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前代未聞のダンジョンメーカー  作者: 黛ちまた
第一章 新しい生活のはじまり
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007.猫とパニーノ

 買い物を終えて城に戻ると、ラズロさんがエノコログサで猫と遊んでいた。


「おぅ、おかえり。良いもんは買えたか?」


 フルールに気付いたらしく、困ったように言う。


「アシュリー、おまえ、いくらスライムがテイム出来ないからってウサギはねぇだろ」


 ノエルさんが笑う。

 クリフさんは僕が買った荷物を机の上に置く。結構色々買ったから、かなり重い筈なのに、軽々と持ってた。さすが騎士。


「ラズロ、コーヒーをくれ」


「あ、僕も頂戴」


 ノエルさんはフルールをもふもふしている。つい触りたくなっちゃうんだと思う。

 僕も触らせてもらおうと思った瞬間、猫が僕に抱き付いてきた。


「ど、どうしたの?」


 にゃーとかみゃーとか一生懸命喋ってるけど、残念ながら分からず……。困っているとノエルさんが笑った。


「アシュリーがフルールを連れて来て、危機感を覚えたのかもよ?」


「危機感?」


 どうして?


「アシュリーを取られると思ったとか」


 分からないけど、と言ってノエルさんは笑う。

 そんな事は無いとは思うけど、くっついて離れない猫を抱きしめて撫でる。気持ち良さそうにゴロゴロと咽喉を鳴らす。可愛いなぁ。


「おまえもうちの子になってくれたら嬉しいのに」


 猫は顔を上げて、にゃ!と鳴くと、僕の腕から飛び降りた。猫は人の言葉が分かると言うから、僕の言った事が分かって逃げ出したのかも。

 僕の足元でちょこんとお座りすると、じっと僕を見てくる。

 ノエルさんが笑う。


「どうやら、アシュリーの子になってくれるみたいだよ。テイムしてみたら?」


 え? いいのかな?


「……ターメ」


 本日二度目のテイム。魔力が僕から猫に流れていく。

 フルールをテイムした後、魔力はかなり減っていたんだけど、ごはんをたっぷり食べたので回復していたので、大丈夫。

 相手がテイムされるのを拒絶すると、魔力が弾かれたり、倍の魔力が必要になったりする。

 引っ張られる感覚がなくなって、目の前の猫の額にテイムの紋章が現れた。


 名前、何にしよう。黒い猫だしなぁ。

 

「ネロ、おまえはネロだよ」


 に!と猫は鳴いた。


 ラズロさんが人数分のコーヒーを持って来てくれた。僕の分にはミルクが入ってる。ラズロさんは本当優しい。

 腰掛けるとネロが僕の膝の上に乗って来た。ネロを撫でながらミルクコーヒーを飲む。

 ぴょん、とジャンプしてフルールは僕の横に座った。


「それで、何でウサギをテイムしてきたんだ?」


 腰掛けながらラズロさんが聞いてきた。ノエルさんが笑いながら説明してくれた。


「ウサギに見えるだろうけど、正真正銘のスライムだよ、フルールは」


「は?」


 信じられないものを見るような目でフルールを見つめる。うん、無理もないと思います。フルールの擬態の完成度が高いから。


「スライムはテイマーの望む形に出来るんだよ。テイム後に姿を変えさせようと苦慮していた時にたまたまアシュリーの目の前に野生のウサギが現れて。それでアシュリーの頭の中がウサギでいっぱいになっちゃったんだろうね。それがスライムに伝わった結果が、これだよ」


「マジか……ゲル状でうろつかれんのかと思ってたからな、この姿は有難いが」


 恐る恐るラズロさんはフルールに触れる。もふもふとした感触に、怪訝な顔になる。


「……いや、ウサギだろう、これは」


「ウサギに擬態したスライムだよ」


 ラズロさんはフルールのあちこちを触る。


「それだけ触らせると言う事が、既にスライムである証拠だよ、ラズロ。いくらテイムされたからと言って、主人でもない人間にウサギは身体を触らせない。

コッコはラズロに触らせないだろう? 頓着しないのはスライムだからだよ」


 なんとも言えない顔になるラズロさん。そっとネロに手を伸ばすが、ネロはラズロさんに身体を触らせようとはしなかった。


「何でだよ。さっきあんなに遊んでやったのに。アシュリーにテイムされたらオレは用済みか?」


「彼女に捨てられた彼氏みたいな発言止めて、ラズロ」


 それを聞いて僕も笑った。




 僕が買ってきた荷物を片付けている間、トキア様が書類を持って食堂にいらした。ノエルさんから話を聞いて来たんだろうけど、本当に機密書類を処分したかったんだな……。


「トキア様、貴重な"核"をありがとうございました」


 フルールは一心不乱に書類を食べていく。紙だからかウサギって言うよりヤギみたいになってる。


「いや……こちらの都合を押し付けるからな、これぐらい大した事はない。それよりもこのスライム、消化速度が早いようだな」


 消化速度?


「スライムは時間をかけて体内に取り込んだ対象物を融解する。見た所、ちゃんと分解されているようだ」


「そうなんですね」


 うむ、と頷かれると、フルールの身体をマジマジと見る。


「もしかしたら擬態したこの形が良いのかも知れん。通常テイムしたスライムは若干形状を変化させはするものの、擬態までさせる事は無い」


 頭の良い方は難しい事ばかり考えるんだなー、と思いながら買ってきたタオルをたたむ。


「そう言えば洗濯はどうしてるんだ?」


「あ、魔法で」


「どうやる?」


「水と風の魔法を組み合わせて、水を回転させて水流を作るんです。その中に洗濯物と洗剤を入れると、汚れが落ちます」


 洗い終えたら一度水を抜き、水で濯ぐのを2回ぐらいやれば完了だ。それを今度は風だけの中で回転させて水気を切り、干す。


 じっと見つめられる。魔法師団の長からしたら、僕の魔法の使い方が許せないとか、あるかも知れない。


「アシュリーは魔力こそ少ないが魔法の才能があるな。……いや、魔力が無いからこその知恵か?」


 ううむ、と唸りながらトキア様は顎を撫でている。

 不意にトキア様のおなかが鳴った。


「トキア様、おひるは……」


「時間がなくてな。食べていない」


 フルールに全ての機密書類を食べさせ終えたトキア様は、執務室に戻られた。


 トキア様は忙しくてお昼も満足に食べない事がほとんどらしく。忙しいからこそちゃんと食べないと身体に悪いと思う。でも、どうやったら食べていただけるかな……。仕事の手を止めたくないから食べないんだよね……。

 仕事しながら食べられる物……。パンだけならそのまま食べられそうだけど、それじゃ栄養が足りないだろうし。

 

「あ! ネロ!」


 気が付いたらネロが畳んだタオルの中に潜り込んでいた。もー、猫って本当、こういうふかふかした中に潜り込むの大好きだよね。

 …………あれ? もしかしてコレ、使えるかも?


 厨房に立ち、簡単パンの準備をする。それから、野菜の切れ端を包丁で食べやすいようにみじん切り。肉を薄くスライスして、塩、胡椒を揉み込んでおく。

 簡単パンを丸く形を整えて、両手で挟んで潰し、熱したフライパンで焼いていく。生地の真ん中がぷっくりと膨らんできた。空洞部分が出来たから、これを半月になるように二つに切って、中に具を挟もう。


「あちちっ」


 焼き終えたばかりの簡単パンは熱いので、ちょっと置いておく。うん、本当熱かった。


「お? 何作ってんだ?」


 ラズロさんが食堂にやって来た。


「トキア様に、お仕事しながらでも食べれる料理をと思って」


「ほぅ?」


 フライパンで肉を焼いていく。おひるに沢山食べたのに、フルールをテイムしたからかお肉の焼ける良い匂いが鼻をくすぐる。うーん、食べたい。

 焼いた肉とみじん切りした野菜を、簡単パンの空洞部分に詰めていく。


「なるほどなぁ。これなら手を汚さずに食えるな」


「ラズロさん、味見してもらえますか?」


「おっ、良いのか?」


「はい」


 ラズロさんは片手でパンを持ち、頬張る。多分、トキア様が仕事をしながら食べるのを想定してだと思う。

 食べ終えてから、頷く。


「美味いな。手軽だし。これ、屋台でも売れるんじゃないか?」


「屋台だとパンも肉も用意しなくちゃいけないから、大変だと思います」


 残念そうな顔をするラズロさん。でも、屋台でこう言うのが売ってたら旅をする人とか、お仕事で時間がない人なんかには便利かも、と思う。


「美味い飯に、コーヒーでも付けて持ってってやろうぜ」


 そう言ってラズロさんはコーヒーを淹れてくれた。トキア様はコーヒー好きだもんね。

 出来上がったパンとコーヒーをワゴンに乗せて、僕とラズロさんはトキア様のいる魔法師団長室に向かった。


 パンに具を挟んだ奴を、トキア様はとても気に入ってくれた。

 何と呼ばれる料理なのかと尋ねられたけど、ネロを見て思い付きで作ったので名前は無いです、と答えると少し驚かれた後、パニーノと名付けてくれた。

 食堂が落ち着いてからで良いので持って来てもらえるかとお願いされた。ラズロさんは良いぜ、と答えていた。ラズロさんが良いなら僕に異論はない。

 良かった、これでトキア様、ちゃんとごはんが食べられるね。


 食堂に戻るとネロがタオルを引っ掻き回していた。


「ネロー!」


 叱ろうと思ったら棚の下に隠れてしまった。諦めてタオルを畳み直しているといつの間にか足元にやって来てて、僕を見上げてなぅー、と鳴く。

 ごめんなさい、って言ってるみたいで、叱る気持ちが何処かにいってしまう。


「ネロ用のベッドを作ってあげるから、もうくしゃくしゃにしちゃ駄目だよー?」


 分かっているのかいないのか、に!と鳴く。可愛い。


「そうだ、アシュリー、ネロにネズミの事を頼んでおいてくれよ」


 厨房に立って洗い物をしているラズロさんから声がかかった。

 あ、そうだった。

 ネロを見ると、僕を見上げる。


「ネロ、ネズミを見つけたらやっつけてくれる?」


 にゃん!と鳴くと長い尻尾をゆらりとさせた。

 少しでもネズミが減ってくれると良いんだけど。


 畳んだタオルを棚にしまい、シーツを交換する。

 

 色々と食べてもらう為にスライムをテイムした訳だけど、あまりにフルールが可愛いので、僕もラズロさんも頭を悩ませた。

 じゃがいもの皮とかを食べるぐらいなら良いけど、スライムは超絶雑食だから……。


「可愛いフルールが変なもの食べてる所とかは、見たくないなぁ」


 思わず口に出して呟いてしまう。

 コッコとネロがフルールを見つめる。







 その日はノエルさんとラズロさんが一緒に夕飯を取ってくれた。

 平日は夜も食堂をやってるけど、休日はさすがの食堂もお休みなのだ。やってもいいみたいだけど。

 いつもは休日には王都の馴染みの店に食べに行くというラズロさんは、僕が初めての休日だからと、一緒に夕飯を食べてくれている。

 今度連れてってやるよ、とラズロさんが僕の頭を撫でながら言った。楽しみ!


 フルールを捕まえに行っている間に、ラズロさんは色々と食材を買って来てくれたみたいで、氷室や棚に食材が増えていた。


「まだネズミの問題が片付いてないからな。少しずつ補充するしかねぇなぁ」


 ネロが捕まえてくれると嬉しいけど、ネズミは繁殖力の強い生き物だから、数が増えてると思われる今の状況からだと、しばらくはパンを犠牲にするしかないのかな。


 ネズミ避けの道具なんかもラズロさんは買って来ていたみたいで、厨房のあちこちに置かれていた。


 ナスでなんか作ってくれ、とラズロさんに言われたので、半分にスライスしておく。小麦粉とオイルとミルクでソースを作って、そこにしっかりと味を付けたひき肉を混ぜておく。

 ナスの上にソースとひき肉をのせて石窯で焼いていたら、トキア様がやって来た。


 ……休日なのに、家に帰らないのかな……? 帰れないとか……?


 焼き上がったナスの上にチーズを削ってのせ、火魔法で溶かしていく。

 カボチャは茹でて潰し、スープにする。

 ジャガイモは適当に切って、オイルで揚げて塩を振っておく。


 気が付いたら顔は知ってるけど、名前は知らない人たちも集まってて、ラズロさんと僕は厨房で料理を作ったり、食べたりした。

 ……食べ過ぎたー。


 食べ終えて後片付けをして、寛いでいた時にノエルさんがネロのおなかを撫でながら言った。


 「ネロの怪我はもう問題ないよ」


 良かった!

 ごはんも美味しそうに食べるし、高い所に登ったりして寛いでいたりもするから、だいぶ良いんだと思ってたけど、おなかの中の状態は僕には分からないから。


 みんなが帰った後、結構な時間になってて、慌てて寝る支度をしてベッドに潜り込んだ。

 コッコはお気に入りのカゴの中に。ネロはベッドの上。フルールは部屋の隅にいる。……スライムって寝るのかな……?


 猫もウサギも飼いたかったから、嬉しい。

 家族と離れて暮らすのはやっぱり、ちょっとした時に寂しくなるけど、ラズロさんにクリフさん、ノエルさんがいてくれるし、コッコにフルール、ネロが居てくれるからか、何とかやっていけそうな気がする。

 まだ、ダンジョンメーカーのスキルの事はよく分かってないけど。

 今の僕が気になるのは、トキア様に出すパニーノの具を明日はどんなものするか、と言う事。

 毎日同じ具じゃ飽きてしまうし、身体にもよくないと思う。明日は卵にしてみようかな。


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