揺れるナースコール
足を骨折して入院。
我ながらドジを踏んだものだ。
そして今、暇だ暇だと嘯いていたら隣の爺さんが話しかけてきた。
まぁ暇だったし、とりあえず聞いてみた。
――ある大きな病院での夜。
ナースコールで呼び出された看護師は、病室へと急いで向かった。
そこには、状態の良くない老人がいたためだ。
容態が急変した可能性を考えて走った。
物の数秒で到着したはずなのに、そこには誰もいない。
寝ているはずの老人の姿もなく、扉を開けて入って来たのだから出て行ったとも思えない。
そもそも呼びだされてすぐ来たのだ。
押した誰かがいるはず。
そこは個人病室のため、他の患者はいない。
他の患者が間違えて押すという事もあり得ない。
ナースコールのボタンを確認する。
宙に浮いてブラブラと漂っていた。
瞬間、背筋が凍るのを感じた。
老人のいたずら?
いやそんな体力はない。
動き回るなど不可能だ。
だが、ナースコールは揺れている。
ならば誰かが絶対にいる。
その誰かを見つけるために、部屋の中を見渡す。
見つけるために探しているのに、何も出てこないで欲しい。
そんな矛盾を感じながら、ベッドのシーツを捲ってみる。
初めから盛り上がりなど何もなかったのだから当然だが、何もない。
今度は暗いベッドの下を覗き込んだ。
――!?
何もいない。
ただ、向こう側が見えるだけだ。
一瞬ホッと安堵したが、今度は頭を上げるのが怖い。
体勢を戻した瞬間に何かがいるかもしれない。
怖い。
長い事この病院に勤務していても、こんな出来事に遭遇した事はない。
質の悪いイタズラであって欲しい。
でも何か、とても嫌な感じがする。
ああダメだダメだダメだ。
こういう時に嫌な事を考えると、それが膨らんで消えない。
一大決心。
というには大仰かもしれないが、覚悟を決めてベッドから上へと体を出す。
――!?
何もいない。
なんだ……何もいないじゃん……。
バンバンバン!
という後ろの窓を叩く音に、心臓が破裂するかと思うほどびっくりして飛び退いてしまった。
恐る恐るカーテンを開けると、ぶつかってきたと思われる一枚の新聞紙が張り付いていた。
な、なんだ。
脅かさないでよ……。
そんな事をしていたら、病室の外から別の看護師が顔を出した。
「何してるの? この病室の患者さんは今日のお昼に移動して掃除しておいたのに散らかしちゃ駄目じゃない」
「え、あ、すみません!」
なんだ。
ここ誰もいないのか。
そういえばそんな連絡来てたっけ。
よくよく考えれば部屋も寒い。
隙間風でも入って来てるのかも。
ナースコールが揺れてるのもそれが原因かな?
いまだに揺れていたナースコールを手に取ってベッドの上に置く。
落ちた衝撃でコールボタンが押されちゃったんだねきっと。
良かったぁ、ただの勘違いで。
深く考えず、私はナースステーションへと駆け戻った。
看護師がいなくなってすぐ、ナースコールはベッドからずり落ち。
また不自然に揺れ始めた――。
「ちゅう話なんじゃがな」
「は、はぁ……」
なんだそれは、幽霊系の怪談か?
「で、その時使われてたベッドっちゅうのが、今お前さんが寝とるそれじゃよ」
「え!?」
その夜、俺は押してもいないナースコールを、何度も押すのをやめろと看護師さん達に怒られた。
次の日、親に無理を言ってすぐに退院させてもらったけど、その時にはもう、あの爺さんはいなかった。