イチカドの手前
そんなこんなで、イチカドの手前……とやらな狩り場に到着しましたよ。
マップの表示では、旧地下道とある。
と、唐突に始まる強制ムービーのお時間です。目の前をストーリーらしきものがナレーションやムービーと一緒にどわ~っと流れて、右下のスキップボタンが点滅しているのに気が付いたから、躊躇なくぽちっとな。
かくして、視界ジャックは終結したのでした。まる。
「あれ? ストーリームービーはスキップしたのかい? 街から出たことがないって言っていたくらいなんだから、旧地下道は初めてなんだろう?」
と、盾騎士のちょびさんが目敏く指摘してきた。
でもね、カロンくんの中の人、ゲームのストーリーに興味がない。ゲームの醍醐味が~て言われても、ないものはない。邪道と言われようが、必要になったらまとめてネットで読み込む派なのさ~。
「あい!」
てことで、笑顔で誤魔化した。
治療術士のエリスさんがなんとも言えない感じの生ぬるい顔付きになっているのを見て、現実の再現度に感心する。
「えっとじゃあ、カロンさん? 俺に付いて来てね」
「あいさ!」
ちょびさんがどこぞからでっかい盾を出して、ひょいっと盾を持ち上げる。
うわー、大きい盾だ。あの盾、ノームだとすっぽり隠れんぼができそうな大きさだよ。
というか、まだ歩かなきゃなのか。この人たち相手にアヒル船長で移動はさすがに気が引けるからしないつもりだったけど、面倒くさくなってきたぞ。
ちらっと同じノームのすき焼きさんを見てみると、短い足でがんばって歩いておった……ぐぬぬ。
「カロンさん? どうかしましたか?」
「えっ!?」
エリスさんが、こっちをガン見してた。
「ナンデモナイデスヨー」
私は、即諦めた。
ごめんよ、アヒル船長。君のことを忘れたわけじゃないからね。
「そうですか。狩り場に着きましたよ? ここが通称イチカドです。この下に少し段差がありまして。レベル上げに便利なので、野良パーティが組めそうなら通うといいですよ」
んんん?
何を言っているのかさっぱり意味がわからん。
「カロンさんは、何もしなくていいので下へは降りずにここにいてくださいね」
「……あい?」
下へ降りずにって、私それ何するんだろう?
いや、何もするなって言われたんだっけか。えー。それってありなの? えー、ええー?
「何もしないって、それはどういう……?」
「ああ、カロンさんは知らないようなので説明しますね。このカオスティックというゲームは、もともとオフラインで発売されていた頃から難易度が高めというか、ザコですら敵モンスターが強すぎるゲームだったのですが、今回オンライン化してさらにアクション性も加わった結果、フルパーティ以外での狩りが難しいということになり……プレイヤーの間で試行錯誤された末に、少人数でのレベリング用にザコ相手の戦闘はこういった段差を利用して狩る方法が発案されまして」
「はあ……」
マジですかい。
でもまあ、カオスティックらしいと言えばらしいか。いつも理不尽にザコが強いゲームだからね。
「そういうことなので、カロンさんはお立ち台の上でおとなしくしていてください」
「……………」
これにどう返事をしろと……?
カロンくんがここに来た意味って何ですか……?
……良いもん。ここでじっくり監察してやるもん。
ふんがっ!!
「では、始めてみましょうか。ちょびさん、釣りお願いします」
「了解っと」
ちょびさんが一人だけ前へと進み出て、盾を構えて叫ぶ。
「来い!」
続いてノーム魔法使いのすき焼きさんが杖を握りしめて、てててっと走って「ふぁい!」とか言うと、火の玉がぽこぽこと出現した。
と、ちょびさんが盾を構えているよりもさらに前方から、かさかさかさかさ……と、何やら聞いてはいけなさそうな不穏な音が…………音が……………………。
――ここから先の出来事を正直に表現しましょう。
私は、予想外のことに遭遇して、危うくゲームでマジ泣きしそうになりましたよ。
や、だってさ?
いきなり見上げるような巨大蜘蛛の群れが押し寄せてくるとか思わないじゃん? しかもさ、でかいだけに細部まで観察できやがるものだから、足の毛並みまでしっかりと見えちゃったりするんだ。蜘蛛が毛深くてふさふさしてるんだぜ……衝撃的過ぎて、カロンくんの中の人はびっくりですよ。
そうこうしているうちにも、カロンくん以外の三人が大活躍!
ぴかっ、どかん、さら~、ぴかっ、ずしゃっ。
そんな擬音が満載な感じで戦闘が続く。
これが、噂に聞くパーティの連携ってやつか。VRMMOを調べたときに書いてあったのよね。パーティを組むなら連携が大切だって。
敵となるモンスターたちは、基本的により自分に不利益となる対象に注目する仕様になっているものであるらしい。
だから、防御力の高い盾役が敵を引き付けて、攻撃力がある火力職が敵を殲滅。パーティメンバーが被弾した際には、治癒職業がケアをしてっていうのが基本戦術なってて……あ、はい。やっぱしカロンくんいらない子じゃないですかー。やだー(棒読み)。
でも、何もしないまま終わるのも悔しいから、せっかくだしダンスとやらを披露してみることにする。
とりあえずは、情熱ダンスでも。
「れっつしょうたいむ……(めっちゃ小声)……」
タップか思考+音声選択方式ですからね? 手動選択するか、もしくは思考指定しながらスキルモーションを促す発言をするかしないと、スキルが始まらないのじゃ。
てことで、視界に七色のスキル補助マークが展開する。
うわー、これを踏んだり叩いたりでタップしてダンスを継続させるのか。
しかも、戦闘音に混じって小さく流れ始めるチャッチャッチャッといういかにもイントロめいたリズム音は……うっしゃ、やってやろうじゃないですか!
カロンくん、右手を掲げてポージング。
ステップ開始やで~。
ぱああっとカロンくんの身体を中心に、音符と虹色の光りが広がった!
右足、左足、左足、ジャンプ。
右手、左手、右手、右足。
すごいなこれ。キャラクターの基本モーションとダンスが見事に融合してちゃんとしたダンスになっておる。
歩いても歩いても足が短すぎて目的地が遠い歩行移動と違って、運動っぽく身体を動かすのは嫌いじゃないのよね。
右足、左足、左足、ジャンプ。
右手、左手、右手、右足……と見せかけてのクロス左足!
おお、こういうのも繋がるんだ。
楽しいかも~。
この辺りで、すでに30秒が経過した。
そんでもって私は、重要なことに気が付いちゃった。
あのさ、これさ、王様の前でこれを披露したら良かったんじゃないの? って。そうしたら、あの抹殺したい過去は生まれようがなかったはずで……いやいや、思い出してはダメよ、カロンくんの中の人。一度は忘れることにしたんじゃない。人間は、前を向いて生きていかなきゃなのよっ。
前向きが一番……あ、魔法使いのすき焼きさんがこっち見てるぞ。
にこってかわいい笑顔されたから、こっちもジャンピングタップしながら両手を振り返しといた。
そうこうしているうちに、情熱ダンスが終わる。
再詠唱時間のカウントが始まるのを見ながら、効果時間60秒って短いんだなあって思った。これは、パーティ組んだ人たちの動きや配置を予測して……あとは、他の職業のスキルも覚えないとダンスが死にスキル化しそうだな。
続いて、思い出ダンス。
「……しょうたいむ(やっぱり小声)」
ぱぱぱぱぱっ、と視界に数字の群れが広がった。
カロンくんを中心にして、数字がふよふよと回り始める。
試しにその内の一つを指でつつくと、2の数字がぱちんと弾け飛んだ。
と、同時にカロンくんの状態に「経験値+2%」が表示される。
ふむ?
足先でちょん、左手でちょん。
小さな数字が弾けるのが楽しくなって、私はくるくる回りながら、少しずつ数字を攻略していく。手前の数字を先に攻略しないと奥へ触れないようになっているらしくて、距離を見ながら手近な数字から潰していく。
+2%から始まった数字が少しずつ加算されていって、良い感じの経験値数にまとまっていく。1%だの2%だのと一つ一つは小さいけれども、加算されることによって5%……10%……と表示される数字が大きくなっていくのが何だか楽しい。
これも成功するとやっぱりダンスの形になっていて、開発者のこだわりに感心する。
残されたダンシング時間は、10秒ちょい。
――いけそう!
ノームが触れるぎりぎりのところを攻めたちっちゃい数字30を、ちょん!
獲得した数字が乱れ飛んで、パーティの中心にオレンジのどでかい「30」が表示されて、花火みたいに弾けて消えた。
あちゃー、派手だな!
「うわっ」
「何事ですか!?」
「!!」
チーム白百合さんたちを驚かせちゃった。
職業は種類がいっぱいあったし、踊り子は少なそうだもんなあ。もしかすると見たことがなかったのかもね。
「ごめんさ。でも、思い出ダンスで経験値+30%引いたよー」
「おっ。やるじゃん」
褒めてくれたのは、重戦士のちょびさんだった。
「これが踊り子のスキル。わりと面白そう……?」
これは、すき焼きさん。
確認すると、情熱ダンスの再詠唱時間はまだ半分くらい残っていた。スキルが2個しかないカロンくん、早くもできることがなくなる……うええぇ。
仕方がないから暇を持て余したカロンくんの中の人、バフの表示を確認したりしてみる。
すると、経験値+47%効果が残り40秒ほどとなっていた。この思い出ダンスなるスキルは、どうやら効果を決定するダンス時間が60秒で、効果時間も60秒ということらしい。何とも癖のあるスキル仕様だ。
あとは……カロンくんの体力が22から20になって、魔力が12から11になってた。
このゲームは立ち止まって休憩すると回復する仕様になっているから、それぞれスキルの再詠唱時間が終わるの頃には体力が21になって、魔力は12に戻っていた。
ありがたいけどこれ、ダンスの種類や数値が増えると考えてスキルを使わないとすぐ息切れしそうだな。……うん、なるほど。こういう時にキャンプなどの設置型回復アイテムが使われるのね。たぶん、無課金アイテムはゆっくり回復して、課金アイテムは高速で回復するとかなんだろうな。運営さん抜け目ない。
そんなこんなで安全地帯でたまにダンスを披露して、カロンくんはめでたくレベル4になりました。
ついでに、何とも言えないデザインのピンク色した魔法のステッキがドロップしたりして……試しにカロンくんが装備してみたら装備出来ちゃったということで、他の人たちが欲しがらなかったこともあって、『リリカルステッキ』さんをありがたく頂戴することになった。
同じく、木の枝も……100本あるんだけど……装備できちゃったから根こそぎ貰うことにする。
そんで、肝心のダンスの効果はというとだね。
まずは、情熱ダンス。
これは、どうやら治癒術士のスキルに似たような物理攻撃力アップ効果のスキルがあってですね……よって、スキルの効果を実感できたのは魔法使いのすき焼きさんだけだという残念な結果に。
続いて思い出ダンス。
これは、わりと好評だったんだけど……これって課金アイテムでも別にいいのよね。
最後は治癒術士のエリスさんがチヤホヤされて終わっちゃった。
なるほどねえ。
踊り子が流行らないわけだわ。
でもね、すき焼きさんからフレンド申請が飛んできて、フレンドになったよ。
やったぜ、フレンド三人目ゲットだぜ!
~天の声~
狩り場にやたらと通称名ができあがるのはなぜなんでしょうね。
最終的には上手いこと狩り方と狩り場が融合して通称名になるという。




