043.ダンジョンを閉じる
ノエルさんとクリフさんが揃って食堂にやって来た。
二人とも忙しいから、一緒になるのは珍しい。
カウンターに二人は腰掛ける。
コーヒーで良いかと確認すると二人とも頷いたので、朝に挽いておいたコーヒーの粉を容器にセットする。
「パシュパフィッツェ様から、不要なダンジョンを閉じるよう言い付かったから、その相談に来たんだよ」
揃って食堂に来た理由を教えてくれた。
確かにパフィに二人に付いて来てもらえとは言われていたけど、忙しくないのかな?
「クリフさんもノエルさんも、忙しいんじゃないですか?」
「不要なダンジョンを閉じると、ダンジョンから出てくるモンスターを減らせる。これも立派な仕事だ」
クリフさんの言葉にノエルさんが頷く。
「魔力の滞留で出来たダンジョンはそんなに大きくないから良いんだけどね、クロウリーが作ったダンジョンだけは深くて、魔力が尽きない所為でモンスターの成長を促進してしまっていて、困っていたんだ。
閉じる事もダンジョンメーカーが出来ると聞いて、本当に嬉しいよ」
そうだ。二人はクロウリーさんが作ったって言う危険なダンジョンの帰りに、僕のいた村に寄って知り合ったんだった。
「因果を感じるよね。クロウリーのダンジョンを封じた帰りにクロウリーと同じスキルを持つアシュリーに出会ったんだから」
そう言われると、そんな風に思える。
「そうそう、ティールも一緒に行く事になったから」
「でも、ナインさんがいますよね?」
一緒に暮らしてるって聞いたんだけど……。
「僕達がダンジョンを閉じに行ってる間は、ナインはラズロの元にいる事になったんだ。
アシュリーがいないと色々と不便になるから、ラズロは。その辺りをナインに助けてもらうみたいだよ」
なるほど。
魔術師のナインさんが作る術符をナインさんと一緒に使えば、ラズロさんが料理を作るのも大変じゃないのかな?
「最初は近場のダンジョンから閉じていこうと思っているし、移動は馬を使うから、安心して良い」
馬。
「アシュリーは僕かクリフと一緒に乗る事になるね」
ノエルさんの言葉にほっとする。
馬には乗った事がないから。
「あの、フルールも付いて来ると思うんですけど、大丈夫なんでしょうか?」
フルール専用の場所とか、たまり過ぎてしまわないのかな。
「それはティールがなんとかするから大丈夫だ」
あ、そうか。あの術符はティール様が作ったんだものね。
「それなら良かったです。皆が捨てられなくなると困ると思うから」
ただねぇ、とノエルさんは言って、ため息を吐く。
「ティールに乗馬の訓練をさせているんだけど、なかなか上手くいかなくて……」
「運動の才能はないからな、ティールは」
「馬車じゃ駄目なんですよね?」
僕はノエルさんやクリフさんに乗せてもらうとしても、フルールだっているし、邪魔にならないのかなって思ってしまう。
「馬車か。そうだね、そっちの方が現実的かも知れない。長距離を見越して馬で移動すれば早くて良いかと思ったんだけど、幌のある馬車なら天候が悪くてもアシュリーが濡れないし、馬車の中で休む事も出来るね。荷物が置けるし、良いかも知れないね」
「御者の手配をすれば出来なくはないな」
うんうん、と二人は頷き合っている。
ダンジョンを閉じる日は、思ったより早くにやって来た。場所は王都から徒歩で半日ほどの場所にあるというダンジョンで、最近モンスターが住み着いてしまい、洞窟で取れていた研磨石が取れなくなって困る、と届け出があった所らしい。
ダンジョンの閉じ方はクロウリーさんの記憶を持つナインさんに教えてもらった。
作る時と同じように、消えるように念じる、というものだった。ただ、閉じる層に自分がいるのは駄目みたいなので、一つ上の層から念じるんだって。
ちなみにクロウリーさんは作る専門だったみたいで、閉じたことはなかったらしい。
騎士団の人が御者として付いて来てくれることになった。これからも騎士の人が距離に応じて人数は増えたり減ったりするみたい。
御者をしてくれる騎士様に挨拶して、馬車に乗り込む。ちゃんと乗り込む為の階段も付いてて、僕たちが乗り込んだらその階段は折り畳まれた。すごい。よく考えられてるんだなぁ。
幌馬車の中は思った以上に大きかった。
クリフさんとノエルさんが二人は並んで横になれそう。
「少しずつ必要なものを用意していくつもりでいるから、遠慮なく欲しいものを言ってね」
僕の頭を撫でながらノエルさんが言った。
「え、では、研究道具を」
「駄目」
ティール様の言葉をノエルさんが遮る。
「目的を忘れてるんだったら、次からは同行しなくて良いよ」
突き放すように言われた言葉に、ティール様は首を大きく横に振る。
「ちょっとした出来心です。是非同行させて下さい」
命令されてティール様は来てくれたのかと思っていたんだけど、違ったみたい。
ダンジョンに興味があるのかな?
僕の視線に気付いたのか、ティール様が苦笑いを浮かべながら言った。
「本来は同行者はノエルとクリフだけだったのを、無理を言って連れて来てもらったのです」
「そうなんですか?」
「はい。こんな事でもなければ、私のような非力な魔術師はダンジョンの奥になんて入れません。
向かうところ敵なしのこの二人がいれば何処でも大丈夫でしょうからね」
ノエルさんは呆れた顔をして言った。
「魔術に必要な素材探しが本当の理由だよ」
うんうん、とクリフさんが頷く。
「素材ですか?」
「騎士団や魔法師団が遠征した際に倒した魔物なんかは、近隣の村や街に置いていくんだよ。荷物になるし、魔物による損害なんかも受けていたりするから、その補填にしてもらう為に。
だけど今回のはそういうものではないから、素材は好きにして良いと殿下から許可をもらっているんだ」
なるほど。
だから今朝、会った時からティール様の機嫌が良いんだね。
「そろそろ出発しますが、よろしいですか?」
御者をしてくれる騎士様が声をかけてきた。
「出してくれ」
鞭の音がして、馬車がゆっくりと進み出した。
ガラゴロ、と音をさせながら馬車は進んで行く。
ちょっと大きめの石の上を通るときにちょっと大きく揺れるぐらい。
「あと数時間もすれば到着するから」
ティール様は持ってきたという本を読んでいる。クリフさんは剣を磨いていて、ノエルさんは報告書を書き始めた。馬車での移動だと道中暇になるだろうからと持って来たもの。
一応僕も持ってきてる。せっかくだからと薬研を持ってきた。時間のあるときじゃないと出来ないから。
「薬を作るんですか?」
ティール様の質問にはい、と答えて頷く。
最近食堂を利用する人が増えて、前は作れていた軟膏やおなかが痛いとき用の薬を作る時間がとれなかったから。
持ち歩き用の小さなまな板に、薬草を置いて包丁で切る。フルールが鼻を近付けてくる。
「これは食べちゃ駄目だよ」
「何が出来るの?」
「おなかが痛いとき用の薬です」
必要なものを全部薬研の中に入れて、薬研車で混ぜていく。
「アシュリーはよくレンレンから逃げきれているなって思うんだよね」
「パフィが助けてくれてるので」
「以前口に紙が貼り付けられていた時には驚いたよ」
「静かだったな、あの時は」
ノエルさんの言葉にクリフさんが頷く。
「走って来た後もあの早口で、凄いですよね」
僕の感想に、みんな苦笑いを浮かべる。
「うんざりするけどね、僕なんか」
「鬱陶しい」
ははは、と笑うティール様。
目的のダンジョンに到着したときには僕は薬を作り終えていて、クリフさんも剣を磨き終えていた。ノエルさんは報告書を書き終えてしまって暇になり、途中から僕の薬作りを手伝ってくれた。ティール様は黙々と本を読み続けていたけど。
「これは、本気で暇つぶしを考えた方が良さそう」
僕の手伝いをしていたノエルさんが言った。
「そうだな。剣も磨き終えてしまって、帰りに何をすれば良いか……」
「魔術書読みますか?」
笑顔でティール様が手元の本を指差すと、二人とも首を横に振った。
御者役の騎士様に見送られながらダンジョンに下りて行く。
真っ暗なダンジョン。目がまだ慣れていないから、先が全然見えない。
ノエルさんが呪文らしきものを唱えると、ダンジョン全体が明るくなった。
そんなに広くないダンジョンで、奥にいるモンスターが大きな目をギョロリとさせてこっちを見た。詳しくはないけど、ゴブリンと言うモンスターかな?
僕は到底敵わないけど、クリフさんたちには問題ない……と思うんだけど、とにかく数が多い。それから、臭い。
一番大きな身体のゴブリンが棍棒を振り上げて、奇声を上げると、他のゴブリンたちも倣って棍棒を振り上げ、叫んだ。
「よろしくお願いしますね、二人とも」
そう言ってティール様は術符を取り出し、足元に置く。
術符を中心として青い光が広がって、僕とティール様の周りを取り囲む。
ティール様の大きな手が僕の頭を撫でて、「この輪の中にいれば大丈夫ですよ」と教えてくれた。
「手加減して下さいねー。二人が本気でやったら素材になる部分がなくなってしまいますので」
「本音を取り繕うことを止めてきたよ」
呆れ顔のノエルさんの肩をクリフさんが叩く。
「ティールはレンレン程ではないが、本能に忠実な方だ」
はぁ、とため息を吐いてるけどノエルさん、ゴブリンがもうすぐそばまで来ちゃってます!
「ノエルさん!」
にっこり微笑んで、ノエルさんはゴブリンに向き直って手を差し出す。ノエルさんの手から小さな炎が放たれて、ゴブリンに命中していった。その後もいくつもの炎が手から飛び出していく。
クリフさんも剣でゴブリンを撫でるように切っていく。
炎がゴブリンに当たる音、切られていく音、ゴブリンの悲鳴。
二人の足元にどんどん積み上がっていくゴブリンの山。
「あの二人、頼りになりますよねぇ」
「そうですね」
「あー、移動式結界にすべきでしたかねぇ」
ティール様を見上げると、ソワソワしていた。
「ほら、移動式結界なら、絶命したゴブリンから素材部分を頂戴出来るかと思いまして」
ティール様、本当に素材欲しいんだね……。
ノエルさんとクリフさんの目を避けて向かってきたゴブリンが、僕目掛けて棍棒を振り上げる。
咄嗟にしがみ付いた僕の頭をティール様は撫でる。パシン、と言う不思議な音をさせてゴブリンの棍棒が弾かれる。ゴブリンは何度も棍棒を振り上げては僕に向かって振り下ろすけど、全部ティール様の作った結界と言うものに弾かれていた。
「これでも、一応魔術師長なんです、私。
ただ、守りは出来ても攻撃手段がないんですよねぇ」
あはは、とティール様は笑う。
「攻撃を跳ね返す機能とかは付けられないんですか?」
そう言うと、ティール様は手を叩いた。
「それなら出来そうです。どれぐらい返すかが難しいんですが、受けたダメージを反転させてそのまま返せば良いだけですからね。次回は移動式結界と、反撃を結界に搭載させてみますねー」
……多分、とても難しいことだと思うのに、あっさりと言ってしまうティール様は、みんなが言う通り魔術師として優秀なんだと思う。
「あんまり外に出るのは好きではありませんし、今回は素材収集の為に付いて来ましたが、やはり現地でなければ分からないことがありますね。大変興味深いです」
にこにことティール様は言ってるけど、その間もゴブリンは必死に僕たちを攻撃してて……なんて言うか、ティール様といると、拍子抜けするって言うのか。
粗方ゴブリンを倒し終えたのか、ノエルさんがこっちを向いて手から炎を飛ばしてきた。炎が当たったゴブリンは悲鳴をあげてその場に倒れる。
「うーん、モンスターの断末魔も結構不快ですねぇ。防音機能も付けたいです」
「それだとノエルさんとクリフさんから話しかけられた場合に困ります」
「そうなんですよねぇ……耳栓ですかねぇ、やっぱり」
いや、それも駄目なんじゃないかな……。
ノエルさんとクリフさんが戻って来た。
見るとゴブリンは跡形もなくいなくなっていた。
「随分いましたねぇ、ダンジョンの大きさの割に」
「ゴブリンは集団で行動をするし、繁殖力も高いからな、一つの群れとしてはこんなものだ。
それに下にも階層がある」
なるほどなるほど、と頷きながらティール様はゴブリンの死骸を突く。
「これ、今から解体するの?」
かなり時間かかるよ? とノエルさんがうんざりしたように言うと、ティール様はまさかぁ、と手を横に振る。
「全部転送しますよー」
懐から取り出した術符を近くの壁に貼ると、大きな穴が出来た。
「アシュリーやフルールのお陰で、転移の術符を極めてきましたからね」
ご機嫌な様子でティール様はゴブリンの死骸を引きずってその穴の中に放り投げる。吸い込まれるようにして穴の中に消えていくゴブリン。
「転移させたゴブリンの死骸を、魔術師達に分解させるのか」
「これなら時間もかかりませんし、素材も無駄にならないでしょう? 私一人じゃ時間がかかるだけですからね」
納得したのかクリフさんがゴブリンを持ち上げては穴に投げていく。ノエルさんもゴブリンを引きずっていって、穴に入れていく。
僕もやろうとしたら止められた。
すべてのゴブリンの死骸を穴に放り投げ終えると、ティール様が満面の笑みで言う。
「いやぁ、これは病みつきになりそうです。ドラゴンやオーガなんかもいけるかも?!」
「無理でしょ」
「無理だ」
クリフさんとノエルさんに否定される。
「穴が小さいし、僕らだって傷を最小限にした戦いなんて出来る訳ない」
ノエルさんの言葉にクリフさんが無言で頷くと、ティール様はがっくりと肩を下ろす。
「世の中そんなに甘くないんですね……」
本来の目的を果たす為、下の層に下りる。
そこにも少しだけゴブリンがいたけど、それもノエルさんとクリフさんのお陰で僕とティール様は無傷で済んだ。
ほとんどのゴブリンは上の層に上がって来て、ノエルさんたちと戦ったんだと思う。
ここのダンジョンは二つの階層で出来ていて、適度な大きさがあって、下の層には湧き水もあった。だからゴブリンに好まれたみたい。
近くの村から盗んだんだろうか、家畜のものと見られる大きな骨があちこちに転がっているし、生臭いって言うか、獣臭いって言うか、早くここから去りたくなるような臭いがする。思わず鼻をつまんでしまう。
「ゴブリンが更に数を増やしてここから溢れたら、近くの村は危険だったろうね」
ノエルさんはローブについた埃を手で払う。
「間に合って良かったな」
クリフさんも汚れを拭き取ると、剣を鞘に納める。
ティール様は楽しそうにゴブリンの死骸をまた穴に放り込んでいた。
……あんなに送って、魔術師団の人たち、大丈夫なのかな……?
ダンジョン内を見回して、閉じてしまっても問題ない事を確かめる。ダンジョンとは言っても、広い空間がそこにあるだけだったから、すぐに確認は済んだ。
「上の階層には研磨石があるから、この階層だけ閉じようか。
ここを閉じればゴブリンも巣を作り難いだろうし」
「そうだな」
ティール様がゴブリンを全部穴に入れ終えたので、上の階層に上がる。
皆の目が僕に向けられる。
今度は僕の番みたい。
しゃがんで、土に両手を付ける。
さっき目にした下の階層を思い出しながら、ナインさんに教わった通り、なくなるように念じる。
足元から地震のような揺れがした後、目の前にあった下に続く階段が、下から盛り上がってきた土に埋まってなくなった。
「おぉー、凄い!」
ノエルさんとティール様が拍手する。
「分かってはいたけど、本当になくなったのを見ると感動するね」
「稀有なスキルですねぇ、本当に」
クリフさんの手が伸びてきて僕を立ち上がらせてくれた。魔法で手を洗って、乾かす。
「大丈夫か?」
ほら、と言って布袋をくれた。
「ありがとうございます」
ダンジョンを作った時、新しい階層を作った時、どちらも終わった後におなかが空いた。
ダンジョンの階層を閉じるのも同じだった。
布袋の紐をゆるめると、中には干した果物が入っていた。一つ取り出して口に放り込む。
甘くて、ちょっとだけすっぱい。
「帰ったら屋台で串焼きいっぱい買おうね」
ノエルさんに頭を撫でられた。
「あ、それでしたら是非、アシュリーに揚げ菓子をお礼として買いたいのですが」
にこにこしながらティール様が言う。
「でも、揚げ菓子は高いですよ?」
「屋台の中ではまぁまぁしますけど、大丈夫ですよ。
アシュリーのお陰で素材が大量に手に入りましたし」
「素材が手に入ったのは僕達のお陰なんじゃないの?」
不満気なノエルさんに、ティール様は笑顔で答える。
「二人は礼を必要としない程持っているでしょう。
いくらスキルがあって、私が守ってるとは言ったって、こんなか弱いアシュリーをダンジョンに連れて来るのは本来なら論外です。
死骸は気持ち悪いですし、臭いし、断末魔は不快だし、怪我はしませんけど襲われましたし」
「珍しくティールの発言が正論で言い返せない」
悔しそうな顔をするノエルさんをクリフさんが呆れたように見る。
「馬鹿な事を言ってないで帰るぞ」
クリフさんがひょいと僕を抱き上げてダンジョンの出口に向かう。
ノエルさんとティール様が慌てて追いかけて来る。
「大丈夫だとは思うが、何か異変、気になる事があったら遠慮せず言うんだぞ」
はい、とクリフさんに答える。
無事、ダンジョンを閉じる事が出来て良かった。
ダンジョンを出た僕は何故だかすごく熱くて、疲れも感じて。帰りの馬車の中で眠らせてもらった。




