「良いだろう。ドワーフは漢のロマンだ」
初めてのクエスト『王宮からの依頼』を受注った途端に、タイミング良く舞踏士ギルド前に乗り付けられる馬車……アラビアンお姉様に抱え上げられた拍子に、巨大な何かにカロンくんの下膨れほっぺがうっかりとぎゅむって圧迫されながら、馬車に放り込まれる……なんぞ、これ。
強引っだな!
逃げる暇もありませんですよ。あー、もしかしてあれかな。カロンくんがチュートリアルクエストを自覚なく脱線しそうだから、AIが対応策したっぽい? あり得そうだな。
強引すぎて笑えるからもう何でもいいか。
馬車の小窓から外の様子を眺めると、カロンくんの足ではきつかった距離がまたたく間に後ろへと流れていく。
楽チンだ~! カロンくんの短足ぶりだと装備よりも何よりもまず、移動用に何か乗り物をゲットした方が良い気がしてきた。
馬車はまっすぐに延びた主街道をひた走り、カロンくんが難儀した坂道なんかも軽々と乗り越えて跳ね橋を渡りきる。城門をくぐり抜けて、そうして見えてきてたその先には、ある意味ではファンタジーの定番である白亜の城が在った。
「おー、お城の隣のあれは湖? きれーい」
馬車の小窓に張り付いてはしゃいでいると、くすくすと笑い声がする。御者のおっちゃんに聞こえてしまったようだ。
「坊ちゃん、あれは聖獣様のお家だよ」
「聖獣? 何かすごそうなのがいるんだね」
「すごそうじゃなくて、聖獣様はすごいんだ。くれぐれも聖獣様に失礼をしてはいけないよ。聖獣様は、我らが王国を守ってくださっておられるからの」
「めっちゃファンタジー!」
「ふぁんた……う、む?」
NPCが相手だと、話が通じたり通じなかったり。名前で色分けされているからNPCだってわかるけど、そうじゃなかったら私は鈍いから気がつけないかもしれない。
このゲームはぼっち用にNPCともパーティを組んで遊べるようになっているらしいから、これだけ高性能なAIだと楽しみで仕方がない。
……実は、NPCの中の人がアルバイトしているなーんてことはないよね?
「ほら、坊ちゃん。到着したぞい」
「はーい」
私は馬車の内部に設置されたベンチっぽい椅子からちょいって飛び降りて、馬車を下車する。
揺れがなくて快適だっただけに名残り惜しい。どこかの太っ腹な王様が乗り物をプレゼントしてくれたりしないものかね。
「わしが案内できるのはここまでだよ。ここからは、あそこにいる騎士様に付いて行くが良いぞ」
「あい。おっちゃんありと!」
騎士……って、あれかな。鉄っぽいフルアーマーに赤いマント。定番でわかりやすくて良いね。
てててっと騎士に走り寄って、「カロンです。踊り子です」と適当なことを言ってみる。
そしたら騎士さん、特に反応もなく「ご案内いたします」だって。NPCっぽいと逆に違和感があるとか、すごすぎ。
とか思いながら騎士さんの背中を熱心に見上げていると、騎士さんが「見るな……見るんじゃない……」とか独り言を言ってるし。
ん??
「騎士さん?」
「到着しました! こちらの控え室にてお待ちください!」
試しに騎士さんの足にぴとっとくっついてみたならば、騎士さんは「違う……俺はショタじゃないー!」って、逃げ去ってしまった。
うわあ。ショタって……。
騎士さんがイバラの道に迷い込まないことを祈ろう。
さて、と。ちょっくらここいらでがんばりますかねえ?
私はぐんと背伸びをして、五回屈伸運動をして、ふんっと気合いを入れた。
私はもう、カロンくんが異様に非力なことを知っているんだ。目の前にそびえ立つ控え室の扉は、このお城にはとってもお似合いなんだけど、何て言うかですね、こう……カロンくんが普通に使うのはたぶん無理だと思う。というか、背丈が足りなくて、ドアノブに手が届きそうにないというか。
こうなりゃ、実家の飼い猫直伝の跳びノブ回し作戦なんである。
私は十歩ほどドアから下がって、助走距離を確保。
スタートダッシュして、ドアの前で踏み切って渾身のハイジャンプ!
とうっ!!
右手がぺちっ。
かちゃっ。びたっ。
ふぁっ!
無事に開いたけど、しびれるぅ……。
どこがとも言い表せないくらいに全身がびりびりした。
「ちびっこよ……大丈夫か?」
「あい……」
大丈夫じゃないけど、大丈夫なことにする。カロンくんは男の子だからな!
親切な人に引き上げられた私は、相手の姿を見て目を丸くする。
「ドワーフだ!」
「おうっ。そういうちびっこはノームか? プレイヤーネームなのに勇者だな」
浅黒い肌のずんぐりむっくりとした髭もじゃの生き物が、白い歯を見せてにかっと笑った。
うん、まさにドワーフだわぁ。
ドワーフのあご髭のもさくて立派なことよ。見た者にどんだけ手入せずに放置されているんだろうと思わせる、無駄に作り込まれた表現力に感心した。
「勇者って?」
「知らずにノームを選んだのかよ。ノームは動きにくいだろう」
「……ああ……」
思い当たることがありまくりですね。しかもこういう言い方をされるってことは、定番化するほど地雷種族っぽいな。
「変な奴だな」
「良いもーん、好きに遊ぶんだもーん」
「ほう。そりゃまた俺らと気が合いそうだな」
「おれ……ら?」
疑問に思ってドワーフの後ろをひょいっとのぞき見してみると、そこには大量のドワーフが居た……一……二……三………………十四人も居るし。うわあ、さすがにむっさい!
私がどん引きしながら見ていると、筋肉むきむきの厳ついドワーフ集団はなぜか揃って笑顔でサムズアップ。皆さん揃ってノリが良いですね。
「恐いんだけど」
「良いだろう。ドワーフは漢のロマンだ」
「カロンくんお子ちゃまだから、まだロマンがわかんないかな……」
「ふーん?」
まじまじ見られてるから何かと思えば、システム音がぴこーん。
『安夢路からフレンド申請されました。登録しますか?』
はい いいえ
あむろ……良いけどさ。はい、と。
「よろしくねー。ところであむろっち。この控室で私たちは何をするのかな?」
「いきなり人懐っこい奴だな。クエストは受けたんだろう?」
「うん。初めてのクエスト……あ、そっか。読めば良いのか。ありと」
安夢路の手をぺっと追い払って、私は今更だけどクエストを確認した。
初めてのクエスト『王宮からの依頼』
ロイヤルファミリーの前で一発芸を披露しよう。運良く王様を喜ばせることができれば、褒賞品は思いのまま……かも?
かも? って……。
「これ、チュートリアルじゃないんだね」
「そう言うってことは、カロンもチュートリアルすっ飛ばして何かしていた口か。なるほど、いきなり妙なことになったとは思っていたが、これで派生条件が見えてきたな」
「おー」
「聞きたいか?」
「うん!」
「素直だな。これで女の子ならもっとかわいかっただろうに……」
「ろりこん!」
「……おそらくだが、このクエストはチュートリアルを素通りして何らかの条件が満たされた場合に派生するクエストだろうと思う」
「ほへー。何らかの条件て?」
「カロンは初心者っぽくないスキルや装備品に心当たりはないか? ……言える範囲で」
あー、言える範囲か。所持金を言うのはまずい気がするな。このゲームはPKありでかつ盗み行為ありなんだよね。リアル情報を漏らさないのは当たり前だとして、ゲーム内情報もあんまり言わない方が良いらしい。
「んっとねえ、私が着てるこれはカロンくんのぷりちー衣装その一、フリル紳士の一張羅ですよ!」
「ほう……あり得るな。俺たちも欲しかった衣装を全力でゲットしに行ったからな」
ぬ? 同類の気配がするぞ!
そう思った時だった。
控室にいかにもなメイド服を着たメイドさんが入って来て、一礼する。
「皆様方、お時間でございます」
メイドさんが言ったとたんに、視界がぱっと切り替わった。
「わっ」
「ひいっ」
「ぎゃあ」
「……」
「!?」
不意打ちすぎて、あちこちで悲鳴が上がっている。
カロンと安夢路は立ったまま話し込んでいたからまだ良かったけど、他の椅子に座ってくつろいでいたむきむきドワ集団なんて、いきなり椅子が消えて空気椅子状態だもんね。そりゃ野太い悲鳴も上がるよね。
「なんつー強引な……行ってくるわ」
「どこに?」
「先に俺たちの出番らしい」
そう言って、ドワーフな安夢路はにやりと笑い、おもむろにぶっとい拳を振り上げる。
どんどん、て足を踏み鳴らした。
「行くぞ野郎ども!」
『レッツショウタイム!』×14
どんどん、とドワーフたちが全員で地響きのような足音を踏み鳴らす。
そして、当然のように安夢路を筆頭にしてぞろぞろとドワーフたちが舞台袖からステージへと出陣して行った。自信がみなぎる雄々しい背中に、私は茫然自失状態だ。
――ナニコレ?
いきなり舞台袖にいるとかわけわかんないけど、でも。
ドワーフたちがかっくいーじゃないですか!
私が舞台わきでわくわくと見守る中、ドワーフたちの熱い漢舞台が幕を開けたのだった。
~天の声~
初めてのクエスト『王宮からの依頼』
どの職業であっても、チュートリアルクエストを素通りして、ある程度の装備が整ってしまった場合に派生するレアクエスト。条件を満たした上で各職業ギルドにて受注可能。
条件を満たせる職業が少ない上に、チュートリアルクエストも同じく「初めてのクエスト」と表示されるため、意外と気づかれていない。




