053.たっぷりチーズと後悔の話
お昼を食べに来たティール様に、ダンジョンで使われる魔力について相談した。
「可能ですよ。魔法師団の団員は城の室温管理に魔力を使ってますが、我ら魔術師は然程消費していませんからね」
ティール様の言葉にほっとする。
必要だからとあれこれダンジョンで作っているけど、本来ならありえないものが沢山あるから。
摂理をねじ曲げちゃ駄目だって父さんは言ってた。
パフィだってそう思ってるだろうけど、今はそんなことを言ってられる状況じゃないんだろうな。
北の国とのことが落ち着いたら、変わると思うんだけど。
ノエルさんが料理を盛り付けた皿を持ってやって来て、ティール様の隣に腰掛ける。
「何を話してたの?」
「近頃は香辛料だけでなく野菜もダンジョンから収穫しているので、魔力を凄い使っちゃってるんじゃないかと思って……それをティール様に相談していたんです」
「なるほどね。うちは城内の温度調節に駆り出されてるけど、可能であればアシュリーの手助けをお願いしたいな」
ノエルさんの言葉にティール様が頷く。
「勿論ですよー。そもそもあのダンジョンで様々な物を作ってくれと頼んでるのは王室ですからね。
協力は当然のことです」
ラズロさんの案で始まった、大皿から自由に取り分ける方式だけど、ノエルさんの皿によそられた酢漬けを見たら不安になってきた。大盛りだ。
あっという間に足りなくなりそう……。
酢漬けを口にして、しみじみと言うノエルさん。
「あぁ、酢漬けの酸味が身体に沁み渡る……。調節が難しくて結果的に魔力の消費が激しいんだよね、僕。本当に情けない……」
ノエルさんは魔法使いとして優れているから、どうしても高火力になってしまって、ほんのちょっとがとても難しいみたい。
「待っててね、アシュリー。日頃美味しい物を食べさせてもらってるお礼は絶対するからね」
「ありがとうございます」
「天才は大変ですねぇ」
ティール様がノエルさんを見ながらしみじみと言って、言われたノエルさんは複雑そうな顔をした。
「ティールに言われても嬉しくないんだけど」
「褒めましたよ?」
「天才ティールに言われてもあんまり」
「馬鹿にしてないですよ?」
「ティールがそんな性格じゃないのは知ってるけど、なんかもやっとした」
「えぇ? 理不尽では?」
ラズロさんの顔色を伺うと、首を横に振られた。
「ほっとけ。いつものじゃれあいだ」
それを聞いて頷く。
「そう言えば宵鍋行くんでしょ? 僕も行く」
「おぅ」
今夜は人数も多いし、楽しい夜になりそう。
今日も宵鍋は大にぎわい。
外にいても店の笑い声が漏れていた。
扉を押すと、店から漏れた熱気が顔に当たって、一緒に料理の匂いが鼻とおなかを刺激する。
奥の空いた席に座る。
出来上がったチーズは、前にラズロさんが宵鍋に届けてくれた。
乾杯用の飲み物を手に取り、グラスを軽くぶつけあう。
「大分寒くなりましたねぇ。エールで肝が冷えました」
「冬の入りだからね」
「今年も出ると思われますか? 冬の王」
「どうだろうね。さすがに毎年だと各国も大変だとは思うけど」
「昔は大変でしたよねぇ」
ティール様が懐かしそうな顔をする。対照的にノエルさんは疲れた顔になる。
僕の視線に気が付いて、ノエルさんが苦笑いを浮かべた。
「僕とティールがまだ駆け出しの頃、毎年のように冬の王がこの国に現れていたんだよ。
さすがに僕たちは討伐隊には参加していなかったけどね」
頷くティール様の横で、ラズロさんがテーブルに並んだ料理を皿によそり、みんなに回してくれる。
「それまでこの国は騎士と魔法使いが主戦力だったんだ。度重なる襲撃で戦い方を短期間で済むように、被害を最小限にするにはどうすれば良いかを模索していた」
「私の師匠が術符を使った戦闘を考案してから、魔術師の地位が向上したんですよー」
ノエルさんやティールさんが駆け出しの頃、と言うことはそんなに前のことじゃないんだ。
「主な原因はクロウリーの作ったダンジョンだったり、術符だったんだよね。それを一つずつ片付けていくうちに冬の王が出現するのを抑えられるようになった」
「あれはあれで厄介でしたが、彼の残したダンジョンや術符のお陰でこの国の魔術が発展したのもあって、魔術師としては複雑な気持ちです」
「冬の王との戦いで命を落とした者も多かったからね、複雑だよね」
「おらおら、くっちゃべってばっかいねぇで、メシは美味い時に食え」
しんみりした空気をラズロさんが吹き飛ばしてくれた。みんな顔を上げて、ザックさんの料理を口にする。
「あぁ、美味しい。このクロケット、中にチーズが入ってるよ。トマトのソースとの相性も抜群だね。何個でも食べられそう」
クロケットをフォークで半分に割ると、中からとろりとチーズが出てきた。
あ、もしかしてこれ?
顔を上げてザックさんを見ると、頷いた。
僕が作ったチーズを入れてくれたんだ。
クロケットを頬張る。
サクサクした衣に、いものほくほくした食感。とろりとしたチーズ。トマトソースの酸味で口がすっきりするからなのか、もっと食べられそうな気がする。ノエルさん、同感です。
『美味いな』
気に入ったのか、パフィもクロケットをぺろりと平らげていく。
結構熱々なんだけど、猫舌じゃないの……?
『美味いが、もっとがっつりしたものが食べたいぞ』
「おう、そのがっつりした奴だ」
テーブルの真ん中に、ジュウジュウ音をさせた肉の塊が置かれた。
肉の上にたっぷりのチーズ。
「肉は濃すぎるぐらいに味付けしてあるから、チーズに絡めて食えよ」
『大きいところを寄越せ』
「はいはい」
大きな塊をパフィの皿の上にのせる。
がぶりと肉に噛みつく。
『胡椒が効いて辛いぐらいだが、チーズのまろやかさと良い組み合わせだな。何をしている、新しいのをのせろ』
「チーズ美味しい?」
『悪くない』
満足そうに目を細めた。
「アシュリーも食べて食べて」
ノエルさんが肉とチーズを皿にのせてくれた。
「ありがとうございます」
チーズをたっぷりつけてから肉を食べる。
表面がカリッとしてるけど、肉は柔らかくて、じゅわっと肉汁が噛むたびに出てくる。
中までしっかり味が付いていて辛いけど、チーズがやわらげてくれる。
「冬の王のことは心配ですけど、僕は一座が楽しみです」
「うん、もうじきだね」
「次の休息日からだもんな。オレも今から楽しみだ。何食うかな」
「一座より出店のほうが楽しみなの?」
呆れたようなノエルさんの問いにラズロさんがにやりと笑う。
「当然だろ。全力で楽しむんだよ。祭りなんだからな。恥ずかしがってる暇なんかねぇの」
「ラズロのその遊びに全力なところが別の分野に向けられてたら、ひとかどの人物になっていたんじゃないかなって思うんだよね」
ノエルさんの言葉にうんうんと頷くティール様。
「あぁ? なんだと頭でっかちどもめ。オレの人生にケチつけるなんざいい度胸だ。飲め!」
そう言ってエールを飲んで笑う三人。本当に仲良いなぁって思う。
『全力で遊ぶことに関しては賛成だな』
「パフィはなんだかんだ言って、やると決めたら全力だよね」
『なんでもかんでも全力でなど出来る訳がないだろう。そんなことを言う阿呆は放っておけ。
打ち込みたいと思うものがあったなら全力を注げ。上手くいったら最高に気分が良くなる』
「失敗したら?」
『悔しくなるな』
「悔しくなるだけ?」
パフィのしっぽがぺちぺちと叩いてくる。
『全力でやって失敗したときの悔しさと、中途半端の悔しさが同じな訳あるまい。馬鹿だなおまえは』
なんだか、わかるような、わからないような……?
パフィの言葉を頭の中で繰り返しながら、肉を頬張る。
『人の一生など我らからすれば一瞬だ。その短い人生で何かを得んとするから人間は面白い』
褒めてるんだよね?
『死ぬときに、楽しかったと言って逝けるようになれ。もっと遊びたかったと言うのも良い。
何も得ずとも良い。生きるとは星の瞬きだ。
我ら魔女にも神にもない光を放つ。それが人だ。命持つ者にしか出来ん』
「わかったような、わからないような?」
『おまえはまだ子供だからな』
顔を上げると、ノエルさんたちはパフィを見て真面目な顔をしていた。
みんなは大人だから、パフィの言うことがわかったのかな。
ラズロさんが笑顔で言った。
「目の前のものに全力で生きてりゃ、楽しいってこった」
僕の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「なにがあってもね」
そう言って優しく微笑むノエルさん。
「失敗すら思い出になりますしね」
やりたいことを、出来ることを、頑張れたなら。
上手くいかなかったことも思い出になる。
「下手でも一生懸命踊る奴を見て、みっともないと笑うか、一緒に踊るか。どっちも馬鹿だけどな、一緒に踊れば楽しいぞ、きっとな」
あぁ、それならわかる。
上手くいかなかったね、って笑いあえたら、きっと楽しい。
「はい」




