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前代未聞のダンジョンメーカー  作者: 黛ちまた
第一章 新しい生活のはじまり
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006.スライムとウサギ

 猫は日中、僕の部屋のベッドで眠っているけど、僕の手が空くといつの間にか僕の元にやって来て、膝の上で眠る。


「テイムする必要もないぐらいに懐いてんじゃねぇか」


「うーん……今はまだ完治していないから、比較的安全に見える僕の膝の上にいるのかも」


「アシュリー、おまえ、意外に冷静なのな」


 ラズロさんの言葉に僕は苦笑した。


「野生の動物は、その辺の見極めが得意ですよ。元気になったらぷいっといなくなったりもします。

これまでもそんな感じで鳥を助けた時も、怪我が治ったら飛んで行っちゃいましたし」


「野生動物には恩情とかねぇのかよ……」


 思わず笑ってしまった。


「恩を返してもらいたくて助ける訳じゃないから、いいんですよ」


「アシュリーはちょっと良い子過ぎだ」


「そうですか? 多分、何も考えてないだけだと思います」


 ネズミの被害は続いているものの、もっぱらパンに集中している為、放置しておく。コッコには引き続きパン屑を食べてもらっている。


「アシュリーのお陰で腸詰も卵もミルクもキレイに使いきったからな。ようやく食材を買えるぜ」


 前にいた料理人の人達が大量に買い込んでいた食材を、捨てる事なく消費出来て、本当良かった。


 トキア様はコーヒーがお好きなようで、毎日飲みにいらっしゃるようになった。

 ノエルさんもクリフさんもお昼は必ず食べに来てくれる。

 僕の料理を美味しいと言ってくれるので、嬉しくなる。

 村にいた時、家族も美味しいと言ってくれて、明日も美味しいご飯を作ろうって思えた。


 みんなが美味しそうに飲んでるコーヒーを、僕も飲んでみたくて、ワガママを言って飲ませてもらったんだけど、あまりの苦さに衝撃を受けた。 

 何コレ?!


「ばぁーか、だからおまえにはまだ無理だって言っただろう」


 そう言ってラズロさんは意地悪な笑みを浮かべる。


 苦いものを苦くなくするには、甘いものを入れると良いと思うんだけど、砂糖は高いし……。

 ……そうだ!


 厨房からミルクを持って来てコーヒーに注いで、スプーンで掻き混ぜる。

 飲んでみる。……うん、苦味が緩和された!


「おまえは本当に、突拍子も無いなぁ……」


 何故かラズロさんに呆れられてしまった。


「明日スライム狩りの後、少し街中でも見て来いよ。

生活に必要なもの、買って来い」


「はい、ありがとうございます」


 最低限の物しか持って来ていないから、実際買い物は必要なんだよね。

 シーツの替えが欲しいし、下着類も増やしたいし、室内用の履物も欲しい。石鹸もだし。

 うーん……王都での買い物って初めてだけど、お金足りるかな?




 ノエルさんとクリフさんが迎えに来てくれて、一週間ぶりに城を出る。

 食堂には色んな人が来るから、少しずつ顔見知りの人が増えてきた。あまりに人がいすぎて、僕の方はまだ覚えられてないんだけど。


 そして今日もまた、僕はクリフさんに抱き上げられている。僕の足の速さに合わせると時間が足りないって事だよね、きっと。


「先にスライムをテイムしに行こうか。大分寒くなってきたから、暖かい内に済ませようね」


 ノエルさんの言葉に僕は頷く。

 今はりんごの収穫の最盛期だ。それが終わる頃には冬に入る。

 お城での冬は初めてだし、どれだけ物を用意すれば良いのか分からない。


「アシュリーはスライムの事をどれぐらい知ってる?」


「えっと、以前村にテイムしたスライムを連れてる人がいたから存在を知ってるぐらいで、何でも食べてしまう事しか知らないです」


 ノエルさんの説明によると、スライムとはゲル状の不定形の流動体なのだそうだ。

 えーと? じゃあ、村で見たあの生物は一体?

 なんか丸くて可愛かったし、不要なものを食べてくれるのもあって僕もテイムしたいと思ったのに。


「スライムは本来、近くを通った生き物を捕獲して溶解吸収するだけの生物なんだ。でもこれだとテイマーには使役し辛いからね、スライムみたいな思考回路の無い生物には"核"と呼ばれるものを埋め込んで、テイマーの意思を伝達出来るようにするんだよ。そうすると、テイマーの望む形状にもなれるんだ」


 へーっ! そうなんだ!

 だから村で見たスライムは丸かったんだ。


「ノエルさんは物知りですね! 本当にスゴイです!」


「そんな事ないよー」


「ノエル、眉尻が下がり過ぎだ」


 呆れ顔のクリフさん。

 どうやら、ノエルさんは褒められたいみたい。

 頑張ってるのに、天才だから当たり前と思われて褒めてもらえないのは悲しいんだろうな。

 僕的にはむしろ親近感が湧いてしまうけど。


「いいの。

いくつか"核"を持って来たから、後で渡すね」


「はい、ありがとうございます。"核"はどうやって手に入れるんですか?」


 ノエルさんの動きが止まる。クリフさんと目を合わせると、何事もなかったように歩き出す。


「お昼は屋台の料理を買い食いしようねー」


 誤魔化されたような?

 えっと、もしかしなくても、"核"って高額なんじゃ……?


 ノエルさんが吹き出す。


「大丈夫だよ、アシュリー。"核"はピンキリなんだよ」


 それで、僕に渡そうとしている"核"はピンなのでしょうか、"キリ"なのでしょうか?


「王城内にスライムを入れる事になるからね、正直に言えば、かなり良い"核"だよ」


 やっぱり!


「お金、お支払いしますっ」


「これはトキア様からアシュリーへの贈り物だよ」


 トキア様から?

 どうして僕に?


「トキア様は機密文書の廃棄方法に苦慮されていてね。王城内のアシュリーの元にスライムがいれば、食べさせられるでしょ? それ目当てみたい。

アシュリーの為と言うよりトキア様ご自身の為だから、気にしないで良いと思うよ」


 うんうん、とクリフさんも頷く。

 そう言うものなのかな……。

 でも確かに、魔法師団の団長さんともなれば、表に出来ない書類なんかもあるのかも知れない。


「それなら良いんですけど……」


「人の好意は素直に受け取っておくと良い」


 ぐりぐりとクリフさんに頭を撫でられた。




 大通りを抜け、王都を囲む城壁までやって来た。

 守衛の兵士さんに挨拶をして王都の外に出る。


「スライムはダンジョンや洞窟にいるんだよ。この辺だと森の中にある洞窟が良さそうだね」


 森の中に入ると、木々が不意に濃くなる場所に辿り着いた。


「あったあった。さ、入ろう」


 王都からそんなに遠くない場所にあるだけあって、危険は少ない洞窟なんだろうか? それともこの二人が規格外?

 前者であることを祈りつつ、クリフさんの後ろに続く。


 先頭はクリフさん。次は僕。後ろにノエルさん。


「クリフ、前方十一時の方角に気配がする」


「分かった」


 ノエルさんの言う気配と言うのは、索敵スキルと言う奴かな? 猟師は索敵スキルがあるのとないのとで大分違うって父さんが言ってた。

 歩く速さを落として進むと、天井から何かがズルリと落ちて来た。

 僕の頭ぐらいの大きさをそのまま潰したような、半透明でぬるぬるとしたゲル状のものだった。

 これがスライム?


「オレ達の頭に被さって呼吸困難にさせて殺してから、時間をかけて分解吸収するんだ」


 ぅわあ……。

 結構的確な攻撃をしてくるんだね……。

 スライムなら僕でも倒せるかと思ったけど、前言撤回します。


 ノエルさんはクリフさんの直ぐ横に立つと、魔法を唱えた。

 僕たちを諦めていないようで、手? 触手? みたいなものを伸ばしてくる。


「パラーリジ」


 スライムの触手が、そのままの状態で止まる。


「アシュリー、良いよ。テイムしてみて」


 差し出された"核"を受け取る。

 そろっとスライムに近付く。目とか耳とか、そう言った器官がないから、スライムが何処を向いてるのかが分からない。


「ターメ!」


 魔力がスライムに引っ張られていくのが分かる。

 魔物はみんな魔力を持っていて、その魔力の上をいかないとテイムは出来ない。

 だからどんなに優れたテイマーであっても、上位の魔物と契約は不可能だ。人の魔力には上限がある──そう教えられた。

 僕はそもそもの魔力が少ないから、魔力の少ない動物ぐらいが精々だった。


 引っ張られる感覚が突然止まって、目の前のスライムはふるりと揺れた。ノエルさんが呪文を解いたみたいだ。


「スライムに"核"を触れさせてみて」


 ノエルさんに言われた通り、"核"をスライムにくっつけてみる。スライムはふるふると揺れて、"核"を自発的に取り込んだ……ように見える。

 半透明な為、"核"がスライムの何処にあるのかが見える。少しずつ身体の真ん中に向かっていき、あるべき所に収まると、もう"核"は動かなかった。


「名前を付けてあげたら?」


 名前?

 名前……ふるふるしてるから、フルールにしよう。


「じゃあ、フルールにします」


「そのまんまだな」


 苦笑するクリフさん。


「僕、ネーミングセンス皆無なんです。家族にも言われました」


 くすくす笑いながら、ノエルさんが「アシュリーらしくて良いと思うよ」と言ってくれたけど、全然フォローになってないと思うんだよね。

 いいんだけど。


「フルール、これからよろしくね」


 スライムこと、フルールはフルフルと揺れた。




 フルールには、以前見たようにまん丸くなってもらおうと思ってた。

 ノエルさんに脳内でイメージしたのをフルールに飛ばすんだよ、と言われたけど、中々上手くいかない。焦らなくていいとノエルさんもクリフさんも言ってくれるけど、ゲル状はやっぱり見た目的にアレだし、進みも遅いし、なんとかしなくちゃ。

 洞窟を出て王都に戻る途中、僕たちの前をウサギが横切った。あ!と言うノエルさんの声がして、振り向くとフルールがウサギの姿になっていた。

 長い耳がぴょこぴょこ動いてる。動きまで真似られるのかな、もしそうなら凄いな。

 もふもふに見えるけど、手触りはどうなんだろう……。

 そっと手を伸ばして触ってみる。


「…………ふわふわ!」


 ノエルさんとクリフさんもフルールに触る。


「これは凄いな……!」


 珍しくクリフさんが興奮してる。もしかしてもふもふ好きですか?

 ノエルさんも可愛いを連呼しながらフルールをわしゃわしゃ触ってる。

 抱き上げる。程々の重さで、温かさもあって、もふもふしてる……!

 何コレ凄い……! 僕、これだけでもテイマーで良かったって思ってしまう!

 以前からウサギをテイムしたいなって思ってたけど、警戒心が強いから捕まえられなくて断念してたのに、まさかこんな形で飼えるなんて……!




 王都に戻った僕たちは、お昼にしようと言う事で屋台が並ぶ大通りに向かった。

 フルールは僕の後をついてぴょこぴょこ歩いてる。すれ違う人たちが微笑ましそうにフルールを見てる。子供たちはフルールに触りたそうにするけど、フルールの額にテイムされた紋章がある為、大人がそれを許さない。

 テイムされた動物や魔物の額には、テイムされた事を表す紋章が浮かび上がっている。テイムされた動物や魔物に、テイマーの許可なく触れるのはご法度、らしく。

 僕も以前、村でスライムを見た時に勝手に触ろうとして怒られた事がある。


「ほら、鶏肉の悪魔焼きだ」


 クリフさんが鶏肉の串焼きを三本持って来た。いつの間に買ったんだろう。

 

「ありがと、クリフ!」


「ありがとうございます、クリフさん。代金は」


「いいから熱いうちに食べろ」


 串焼きを強引に持たされる。


「いただきます」


 ひと口かじると、じゅわり、と口の中に肉汁が広がる。悪魔焼きと呼ばれるだけあって、香辛料が効いてて辛い!

 でも美味しくて止まらない。

 ふと、フルールと目が合う。鼻がひくひく動いている。


「フルールも食べたいの?」


 目をぱちぱちさせる。


「フルールはスライムだから何でも食べれるよ」


 あ、そうだった。ウサギの見た目だけど中身はスライムだった!


「他にも色んなものがあるから、残りはフルールにあげたらどう?」


 ノエルさんに言われたけど、それは買ってくれたクリフさんに申し訳ない。


「構わないぞ」


 僕の考えてることを見透かして、クリフさんが言った。


「ありがとうございます、クリフさん」


 フルールの前にしゃがみ、鶏肉を串から外そうとした所、フルールの前足が伸びてきて、串ごと囓り始めた。

 えっ! 串は! ……あ、もしかしてスライムだから串もいける……?

 あっという間に串ごと鶏肉の悪魔焼きを食べ終える。

 様子を見守っていたクリフさんとノエルさんが、もう肉のなくなった串をフルールに差し出すと、フルールは受け取ってポリポリと音をさせながら食べてしまった。


「……これは、なんと言うか、便利だな」


「……しかもこんなに可愛いんだよ、クリフ。控えめに言って最高じゃないかな」


 ノエルさん、それ全然控えめじゃないけど、同感です。


魔法って難しいですね。

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