デイジーの魔道具店
アイテムボックスから取り出した二本目のお魚の串焼きを頬張りながら、適当に道を歩く。
この街は全体的にカラフルなヨーロッパっぽい感じに統一されていて、屋根や壁がピンクだったり緑だったりする。おもちゃっぽくて実に私の好みだった。これを見るだけでも旅行気分になれるし良い感じだ。
あとは、このゲームの世界にはプレイヤーとしてだけじゃなくて亜人種も普通にいる設定のようで、道行く人々の種族は獣人やらエルフやらアンデッドっぽいのやらが雑多に入り混じっている。
というか、どうもノームは少ない気がするね? かわいいのに何でだろう……まあいいか。
それにしても、海……は、自力じゃ無理かもだなあ。何でって、ノームなカロンくんはすっごく足が短い……こう、歩幅がさ……運動量が多すぎて紳士カロンがしなびてしまいそう。こんなとろまでリアリティ追求しなくても良いんじゃないかなあ。
だんだんとゲームの中でまで歩くってことに不満を持ち始めた、カロンくんの中の人。仕事以外はぐうたらな生活をしていたツケがこんなところにまで影響し始めましたよ……。
はっ!!
……私ってば、いけないわ。せめてゲームの中だけでも運動する予定で踊り子を選んだんだったじゃないですか。
でもなあ、せっかくこんだけ歩くんだし万歩計とか欲しいなあ。
そう思った私は、都合良く通りがかりの道具屋がないか探し始める。いちおう、ステータスウインドウにマップはあるんだけど、これはすでに行った所だけ表示されるようになっているみたい。オートマッピングってやつですね。
行く道はなぜか階段あり坂道ありの健脚向き仕様。縦に短いカロンくんにはつらいっす。
「あれがそうかな?」
デイジーの魔道具店
看板がネオンできらきら……ぎらぎら? してるけど、逆にそれがそれっぽいというか。ま、まあ……道具屋って書いてるくらいだし……セバスチャンの洋服店といい、ここといい。このゲームの店は個性的なんだね。
てことで、たのもう(疲れた、休憩させて)!
足を踏み入れた店の内装は、見るからにファンタジーだった。
これよこれ、私はこれを求めてたのよ! とか思っちゃったね。そしたら、興奮しすぎてカロンくんが勝手に踊り始めちゃってたね。
たららら~♪
「店内で迷惑行為をするのは止めとくれ!!」
「はうっ」
出会い頭に、助走付きで額にジャンピングチョップをくらいましたよ? HP減ってるし……『デイジー会心の一撃』だって。デイジーばあちゃん、細っこいのに恐い。ゆるして、カロン出来心だったの。
額がひりひりするわー。どんだけ馬鹿力なんだか。
このゲームのことをネットで調べた時に、ダメージ時の痛みはしびれっぽい疑似感覚に変換されるって書いてあった。そんでもってこんだけしびれるってことは、デイジーばあちゃんの殺意を感じるのは私だけですか?
「ご、ごめしゃい……」
「く、かわいい顔しても………………飴でも舐めるかい?」
デイジーばあちゃんチョロかった。なぜかエプロンのぽっけから魔法のように出てきた飴に、変なリアリティを感じるのは私だけじゃないはずだ。
やっぱり、かわいいは正義!
「デイジーばあちゃん、ここって道具屋だよね? カロンくんは万歩計が欲しいの」
もちろん飴はゲットして、さっそく口に入れる。串焼きはどうしたんだって? そんなものとっくに食べてなくなっているに決まっているじゃないですか。
「道具屋だよ。看板にそう書いてあったろう」
「じゃあね、万歩計~」
「そりゃどういう物なんだい?」
「えっ」
万歩計がわからないですと?
でもそっか、リアルすぎて違和感なかったけどこれってゲームだもんね。ゲームで万歩計とか普通はないか。
「んと、万歩計はねえ。歩いた距離や歩数がわかる道具なの。私は距離は重要じゃないから、歩数だけわかれば良いかな?」
「妙な物を欲しがる坊主だねえ。ノームの趣味ってのはそういうものなのかい?」
「そうだよ(適当)!」
「困ったねえ。うちの店にはないから、職人に作れないか問い合わせてみようかね。予算はどんなものなんだい?」
「5400G」
「それだけあれば……大金なんだから、スリに持ち去られないように気をつけるんだよ……」
てことで、デイジーばあちゃんが有線電話っぽいのをすちゃっと耳に当てる。有線に疑問が残るのは、電話線の先が蜃気楼みたいに途切れているからだ。
デイジーばあちゃんが問い合わせしてくれている間、私は暇だから店内の商品を物色することにする。
ゲームの定番な武器ってやつをカロンくんはまだ持ってないんだよね。初期装備らしきものがあるにはあるけど、名前が「短い木の棒」だし。ネーミングからしてダサいくて弱そう。まあ、それを言うなら防具もないんだけど、防具については服があるから必要になるまでは服だけで良いかなって思っている。
真っ先に私がカロンくんの武器として目を付けたのは、銃だった。良いよね、銃。よくわかんないけど格好良いし楽そうだし、値段も3000Gだし万歩計の値段次第ではいんじゃね? とか思って試しに持ってみようとして……重すぎて持てないという驚愕の事実を知る。
ま・さ・か!!
嫌な予感がした私は、次に持ち手の真ん中に睫毛がある怪しい剣を持とうとして……持てない!
いやいや、ちょっと待って。落ち着け自分ってなって、次にこれならいけそうだと思って、真っ赤な刀身の短剣を持…………な・ん・だ・と!
短剣なら両手で持てたけど、手がぷるぷるしてますですよ!
重い……。
「坊やは何をしているんだい? ほら、それをこっちに寄こしな。危ないことはするもんじゃないよ」
デイジーばあちゃんは、ひょいって片手で私から短剣を取り上げて、棚に戻す。
「デイジーばあちゃんは、めっちゃ力持ち……」
「いやだねえ、何を言ってるんだい。坊やは舞踏士だろう。舞踏士や楽士ってのは、神様の使徒なんだから刃物なんて持っちゃいけないんだよ」
「……まじっすか……」
ん? でも、舞踏士って?
「私は踊り子だよ? 舞踏士って何?」
「踊り子だってんなら、坊やはまだほんのひよっこなんだねえ。舞踏士ギルドに登録して地道に技能を上げることをお勧めするよ」
「ほっほー。舞踏士にギルドとな!?」
舞踏士ってのは、たぶん上位職だな。
これは、海探しは別の機会にするってことで、まずはゲーム的に舞踏士ギルドへ行くべきだろう。
「デイジーばあちゃん、ありと!」
私はすちゃっと敬礼して、店を飛び出した。
そんなだから、万歩計のことなんてすっかり頭から抜け落ちていたし、デイジーばあちゃんが「マンポケイねえ……」とか呟いてたのも知らなかったんだ。