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前代未聞のダンジョンメーカー  作者: 黛ちまた
第三章 ダンジョンメーカーのお仕事

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050.新しい娯楽と小さな一歩

 チーズ作りは順調に進んでいる。

 煮て固まったチーズをさいの目のように切ると、じわりと水分が出てくる。湧き水みたいに出てくるので楽しい。


「おぉー、なんだこれ、じわじわ湧いてくるぞ?!」


 鍋の中をゆっくり大きくかき混ぜながら弱火で煮ると、更に水分が出てくる。混ぜてほろほろに細かくなったチーズの元と水分が、上と下に分かれていく。

 この分かれた水分は、飲むとヨウルトを薄めたような味がする、少しくすみのある透明な液体。身体にとても良いものなのだけど、味が薄いからと好む人は少ない。


「チーズは固まりだろ? この液体はどうするんだ? 捨てるのか?」


「僕は料理に使ってますよ」


 勿体ないから、酸味のあるスープを作る時に使う。タマネギの皮を剥いて、十字の切れ目を半分ぐらいまで入れて、ことこと煮込む。ちょうど端肉を煮込んで出たスープもあるから、それと合わせて煮込もう。酸味と、タマネギの甘味と、端肉の旨味がして、きっと美味しい。

 一緒に食べるようにパンも仕込んでおこう。時間がないから、あんまり寝かせておく時間はないけど。

 作りたいスープの話をすると、ラズロさんは間違いないな、と頷いた。


「美味そうだ! なんか手伝う事あるか?」


「あ、助かります。水分を別の器に移したいんです」


 水分──ラズロさん、液体って言ってた、液体は重いから、これだけの量があると僕だと持ち上げられない。


「おぅよ」


 移し替える鍋の上に僕がザルを持ち、ラズロさんが鍋を持ち上げてゆっくりと流し込む。


「重くなったら言えよ。一旦別の器にそのチーズの元を入れようぜ」


「はーい」


 僕が非力なのもあって、チーズの元を何度か器に移す事になったけど、こぼしたりもしないで、全部移し替える事が出来た。


「新しいもの作りってな、ワクワクしてくるもんだな。チーズなんか作ろうと思った事なかったのにな」


「村と違って、王都は色んな人がいて、店で買えますもんね」


「それはある」


 村にも店はあるけど、手に入らないものは自分たちで作らなくちゃいけない。


 作ってもらった木枠を金ダライの中において、おろしたてのキレイな布をのせ、その上にチーズの元を入れていく。

 僕の顔ぐらいはある大きな木の枠には穴が空いているから、布を敷いておかないと、チーズの元が穴に詰まってしまう。この穴はまだ残ってる水分を出す為に空けてあるから、詰まらせてはいけない。


「んで? 少しずつ重しを乗せるんだっけか?」


 そうです、と答えて布で包んだチーズの元の上に水を張った小鍋をのせる。

 しばらく二人で見守っていると、じんわりと水分が穴から滲み出して、金ダライの底に出てくる。

 とは言っても、最初にたくさん出て、あとはあんまり出ない。

 落ち着いたと思ったら出てきた水分を別の器に入れて、重しを増やす。

 ふた晩おけばもう出なくなる。今日はまだ早い時間だから、今夜ひと晩置くぐらいでも大丈夫そう。







 チーズ作りがひと段落したところで、ノエルさんがやってきた。

 心なし、機嫌が良さそうに見える。


「ノエルさんもヨウルト食べませんか?」


「ヨウルト? アシュリー作ったの?」


 カウンターに座ったノエルさんに、ラズロさんがよっ、と声をかける。


「ザックさんのところで種をもらって、作り続けているんです」


 ノエルさんは細身だけど沢山食べるので、器にヨウルトをたっぷりよそい、蜂蜜をかけてスプーンと一緒に渡す。

 蜂蜜以外にヨウルトにかけられるもの、何かないかな。果物とか良いかも知れない。干した果物でも大丈夫かな?


「ありがとう、アシュリー。

昨日は遅くまで書類を作っていたから睡眠が足りなくって。ダンジョン蜂の蜜、ありがたくいただきます」


 そう言ってノエルさんはヨウルトを食べ始めた。

 美味しそうに目を細めているノエルさんを見ていると、こっちも嬉しくなってくる。


「アシュリー、この前宵鍋で言った事を覚えてる?」


 この前?


「エスナさんの事ですか?」


 そう、と答えてノエルさんは頷く。


「この国は立て直しの最中で、皆も頑張ってくれてはいるけど、やっぱり疲れるでしょう? これまで安定していたものが不安定になっている訳だから不満が溜まりやすくなる。

不満は不満を呼ぶから……状況は簡単には改善出来ないし、不満をね、解消とまではいかずとも、どうやって改善していくかが課題だったんだよ」


 こんな風に言うってことは、見通しがついたってことなのかな。


「吟遊詩人なんかはそれぞれが店と契約をする訳だけど、その契約のない時に広間で芸を披露してもらおうと思うんだ。勿論、国から報酬を支払うよ」


 なるほど。


「同じ芸ばかり見ていたら飽きがくるだろうよ。かと言って外からの出入りはあまり多くしたくないしなぁ」


「そうなんだよねぇ……」


 うーん……とノエルさんとラズロさんが同時に唸る。


「劇、やる」


 ナインさんがひょこりと顔を出して言った。

 いつの間に来たんだろう。話に夢中になっていて、気が付かなかった。


 ヨウルトをナインさん用によそって渡すと、ナインさんはノエルさんの横に座った。


「ナイン、劇って、演劇の事?」


 ノエルさんの質問にナインさんが頷く。


「あー、あれか」


 僕以外、みんな分かってるみたいだった。

 劇ってなんだろう?

 ラズロさんが僕の頭をぽんと叩く。


「オレも一度しか観た事ないんだけどな。

昔から言われてる話があんだろ? 村とかでもさ。

英雄が魔物を倒してうんたらかんたらとか、そう言う奴」


 頷く。

 母さんが話してくれたものや、村の年寄りが教えてくれたものとか、昔話は色々ある。


「あの手のをな、人がなりきるんだよ」


「そうそう、話として聞くのも楽しいけど、目の前で実際に人がやるとね、面白さが増すんだ」


「へぇーっ」


 昔話は、話す人によって面白さが変わった。人がやったらもっと、なんていうか本当にあったことみたいに思えて楽しいのかな。


「劇の為に衣装や小物なんかも必要になんだろ。

なんだったら国がやれば良いんだよ。そうすりゃ国にとって困るような内容なんかは演じられずに済むしな」


 ノエルさんはうんうん、と頷く。


「面白そうだね、殿下に奏上してみるよ」


「衣装や小物なんかを発注すれば仕事も増える、仕事も増える、娯楽も増える。良いと思うぜ」


 楽しみが増えて、仕事も増えるのなら、良いことだらけな気がする。


 ナインさんは美味しそうにヨウルトを食べる。

 酸っぱいのも好きみたいで、蜂蜜は入れずに食べる。


「美味しい」


「おかわりもらって良い?」


 ノエルさんから差し出された器にヨウルトを入れる。


「おまえも牛と同じで胃がいくつもあるんじゃないだろうな?」


「多分ないと思うよ。確かめた事がないから分からないけど」


 あの細い身体のどこに入っていくんだろう、本当に。







 チーズ作りで出てきた液体を鍋に移して、端肉の煮汁を加えて火にかけて混ぜ、なじませる。

 その中に皮をむいて十字の切れ目を入れたタマネギをそっと入れて煮込む。

 ある程度煮込んだら火を止めて、中まで味が染み込むようにしないとな。


「さっきの話なんですけど」


「演劇か?」


 そうです、と答える。


「ラズロさんもノエルさんもナインさんも、皆知ってるんですね」


「昔旅をした事があったって言っただろう?」


 旅をして、海を見たって言ってたな。

 色んなものを見たり、聞いたり、感じたり。

 なんだか羨ましい。


「そん時にな、観たんだよ。ノエルもそうだろうが、ナインのはクロウリーとかいう奴の記憶だろうな。

オレが演劇を見たのは北の国だったから」


「北の国にもそういったものがあるんですね」


 僕の中で北の国はあんまり良い印象がない。

 だからちょっと意外。

 民を喜ばせる為の演劇をやるなんて。


「貴族の為の娯楽が異様なまでに進んだ国だったけどな、平民向けの劇もあったんだよ」


 ……やっぱりそうなんだ。思っていた通りで、それはそれでがっかりしてしまう。

 あ、でも平民向けのがあるんだから、まだ良いのかな?


「ノエルは家が家だしな、他国に行った事も何度もあるだろうし、知っていてもなんら不思議じゃねぇな」


 ノエルさんのお家はとっても大きな家だって言ってたし、元は別の国から来たとも言ってたから、知ってても不思議はないかな。


「楽しみですね」


「楽しめるもんが増えるのは大歓迎だよな」


 頷いて、最後のタマネギを鍋に入れて蓋をする。


 劇、難しいかな?

 僕みたいな子供でも楽しめるものだと良いな。


「劇って同じものをやり続けるんですか?」


「そんな事ねぇよ。半年ごとに演じる話を変えてたぜ」


「へぇーっ」


「女が好みそうな恋物語。男の浪漫、英雄譚」


「僕のような子供でも分かりますか?」


「分かんない所は教えてやるよ」


「ありがとうございます。楽しみですね!」


 おぅ、と答えてラズロさんは笑った。


 あまり煮込み過ぎるとタマネギが溶けてしまうので、ほどほどに煮込んだところで火を止めて蓋をする。残った熱で中まで火が通るし、味もしみていくから。


「いつか行けるようになるだろ」


 顔を上げてラズロさんを見る。


「ノエル達も頑張ってるしな、なにしろおまえ、あの水晶だったか? あれ持ってたら手出し出来ないんだろ? 最強じゃねぇか」


 僕自身は最強からは程遠いけど、ありがたい事に守ってくれる人たちがいて、今はトラスもいるから、確かにそうなのかも。


「そうですね」


 北の国とか、南の国とか、クロウリーさんを手にかけた魔女とか……どうにか出来る日が来るのか分からないけど、大変なことが起きないといいなって思う。

 今回のことで、王都の人たちの辛そうな顔を見てるだけで暗い気持ちになって、今だって不安はなくなってはいないし、あの時の不安な気持ちは上手く言えないけど、真っ暗で明かりのない夜の中を歩いてるみたいな、そんな心細さだった。

 ノエルさんや殿下の頑張ってる姿を見て、僕も頑張らなきゃって思えたし、パフィがいたからやってこれた。


「……心や身体が疲れたらな、たくさん食べて、たくさん寝るんだ」


 突然ラズロさんが話し始めた。


「次はな、心を甘やかすんだ」


 心を甘やかす?


「悪いほうにじゃないぞ? 良いほうにだ」


 心と身体が疲れたらって言うのは、この国に起きたことを言ってるんだろうな。

 甘やかすっていうのは、娯楽をってことなのかな。


「あまり甘やかしすぎは良くねぇけどな。

疲れてたら前に向かって歩けないだろ?」


 そうだよね。


「そうしたら、駆け足じゃなくて良いからな、一歩ずつ前に進めば良いんだよ。進む早さは遅くてもな、それをみんなでやれば大きな一歩、って奴だ」


 みんなでやれば、大きな一歩。


「僕とラズロさんの一歩ずつを足したら二歩ってことですね」


 そうだ、と言って笑うと、ラズロさんは買い物に行ってくると食堂を出て行った。


 ひと休みしようと思って、ヨウルトを器によそり、蜂蜜をかける。


 心と身体が疲れたら、おなかいっぱい食べて、たっぷり眠る。

 少し自分を甘やかして、心に元気をあげて、そうしたら一歩前へ。

 一歩が踏み出せない人がいても、みんなが踏み出せれば、進む。


 僕の一歩は小さいけど、無駄じゃないんだってラズロさんは言ってくれた。

 中途半端なスキルしかないと父さんたちを悲しませたけど、中途半端だから駄目だとか、そう言うことじゃないんだなって、ラズロさんの言葉で思った。

 歩けるなら歩いて、疲れたら休んで、また歩く。


 ラズロさんはよく言ってた。

 焦るなよ、って。

 きっと、そう言うことなんだろうな。


 僕の一歩で、助かる人がいるかもしれない。

 誰かの一歩が、僕を助けてくれるかもしれない。


 それはきっと、すごいことだと思う。


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