005.猫
ミルクトーストとグラタンで使ったけど、それでもまだ残っているミルクをどうしたものかと、ラズロさんと考える。
「昨日のクリームでさ、スープ作れたりしねぇかな」
スープ。
野菜置き場を見ると、ジャガイモと、葉がふさふさしてきちゃっているニンジンと、芽が生え始めてしまっているタマネギが沢山あった。
「具がたっぷり入ったスープとかどうですか?
ジャガイモがまだまだ沢山ありますし、ニンジンも葉がふさふさしちゃってるので使ってしまいたいですし、タマネギも発芽しようとしちゃってますし。腸詰も沢山ある事ですから、入れちゃいましょう」
スープに具がたっぷり入ってたら、それで満足出来るんじゃないかな。
「美味そうだな、それにしよう。あとはパンも大量に余ってるから、それを付けるか」
在庫を見てくると言って、ラズロさんはパンを保存してある棚に向かった。
直後、ぬあー!!! という何とも言えない叫びが聞こえた。どういう状況になると、そんな叫びが出るんだろう……?
慌ててラズロさんの元に向かうと、棚の中のパンがむちゃくちゃになっていた。
ネズミにやられたのだ。確かに、これはぬあーってなる!
「やられた……!」
ネズミにあちこち齧られてしまったパンを、皆に出す訳にはいかないし。
だからと言って買いに行くのも間に合わなさそうだし……。
「粉と水と塩で作れる、僕の村でよく食べていた簡単パンを焼きます。スープを先に作って、煮込んでる間に生地を作って焼けば、時間がかからないから直に焼けます」
ラズロさんとジャガイモやらニンジンやらをスープ用にカットしていく。ニンジンの葉は、コッコ用にもらった。
「棚の下にこぼれたパン屑さ、コッコ、拾って食ってくれねぇかな。あれ掃除するの時間かかりそうでさ」
確かに。
「コッコに頼んでみます」
おう、とラズロさんは返事した。
裏庭でミミズを突きまくっているコッコを捕まえて、パン棚の下に放つと、一心不乱にパン屑をついばみ始めた。
「ネズミ、何とかしねぇとなぁ」
「パン、捨てますか?」
ラズロさんは首を横に振る。
「いや、置いとけ。それがなくなって他の食材を食われたらたまらんからな」
なるほど。
ラズロさん賢い。
「アシュリー、おまえ、今度猫でもテイムしてきてくれよ」
猫?
あぁ、ネズミ対策に?
「もし見かけたら、試してみます」
「頼むわ」
猫かぁ。コッコがいるんだけど……大丈夫なのかな……。
テイムされたもの同士が仲良くなるなら、いいんだけど。
「猫もいいなぁ、と思うんですが、僕、スライムをテイムしてみたいです」
「スライムぅ? 何でまた?」
「僕のいた村に、たまたまテイマーの能力を持った人が立ち寄った時、スライムにゴミを食べさせていたんですよ。あっという間に跡形もなく食べてしまって」
「あぁ、スライムは何でも食うからな」
僕の言葉にラズロさんは頷いた。
「それはいいな。猫とスライムと牛をテイムだな」
テイムの使い方を間違えている気もしなくもないけど、僕のような弱いテイマーには、丁度いいかも。
「今度のお休みに、僕、探しに行ってきます」
「どうやって?」
え?
「城壁の外にしかスライムはいないぜ? アシュリーは誓約書にサインしているから、外には出れねぇし」
あーーっ! そうだった!!
僕が先日サインした誓約書には、許可なく城壁の外に出てはいけない、と書かれていた。
「クリフやノエルに聞いてみろ」
「うぅ……そうします……」
また、二人に迷惑をかけちゃう……。
クリームスープと簡単パンはみんなに好評だった。
パンが焼きたてを直に出せたのがまた良かったみたい。あと、パンがカチカチじゃないから、それも良かったみたい。
簡単パンは塩と水と粉を混ぜてこねて、生地に水分がしみこむまでちょっと置いておいて(放っておけばおくほど、生地が落ち着いて美味しくなるので、少し多めに作っても平気)、それを適当な大きさに千切って麺棒で丸く伸ばしたのを、フライパンで焼けば出来上がり。油も引かなくていいし、直に焼けるから、忙しい時でも作れる。村での主食だった。
「なるほどねぇ。猫とスライムかぁ」
ノエルさんがスープを食べながら言った。
今日はクリフさんも一緒に来て、スープを食べてる。
「オレとノエルが身元引受人になってるからな、オレ達のどちらかが一緒なら城壁の外に出ても大丈夫だ。
今度の休みに行くか」
「ありがとうございます、クリフさん!」
「スライムは良いとして、猫って結構難しくない?」とノエルさん。
「そうなんですか?」
「だってすばしっこいでしょ。アシュリーが捕まえるのは結構大変そう」
……あ、そういう……。
確かにそうかも。
警戒心も強いだろうし、猫は難しいかな。
「テイムしたもの同士とは言え、コッコと一緒にいて大丈夫なのか?」
クリフさんの言葉に、ラズロさんがあ! と声を上げる。
「僕も、そこは心配です」
「テイムした魔物同士が争う事はないよ、大丈夫」と、ノエルさんが苦笑しながら言った。
それにしても。
「ノエルさんは本当に物知りですね」
僕の疑問に何でも答えてくれる!
にこにこしながら僕がそう言うと、ノエルさんが無表情になった。
「……なんか僕、魔法使いになって初めて良かったって思った……」
ノエルさんがぽつりと呟くと、ラズロさんがすかさずアホか、とツッコミを入れた。
「だってホラ、みんな出来て当たり前って感じで褒めてくれない。アシュリーは褒めてくれる。午後も頑張れそう」
「神童と呼ばれた男が褒められたいとか、臍で茶を沸かすわ」
「僕だって人の子ですけど?」
クリフさんは立ち上がると僕の頭をわしわし撫でて笑顔になった。
「アシュリー、美味かった。また明日も食べに来る」
ではな、と言ってクリフさんは食堂を出て行った。
ノエルさんもスープを食べ終えると、ふぅ、と息を吐いた。
「あぁ、美味しかった。ご馳走さま。
心もお腹も満たされたので、頑張ってくるねー」
僕達にひらひらと手を振ると、ノエルさんも食堂を出て行った。
「ノエルさん、神童って呼ばれてたんですか?」
ラズロさんに聞くと、またコーヒーを飲み始めた。
「まぁな。普通あの若さで魔法師団の副長とかありえねぇからな」
「クリフさんも若いですよね?」
「あの二人は歴代の中でもずば抜けてイカレてんだよ」
イカレてるって……。
それだけ凄い人達なんだ……。
「アシュリーと会った時だってな、あり得ないぐらい難しいミッションだったって聞くぜ?」
へぇーっ。
「オレには小難しい事は分かんねぇけどよ、あの二人は破格なんだよ、色んな意味でな」
そんな二人に出会えた僕は、幸運だったんだろうなぁ。
パンくずをお腹に回収し終えたコッコを裏庭に放し、厨房に戻った所、裏庭からコッコの悲鳴が聞こえた。
裏庭に行くと、コッコが猫に乗られていた。
乗られていたんだけど、なんか様子がおかしい。
コッコに噛み付いていない。
そうかと思うと、猫はパタリと倒れた。
「?!」
慌てて駆け寄ると、猫はお腹のあたりが真っ赤で、呼吸が荒かった。
死んじゃう! 猫が死んじゃうよ!!
「おーい、アシュリー、今コッコの声が……ってそれ、猫か?」
背後からラズロさんの声がした。
「ラズロさん、猫が死んじゃう! どうしよう! 猫が!」
「ちょっと待ってろ!」
猫のお腹を気持ち心臓より上にして傷を圧迫し、これ以上血が出ないようにする。
みるみる僕の手が真っ赤に染まっていく。
長い時間待ったような気持ちになった時、足音が聞こえた。ラズロさんかな。
「アシュリー! 待たせた!」
「アシュリー!」
ノエルさんの声だった。
僕は振り返って半泣きのまま、ノエルさんの名前を呼んだ。見ると、トキア様までいた。
「ノエルさん……猫が……猫が死んじゃう……」
「アシュリー、手を離して、直ぐに治療するから」
トキア様は猫のお腹の上に手をかざすと、何やら聞きなれない呪文を唱えた。手から光が溢れて、お腹に吸い込まれていく。
それに合わせて、血が溢れなくなっていった。
「内臓と皮膚の表面の傷を癒した。これで死にはしないだろう」
「ありがとうございますっ、トキア様、ありがとうございますっ」
水魔法で自分の手と猫の身体を洗い、風魔法で乾かした。
猫の呼吸はさっきより落ち着いてきて、一度目を開けたけど、また目を閉じた。
「茶ァ、淹れたぞ」
ラズロさんに呼ばれて、食堂に戻る。
何があったのかを説明してくれと言われたので、あったままを説明した。
「傷を抱えたまま、狩りをしたんだろうなぁ」
猫は僕の膝の上で寝ている。どうも嫌じゃないみたいだ。
「トキア様、本当にありがとうございました」
「いや……ラズロがアシュリーが大変だと言うから来てみれば……猫とはな……」
息を吐くトキア様。お忙しいだろうトキア様とノエルさんを連れて来た理由がそれって……。
ラズロさんは悪びれずに言った。
「アシュリーがパニックになってて大変だったからな、何も間違ってない」
うわぁ……そのお陰で猫は助かったけど、さすがにそれは僕でもどうかと思う、ラズロさん!
「アシュリー、この猫の傷が治ったら、テイムすれば?」
ノエルさんが言った。
膝の上ですやすや眠るその姿に、そうなってくれたら良いな、とは思うものの、無理強いはしたくないなとも思った。
「そうですね、もし猫が僕にテイムされてもいいって思ってくれたら、そうします」
猫、何なら食べれるかなぁ。
目が覚めたら栄養のあるものを食べさせてあげたいんだけど……。
出血いっぱいしてたし……。
「アシュリー、ちょっと良いか?」
トキア様に声をかけられて、慌てて顔を上げる。
「は、はいっ」
「面白い魔法の使い方をしていたな」
「え? あ、手を洗っていたからですか?」
「そうだ」
「アシュリーは料理でも魔法を使うんですよ」
ほぅ、とトキア様は呟くと顎を撫でる。鳶色の瞳がじっと僕を見つめていて、落ち着かない。
「魔力の少ない者でも、アシュリーのように魔法を使えば、日々の生活が楽になるかも知れんな」
生活の殆どを魔法に頼ってる僕としては、頷くしかない。
「とても便利ですよ」
トキア様は目を閉じて何か思案し始めてしまった。
ノエルさんを見ると、ノエルさんはにっこり微笑んで、「大丈夫だよ」と言ってくれたので、気にしない事にする。
「アシュリー、猫は肉食だから、余ってるお肉なんかがあったら食べさせてあげるといいよ」
「あ、ありがとうございます」
そうだよね、さっきコッコを狙ってたしね。
猫の傷、早く良くなるといいなぁ。
「おまえ、助かって良かったね」
そっと撫でると、猫はうっすら目を開けて、みゃ、と鳴いてまた目を閉じた。
犬猫が好きッス!