057.エビマヨと冬の王
司書さんが食べたいといったエビの料理は、炒めたエビにマヨネーズ、ケチャップ、ヨウルト、豆を煮て潰して発酵させたもの、それから塩、コショウで味付けしたもの。
この豆の発酵した奴は少しクセがあってにおいもあって苦手なんだけど、ヨウルトで味がまろやかになるしにおいも気にならないってレシピには書いてあった。
少し不安だったけど、味見をしてみたらその通りだった。エビは噛むとぷりぷりとした歯応えで、甘い。マヨネーズのこってりした感じと、ケチャップの甘さと酸味と、ヨウルトの酸味がよく混ざり合って、ちょうどいい味だった。美味しそうなにおいしかしない。
こってりとして、甘さがあって、酸味もあって。もう一つ、と思っちゃう。
「これは……イケる」
味見をしたラズロさんが隣で呟く。なにがイケるんだか分からないけど、なんとなく分かる気がする。ナインさんはラズロさんの横で目をきらきらさせていた。
「エビ、皮剥く。また作る」
ナインさんがそう言うと、ラズロさんもうんうんと頷いた。
「これは苦労の甲斐があるな。でも酒が合う味なのに飲めんとは……。ザックに作ってもらって飲みながら食いたいが、皮剥きが大変だろうしなぁ」
「皮を剥いて背わたを取った状態で売ってたら助かりますよね」
もっと味見したいのを我慢して、料理を皿によそっていく。海鮮料理は苦手な人もいるので、煮込み料理を別で作っておいた。煮込み料理ならこのまま夜の食事にも出せるから。
カトラリーだとか副菜を皆にそれぞれ取ってもらうようにして、メニューをこれまでの一種類から二種類に増やした。これ以上は増やさないけど。
前にこれは食べられないから今日は外で昼を食べてくる、と言った人がいて、たしかにこれまでのようにメニューが一つしかないとそうなるよね、って話になって。
それで煮込み料理のほうはあまり人が嫌わないものを作ることにしている。
「それだ!」
突然ラズロさんが大きな声を出すからびっくりした。
「エビを買いに行ったときにな、なかなか手間のかかる魚介は買われにくいってぼやいてたんだよ」
「ギルドに氷室はないんですか?」
「あるが、そのまま凍らせた奴を売るだろ? 買った奴は溶けるのを待たなきゃならんだろう。だから使いづらいらしくてな、魚はまぁまぁ売れるらしいが、エビや貝は売れにくくて値段が安いんだと」
デボラさんはまるごと魚をオイル漬けにしてたなぁ……。美味しいけど。
屋台で買って食べた焼いた貝も美味しかったけど、ひとつひとつ皮とか殻を剥かなくちゃいけないもんね。前に皆で中庭で焼いて食べたけど、あんなことは普通の家では難しいだろうし……。
「皮を剥いて背わた取った奴を冷凍しておけばいいんだよ」
「あ、それは助かりますね。溶けたらそのまま使える」
フルールにはちょっと申し訳ないけど。
「ちょっと提案してみるわ」
皮剥きをしなくてよくなったら、エビ料理とかもっとできそうだな。貝はいつも焼いたり蒸してるけど、殻を剥いた身で他の料理も美味しそう。
司書さんに相談してみよう。
いつもなら司書さんは混む時間を避けて食堂に来る。でも今日は昼時にやって来た。混雑は苦手だって言ってたのに。
「やぁやぁ、今日も賑わってますねぇ」
「食べに来てくれたんですね」
司書さんの分を取っておこうと思ってたんだけど、その必要はないみたい。温かいうちに食べたほうが美味しいし、早めに来てくれてよかった。
司書さんのいる図書室は、本が沢山あるから食べるのも飲むのも禁止されてる。持っていくこともできないし、来てもらえなかったらどうしようかと思ってた。
「アシュリーくんがエビ料理を作ってくれると聞いてね、我慢できずに早めにきてしまったよ」
「なになに、今日のメニューはダグ先生がお願いしたものなの?」
司書さんの後ろに並んでいたリンさんが身を乗り出す。
ダグ先生というのは司書さんのことで、物知りでなんでも知ってるから先生と呼ばれてる。
いつもにこにこしていて、言葉も話す内容もとても優しい。僕にはいなかったけど、おじいさんが生きていたらこんな感じかな、こんな人だったらいいなって思う。
「図々しくも食べたい料理を言ったら、アシュリーくんが作ってくれてねぇ」
「えぇーっ! 羨ましい! 私も作ってもらいたい料理あるー!」
そこから並んでる人たちがなんだなんだと騒ぎだして、アレが食べたいコレが食べたいと言い出してちょっとした騒ぎに。
そのせいで列が進まなくなっちゃった。
いつの間にか厨房から出て行ったラズロさんが、手を叩いて大きな音をさせると、皆がラズロさんを見た。
「分かった分かった! どうやるかは考えるから、とりあえず今日はアシュリー渾身のエビ料理を楽しんでってくれ! 熱いうちが美味いんだ!」
ラズロさんの言葉に納得したみたいで、料理ののった皿を持って着席していく。
食べている人たちの表情を観察する。思っていたよりも喜んでくれてるみたいで安心した。
厨房に戻ってきたラズロさんはにやりと笑う。
「これで日々のメニュー決めが楽になるに違いない。ついでにオレは美味いものも食える。一石二鳥だな。
問題は、どうやってその情報を集めるか、については作戦会議だ、アシュリー」
毎日のメニューを考えるのは楽しいけど、たまに困る時があるんだよね。だからラズロさんの言うことも分かる。
「あ、そうだ。片付け終わったら仕入れにギルド行くから、その時に朝話してた件、相談してみるわ」
「取り入れてもらえたらいいですね。宵鍋や出店のメニューも増えるかもしれないです」
またエビ料理を作って食べたいけど、あれだけの量を剥くのは大変だったから、剥いてあるエビ、売って欲しい。
「美味いものが増えるのは大歓迎だな」
エビの串焼きとかも美味しそう。
そういえばあの殻は焼いても硬くて食べられないのかなぁ? パリパリっていうか、カリカリになって食べやすくなったりしないのかなぁ。
油で揚げてみるとか? 図書室の本にあったりするかな?
今度行った時に探してみよう。
司書さんと話すために図書室に向かっていたらパフィと、その後をついて行くネロがいた。黒猫が二匹並んで歩く姿は可愛い。
「パフィ、ネロ」
声をかけるとネロが走って来た。
「散歩?」
『王子の邪魔をしに行くところだ』
邪魔、本当にするんだろうな……。
ネロもいるし、殿下、仕事にならないかもしれない。
「ほどほどにしてね」
にやりと笑うと、また歩き出すパフィを、ネロが追いかける。
図書室の重い木の扉を押して入る。
僕に気づいた司書さんが手を振る。
皆が食べたいものをどうやってまとめようかという話は、司書さんがまとめてくれることになった。
「私があんなふうに話した所為だからねぇ、それに普段図書室に来ない人も、アシュリーくんとラズロくんに料理を作ってもらいたかったら来るしかないんで、面倒な人は来なくなるから丁度良いだろう」
食べたい料理がある人は、図書室にいる司書さんを通して伝える。直接言うのは駄目ということになった。
「あの、仕事の邪魔になりませんか?」
きっかけはそうだったとしても、司書さんに迷惑をかけたくない。お礼のつもりだったのに、迷惑をかけたら、したかったことと反対になっちゃう。
「いつもは限られた人としか話をしませんから、これをきっかけに色々話せるかもしれないと、年甲斐もなくはしゃいでいるんですよ」
にこにこと微笑む司書さんは、楽しそうに見えた。
「ありがとうございます。やめたくなったらすぐ言ってくださいね」
「勿論」
僕の頭を撫でる手は優しい。
司書さんの机の上にある本が目に入った。
冬の王の本。
北の国に冬の王が現れたけど、要請はきていないみたい。他の国に応援を頼んでいるんだろうな。
被害が少ないといいんだけど。
そういえば、冬の王のことで聞きたいことがあったのを思い出す。
「冬の王って、あちこちに現れるんですよね?」
「いや」
司書さんが首を振る。
「冬の王はここ周辺の国にしか現れないねぇ」
「そうなんですか?」
そうなんだよ、と司書さんは頷く。
「いつから現れるようになったのかは分からんのだがねぇ、かなり昔からこの一帯に冬になると現れるんだよ」
あちこちに現れるのかと思ってた。
「それも、魔力が高い魔物が生まれなくては現れないからねぇ。冬の王は魔物に乗り移る。その魔物を倒してしまえば退散する。
知性があまり高くないようでねぇ。なにが目的なのかも分かってないんだ」
それで、毎年のように現れては退治されてるのか。
うーん……冬の王ってなんなんだろう。
「分かっているのは、冬になると魔力の高い魔物に乗り移るということと、更なる魔力を求めて動くから、魔法使いや魔術師が多い北の国が多く狙われるということなんだよ」
いつも北の国だと思っていたけど、そういうことだったんだ。
「今年は要請を受けないからねぇ、どうなるか分からんが、私は平民だからね、戦争に駆り出される同じ平民が不憫でならないよ」
貴族でも王族でも、良い人もいれば悪い人もいる。平民だってそう。
でも北の国の貴族の人たちは、平民のことを大切にしないって何度も聞かされた。貴族の多くは魔法使いだというのも。
冬の王が狙うのは、魔力が高い魔法使い。貴族の人たちを守るために平民の人や奴隷にされた魔術師たちが辛い思いをするんだろうな……。
魔術師たちを助けるってティール様たちは言ってた。危険なことはしてほしくないけど、逃げてきて欲しいな。




