055.美味しいものへの集中力
冬の寒さは日に日に増しているけど、去年ほどじゃないな、と感じるのは僕だけなのかな。
「寒いけど、いつもの年ほどじゃない気がする」
僕の独り言をパフィが拾う。
『ダンジョンを封じて回った甲斐があったな』
僕は行ってないけど、騎士団や魔法師団の人たちがダンジョンを回ってモンスターを倒し、ダンジョンの入り口を封印したんだって。
だからこの冬もこの国から冬の王は出ないだろうって皆言ってる。
「北の国や南の国には出るのかな」
他の国がどんな対応をしているのかは分からないけど、僕たちのいるこの国のようにやってくれているとは思えない。
『出たとして気にすることもない。東や西の国ならば救援要請がくるだろうがな』
思わずため息を吐いた僕の手を、パフィのしっぽが軽く叩く。
『何を悩む』
「悩むっていうか……皆なんで仲良くできないのかなって思って」
『無理だろう』
あっさりと否定されてなんとなく悲しくなる。
長い時間を生きてきたパフィからしたら、僕たち人はとても弱くて愚かに見えるんだろうな。
『おまえも、スキルを手にした時に思ったはずだ』
「スキル?」
聞き返すとパフィのしっぽがゆらりと揺れた。
『人並みの魔力が欲しい、と』
「それは、そうだけど。あったら色んなことができるのを知ってるから」
『なかったものを与えられたのに、何故それに感謝しない? 人と同じものを望む? 何故他者を羨む?』
「幸せになりたいからだよ、誰もがそう思うから優れたものを欲しがる」
言葉に詰まってしまった僕の代わりにラズロさんが答えた。
僕の肩をラズロさんはポンと叩く。それから困ったように笑う。
「子供にも厳しいなぁ、魔女様は」
『考えさせるための問いにおまえが答えてどうする』
ははは、とラズロさんは笑う。
『欲を持つことが悪いことではない。その欲を満たすための方法が問題なのだ』
パフィの言葉にラズロさんが真面目な顔で頷く。
欲を満たす。
『甘い果実は魅力的だ。甘露は私も抗えん。
欲の全てを悪とは言わんがな。多くを人より求めたいと思った回数だけ、おまえは人の心を少しずつ失うことを覚えておけ』
しっぽをゆらゆらと揺らし、パフィは泡が弾けるように目の前から消えた。
「……前から思ってたんだけどな」
ラズロさんの眉間に皺が寄ってる。
「今みたいな問答、ずっとやってたのか?」
「はい。魔力が欲しいってパフィの元を訪れてからずっとこんな感じです」
大きなため息を吐き、「こりゃアシュリーが老ける訳だ。子供への教えじゃねぇよ」とこぼす。
「子供の僕を、大人と同じように扱ってくれてるって分かってからは気にしてないです」
「その答えがそもそもだなぁ……」
もう一度ため息を吐くと、ラズロさんは僕を見る。
「青春は味わえよ」
「青春?」
そうだ、と力強く頷く。
「アシュリーは子供らしい子供時代を過ごしてないだろ。このままじゃ青春時代すら枯れそうで、オニーサンは不安なわけよ」
「青春ってどんなことをするんですか?」
ラズロさんはニヤリと笑う。
「そんなん決まってんだろ、ウフフでアハハだよ」
「じゃあ今もラズロさんは青春真っ只中ですね」
「ちょっ! アシュリーさんってばオレのことをそんな目で?!」
仔牛の骨とスジ肉、野菜を六日ほど煮込んだ。量が多いから三回に分けて。
一晩置いておくと、骨やスジ肉から出てきた脂が上に浮かんで固まる。柔らかいけど、揺れない固さ。
脂の塊なんだけど、これがフルールは大好きみたいで、お皿を持って僕の横に立つ。
僕としても脂は要らないから、フルールが美味しく食べてくれるのは嬉しいし助かる。
スプーンで脂を掬って、フルールのお皿にのせる。鼻をひくひくさせて、耳をぴょこぴょこと揺らす。
脂をお皿にのせて、食べていいよと声をかけると、茶色の少しだけ透明な脂をフルールは口に入れる。
さすがに脂は噛む音がしないけど、つるりと口に吸い込まれていくから、なんだか美味しそうに見えちゃう。
「美味しそうに食べるなぁ」
僕が声をかけたからか、フルールは食べるのを止めて僕を見た。
「ごめんごめん、食べていいよ」
フルールの小さなおでこを撫でて、立ち上がる。
ザックさんが教えてくれた作り方のとおりに煮込んだダシと、野菜や骨を潰しながら濾して分ける。
潰した野菜たちは捨てずに、もう一度煮る。また炒めておいたタマネギや冬ニンジン、ニンニクを足して、水を注いで煮込む。
鍋からたちのぼる湯気は、暖炉の煙突の中をのぼっていく。
「アシュリー、おはよー」
リンさんはカウンターに腰かけた。
「おはようございます、リンさん」
寮の食事がなくなったので、朝食も食堂で食べる人が増えた。
朝は仕込んでおくこともできないので、すぐに食べられるものしか用意しなくていいのは嬉しい。
「今日の朝食なぁにー?」
「今日はタマネギの酢漬けと腸詰と野菜のスープと平パンです」
「全部食べるっ!
寒い冬に朝から温かいスープ! 寮のごはん作ってくれてた人には申し訳ないけど、ほんっとアシュリーが来てくれて良かった! ごはんは美味しいしあったかいし、お風呂も入れるし!」
「喜んでもらえて僕も嬉しいです」
ふと、パフィの言葉を思い出す。
もっと魔力をと欲しがった時のこと。
あの時は自分に与えてもらったスキルをハズレだと思ってた。でもこうして僕のできることで喜んでくれる人がいて、必要とされて嬉しい。
もし僕に魔力がもっとあったとしても、もっと多く持ってる人がいて、たとえばティール様、ノエルさん、トキア様のような凄い人たち。そんな人たちを前にしたら同じようにもっと魔力があったらって思ってそう。
でもノエルさんたちを見てると、本当に大変そうで。なんていうか、あればいいんじゃないんだなって思った。あったらあったで大変なんだって。
器にスープを入れて出す。
「熱いので、気をつけてくださいね」
「ありがとー!」
僕とラズロさんの食堂改革は進んで、カトラリーも使う人に勝手に取ってもらうことにした。このへんはノエルさんやティールさんが提案してくれた。
フォークもスプーンも使いたい人もいれば、フォークだけでいいって人もいるから。皿も置いておく。
パンも石窯で焼きあがったものを大皿にのせておく。酢漬けも好きな量を取ってもらう。
忙しい人はパンだけ取って食堂を出て行くこともあったりする。寝坊しちゃった人とか。
食べ終わった食器は、皿を置くカゴ、カトラリーを入れるカゴ、器を入れるカゴを用意しておく。
食べ残してしまった人は、フルールのお皿に移す。
こうしておいて、たまったカゴをラズロさんが持ってきてくれて、新しいカゴに交換する。僕には重くて持てないから。兵士の人たちはたまに持ってきてくれたりと、助けてくれる。皆優しい。
食べ残しが減って、僕とラズロさんの計画は上手くいっていて、おかげで二人で頑張れてる。
できないことがあっても、別の方法でできたらいいんだって知ってる。
朝食の時間帯が過ぎて、僕は誰もいない風呂にやってきた。蒸気がこもらないように中から外に空気が抜けるようになってる。
最近になって初めて知ったんだけど、魔術師の人に頼んでそういう術符を最初から貼ってもらってたんだって。
そんなこと僕は全然思い付かなくって、黒くなったりしないなーって思ってた。
「アシュリー、持って来たぞー」
ラズロさんが洗濯物が入ったカゴを持って来てくれた。
冬はどうしても洗濯物が乾きにくい。前と違って厨房にいることが多いから洗濯物に風を送ることもできなくなってしまったし。
そのことを相談したら、ノエルさんに風呂で乾かせばいいのにと言われた。それで術符のことを知った。
金ダライに洗濯物を入れて、削っておいた石けんを入れる。水を注いでからフタをして隙間から風を送り込み、回転させる。
厨房での仕事は色んなものが飛び跳ねるから、あちこちが汚れる。油もはねるし。
洗い終えた洗濯物を絞るのはラズロさん。これならやれるって言って。
僕だと何回も絞らないといけないから時間がかかったし、手が痛くなったんだけど、ラズロさんがやってくれるおかげで早い。
部屋の端から端に紐をかけて洗濯物を吊るす。
「寮の食事を止めた分、洗濯にお金をかけることはできないんでしょうか」
城で働く人たちは、あの大騒動の後も増えていない。人が減って、給料は少し上がったって聞いたけど。
「それはいいかも知れないな。オレたちの洗濯もやってもらえばいいんだよ。朝昼晩作ってて洗濯の時間作るの大変なんだし」
よし! と言ってラズロさんは手を叩く。
「昼にアイツらが来たら相談しようぜ」
「いいよ」
ラズロさんの提案に、ノエルさんは軽く頷いた。
「皆喜ぶだろうし、働き口が増えるし」
「ティール、洗濯物出す」
気がついたらナインさんがティール様を呼び捨てするようになってたんだけど、誰も止めない。
ラズロさんに言ったら、アレは仕方がないって言ってた。ティール様は魔術師としての仕事以外はだらしがなくって、ナインさんが毎日お世話をしてるらしくって……。逆では……。
「まだキレイだと思うんですけどねぇ」
「汚い、駄目」
ナインさんが母さんみたいになってる。
「それにしてもアシュリーの作ったチーズは美味しいですね」
チーズのかかったジャガイモを美味しそうに頬張るティール様。前と違って顔色良くなったのはきっと、ノエルさんやラズロさん、特にナインさんのお陰だね……。
「以前はポーション頼みだったんですが、近頃は規則正しい生活のおかげで身体も頭も軽くなった気がします」
「それが当たり前なんだよ……」
皆が呆れた顔をして見ると、ティール様はいやぁ……と照れたように頭をかいた。
「褒めてないからね」
「ティール、自堕落」
ティール様の凄いところは、こんなに皆に言われても平気なところだと思う。
「このチーズに蜂蜜をかけて食べたら美味しそうですねぇ。夜食に食べたいです」
「おまえ、人の話を聞いてたか?」
ラズロさんがティール様を注意すると、ノエルさんが真剣な顔で待って、と言った。
「それ……間違いなく美味しいんじゃない?」
驚いたことにノエルさんが賛成した。
「どうしても夜遅くまで仕事をしなくちゃならない時に、チーズとハチミツがかかったパンとかあったら、僕は朝まで頑張れそう」
「諦めて帰れ」
その案はあっさりと許可された。
パンは僕とラズロさんが焼いて、チーズと蜂蜜を魔法師団と魔術師団の人たちに渡すことになった。
パンにチーズをのせ、魔法でチーズをとかす、というのが魔法の微調整の訓練にいい、とトキア様が言ったらしく。
ノエルさんはこれまでにない集中力で、チーズだけをとかしているみたい。失敗もしたみたいだけど。
魔術師の人たちは新しい術符を作った。パンの上にチーズをのせたものに、上から熱を加えるというもの。
ラズロさんが「どんな訓練よりも皆の集中力が上がってるらしいぞ、失敗すると食いっぱぐれるから」と呆れた顔で言ってた。
ジャッロたちの蜂蜜は、売れば確かに高値がつくんだけど、こうして皆で食べるほうが僕としては嬉しいから、こういうのもいいんじゃないかなって思う。




