004.ミルクが大量に余ってます
ラズロさんの手伝いで大量にあるジャガイモの皮剥きをしていた所、ノエルさんがやって来た。
「許可証もらってきたよ」
そんなに簡単に許可って下りるものなのかな……。ノエルさんがやり手なのかな……。
「お昼にまた来るねー」
言うだけ言ってノエルさんは去って行った。忙しいだろうに、律儀な人だなぁ。
「アシュリーは随分手慣れてるな」
「僕、料理当番だったので」
「料理に洗濯って……主婦かよ」
母さんは機織りのスキルを持っていたから、王都に出荷する用の布をずっと織っていた。
まともなスキルのない僕が家事を引き受けるのは、当然の事だったんだけど。
「多分今頃、アシュリーの家はてんてこ舞いだな」
「そうですか?」
「アシュリーは魔法を使って色々やれたろうけど、おまえの家族はそんな便利な魔法がないんだから、洗濯だって料理だって、全部一から用意しなきゃならねぇんだ。
アシュリーを行かせなければ良かったー、って言ってるぜ、きっと」
「まさか」と僕は笑ったけど、そんな風に言ってもらえると素直に嬉しかった。
「ラズロさんの洗濯物もやりますから、出して下さいね」
「本当か?! 助かるわ!」
まぁ、魔法が何とかしてくれるので、僕自身は何もしないんだけどね。
洗い終えたジャガイモを、言われた通りにスライスして、桶に水を張ってさらす。
「何やってんだ?」
「え? ジャガイモを水でさらしてます。こっちではやりませんか?」
切ったままにしておくと、表面に白い液体がにじんでくるので、さらしておく。
ジャガイモを茹でて肉と炒めて、上にチーズをのせて焼くらしい。美味しそう!
氷室の中を覗き混んだラズロさんがうーん、と唸る。
「このミルクを使って何か作れんかなー」
「ミルクあるんですか?」
あるぜ、とラズロさんが頷く。
「じゃあ、ソース作りませんか?」
「ソース?」
「飼っていた牛のミルクが駄目になりそうになって、作ってみたソースがあるんですけど、結構美味しいんですよ」
へぇ、とラズロさんは感心したように、氷室からミルクを取り出す。
うわっ、こんなにあるの?!
これはソースだけじゃなくて、別のものも作った方が良さそう。
「卵とパンと腸詰が大量に余ってるんだが、何か良い案ないか、アシュリー」
あ、それなら。
「卵とミルクを混ぜ合わせて、パンに浸しておきましょう」
実家で僕がたまに作っていたトーストで、卵とミルクを吸ったパンがじゅわっとして美味しいんだよね。
大きなボウルに卵を割り入れてほぐし、ミルクとよくかき混ぜる。そこにパンをどんどん放り込んでおく。
それとは別に塩とミルクと小麦粉でソースを作っていく。
これだけ大量にあるからダマになっちゃいそうだけど……。
「それにしても、アシュリーは凄えなぁ」
「料理人のラズロさんに言われると、恐縮します」
「オレは料理人じゃねぇぞ? スキルは持ってるけどな」
「え?」
しばしラズロさんと見つめ合う。
「料理人達が食中毒起こして一斉に辞めて、少しばかり料理が出来たオレが、文句を言われないという前提と高給をくれるってんでやってるだけだ」
「えっ? でも」
「王族に出す料理は、別の奴等が作ってるぜ? ここに来るのは、王城で働いてる人間だけだ。
王城で働く人間ってのは身元の確認をしないといけないからな、採用に時間がかかるんだよ」
そうだったのか。
でもなんか、良かった。
ちょっと、色々不安だったから。
肉をボウルに入れて、適当なお皿をふたにする。
「何やってんだ?」
「ひき肉を作ろうと思って」
「なんだそれ?」
「細かくひいた肉のことです。ジャガイモと絡めるのに、このままだと大きいから」
風魔法で風を起こし、ボウルの中に閉じ込める。
ボウルの中で肉が粉砕されていく。
「いやいや、待てって」
「え?」
「いくらなんでも、アシュリーの魔法は万能過ぎる」
そうかな?
僕がもっと小さかった頃、ワーウルフの群れが村を襲って、魔女が風魔法でこれでもか! ってぐらいに粉砕したら、ワーウルフのミンチが出来たんだよね。
それで、風魔法を使えば肉はミンチになるって認識してたまに作ってたんだけど、これ、普通じゃないのか。
「もしかして、僕って、変わってますか?」
ラズロさんが頷く。
「アシュリーは確かに魔力なんかはないかも知れねえけどな、その魔法を上手く使ってる。なかなか出来る事じゃないぜ?」
「ありがとうございます」
風魔法がボウルの中で消えたのを感じたので、蓋を取ると、良い感じに肉がミンチになってた。
塩を入れる。
「あ、これも入れると美味しいぜ」
そう言ってラズロさんは黒い粉をひき肉の上にたっぷりかけた。
「胡椒だ」
「えっ! 胡椒って、高級品ですよね?!」
さすがの僕も、それぐらいは知ってる!
「まぁな、でもこの胡椒はしけてるからな、気にしなくていいぜ」
ラズロさんが言う事には、辞めた料理人達が大量に買ったものの一つだそうだ。
なるほどー。
ひき肉をフライパンでさっと炒め、茹でたジャガイモとソースを追加して火を通す。
鉄の容器に移して、上に刻んだチーズをたっぷりかける。
これを石窯で焼くのだそうだ。
へーっ、石窯はパンを焼くものだとばかり思っていたけど、こんな物も作れるんだ! 凄い!
グラタンって言うんだぜ、とラズロさんが教えてくれた。
「さて、そろそろトーストと腸詰を炒めるか」
フライパンに油をしき、火魔法を2つ起こす。1つはトースト用。もう1つは腸詰用。
僕が同時に作れる火は、残念ながら3つが限界です。
ジュウジュウと音を立ててトーストと腸詰が焼けていく。
焼きあがったものは、大皿に乗せて、次のを焼いて行く。
大人数が来るから、焼きたてを出すのは難しいらしい。
まぁそうだよね。
僕は初めて、その大人数を目にするんだけど。一体どれぐらいの人が来るんだろうー?
鐘の音が鳴った。
「昼になったな」
お昼になると鐘が知らせてくれるのか、親切だなぁ、なんて思っていたら、ラズロさんに小突かれた。
「ボケっとすんな。直ぐに来るぞ」
「あ、はい」
お皿にグラタンとトースト、腸詰をのせていると、扉が開いた。
「良い匂い! ラズロ! 今まで嗅いだ事のない良い匂いがするけど!」
「腹減ったー!」
突然食堂は賑やかになって、テーブルはあっという間に人で埋め尽くされていく。村のお祭りでも見たことのない人数!
料理をのせるスピードが間に合わないぐらい、どんどんお皿が消えていく。
僕はただひたすら、皿に料理をのせ、隙を見ては石窯のグラタンの焼き加減を確認しては持ってきて、次のを焼いて、を繰り返した。
ラズロさんは食べに来た人達と話す余裕があるみたいで、トーストと腸詰を焼きながら、会話をしていく。
その中には、突然増えた僕の事も話題に上がって、答える余裕のない僕の代わりにラズロさんが対応してくれた。僕は笑いかけるので精一杯!!
怒涛のお昼が終わって、呆然としている僕の頭を、ラズロさんが撫でてくれた。
「初日とは思えないぐらい上出来だ!」
と言うか、これを一人で対応していたラズロさんが凄いと思う……。
そう言うと、ラズロさんは笑った。
「いつもはオレ、パンと焼いた肉しか出してねぇもん」
いや、それにしたってあの人数は、一人でどうこう出来る人数じゃないと思う。
扉が開いて、ノエルさんがやって来た。
「まだ残ってる?」
「昼に来るって言ってたからな、取っといてあるぜ」
ノエルさんはカウンター側のテーブルに腰掛ける。
軽く温め直した料理を出すと、ノエルさんは受け取り、食べ始めた。
「これ、グラタン? でも、このクリームは何? まろやかで美味しいね。このトーストも、ふわふわして美味しい」
「クリームとトーストはアシュリーが考えた。上手いだろ」
僕とラズロさんも取っておいた料理をお皿に乗せると、ノエルさんの正面に座った。
「ミルクが大量に余っててな、それをアシュリーが上手く使ってくれたんだよ」
なるほどねー、とノエルさんは頷いて、美味しそうに腸詰をかじる。
「そうそう、小屋の建設許可が下りたから、そう遠くないうちに完成すると思うよ」
なんだか申し訳ない気持ちもあるけど、お風呂が出来るのは嬉しい。
「あと、牛なんだけど、出産してなくてもミルクを出す牛がいるらしいよ」
「凄い! そんな牛がいるんですか?!」
ミルクが出るという事は、当然仔牛がいる。
「僕からアシュリーへプレゼントするよ」
「えっ! そんな、駄目ですよ! 貴重ですよね、その牛」
ノエルさんはそれなりに、と頷く。
「でも、このプレゼントはさ、アシュリーの為だけじゃないんだよね。僕の為でもあるの」
ふふふ、とノエルさんは笑う。
ノエルさんの為にもなる?
「アシュリーの作る料理は美味しい。牛をプレゼントするだけで美味しい料理が食べられるなら、いくらでもプレゼントするよ」
「で、でもっ!」
「こいつら魔法使いにとって、食事ってのは重要なんだぜ?」
ラズロさんが言った。
「こう見えて魔法使いってのは、身体も鍛えないといけなくてな、頭も使うし身体も使う」
そうそう、とノエルさんが頷く。
「体力がないと継続して魔法を撃てないからね。集中力を鍛える為にも、最低限のトレーニングはしなくちゃいけないんだよ」
へーっ! そうなんだ!
「だから、良質な食事が必要になるの」
それで、自分の為にもなる、って言ったのか。
「それなら、オレも半分出そう」
声の主はクリフさんだった。
クリフさんはノエルさんの横に座った。
「おまえ、昼は?」
ラズロさんが尋ねると、クリフさんは首を横に振った。
「コーヒーだけもらえるか?」
頷いてラズロさんは立ち上がった。
「ノエル、アシュリーの事で動いてるなら、オレにもひと声かけてくれ」
「ごめんごめん。
えっとね、アシュリーが入る為のお風呂を、裏庭に作る為の建築許可を取ったんだよ。さ来週には完成する予定。
それと、アシュリーが牛を飼いたいって言うから、ずっとミルクが取れる牛をプレゼントするね、って話をしていた所で君が来た」
独特の香りのする、真っ黒い飲み物を3つ持って、ラズロさんが戻って来た。
コーヒーって言うんだって。僕はまだ子供だから、無理だって言われた。とっても苦いらしい。
「ノエルと牛を折半するのもいいが、コイツはまだ何にも持ってないんだから、別の物を贈ってやった方が喜ぶんじゃねぇの?」
そう言ってラズロさんはコーヒーを飲む。
確かに、とクリフさんが頷く。
「だ、駄目です!」
僕の言葉にクリフさんは首を傾げる。
「僕、助けていただいてばっかりです。お返しも出来そうにないですし!」
お願い! 僕の話を聞いて!
「アシュリーは何が欲しいんだ?」
気にせずクリフさんが尋ねる。
「だから、駄目ですってばー!」
「とりあえず週末に生活用品を買いに行こうよ、まだ何もないでしょ?」
「それはそうですけど、僕、お金ありますから、大丈夫ですから!」
って、昨日ラズロさんからもらった奴だけど!
「まぁまぁ、お金はいくらあっても困らないから」
どうしよう、皆して僕の話を聞いてくれない!