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前代未聞のダンジョンメーカー  作者: 黛ちまた
第四章 魔女の国

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056.転職したいナインさんとエビ

 洗濯をしなくて良くなったので、少し時間ができて嬉しい。最近はへとへとになってすぐに寝てしまって、本を読む時間がなかったから。

 魔力は食べることで回復できても、身体の疲れまでは取ってくれないし、魔法は集中しないと危ない。

 ちょっとでいいから本を読みたい。

 文字を覚えて色んな本を読めるようになった。僕の知らないことが沢山書かれていて、想像するのが楽しい。想像してもよく分からないものはラズロさんや城の皆に聞けば教えてもらえる。

 読めるようになってきたし、言葉も覚えたし、書けるようになってきた。


 僕は王都から出られない。嫌ではないけど、たまに寂しくなる。いつか行きたいねっていう口約束もできない。それがどうしようもなく悲しくなって、でもそれはどうしようもないことだって分かってる。

 ダンジョンメーカーは、ダンジョンの中でならなんでもできてしまう。僕が望まなくても、その力を悪用したいという人が僕を言いなりにさせたら……。それに、いくらダンジョンの中で再現できても、それは本物じゃない。


 ノエルさんはこの力を持っていても危険じゃないことを証明したいって言ってくれたけど、無理だろうなって今なら思う。

 そんな僕にとって、本は僕の知らない外のことを教えてくれるもの。だから、ほんのちょっとでいいから、本を読みたい。

 それに外に出られないのは僕だけじゃない。殿下もそうだって気づいて、自分のことばかり考えてたなって思った。

 

「一日にできることって、そんなに多くないですよね。食事の準備とか、洗濯とか、掃除とか」

「アシュリーの言ってることが主婦すぎてオニーサンは泣けてきたよ……」


 ラズロさんは僕に子供らしさを持って欲しいみたい。でもラズロさん、子供って意外と冷静だと思います。ラズロさんの優しさは他の人の優しさとも違ってて、あったかいなって思う。


「でもまぁ、アシュリーの魔法の使い方をおエライさんが知ったのは大きいことだったよなぁ」


 夕食の準備をしながらの、ラズロさんと僕のおしゃべり。ラズロさんは休みの日以外は僕とこうして一緒にいてくれる。食堂を使う人が増えて僕一人ではまかなうことができないから。

 休みの日は宵鍋に連れて行ってくれたり、ギルドの屋台に行ったり。

 自分が作ったんじゃないメシが食いたい! って言って。


「僕のように魔力が少ない人もいますもんね」


 トキア様は魔力が多い。魔法師団にいる人たちも同じように魔力が多くて、魔法や魔術のスキルを持っている人たちが集められてる。でも多くはないみたい。

 魔法スキルを持ってる人はそこそこいる。でも魔力がないから仕事にできない。

 僕のような魔力が少ない人でもできることがある、それを仕事にできるとトキア様たちは思ったみたいだった。


「魔力はあるが使えるスキルのない奴らに魔術師団が声をかけてるらしいぞ」

「術符に魔力を込めるんですか?」


 そうそう、と答えながらラズロさんはトマトを鍋に入れる。

 トマトを使った料理をパフィがとても気に入ってしまって、ダンジョンで育てろと言い出して……駄目だって分かってるけど、トマトを使った料理の美味しさに僕も負けてしまった。


 高い山、雨が少なくて、朝と夜の気温の差が大きいところ、あと日差しが強いと甘くて酸味の少ないトマトが採れるんだって。この国でもトマトを作ってるけど、甘さはあんまりなくって、酸っぱいだけのものが普通。

 酸味の強いトマトは煮込み料理にすると酸味が減るのもあって、この国のトマト料理は煮込みが普通。僕もそういった食べ方しか知らなかった。


 たまに乾燥していないトマトがギルドに入ることがあると、ザックさんが買い占めちゃうらしい。高くて皆買わないから問題ないみたいだけど……。

 ザックさんはトマトを生のまま使った料理を出してくれる。

 僕が好きなのは、乱切りにしたトマトと、タマネギの薄く切ったものを酢漬けにしたもの。

 これを食べて僕とパフィがトマト作りを決めた。

 つい勢いで作り始めてしまったトマトを気に病んでいたら、南の国との関係が良くないのもあって、多めに採れたらギルドに卸す……という建前があるから気にすんなってラズロさんが笑って言ってくれた。優しい。

 最近はザックさんのお店以外でも煮ていないトマトを出すところが増えたみたいで、今王都はトマトが流行ってる。







 宵鍋に来た僕たちは、ザックさんの料理を食べていた。いつ食べても美味しい。ラズロさんの作るご飯とは違う美味しさ。

 ザックさんのトマトの酢漬けを口に入れる。酸味に思わず目をつぶりたくなっちゃう。トマトを噛むとじわっと甘さが出てきて、酸味がやわらぐ。それからタマネギの辛みがちょっとと、シャクシャクした歯応え。美味しい。瑞々しいっていうんだって、こういうの。

 隣でパフィも目を細めて食べてる。


「今年の冬は寒さがしのぎやすいな」


 少し離れたテーブルの会話が聞こえてきた。

 なんとなく聞き耳をたててしまう。


「一時はどうなるかと思ったけどなぁ」


 ほんとほんと、と相槌を打つ声が続く。


「下の王子は北の国よりの考えだったんだろ? オレら下々のことなんてその辺の草と同じ扱いだったろうなぁ」

「でもよぉ、上の王子ってのは病弱なんだろ? 大丈夫なのかよ?」

「もう健康だって噂だ」


 そうそう、もう毒も抜けたし、よく眠ってるらしいし、ご飯も残さず食べてくれてる。

 たまに食堂に来て話をするけど、笑顔が増えた気がするし、前とは違う。もう少し太って欲しいのは相変わらず。


「そりゃ良かった。この国も安泰だ!」


 笑ってグラスを鳴らし、エールを飲む人たち。


「ところで、出たらしいな、北に冬の王が」


 会話の内容にほっとしていた僕は、ぎくりとする。

 冬の王が北に出た。

 去年もそうだった。この国で出なくなってからはずっと周辺の国で冬の王は出てくる。

 本を読んで知ったんだけど、もっと沢山の国があるってこと。ここから遠く離れた所でも冬の王は生まれてるのかな?


「今年も要請がくんのかね?」

「馬鹿言え! どのツラ下げて言ってくんだよ!」


 そうだそうだ、と他の人たちも口々に言う。

 僕も心の中で頷く。


「北の国で勝手にやれってんだよ、なぁ」

「それはそうだけどよ、いつもうちの力借りてんだろうに、やれんのかと思ってな」

「難民が移り住んできでもしたら、新たな火種になりそうだよなぁ」

「国の境に壁はねぇもんなぁ」


 これ以上聞いてると辛くなっちゃうと思って顔を上げると、皆真剣な顔をしていた。同じように聞いてたみたいだ。

 予想していたことでも、本当にそうなると複雑な気持ちになる。僕がそうなんだから、ノエルさんたちはもっとだと思う。

 僕の視線に気づいて、ノエルさんは困ったように笑う。


「準備はしてるんだけどね、絶対大丈夫だと言い切れなくてごめんね。でもなんとかするからね」

「最悪の場合は戦争ですかねぇ」


 ティール様がさらっと言って、ラズロさんとノエルさんに同時に叩かれていた。


「いたっ!」

「アシュリーが不安になるようなこと言わないでよ」

「おまえ、そろそろ配慮ってもんを身に付けような?」


 二人に凄まれて、困った顔をするティール様を見ていたら怖い気持ちが減った。


『案ずるな』


 僕にだけ聞こえる声でパフィが言った。

 もしかしてなんとかしてくれるのかな、と思ってパフィを見ると、にやりと笑って『おまえだけは助けてやる』と意地悪を言う。


『あぁ、ここの店主も守って村にでも連れて行くか』

「そういうことばっかり言うと、明日のごはんから肉を抜くからね」

『待て、それは駄目だ。大丈夫だ、最悪の場合はなんとかする』

「……おい、オレたちの未来はアシュリーの作るメシにかかってるぽいぞ」


 ラズロさんがひきつった顔で言って、ノエルさんとティール様が頷いた。

 さすがにそんなことはないと思う。……思いたいな。







 図書室の管理をしている司書の人はいつも僕を助けてくれる。読めるようにはなってきたけど、まだまだ知らないことばかりだし、どんな本があるのかも分からないから。僕にちょうどよい本をいつも教えてくれる親切な人だ。

 色んなことを知りたいけど、料理の本が一番読んでみたかった。分からない言葉は司書の人やラズロさん、ノエルさんたち皆で教えてくれた。

 司書さんにお礼がしたくて、好きな料理はなんですかと聞いたら、このエビの料理が食べてみたいんだよ、と少し恥ずかしそうに話してくれた。


 料理の本を汚してしまわないように紙に写して、ラズロさんにお願いしてギルドでエビを買ってきてもらった。

 エビの殻を剥く。ずっと剥いてるんだけど終わりが見えない。でも司書さんを喜ばせたいから、皮を剥く。

 はじめはおしゃべりをしていたラズロさんも、あまりにエビが減らないから無言になってしまった。


 「これは絶対美味くなる奴、これは絶対美味くなる奴」


 ラズロさんがブツブツ呟きながら殻を剥いてる……! どうしよう、僕が作ってみたいなんて言ったから……。これで美味しくなかったら謝ろう……。


「あの、ラズロさん、僕がやるので……」


 僕のわがままで作ろうとしてるんだから、ラズロさんに最後まで助けてもらうわけには……。


「作業?」


 ナインさんが厨房こっちを覗きこんで言った。


「下拵えだ」


 僕がダンジョンを閉じるのに城から出ていた時、ラズロさんとナインさんで料理をしてくれていた。


「そこの線を越えたらおまえ、分かってるな?」


 わけの分からない質問をしだしたラズロさん。そこまでエビの皮剥きがつらかったんだ……。

 ラズロさんの注意? を無視してナインさんは厨房に入ってきた。


「エビ、たくさん。皮剥き?」

「厨房に入ったからにはおまえは臨時の調理人だ。いますぐ手を洗って配置につけ!」

「ラズロさん!?」

「やる!」


 やるの?!


 ナインさんは手を洗うと僕たちがやっているのを見よう見まねでエビの皮を剥いていく。


「これ、楽しい」

「そりゃ良かった。数分後にも同じことが言えるといいな」


 うんざりした顔でラズロさんが言う。


「ごめんね、ナインさん。あとでラズロさんにプディング作ってもらおうね」

「え、オレが作るの?」

「強引にナインさんに手伝わせてるんだから、ラズロさんが作らないと」


 勿論僕も作るのを手伝います。

 笑顔で皮剥きしてるから、強引ではないかもしれないけど。


 剥かれた皮はフルールがせっせと食べてる。食べても食べても皮をもらえるから嬉しいみたいで、耳がぴょこぴょこ揺れてる。




 ひたすら皮を剥いて、全部剥き終えたあとにはしっぽを切り落として、背わたをとる。

 しっぽを切るのは僕。背わたを取って氷水に入れるのはラズロさん。ナインさんはもう少しやりたいと言って、背わたを取ったエビに粉をまぶしてる。


「魔術師辞めて、調理人なりたい」

「魔術師団の面子が泣くから諦めろ」


 ティール様の代わりにナインさんが色んなことをしているんだって。頭がいいとノエルさんが言っていたけど、本当にナインさんは頭がいい。

 そんな状態だから、ナインさんがいなくなったからといってティール様がお勤めを果たしてくれるわけでもないらしくって。ティール様は魔術師としてはすごい人なんだけどね……。


「早くティール、追い越したい」

「おーおー、それはいいこった」


 幼馴染みに容赦のないラズロさんだけど、誰よりも心配してるんだよね、ティール様のこと。

 人の上に立つより、研究のほうが向いてるティール様。でもそんなことできないから、こうして魔術師の長をしてる。

 きっとノエルさんもそう。本当は人の上に立ちたいって思いはないんじゃないかな。でもノエルさんは優しいから、誰かのために魔法師団の副長をしてるんだと思う。


「ティールの世話、やだ」


 身もふたもないナインさんの言葉に、さすがのラズロさんは苦笑した。

 子供ナインさんに世話をされるティール様。うん、これは言われてもしかたないかも。


「ティールとても優秀。魔力量はクロウリーがずっと上。でも、魔術師の能力、ティールが上」

「そうか」


 ラズロさんはナインさんのその言葉に、とても優しく笑った。自分が褒められたんじゃないのに嬉しそうで、ティール様のこと、本当に大切に思ってるんだって分かる。


「でも追い越す。追い越して、キリキリ働かせる」

「……ほどほどにな」


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