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前代未聞のダンジョンメーカー  作者: 黛ちまた
第四章 魔女の国

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064.秘術

 ノエルさんが戻って来た。

 走って来てくれたみたいで、肩で息をしてる。


「お持ちしました」

「しばしそのまま持っておれ」


 分かりましたと答えて、ノエルさんは僕の隣に立った。


「では、パシュパフィッツェの弟子、アシュリーよ、我の魔力を水晶に吸わせよ」

「えっと?」

「魔力水晶を持ったまま、ダリアの手に触れればいいわ」


 分からないでいる僕にアマーリアーナ様が教えてくれる。

 差し出されたダリア様の手に触れると、何かが僕の中に入ってくるのが分かった。

 ダンジョンを閉じた時に、ダンジョンの魔力が入ってくるのに似た感じ。


「人は魔力を己の中で作ることはできても、他から得ることはできぬ。ただし、例外はある。それがダンジョンメーカーというスキルだ」

「ダンジョンを作ったり消すだけじゃないんですね」

「ダンジョンを作るために魔力を放出し、ダンジョンを消す折には魔力を吸収する。それは、どれほど強いと言われる魔法使いもできぬことぞ」


 ノエルさんを見ると、頷いていた。

 

 ……そうなんだ。そんな風に思ったことなかった。


「そなたは更に異質だ。テイマーの力を持つが故に精霊はそなたを忌避する。そなたが魔法を使おうとしても手を貸さぬ。だからこそそなたの中に宿る魔力は混じり気がなく、我ら魔女と変わりない」


 分かるような、分からないような。


「魔女は精霊の力を使わないんですか?」

「魔女は己が魔力を少し分け与えることで精霊を使役する。使役せずとも魔法は使える。魔法使いは精霊の力を身に取り込み、魔法を使う」


 なるほど、全然違う。


「ダンジョン内の魔力はまた、我らの魔力とも僅かに異なる。魔力の密度といえば分かりやすいか。閉ざされた空間故か魔力の密度が増し、結晶となるのだ」


 僕の中に入ってきたダリア様の魔力をトラスの中に注ぐ。

 水の中にいるわけでもないのに、溺れてしまいそうな感覚がする。勢いよく入ってくるからだろうか。


 トラスの中に細かい線が入っていく。割れてしまうのかと思ったら、そうじゃなかった。

 どんどんどんどん吸い込んでいくのに、ダリア様は平気な顔をしている。


「魔力なぞ溜まるばかりで使い道がないと思うていたが、このためであったのかもしれんな」


 トラスは空に浮かぶお陽さまのように光を放っていた。


「では、その魔力水晶にミズルの種を植えるのだ」


 植える?

 

 不思議に思いながら、ノエルさんからミズルの種を受け取る。

 水晶トラスの上に種をのせると、トラスの中の光が種に向かって動いていくのが見えた。

 トラスの光が減っていくかわりに、種から芽が出て、ぐんぐん成長していった。種から出た根っこはトラスを包むように伸びている。

 魔力のほとんどを吸われてしまったトラスは、もう光らなくなってしまった。代わりに、花が咲いた。


「咲いたならば、花を摘め。傷付けぬようにそっと」


 言われた通り、そっと花の部分だけを摘む。


「花の蜜をパシュパフィッツェの口に入れよ。

なに、花を傾ければこぼれるから案ずるな」


 摘んだ花をパフィの口元に持っていって、花を傾けた。キラキラ光るなにかがパフィの口の中にこぼれ落ちてく。


「パシュパフィッツェが魔力の流れを止める毒を作っていると知ってから、その逆となるミズル草を作ろうとしたのだが上手くいかなんだ。蜜があふれるほどに魔力を溜め切れず、群生して魔力を吸うしかできなくてな。

それを、そなたたち人の子が作り上げてくれた。感謝しておる」


 ダリア様が目配せをすると、アマーリアーナ様とヴィヴィアンナ様が頷いた。

 三人の魔女はパフィを囲むようにして立つと、片手を空に向けて上げ、もう片方の手を胸のところに。


 アマーリアーナ様が鈴を鳴らした。

 ヴィヴィアンナ様も鈴を鳴らし、ダリア様も鈴を鳴らした。順番に鳴らしていく。

 僕には分からない言葉を三人の魔女は唱え始めた。

 低い声が、重なったかと思えば、別々の高さの音になる。呪文のはずなのに、歌っているようにも聞こえる。不思議な、呪文。


「信じられない……まさか魔女の秘術をこの目で見られるなんて……」


 ノエルさんが呟いた。


「魔女の秘術?」


 尋ねると、ノエルさんは頷いた。


「魔女しか唱えられない、理を超えた術だと聞いたことがあるよ」


 鳥肌が、と言ってノエルさんは腕をさすった。


 魔女の秘術。

 どれだけ凄いものなのか僕は分からないけど、ダリア様たちがパフィを助けてくれるのなら、嬉しい。


 ダリア様たちの身体はぼんやりと光ってる。光は霧が足元から忍び寄るようにゆっくりと動いて、パフィの身体を包んでいく。


 手を合わせて祈る。

 神様、パフィを助けてください。

 お願いします、神様。













 長い長い呪文が終わったのと、パフィの声がしたのは、同じぐらいだったと思う。


「まさか、我が同胞がこれほど愚かとは思わなかったぞ」


 目を開けると、起き上がったパフィがいて、僕は我慢できなくて抱きついた。パフィは僕を引き剥がしたりしないで、背中を撫でてくれた。


「理を捻じ曲げたのだ。いくら魔女といえどその代償は大きかったはずだ」


 咎めるようなパフィの言葉に、三人の魔女は楽しそうに微笑んだ。


「なに、少し不自由なほうが楽しいというものだ」

「そうそう」

「問題ない」

「まったく……」


 パフィは呆れた顔をしているけど、嫌そうじゃなかった。


 いつの間に入ってきたのか、白銀の狼がいた。キルヒシュタフ様の棺の隣で丸まっていた。


「キルヒシュタフの使い魔ね」


 使い魔は、主が死ねば死んでしまうという。

 狼は主の元まできて、眠ったんだろうな。

 パフィは立ち上がると、狼に近づいた。


「寂しがりだからな、キルヒシュタフは」


 そっと狼の身体を撫でる。


「……母を、頼む」


 泣き出した僕を見て、パフィが呆れた顔をする。


「おまえが泣くことではないだろう」

「だって」


 黒猫マグロが走ってきてパフィの足に身体を擦り付けて甘える。


「さて、動けなくなる前に帰るとするか」

「そうね」


 ダリア様は七色の尾羽を持つ鳥に乗った。アマーリアーナ様は白と黒の大蛇の頭の上に。ヴィヴィアンナ様は角の生えた純白の馬にまたがった。


 パフィは三人の魔女に頭を下げた。


「我が同胞、我が姉たちよ。助けてくれたことに心からの感謝と敬愛を」


 ダリア様がにやりと笑う。


「気にするな。長く生きればかようなこともあろう」


 それから僕を見る。


「アマーリアーナから聞いたが、アシュリーの作る料理はなかなかに美味いらしいな。遠くないうちに食べにくる」

「来るな」


 すかさずパフィが止める。


「今度の魔女の会合、ここでやりましょうか」

「来るな」

「楽しみだ」

「帰れ」


 さすがのパフィも、この三人には敵わないのかな。からかわれてる。

 おかしくて笑っていたら軽くおでこを叩かれた。


「人の王に告げよ」


 ノエルさんに向けてダリア様が言う。


「我らが同胞を助けてくれた恩、必ず返す。魔女は約束は違えぬとな」


 ダリア様の乗る鳥が羽を広げ、羽ばたかせた。

 飛んだと思ったら、もういなかった。


「私たちも帰るわ」

「また来る」


 大蛇のしっぽがガラガラと音をさせて揺れて、パッと二人の魔女は消えた。


「まったく……余計なことばかりしおって……」


 ため息を吐いて、パフィは僕を見た。


「腹が減った」


 いつもと同じパフィに、泣きそうになる。


「いっぱい作るね」

「肉は多めでな」

「分かってるよ」







 王都の端っこに、墓地がある。

 そこにお墓を建てさせてもらった。


『魔女は滅べば肉体は消滅するのだから、墓など要らぬというに』


 パフィは何故か黒猫の姿で僕に抱っこされてる。

 たぶん、自分で歩くのが面倒くさいんだと思う。


「お墓は、残された僕たちのためにもあるんだってダグ先生が言ってたよ。会いにこれる場所があるって、いいことだと思う」


 そこに、なにもなかったとしても。

 お墓はキルヒシュタフ様と、使い魔と、冬の王のもの。

 春になったから、今年も沢山の花が咲いた。

 広場で売られていた花を買って、キルヒシュタフ様たちのお墓に供える。


 あの後、僕はパフィになにも聞かなかった。

 ノエルさんも、みんな。

 ティール様だけ聞こうとして、ノエルさんとラズロさんに叩かれていたけど。


「スオウの花見、楽しみだね」

『うむ。朝から晩まで飲むとは、なかなかに良い祭りだ』


 今回も皆で丘の上に集まる約束をしてる。


「パフィ」

『なんだ』

「はい、これ」


 魔力を使い切ってしまった魔力水晶トラスは、砕けてしまった。その破片を使ってお守りを作った。

 なんの力もないから、お守りっていうのも変なんだけど。


『砕けた魔力水晶か』

「うん」

『……おまえは水晶にまで名付けていたからな』


 冬の間にもう一度アマーリアーナ様がやってきて、僕にだけ教えてくれた。

 魔力水晶トラスには、意思が生まれていたって。限界を超えるダリア様の魔力を吸い込んだのは、トラスの意思だと。僕のパフィを助けたいという思いをトラスが叶えたいと願ったんだろうって。

 魔力をミズルに注いだだけでは、あんなにもミズルの花は光るはずがなく、花の蜜で毒は消せても、パフィの中の時を動かすには、足りなかった。

 生きる意思を失っているだろうパフィの心を開かせるのは難しかったに違いない、そう言っていた。


 あの秘術がどんなものだったのかは、想像しかできないけど。


『まぁ、持っておいてやろう』

「うん、そうして」


 僕も首から下げてる。

 ノエルさんも、ティール様も、クリフさんも、ラズロさんも、みんな持ってる。


「ダリア様がね、僕に聞いたんだよ。何故生きるのかって」


 キルヒシュタフ様が孤独だったように、ダリア様も孤独だったと思う。


「僕の答えはね、生きることに意味はない、なんだ」

『おまえらしい』

「そうでしょ」


 猫のパフィを抱き上げる。


「意味がなくても、僕たちは生きるんだよね。楽しいことも悲しいことも、嫌になることも沢山あるけど。

生きることを、正解とか失敗って目で見たくないって思って」


 パフィはなにも言わないで、僕をじっと見てる。


「明日、なにが起こるか分からないでしょ? だからって今をがむしゃらに生きるっていうのは、僕にはちょっと合わなくって」


 僕は僕なりに頑張ってる。人から見たら足らないものばかりかもしれない。

 でも、ラズロさんが教えてくれた。

 進むことだけがすべてじゃないって。


「だから、今を楽しみたいなって、思う」

『そうか』

「うん」


 スオウの花びらが風に舞って飛んでくる。

 春の風は暖かくて、どこか甘く感じる。


「僕たちはパフィより早くにこの世を去るでしょ。それは変えられないから、パフィが寂しくならないように思い出を沢山、皆で作ろうね。そうしてる間に新しい皆がパフィの周りに集まるから、そうしたらパフィは寂しくないでしょ?」


 パフィは僕の腕から飛び降りて、元の姿に戻った。


「……キルヒシュタフと同じように、孤独を感じたことはあった。どれだけ親しくなっても、心を砕いても、人は皆、先に逝く。

人よりも多くのものを持っているはずの魔女が、置いていかれる気持ちを味わうのだ。実に、滑稽だろう」


 背中しか見えないから、パフィがどんな顔をしてるのか分からない。


「人は弱く、愚かだが、強い。限りあるからこそなのか、命を瞬かせる。それは、我ら魔女にはないものだ」


 魔女が羨ましいって言う人は多いと思う。でもその魔女は人を羨ましいって思ってる。


「この前読んだ本にね、人は死ぬと魂が光になるって書いてあったんだよ。身体がなくなっても、僕たちはパフィのそばにいるってことだと思う」


 パフィはまた黒猫の姿に戻って、僕に向かって飛んできた。


『寝る』

「うん」


 目を閉じてるから、多分なんだけど、パフィは泣くのを我慢してる気がした。


 パフィには、僕たちだけじゃなく、ダリア様もアマーリアーナ様も、ヴィヴィアンナ様もいる。

 寂しさがパフィを苦しめないといいな。

 

 どんなに強い力を持っていても、どんなに優れたものを持っていても、一人で生きていくのはつらいから。

 



 広場に着くと、手を振ってる人が見えた。

 ラズロさんとノエルさん、ナインさんとティール様、クリフさんだった。

 増えた魔術師たちのために、色々用意しなくちゃいけないって言ってたから、皆で手分けして買い出しに来たのかな。


「ほら、パフィ、皆が手を振ってるよ」

『言われんでも見えている』

「おかえり、パフィ」

『……なんだ、改まって』

「ちゃんと言ってなかったから」


 伝わったかな。

 おかえりって、ここが帰ってくる場所だから言われる言葉だって。


 村も、王都ここも、パフィの帰る場所だよ。

 きっと村の人たちはパフィに言うと思う。

 おかえりなさい、魔女様って。


 だからね、パフィ、泣かないで。


「出店で買い物していこうか」

『そうだな』

「帰ってから食べる? 食べながら帰る?」

『……どちらでも構わん』


 ノエルさんたちに合流すると、皆が笑顔で言った。


「二人ともおかえり」

「早かったな」


 腕の中のパフィは、ちょっとだけ僕の服に顔を擦り付けてから言った。


『戻ったぞ』


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― 新着の感想 ―
[良い点] 全体を通して本当にいい話だと思う。 ほのぼのとした物語からこんなに心揺さぶられるようなストーリーになるとは思わなかった。
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