第四十四話 作戦のあと
「おい、そちらは大丈夫か?」
「駄目だ。ライトがやられた。治癒師はいるか? 溶解液で右腕がやられている」
「それならば、急いで拠点に連れて帰れ、そこにいる治癒師に頼んで、怪我を見て貰った方がいいだろう」
俺は戦闘の終わった現場で矢継ぎ早に指示を出す。
結局、敵の自爆魔法によって、ここでの獅子の尾傭兵団の兵士は捨て身の戦法となり、厄介な戦闘は朝まで続いた。
結論としては勝てたが・・・そこら中にある無残な死体と溶解液の痕跡。
人間が解かされる胸糞悪い現場の後処理をさせられている始末だ。
「本当に凄惨な現場だな」
修羅場を経験しているロッテル氏であっても視線を背けたくなるようなこの現場。
「敵兵と言えども、元はクリステ領の民です。ゲルリアとヘレーヌにとって彼らは所詮、自分達の都合良いコマだっただけなのでしょうね。まったく、いろんな意味で胸糞悪くなる現場です」
俺はここで自分の感じる不快感を隠さない。
「くっそう、こんなの絶対オカシイでしょう。彼らは一体何を目的に戦っているのですか? こんな戦い方を続ければ、クリステ領を壊滅させるようなものですぞ」
「リスロー卿、案外それが敵の本当の目的なのかも知れません」
俺はリスロー卿の指摘こそが的を得ていると答える。
「幹部であるゲルリアとヘレーヌは恐らく『イドアルカ』と呼ばれるボルトロール王国内の特殊部隊に所属していると思われます。以前、ラフレスタで傭兵団の幹部に我が国に対する諜報活動の目的を問い詰めた時、それは『嫌がらせ』だと言っていたのを今思い出しましたよ。奴らは俺らを互いに戦わせて、帝国を弱体化させる、それが敵の本当の目的なのだろう」
「そうだとしても、これは酷過ぎます」
リスロー卿は現状の状況を嘆いた。
確かに、自らの軍勢に所属する兵士に自爆法を掛け、それで敵に突入させるなど、正気の戦法じゃない・・・
「そうだな・・・よし。おい、お前達、自滅した彼らは敵だったが元はクリステの民だ。この地で傭兵団として徴用されたエストリア帝国人であり、言うならば被害者だ。丁重に弔ってやれ」
「・・・・へい、統領、解りやした」
誰しもが返事を返さない中、少し迷ってベンだけがそう返してくれた。
彼らとて今朝方まで敵として戦った相手だ、俺の指示には不満もあろう。
しかし、ここで憎しみだけを増幅させるのも敵の思う壺だと思った。
負の連鎖を断ち切らなくては、俺達の方が自滅してしまう。
働く戦闘員達は渋々だが、ここで命を落とした敵兵を集めて荷車に乗せ、クリステの墓地へと運んでくれた。
ここに敵として詰めていた傭兵団は千名近い。
そのほぼ全てが玉砕する結果だったので、弔う作業も一大労務となる。
それでも、解放同盟の同志達やロッテル氏の騎士団は――不承不承だが――俺の意思を汲んでくれた。
その姿をクリステの民衆も見ている。
俺達が元クリステに所属していた人々を無碍に扱わないその姿を彼らも認めてくれて、弔うのを手伝ってくれた。
それを見て、俺はやはりこんな戦い方をさせた傭兵団の幹部を赦せなく思う。
「あの悪魔どもめ、覚えていろよ!」
その瞬間だけは怒りに支配される俺。
そこにエレイナが俺の腕を優しく抱いてくれた。
「エレイナ・・・すまないな。少々感情が昂ぶっていたようだ」
「いいえ、ライオネル様が今感じている怒りは正しい事です。こんな酷い事が当たり前になってはいけない事。私達が止めないと」
エレイナの目の奥に正義の炎が燃えているのが解った。
やはり、彼女は正義の人だ・・・と、この時、冷静な第二の俺が自分自身に心でそう囁いていた。
それからの俺達はこのファインダー伯爵邸を占拠することにした。
「ここに詰めていた敵はすべて壊滅したようだ」
「ファインダー伯爵本人も戦死した模様だ。彼も『美女の流血』で支配を受けていたのだろう。溶解液の自爆兵として最期を迎えた」
「そうか・・・こうなってしまえば、ここの土地は解放同盟と騎士団で管理しよう。広大な土地は戦略的にも拠点となる筈だ」
「ライオネル殿、その提案を同意しよう。ここは元々エストリア帝国重鎮であったファインダー伯爵の土地でもある。帝皇様から正式に遣わされた我々が占拠することは政治的な意味も強い」
ロッテル氏も俺の提案を受け入れてくれて、ここに本陣を移す事を同意ししてくれた。
確かにマイヤー家が本陣のままでも良いのだが、あそこは少々手狭だ。
ここならば、元々千人近い傭兵が詰めていた敷地なので、俺達解放同盟と騎士団を合わせても駐留したとしても問題は出ないだろう。
こうして、俺らは天蓋やら何やらを手配して、ここに本陣を張ることにした。
そして、ここを拠点に、街の南部に支配領域を伸ばすことなる。
こうして俺ら解放同盟の支配領域はクリステの東部と南部を抑えることができた。
よし、これで敵に支配されている陣地はクリステ中央と西部だけとなる。
クリステ解放まであと少しだ。
勝利までの道筋が見えた瞬間である・・そんな安心が、俺の油断につながったと後ほど反省する羽目になるのだが、今は未来など誰も予想できなかった。




