060.毎日は突然壊された
ベッドに潜り込んで、魔力水晶に話しかける。
答えはないって分かってるんだけど、言いたくなって。フルールは裏庭ダンジョンにごはん食べに行ってるし、ネロは殿下の元に行ってるみたい。僕の部屋と違って殿下の部屋は冬でもあったかいから。
それに、殿下が風邪をひかないようにくっついてるんじゃないかな。気がつくとネロは殿下が具合が悪い時にそばに行ってる気がする。
「五百年前になにがあったんだろうね」
トラスに話しかけると、キラと光った気がした。
パフィとはなんの関係もないといいな。
たまたま、その時期に色々重なっちゃった。
なんでこんなに気になるんだろう。なんでこんなに胸騒ぎがするんだろう。
「不幸なことが起きないといいんだけど」
その日は、城の中の空気がピリピリしていた。
ラズロさんに何があったのか聞いたけど、ラズロさんも何も知らないみたいだった。
「城全体に緊張が伝わってるって感じだな。嫌な予感しかしねぇよ」
……緊張。
なにかがあったのかも知れない。
食堂は城の奥にあるから、いつもなら静かなのに、ここにいても走ってる足音が聞こえて来る。それも何人もの足音。兵士たちが着てる鎧の、ガチャガチャという音も。
それから間もなくして、城の見張り台から大きな音がした。
耳に刺さるような高い音で、胸がざわざわする。
「……嘘だろ」
廊下のほうから、急げ! と叫ぶ声が聞こえてくる。さっきよりも足音が多くなる。
「ラズロさん、今の音」
ラズロさんの手が僕の肩を掴んだ。
「戦争を知らせる合図だ」
身体がぎゅっと縮こまるのが分かった。
心臓が痛いぐらいにドキドキいってる。
「アシュリー、おまえ絶対トラスを離すなよ。いざとなったら裏庭のダンジョンに飛び込め」
「はい」
のどが一瞬でカラカラになった。
戦争?
どうして??
僕の頭の中は、なんで、どうして、そんな言葉でいっぱいだった。
ラズロさんは大きくため息を吐くと、厨房に入って行った。包丁を武器にでもするのかな……。
「アシュリー、無理にとは言わんが、出来たら手伝ってくれ。魔法使いも騎士も兵士も魔術師も、腹を空かせるだろうからな」
ラズロさんの言葉にはっとする。
そうだ。戦争ってことは、皆が戦いに行くってことだ。おなか空くよね、魔法使ったりしたらおなか空く。
走って厨房に入り、ラズロさんに言われたとおり、料理をしていく。
食べやすいものを、沢山作らないと。
「アシュリー、おまえも食っておけよ」
「僕ですか?」
「最悪の時は、城だけじゃなく、城下の奴らを避難させるためのダンジョンを作ることになるかも知れないからな」
皆を避難させるための、ダンジョン。
僕が、攻めてきた人たちは入れないようにと願えば、城の皆や城下町の皆を守れるということ?
「おまえの力が、人にとって不利益なものじゃないことは皆もう分かってんだろ」
危険だって言われて、ここに来ることになった僕のスキル。
「……どんなもんもな、使う人間の心次第なんだよ。包丁で人を刺せるだろう? でもそうは使わないな。美味いもんを作るために使う」
話しながら、ラズロさんはどんどん料理を進めていく。
「道具もスキルも、人の心一つで決まるんだよ。どんな便利なもん持ってたって使わなきゃ意味がねぇ。危険といわれるもんだって使わなきゃ無害だ。
アシュリーがそう使わなきゃいい、赤の他人がギャーギャー騒いでも気にすんな。気にする価値もねぇよ」
「……はい、ありがとうございます、ラズロさん」
昼過ぎ。
いつものように皆は食堂に来なかった。来れなかったのかも。
魔法師団の人たちや騎士団の人たちが、僕たちが作った料理を受け取りに来ては去って行く。
皆の顔にはいつもの笑顔はなくて、それが、これは夢じゃないんだって思わされる。
「……戦争ってのは、最初の一週間で大体が決まると言われてる。始めに大打撃を与えて、相手の戦意喪失を狙うんだ」
国はギルドや商人たちに値段を釣り上げることを禁止したんだって。値下げは求めないけど、値上げは許さないみたい。
「そういえば魔女様はどうした?」
「寝てます」
ふらりと戻ってきたパフィは、僕の部屋でずっと眠ってる。声をかけても心配するなと言って、なにも話してくれない。
「雪の中、どうやってここまで来たんでしょう?」
攻めてきたのは、やっぱりというか、北の国で。
王都をぐるりと囲む城壁の外には北の国の兵士が取り囲んでいるみたい。
「それだよな。途中には村もあっただろうからな」
簡単パンに具を挟んで、バスケットに入れる。
怖くて食堂から出られない。
城の他の場所や、城下の人たちはどうしてるんだろう。
こんな時どうすればいいのか、僕は分からないから、ラズロさんがすることを教えてくれるので、ほっとする。
遠くで大きなものがぶつかり合う音が聞こえる。人の、叫ぶ声も。
心臓はいつもと同じように動いてると思う。でも、いつもこんなだったっけ? って思ってしまう。
当たり前にしていたことが、分からなくなってしまった。
「腹が減ってなくても、時間になったら食え、喉も潤せ。頭がついてってないだけで、いつもと変わらずに腹も減ってるし喉も乾いてるからな」
「……ラズロさんは、落ち着いて見えます」
ラズロさんの手が僕の頭に触れそうになって、触れない。トラスを身体から離すなって言われてるから、ラズロさんからは僕に触れられない。
「アシュリーがいるからな」
「僕ですか?」
「守らなきゃならない相手がいるのに、慌ててらんねぇだろ」
「でも僕にはトラスがいます」
「それでもだよ。それでもオレはアシュリーを守るんだよ。大人だからな」
何かがあっても僕は、多分大丈夫だって、思う。
ラズロさんのほうがきっと危険なのに。
「自分より弱い人間を守らないで自分だけ助かろうなんて思うほど落ちぶれちゃいねぇよ。まぁ、クソ生意気なガキなんかはしらねぇけどな、悪い大人だから」
「僕、大人になったらラズロさんみたいになりたいです」
「オレとしては嬉しいけどな、皆が泣いて止めると思うぞ?」
そうかな?
でも、ラズロさんのこと、皆はそう思ってないと思う。きっと好かれてる。だって皆、ラズロさんを真っ直ぐに見るもの。
戦争が始まって一週間。
ノエルさんが食堂にやって来た。たった一週間なのに、何ヶ月も会ってなかった気がする。
「アシュリー、大丈夫?」
疲れた顔をしてるのに、僕の心配をする。
「僕は平気です。ノエルさんのほうが、ずっと大変ですよね」
危険な目にも遭ってるんだろうと思う。
ノエルさんもクリフさんも、強いからきっと、頼りにされてしまうから。
皆、傷ついたり……死んじゃったりしてないよね……?
「疲労は蓄積してきてるけど、計画通りに進んでいるからね、大丈夫」
計画通り。
その言葉にほっとしてしまう。
「オブディアン、そなたもここに来たのか」
殿下とクリフさんもやって来た。
ノエルさんが礼をするのを、殿下が手で止める。
「私も息抜きがしたくなった。
それに、話さなくてはならないからね」
殿下がカウンターに座り、その後ろにクリフさんとノエルさんが並んで立つ。
二人の顔色は良くない。
「アシュリー」
「はい」
「本来なら食堂で働くそなたに話して聞かせる内容ではないんだけれどね、そなたには話しておかねばならない」
僕に話さなくてはならない?
「奴らの目的はそなただ」
「…………僕、ですか?」
背中がザワザワする。
心臓がドキドキして、頭にもやがかかってく。
「ダンジョンメーカーの力を使って作った魔力水晶。それを求めている」
トラスを?
「それから、そなたのスキル」
思わず、服の上からトラスを握ってしまう。
トラスは、ヴィヴィアンナ様が未来を見るために魔力を必要として、僕が魔力を注いでいるもの。
魔力の塊。魔法使いには使えないって聞いてたけど、北の国と関わりのある氷花の魔女 キルヒシュタフ様なら使えるから?
「今夜にも、冬の王がここに到着する」
「冬の王が?!」
北の国と西の国が戦っているんじゃなかったの?
どうしてこっちに?
「我らが東西の国と手を組み、こちらに向かうよう仕向けた」
「どうしてですか?」
「パシュパフィッツェ様のご意向だ」
「パフィの?」
「今夜、パシュパフィッツェ様が冬の王を滅ぼす予定だ」
僕の頭が理解できないうちに、新しい情報を殿下から聞かされて、考えが追いつかない。
「北の国との関連はあるんですか?」
僕の横に立ったラズロさんが殿下に質問する。
殿下は頷く。
「無論だ。今攻め込んで来ているのは北の国だから。冬の王を誘き寄せるエサとして使っている」
誘き寄せるエサ?
魔法使いたちが来てるってこと?
「北の国が戦争の奴隷として使う魔術師たちの多くは我が国が保護し、今は軟禁している。双方の国には冬の王が北の国の王都を目指すように、わざと逃げてもらった」
今回も冬の王が北の国に現れるのは分かっていたことで、僕たちの国に支援を求めて来ないことも分かっていたんだって。
南の国は他の国を通過しないと北の国に向かうことはできないから、支援には参加できない。軍隊が自分の国に入ることを西の国も東の国も許さなかったから。
西の国と東の国が冬の王討伐に参加したんだけど、北の国の人たちは自分たちはなにもしないで、押し付けたらしい。
西の国と東の国は戦闘に押されているように、北の国の王都のある方向に少しずつ移動していった。
王都に近づけば、魔力を多く持つ貴族、魔法使いたちに冬の王が気付くのはすぐだったみたい。
西の国と東の国の兵たちに目もくれず、王都が冬の王によって攻め込まれて。いつもなら囮だったり、戦闘に駆り出される魔術師たちの多くは逃げて、いない。
北の国はキルヒシュタフ様に助けを求めたのかな。分からないけど、北の国の偉い人たちは王都を捨てて逃げて、こっちに向かったんだって。
「自分たちが本気を出せばこの国を落とすなど造作もないと思ったんだろう」
ため息を吐き、蜂蜜たっぷりのミルクを殿下は口にする。
「彼奴らはこの国を落とし、そなたの持つ魔力水晶をキルヒシュタフ様に献上するつもりなのだろう」
「いくらなんでもそれは……」
僕たちの国を馬鹿にしすぎなんじゃないだろうか。
いくら魔力を沢山持つ魔法使いが多いって言っても、魔術師たちや他の国に押し付けてなにもしてこなかったのに。
その人たちは魔法を使ったことがないの? 使えばすぐに分かる。加減が難しいって。
何も考えないで使えばすぐに魔力が尽きてしまう。僕は魔力が少ないから威力がないけど、魔力をあるだけ使っていたらすぐに空っぽになっちゃうのに。
「途中の村々は、奴らに襲われないように目隠しの術をかけてあるから無事だよ。魔力のある者は保護してあるからね、追いかけてきた冬の王に目をつけられることもない」
ノエルさんが教えてくれた。
良かった。本当に。
北の国の酷さは何度も聞かされていたから、途中にある村がどうなってしまったのか気になっていたから。
「開戦から一週間。この過酷な環境下で、なにも考えずに力を使ったあの者たちにはもう、なす術はない」
自分たちが助かるために簡単に国を捨てて、他の国に戦争をしかける。
なんて酷い。そんな人たちだからか、この寒空の下にいるとしても、まったく可哀想に思えなかった。
「西の国、東の国、我が国が派遣した兵士によって占拠され、北の国は滅ぶ」
北の国が滅ぶ。
「今夜、パシュパフィッツェ様によって冬の王も滅ぶ」
冬の王が、滅ぶ。
じわりと僕の中にその言葉が染み込んでくる。
「アシュリーには、魔力水晶を持ってパシュパフィッツェ様と共に冬の王に近づいてもらう必要がある。
いくら魔力水晶に守られているとは言え、無理を言ってるのは分かっているが……」
殿下が頭を下げる。
「後方から我らも援護する。そなたを傷つけさせない。行ってもらいたい」
「パフィが考えましたか?」
顔を上げた殿下が、そうだ、と答えて頷く。
「僕、行きます」
パフィが来いと言ったなら逃げても無駄だし、トラスにかかった呪いは、この時のためなんじゃないかと思った。




