ルバイア・デン・クリステか? 彼が先頭に立ち、ここへと攻めて来るなんて? 玉砕覚悟か?」

「理由は解らん。だが、相当の精鋭を連れて来ている事は確かだ。相手は百名ばかりだが、少し押されている」

「本当か?」


 ロッテル氏の冷静な戦況判断によると、俺達解放同盟が負けているようだ。

 当然、ここが本陣である以上、攻撃を受ける可能性については予想し、準備していた。

 だから守備は万全・・・と言うか、この本陣に至るまで何箇所もの守備拠点を設けた筈なのに・・・

 

「どうやって、ここまで攻められたのだ?」

「それも現時点では解らんよ。大方、クリステ城には外へと通じる秘密の地下道があったり、転移の魔法を使ったりとか、そんな可能性を考えれば、いろいろとあるだろう。しかし、今そこを議論している時間はない」

「そうだな・・・ロッテル殿の言うとおりだ。応戦しなくては! もっと詳しい状況を誰か教えてくれ!」


 ここで待っていましたとばかりにジェンが口を開いた。

 

「敵は本陣敷地の西側の塀が破壊され、そこから侵入したようで、現在はキャロンの部隊が応戦しています。敵の数はおよそ百名、その中には敵将のルバイアとシャバイア兄弟を確認しております。先日、取り逃がしたゲルリアとヘレーヌの姿もあるようです」

「なるほど、どうやら敵は少数精鋭の総力戦でここへと襲撃してきたようですね。彼らの狙いはおそらく、この私の首です。解放同盟のトップを殺害することで、戦局を一気に挽回するつもりなのでしょう」

「それならば、統領は後方に引いてください」

「いや、敢えて、ここは私がおとりになりましょう。敵の主力をこちらの陣内部に引きつけて、そこを一気に叩きます」

「しかし・・・」

「ここで引いても敵は強敵。いたずらに兵を消耗するのは良くありません。私がおとりになりますから、その代わりに・・・頼みましたよ」


 ここでロッテル氏が頷いたことで、俺の作戦を飲んでくれたと理解した。

 ジェンやアタラはいまいち承服できなかったようだが、エレイナが「ライオネル様を信じましょう」と後押しをしてくれる。

 いいねぇ~、これで簡単に死ねなくなったよ・・・

 そして、俺は部隊に指示を出し、襲撃してきた敵を上手く自陣の中心へ深く誘うようにする。

 その指示は上手くいき、こうして、俺の天蓋近くに敵の気配を感じるまで接近してきた。

 

「おい! 腰抜けのルバイア。私の首が欲しいか! 私はここに居るぞ。逃げも隠れもせん」

「ふん、ラフレスタからやってきた若造めが、調子に乗って俺の領地にちょっかいを掛けやがって、ぶ殺してやるわ」


 俺の安い挑発に応えたのはルバイア本人。

 周囲の空気が震えるような大声であり、その迫力は蛮族の王のような威厳を示している。

 しかし、俺もここで負けてはいられない。

 

「貴様こそ。美女の流血で簡単に心を支配されているではないか。エストリア帝国の貴族の面汚しだ。ボルトロール王国の犬に成り下がった屑野郎め!」

「俺様を犬呼ばわりしたことを後悔させてやるぞ。行けーっ! シュバイアっ!!」

「兄者、任せてくれ。俺がライオネル・エリオスの手足を削ぎ落て、命乞いの声を聞かせてやるよ」


 ルバイアの求めに応じて先陣を切ったのが、彼の弟であるシュバイア・デン・クリステだ。

 以前、マイヤー家襲撃の際にウィル君がシュバイアの腕を一本落とした筈だが、今は元に戻っている。

 いや、違うな。

 彼の右腕はその身体に似合わない、華奢な白い腕だ。

 何らかの魔法技術で強引に誰かの腕を接合したのだろう。

 (おぞ)ましい姿だった。

 

「待てーっ! させん」


 包囲していた騎士団の幾名かが飛び出して、シュバイアの突撃を阻止しようとする。

 しかし・・・

 

「シャーーーーッ」


 シャバイアが蛇のような雄叫びを挙げたかと思うと、あっという間に彼らを斬り伏せた。

 

「ぐわーーーっ!」

「な、何だ!? あの腕の数は!」


 誰かが驚愕したが、それは無理も無い。

 何故なら、シュバイアの胴から剣を持つ腕が四本も生えていたからだ。

 シュバイアは四本の腕で四本の剣を巧みに扱い、自らの前に立ち塞がった騎士達を切り刻んた。

 

「フッシューーーッ」

「ギャアァァァーッ!」


 そして、あっと言う間に人間が細切れになった。

 その恐ろしいほどの圧倒的な殺傷力を目にした騎士達が固まる。

 シュバイアは切り刻んだ勢いそのままに蜘蛛虫のような変態的な歩行で地面を這い、俺へと襲い掛かってきた。

 

「くっそう!」

 

 きっとイドアルカによる禁断の魔法接合技術を用いて、誰かの腕を強引に四本引っ付けたのだろう。

 戦いを舐めていた訳ではないが、それでも想定外のシュバイアの姿に俺は焦り、剣を構えた。

 

キン、キン、キン


 しかし、ここで俺がシュバイアと直接剣を交える事は無かった。

 それはこの騎士団一位と二位の剣術士が俺に迫るシュバイアに立ち向かってくれたからだ。

 

「ウィル君! それに、アーガスさん!」

「ここは我らに任せろ」


 人間を辞めたシュバイアの四本の剣をウィル君とアーガス氏の二本の剣が勢いを止めていた。


「小癪な。雑兵共め!」


 力で押し返そうとするシュバイアだったが、ふたりも負けていない。

 力の勝負でもこのふたりの天才剣術士は簡単に負けなかった。

 ここで大きな力が拮抗するように、シュバイアとウィル君達がキリキリキリと音を立てて、(つば)競り合いをする。

 

キリ、キリ、キリ


 鋭利な金属同士がぶつかる甲高い音が響く。

 その決着がどうなるかと彼らの(つば)競り合いに周囲の注意が注がれているところで、魔力の気配が・・・

 

「エリオスさん、危ない!」


 マーガレット女史の声が聞こえてハッとなる。

 俺の目前に紫色の粘着質の網の様なモノが迫っていた。

 

「鉄壁の守りよ!」


 マーガレット女史が魔法を唱えて、地面が土が盛り上がる。

 

ベチャッ!


 俺の目前で土魔法による防壁ができて、そこに紫色の網目状の粘着性の液体が付着する。

 

シューーーーゥ!


 不快な臭いと強酸により何かが溶ける音が聞こえた。

 どうやら、紫色の粘着質の液体は溶解毒の魔法攻撃だったようだ。

 

「あら、おしいわ。ドロドロに溶かしてやるつもりだったのにぃー」


 場違いなほど陽気な女性の声は聞き覚えがある。

 

「ヘレーマだったわね。どうやら悪の魔術師が再び登場したようですね」

「ヘレーヌよ。人の名前を間違えるなんて失礼な魔女ね」

「私の名前を名乗っておきましょう。私はマーガレット・メシア。エストリア帝国所属の正義の魔術師です」


 自分が相手の名前を間違ったのを華麗に無視(スルー)し、自己紹介する我が帝国自慢の魔術師マーガレット女史。

 このとき彼女の図々しさが妙に頼もしかった。

 ヘレーヌはそんな態度のマーガレット女史が気に入らないようだ。

 

「ふん、自分から正義の魔術師って名乗るってバカじゃない?! アナタも溶かしてあげるわ」

「真実を述べたまでです。無実の人間に溶解魔法を掛けて自爆させるなんて、アナタは人間ではありません。まるで悪魔の手先です。そんな敵を討伐する私は正義・・・完璧に論理的な理論です」


 マーガレット女史の言葉にヘレーヌは不愉快な顔色を隠さない。

 

「アナタは私の苦手なタイプね。私も人を溶かすなんて好きでやっている訳じゃないわ。しかし、これも仕事なのよ。プロならば、心を(オグル)して手段を選んでいては駄目、戦争ならば、そんな事は当たり前じゃない!」

「話を誤魔化さないでください。私もプロですから仕事に私情が禁物なのは理解できます。しかし、それでも人の道を踏み外してまでしてやっていい事があるとは思えません」

「ふん、そんな甘い事言っていられるのはエストリア帝国の魔術師だからよ。ボルトロール王国でそんな言い訳、認められないわ」

「あら? 遂に認めましたのね。アナタ達がボルトロール王国の間者である事実を!」

「フフフ、私としたことが喋っちゃったぁ…でも、大丈夫よ。ここでアナタ達が死ねば何も問題ないのだから」

 

 ヘレーヌはそう言いローブの懐から鞭をひとつ取り出した。

 その紫色の禍々しい鞭は毒の魔法を纏っているのがありありと解る一品。

 

「さぁ、苦しんで死になさい」


パシーーーン!


 ヘレーナが鞭打つと地面が抉れて、土魔法で固めた防壁がボロボロボロと崩壊した。

 強い毒の魔法によって上書きされたからだ。

 マーガレット女史はここで勘が働き、大きく後ろに跳躍したのでダメージは負わない。

 

「やはり、アナタを倒します」


 マーガレット女史も丈の短い魔法の杖をヘレーナに向けて、自分は負けないと宣言する。

 集中力を高めるマーガレット女史。

 何らかの魔法を発動させようとしているのだろう。

 その隙を守るために、マゾール氏とロック氏が前に出て、守りを固めた。

 

「死になさいーーっ!」


 ヘレーヌから繰り出された鞭攻撃。

 鞭は生きた蛇のようにくねり、マゾール氏に襲い掛かろうとした。

 

「キェーーーーッ!」


 ここで奇声を発したマゾール氏の魔力が急速に高まり、身体が橙色に輝いた。

 格闘系魔術師の魔力が昂ぶったときの姿だ。

 自分に迫る鞭を視覚で捉えると、「ふんっ!」と声を発して更に気を高めた。

 そうすると、マゾール氏は自分に迫る鞭の軌道を見切り、鞭の先端を右手で捕らえた。

 

「ぬしーーーっ!」


 彼のいつもの口癖を溢し、ヘレーヌの魔法の鞭を魔力の籠った掌で絞り上げた。

 その先端を捕まえられた鞭は、まるで毒蛇のようにのた打ち回り、鞭の先端から紫色の液体が(ほとばし)る。

 それは溶解の魔法であり、マゾール氏の身体にその液体が触れると、熱したフライパンの上に溢したワインのように蒸発した。

 それはマゾール氏の強力な魔力が、ヘレーヌの毒魔法に打ち勝っている証拠だ。

 

「そ、そんな・・・私の魔法が利かないなんて!」

(ぬる)い魔法だぬし。鞭を媒介した貴様の魔力は減衰するぬし。この状況なら儂の魔力の方が強いだぬし。だから利かないぬし。今だ、ロック、ヤルだぬし!」

「ふんがーーーっ!」

 

 いつもはゆっくりと動くロック氏がここは俊敏に動いて、ヘレーヌに襲いかかる。

 

ドンッ!


 大木のようなロックの足が蹴り込まれ、ヘレーヌの腹部にめり込んだ。

 その直後、身体を折り曲がった状態のレーヌが後ろへと豪快に吹っ飛ぶ。

 華奢な女性のヘレーヌに対して致命的なダメージの筈だが、その後、彼女はムクッと立ち上がった。


「まったく、レベルの低い攻撃をしてくれるじゃない!」


 まるで、子供の悪戯で転ばされたように何も痛みを示さないヘレーヌ。

 これにはマゾール氏も眉をひそめた。

 

「利いてないぬし。コイツは化物だぬし」

「・・・うぉっほ!?」


 全くダメージを負わないその様子に、ヘレーヌも強化人間のように何らか細工をされているのだと思った。

 

「まったく面倒よねぇ~。これだから筋肉莫迦は嫌いなのよ。お前達が相手してやりない」


 ヘレーヌがそう命令すると、彼女の近くで待機していたメイド服を着た女性ふたりが動き出す。

 目が紫色に光り、その動きはぎこちない。

 これは・・・先日の傭兵団達が見せた自爆攻撃と同じ兆候だ。

 

「シャーーー!」


 蛇のような奇声を挙げてメイド女性ふたりがマゾールとロックに飛び掛かる。

 

「ぬしーーーっ!」

「ふんがーーぁ」


 マゾール氏とロック氏が危険を感じ取り、大きく飛び去った。

 あっと言う間に回避し、身体能力の優れた彼らならば、敵の女達の自爆攻撃は心配いらない。

 そして、彼らに襲い掛かってきたのは領主の館で働いていた元メイドだと思われる。

 哀れなことに、ヘレーヌの魔法で支配されているのだろう。

 その彼女達は自爆魔法が作用しているようで、身体が膨らみ爆発の兆候が・・・

 

「爆発はさせないっ!」


 彼女達の衣服が破れて、その白い肌が膨れ上がり、爆発するかと思われところで、マーガレット女史の魔法が働いた。

 

ピキピキピキ・・・


 急激な温度低下の魔法によって彼女達は瞬時に氷漬けとなり、爆発は免れる。

 

「女性の最期が爆発死なんて、可哀想過ぎます」


 マーガレット女史は同じ女性として彼女達の最期を哀れんだ。

 もう死んでいるに等しい状態だが、それでも爆発して溶解液まみれになるのだけは阻止したかったようだ。

 

「ちっ、余計な事を!」

「ヘレーヌ。アタナはどうやら美しい人間に対して相当恨みがあるようですね。そうでなければ、こんな惨いことを平気でできる訳がありません」

「正解よ。フフフ。顔が美しいだけで人生得している奴なんて赦せないのよねぇ。私が世の中の厳しさを教えてあげているのよ。キャハハハハ」

「やはり、性格が歪んでいますね」

「歪んでいて結構。私は強いの。強い生物は弱い生物を(なぶ)る資格があるのよ。それが自然の摂理よねぇー」

「アナタの意見には承服できませんが、その理論が正しいのならば、アナタは私に(なぶ)られます。何故なら、私の方がアナタよりも強いのですから」

「へぇーー、言ってくれるわねぇ。ちょっとは魔法が使えるみたいだけど、本当に私より強いのかしらぁ?」

「大丈夫です。私がアナタに勝って、それを証明してみせます」


 マーガレット女史はそう言うと、魔法の杖で空間を一閃させる。

 彼女の目には怒りの炎が宿り、本気で怒っているのが解った。

 どうやらここで魔女の頂上決戦が行われるようだ。

 

 


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