044.僕と違う魔力
目が覚めたら城にある僕の部屋で、ベッドに寝かされていた。
ダンジョンそのものじゃなくて、階層の一つしか閉じていないのに疲れてしまって、帰りの馬車の中で寝てしまったのを覚えてる。
僕が起きたのに気付いて、ネロが僕に頬擦りする。
フルールも寄って来たので、頭を撫でる。
「心配させちゃった? ごめんね」
格好も寝間着に着替えさせてもらってたみたいで、着替えて食堂に行く。
「アシュリー、起きたか」
ラズロさんに声をかけられる。
ノエルさんとクリフさん、ティール様、ナインさんもいた。パフィもいた。
「大丈夫?」
心配そうにノエルさんが僕の顔を覗き込みながら聞く。
「大丈夫です。ごめんなさい、眠ってしまって」
「いや、そんな事は気にするな。
身体に違和感はあるか?」
「身体が熱いぐらいで……凄くおなかが空いてます」
僕の言葉に皆がほっとした顔をする。
「でも、何かあったらすぐに言うんだよ」
「はい、ノエルさん」
帰りに屋台で買ったと言う串焼き肉を、ラズロさんが温めてくれている間に、ティール様から揚げ菓子をもらった。
冷めてるけど、美味しい。
『アシュリー、食べ終えたら水晶に力を注いで来い』
「パシュパフィッツェ様、アシュリーは慣れぬ事をして目覚めたばかりです、それは明日でも……」
僕を気遣ってノエルさんがパフィに言ってくれた。パフィはふん、と鼻で笑う。
『アシュリーが眠り続けたのは、体内に許容量以上の魔力が入り込んだ為だ。とっとと出さないとまた寝込むぞ』
魔力が入り込んだ?
「パフィ、どうして僕に魔力が入り込むの?
ダンジョンにあった魔力が入っちゃったってこと?」
そうだ、とパフィが答える。
『階層が内包していた魔力が、閉じた際におまえの中に入ったようだな』
それってこれから先、ダンジョンを閉じるたびにそうなるってこと?
『大気中に霧散すると思われた魔力が、閉じたダンジョンメーカーの体内に入るとなると、クロウリーが作ったダンジョンを閉じる事もままならんな』
うーむ、と唸うパフィを皆で見つめていたら、ラズロさんが温まった串焼き肉を持って来てくれた。
「とりあえず食え」
「ありがとうございます」
遠慮なく肉を頬張っていたら、横から細長い舌が伸びてきて、肉がごっそりなくなった。
見るとアマーリアーナ様──の大蛇がいた。
ごくりと喉を鳴らして肉を飲み込む大蛇を、パフィが睨む。皆は唖然とした顔で見てる。
『アマーリアーナ、私の分がなくなったではないか』
パフィ、言うべきことはそれじゃないよ。
『なかなか美味しいわね』
アマーリアーナ様も、たまにこうして来るんだけど、実は暇なんだろうか……?
からっぽになってしまった皿を、僕は少し恨めしい気持ちで見る。まだ少ししか食べてなかったのに。
肩を叩かれて顔を上げるとラズロさんで、ちょっと待ってろ、と言って厨房に戻って行った。
もしかして、なにか作ってくれるのかな……。
『水晶を持って行けばいいのよ』
水晶?
……あぁ、さっきの続きを話しているんだ。
『もう核が出来ているのなら、持ち運んでも大丈夫な筈よ』
『確かにな』
水晶──トラスを持ち運ぶ?
『持ち運んでも大丈夫なようにまじないをかけに来たのよ』と言って、赤くて先の割れた舌をチロチロとさせるアマーリアーナ様。
『水晶の出来上がりも早くなるし、その地に余計な魔力を滞留させる事もなくなる。まぁ、悪くないな』
そうなんだ。
ラズロさんが作ってくれた料理を食べながら、パフィとアマーリアーナ様がダンジョンに向かうのを見送る。
面倒くさがりなパフィは、大蛇の上に座っていた。
「すっげぇ図だな……」
「本当にね……」
ラズロさんの感想にクリフさんが頷く。
「……で? その魔力水晶って奴を持ち運べるようになると、アシュリーが倒れなくなるんだな?」
「パシュパフィッツェ様がおっしゃるにはね。
実際、クロウリーが作成したダンジョンの階層は深い。都度都度魔力がアシュリーに流れ込んで昏睡状態になるのは危険を伴う。今回は近場だったからまだ良かったけど、遠く離れたダンジョンからここに戻るまで、ずっと眠り続けてアシュリーの身体に負担はないのか」
確かに。
トラスを持って行って、その場で僕の中に入ってしまった魔力を注げたなら、眠り続けなくて大丈夫そうだし。
後は、閉じた後にとてもおなかが空いてしまう事かな。
保存食だと持てる数も限られていると思うんだよね。
それから、馬車の中での時間の過ごし方。数時間でも皆する事がなくなってしまっていたから。
「アシュリー、改善したい事とか、気になる事があったら教えてくれる?」
ちょうど考えていた事を聞かれたので、食事について話した。三人とも頷く。
「そう、アシュリーが眠っている間にも話していたんだけど、食事は大事だよね。
アシュリーの村から王都に向かう途中、アシュリーは料理していただろう? 食器やら調理器具は馬車に積み込めるから良いとして、問題は食材だよね」
酢漬けの野菜なんかを持って行くとしても、沢山は持って行けないし、氷室に入れて保存するものだし……。
「ティールが物を転移させてる術符は使えないのか?」
クリフさんが尋ねる。
「あれは受け取る側を固定しなくてはいけないんですよ。送る側は大丈夫なんですけどねぇ。すみません、お役にたてず」
便利なものだけど、そんな簡単なものではないんだね。
「じゃあやっぱり、野生で食べられそうなのを見つけたら仕留めないとね」
ノエルさんの言葉にクリフさんの目が光った気がした。
飼育された家畜と違って、野生の動物は赤身が多い。
季節にもよるけど。
今から冬にかけてだと脂ののったものが多いだろうな。
血抜きをすぐにするとしても、仕留めた動物によっては大きくて食べ切れないだろうから、保管するなり置いて行くしかないのかなぁ。
「ティール様、氷室のような物は魔術で作れますか?」
僕の質問にティール様は笑顔で頷く。
「大丈夫ですよー。ここに魔力の宝庫みたいな人がいますし、氷魔法を使ってもらえば凍らせる事も可能です。
私も魔力ならノエル程ではありませんがありますから、安心して下さいねー」
ノエルさんがティール様を睨む。
「仕留めた動物の肉の保管をアシュリーは心配してるんだよね?」
「はい。もし氷室のようなものがあるなら大丈夫かと思います」
川があったら、そこで釣りをすれば魚が獲れるかな?
「野菜がどうしても足りないですよね」
「野菜は途中の村で買えるなら買いたいですが……」
これから冬に向けて、各村々は野菜を長期保存出来るように仕込んでいくはず。まったく買えない訳じゃないだろうけど。
酢漬けや塩漬けした野菜を持って行くしかないかなぁ、やっぱり。
「最悪の時はこれでも使え」
ラズロさんが僕達の前に本を投げた。
「おや、これは」
ぅわ、とノエルさんが嫌そうな声を出して、クリフさんが目を閉じた。
「持てるだけ持ってけば、役に立つかもしんねーぞ」
表紙には、美味しい魔法薬学と書かれていた。
書いた人は勿論レンレン様。
「本来なら拝みたくもない代物だけどな、それ、野草の事が書いてあんだよ」
野草。
そう言えばレンレン様の主食は野草だってラズロさん言ってたなぁ。
「前にまともなもんを食えって叱ったらな、それを寄越してきたんだよ……」
はぁ、とため息を吐くラズロさんを横目に、ちょっと本を見せてもらう。
中は野草の事が図解でびっしり書いてあった。
……うん、確かにこれ、役に立つかも。
あ、キノコのことまで書いてある。
ちょっと面白そう。
少ししてパフィとアマーリアーナ様が水晶を持って来てくれた。……と言うか、大蛇が口に咥えていた。飲み込んでしまったりしないよね?
『受け取れ』
慌てて立ち上がって、アマーリアーナ様から水晶を受け取る。
手の中でキラ、キラ、と水晶が光る。
「これが魔力水晶ですかー、初めて拝見しました」
近づいてきたティール様が、僕の手にある水晶を覗き込み、ほほう、と声を出す。ノエルさんもその横に立つ。
「僕も初めて見る。魔力の結晶と言うだけあって、凄い力を感じる」
僕はてっきり、ティール様は水晶に触りたがるだろうと思っていたんだけど、手を伸ばしてはきたものの、触ろうとしない。
ティール様を見ると、眉をハの字にしていた。
「触りたいんですけどねぇ……」
『もうまじないをかけてあるから無理よ』とアマーリアーナ様が答える。
『箱に入れようと何しようと、アマーリアーナと私がまじないを解かぬ限り、魔力水晶にはアシュリーしか触れん』
そうなのか。
手の中の水晶を撫でる。ひんやりとして、つるりとしてる。
呆れた声で『動物ではないぞ』とパフィが言う。
「うん、そうなんだけど、なんとなく」
僕は気になっていたことを口にした。
「どうやって側においておけば良いの?」
料理する時とか、風呂に入るとか、寝るときとか、どうすれば良いんだろう?
『説明するからまずは魔力を注いでおけ』
「うん」
目覚めてから身体が少し熱いなとは思っていたけど、もしかしてこれがダンジョンを閉じたときに取り込んでしまった魔力なんだろうか。
『ダンジョンの階層を閉じる際におまえは魔力を使用している。空腹はその証だ。
その後におまえの中にダンジョンが持っていた魔力が流れ込んだんだろうが、おまえの魔力ではないから吸収出来ないからな。
身体が熱いのは出口を求めて魔力がおまえの体内で暴れていた所為だ』
手の中にある水晶に少しずつ魔力を注ぐ。
注いでいくうちに身体の熱っぽさも取れてきた。
『とりあえずポケットにでも入れておけ』
そんなに雑な扱いで壊れたりしないのかな?
『箱に入れても駄目だと言ったでしょう?』とアマーリアーナ様。
頷く。
『水晶を持っている時はね、アシュリーから他の物や人に触れる事は出来るけど、反対は出来ないのよ。床もね』
……床?
『割れないって事だ。おまえが手で持って叩きつけない限りはな』
「そんなことしないよ?!」
『分かってる。ものの例えだ。
水晶を持つ限りおまえを害する事は出来ない』
「凄いですねー、古の魔女二人による絶大な加護! 私もお願いしたいぐらいです」
そう言ってティール様はにこにこ笑う。
『勝手について来たりはしないからな』
「分かった」
ポケットにそっと水晶を入れて、服の上から撫でる。
見えないけど、ポケットの中でキラ、と光ったような気がした。
「よろしくね、トラス」
『まぁ、水晶に名前を付けているの?』
アマーリアーナ様に驚かれてしまった。
大蛇の目はただでさえ丸いのに、更に大きくなってまんまるになっていた。
「なんだか愛着がわいてしまって」
呆れ顔のパフィにノエルさんが苦笑いを浮かべるけど気にしない。
名前があるほうが、大切にしようって思えるし。
いつもポケットに入れられるのも窮屈だろうし、魔力を吸収して大きくもなるだろうし、なにか考えないとなぁ。




