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前代未聞のダンジョンメーカー  作者: 黛ちまた
第四章 魔女の国

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054.釣りと一座と合唱と

 冬の朝は暗い。

 日の光も遠く感じる。


 王都の広間のほうから楽器の音がした。

 聞こえた途端に胸がワクワクしてきた。


 隣で朝ごはんを食べていたラズロさんを見ると、笑顔で頷いた。


「遂に始まったな」


「はい」


 今日から一座が出し物をする。演劇は当分先の話みたいだけど。

 王都の人達みんなに配られた券を持っていくと、大きな天幕の中に入れて、一座を見ることが出来る。

 毎日やっているから好きな日に見に行ける。

 行ったら券を渡してしまうから、次に配られるまでに見たいなら、お金を出して券を買う。

 広間に並ぶ出店の人達は、この日の為にたくさん準備をしたって聞いた。

 新しい料理を出す出店もあるみたい。


「そうだ、ノエルとティールに、気になることがあったら教えてくれって言われたぞ」


「気になることですか?」


「改善出来ることがあったら対応したいんだとよ」


 なるほど。

 皆でよりよくするんだもんね。

 あぁ、僕も早く見に行きたい。

 目の前のご飯を慌てて食べていたら喉につまってしまって、ラズロさんに笑われた。


「一座はそんな簡単に逃げないぞ」


「そうなんですけど、つい」


 わくわくする気持ちで身体が軽く感じる。

 村のお祭りの時もそうだったけど、それよりもわくわくする。新しいものを見られるのって、どうしてこんなにわくわくするんだろう。







 王都の広場に行こうとしたら、お城の兵士に止められた。


「今日は止めておいたほうがいいと思うぞ。人が多すぎて広場にもたどりつけないからな」


 そんなに?!


 隣の兵士も頷く。

 とてもうんざりした顔で。


「さっきどれほどのものかと塔の上から見てきたが、こんなに王都には人がいたのかってぐらい集まってたよ」


「あれは当分身動き出来そうにないぞ」


 そんなに人がたくさんいたら、一座を見終わった人も天幕から出られないんじゃないかな。


「出入りで大変なことになったりしないんでしょうか?」


「出入り口は分けたらしいからな。見終わったら広場から出られるようにはするって話だったし、その点は問題ないんじゃねぇの?」


 それなら良かった。

 良かったけど、今日は諦めたほうが良さそう。


「明日なら行けるでしょうか?」


「うーん。余裕を見て明後日にしとくかぁ」


 すぐに見れないのは残念だけど、それだけ王都の人たちも楽しみにしてくれてたってことだもんね。


「何回かやってるうちに、みんな慣れてくるだろうが、初めはバタつくもんだ、なんでもな」


 よし! と言ってラズロさんは手を叩く。


「釣りでもするか!」


 ラズロさんはあんまり上手じゃないけど釣りが好きなんだよね。




 裏庭ダンジョンにある海に、僕とラズロさん、フルールとパフィでやってきた。

 フルールはごはんを食べに行ってしまった。作ってからフルールのごはん部屋には入ったことないけど、すごいことになってるんだろうなぁ…。広げるときも部屋の外からやったし。


 騎士団長やトキア様が使ってる椅子に僕たちも座る。立ったままの釣り、大変だもんね。

 釣竿の先に釣り針を付け、餌になるものを針に引っ掛けて海に向かって糸を垂らす。垂らすって言っても、針が海の深いとこに落ちるように投げるっていうか。


 ラズロさんは魚が釣れなくて悔しがることはあっても、機嫌が悪くなったりしない。


「釣りのどこらへんが好きなんですか?」


「んー? お子様なアシュリーくんには分からんだろうなぁ。大人にはな、こういう己と向き合う時間が必要なんだよ」


「己と向き合う?」


 トキア様や騎士団長が忙しいのに釣りをするのも同じ理由なんだろうか?


「大人になったら分かるから、それまで待ってろ」


「はーい」


 大人になったら分かるのかー。


「パフィも分かる?」


 膝の上で丸まっているパフィに話しかけると、片目だけ開けて、『いらん』と言われてしまった。

 

「魔女様には不要だろうよ」と言ってラズロさんは笑った。


 分かったような、分からないような気持ちになるけど、いつか分かるって言われたから、その時を待つことにする。

 おまえには一生分からないって言われたらちょっと傷付くけど、そうじゃないし。


 釣り竿を通して糸が引っ張られているような気がして、ちょっと竿を前後に動かしてみる。

 少し重さを感じる。もしかしてかかったのかな?

 引っ張ってみると、突然重さが消えて、釣り針にあった餌がなくなってた。


「食われたなー」


 ラズロさんが楽しそうに笑う。


「残念です。夕飯にしたかったのに」


「午後はまだ長いんだから焦るな焦るな」


「はーい」


 針にまた餌を付け、糸を垂らす。

 トキア様や騎士団長のようには釣れないだろうけど、釣れるといいなぁ。


 なんだかんだと、いつもやることがいっぱいで、こんな風にのんびりするの、久しぶりな気がする。

 ラズロさんを見ると、にやりと笑ってた。

 そっか。今日の釣りは僕の為でもあったんだ。

 パフィが薄目で僕を見て、ふん、と鼻で笑った。


「一座、早く観たいです」


「明後日、空いてるといいな」


「はい」


「そうそう、店では大抵、一人ずつ演じるだろ?」


「そうですね」


 元々が二人組じゃなければ、一人ずつ演奏したりする。エスナさんも一人だった。


「一人ずつ舞台でやるには舞台がでかいからな、何人かでやるんだそうだ」


「へーっ。同じ曲を演奏するんですよね、勿論」


「当然。で、演奏する奴、歌う奴、踊る奴に分かれて一つの曲を演じるんだそうだ。これは店では見れないからな、楽しみだ」


 ますます観たくなってくる。

 明後日、どうか観に行けますように!







 天気は生憎の雨。

 雪じゃないだけ良いのかも知れない。


「アシュリーさん、本当に今日行くの?」


 窓の外を眺め、振り返ったラズロさんが恐る恐るといった風に聞いてきた。


「行きます!」


 この雨で一座を見に行く人減ってるかもしれないし。


「子供は天気を気にしないよな、ほんと……」


「ラズロさんは別の日でも良いと思います。僕とパフィで行ってくるので」


「待て待て待て! そんなの駄目に決まってるだろう。大人もいないとな!」


 パフィもいてトラスもあるし絶対大丈夫だと思うけどな。


「仕方ねえなぁ。よし、この勢いで行くぞ!」


「はい!」


 いっぱい着込んで、トラスをポケットに入れる。それからパフィを抱っこする。


『何もこんな悪天候の中行かずとも良かろう……』


「こんな天気だから人がいなくて観れるんじゃないかな。一座の人たちも客がいなかったら悲しいだろうし」


『良いか、私の髭を濡らすなよ?』


「うん」


『出店で肉の串を三本は買え』


「分かった。揚げ菓子も食べるよね?」


『分かってるではないか』


 話している僕たちを見て、ラズロさんがため息を吐く。


「はいはい、買いに行かせていただきますよ……」




 パフィを濡らさないように両手で抱いて、広場まで走る。

 思ったより雨は強くなかったのもあって、それほど濡れずに済んでほっとする。ヒゲを濡らすとパフィは怒るから。

 ラズロさんが肉の串と揚げた菓子を買ってきてくれるのを待つ。


 本当はパフィに話しかけたいんだけど、他の人から見たら黒猫だから、話しかけられない。

 大人しくラズロさんを待つ。


「待たせた!」


 店は天幕の周りにあるから、買いやすくていいなって思う。


「ありがとうございます!」


 天幕の入り口の人にチケットを渡して、中に入る。

 雨なのに結構な人が入っていた。きっと僕と同じことを考えたんだろうな。


 空いている席に座る。前の席は埋まってしまってる。席は早い者勝ちだから、こういうこともあるんだね。


「舞台が高いところにあっても、これじゃ子供には見えねぇかも知れねぇなぁ。かといって舞台を高くするわけにもいかんし」


 うーん、と唸りながら首を傾げるラズロさん。


『いいから肉を寄越せ』


 良い匂いに我慢ができなくなったパフィが僕たちにだけ聞こえる声で言った。


「そうだった。美味いうちに食うか」


 パフィのこともあるので、僕たちは人が少ない場所に座った。僕が雨でも観に行きたかったのは、パフィも連れて行きたかったから。珍しくパフィも観てやってもいいぞ、って言っていた。


 天幕の中で食べるために、出店の食べ物は皿にのせられて渡されるようになった。食べ終わった皿は天幕を出る時に出口の人に渡す。


 パチパチパチパチ、と拍手の音がして顔を上げると、よく見えないけど、舞台の上に誰かが立っているのは分かった。


「皆さま、本日は悪天候の中お越しくださいまして誠にありがとうございます」


 大きくて、張りのある声の人だ。


「これから皆さまにご披露するのは、踊り子、吟遊詩人三人による演奏です。お楽しみください」


 男の人がいなくなった後、何人かの人が舞台に出てきた。

 それからちょっとして、ポロン、と弦を優しく弾く音がして、曲が始まる。

 エスナさんのように一人ではなくて、三人が一緒に楽器を弾いて歌う。全部は見えないけど、踊ってる人の姿が時折見えた。動くたびにシャラン、シャラン、と鳴る音はキレイな音だった。

 太鼓の音、弦の音、踊るたびに聴こえる透明な音。楽器を弾く人たちが歌う。

 酒場だと多くて二人。今は三人が歌ってる。

 花見の時に皆で歌った歌だと気がついたのは、客席にいた子供たちが歌いだしたから。

 大人が歌うのを止めようとしたみたいだった。でも舞台の人が一緒に、と言ったものだから、ちらほらと大人も歌いだして、歌が終わる頃には僕もラズロさんも歌っていた。

 皆が知ってる歌が続いて、舞台の吟遊詩人と一緒に客の僕たちもたっぷり歌っていたら、あっという間に終わりがきた。

 笑顔で天幕を出て行く人たちを見て、僕はラズロさんを見た。

 ラズロさんはにやりと笑って、「すっきりしたろ?」と言う。


「はい、とっても」


「一緒に楽しむのが一番満足度が高いからな」


『だてに遊び歩いているわけではない、ということか』


「パフィ」


「魔女様は辛辣だなぁ……」


 苦笑いしながらも、ラズロさんは満足そうに目を細めて笑う。


「オレのしょーもない人生で得た、少ない真理って奴だ。

さ、終わったから出るぞ」


 頷いて先を歩くラズロさんの後を追う。


 楽しかった。本当に。

 花見の時に歌詞が分からなかったから、ラズロさんに教えてもらって覚えた歌。

 次の春が来る前に歌うとは思ってなかった。


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